終わりの始まり
文化祭が終わり、季節は静かに移り変わっていった。
紅葉は散り、空気は日に日に冷たくなる。
吐く息は白くなり、校庭には霜が降りるようになった。
学校では相変わらずの日常が続いていた。
授業、昼休み、放課後の訓練。
笑って、騒いで、また次の日を迎える。
禍神の気配は、どこにもない。
澪白も、朱焔も、何度も周囲を調べていた。
しかし、異変は一つも見つからなかった。
まるで、世界が何かを待っているかのように――
静かだった。
そして、気づけば冬休みが目前に迫っていた。
昼休みの屋上。
冷たい風が吹き抜ける中、五人はいつものように弁当を広げていた。
「ついに冬休みだな!」
「やっと学校から解放されるぜ!」
村上が伸びをする。
「冬休みくらい勉強しなさいよ」
泉が呆れた声で言う。
「沙月は何するのじゃ?」
こはくが首を傾げる。
「う~ん、まだ決めてないかな~ちなみにクリスマスはフリーです!」
「くりすます?なんじゃそれ」
こはくが首をかしげる。
泉が肩をすくめた。
「簡単に言うとね」
「好きな人と一緒に過ごす日」
「ほう?」
泉はわざと智也を見る。
「イルミネーション見たり」
「プレゼント交換したり」
「ケーキ食べたり」
「手つないだり、その先も…」
智也が少しむせた。
「泉さん!」
泉はくすっと笑い、こはくの耳元に顔を寄せる。
「ちなみにね、クリスマスは好きな人と手をつないだり、キスしたりするんだよ~」
「泉さん!!聞こえてるから!余計なこと吹き込まないで!」
智也が慌てて声を上げる。
こはくが目をぱちぱちさせる。
「なるほど、では沙月と翔もそういうことをするのか…」
「えっ」
泉が固まる。
村上が吹き出す。
「は?」
「好きな者同士で手を繋いだり、キスする日なのじゃろ?」
泉の顔が赤くなる。
「ちょっ……!」
村上は苦笑い。
「んと…どういうこと?」
泉が村上の頭を叩く。
「違うから!うるさい!」
「なんで俺がぶたれるの…?理不尽がすぎません…?」
その時、泉がにやっと笑った。
「そ、そういえばさ、夏海」
葉山が顔を上げる。
「え?」
「クリスマス、麟征さんと出かけるの?」
「なっ!」
葉山の顔が一気に赤くなる。
村上が大声を出す。
「え!?マジで!?兄貴と!?いいな~」
こはくが興味深そうに見る。
「ほう、でーとというやつか」
葉山が慌てる。
「イルミネーション見に行こうかな…とは思ってるけど、全然そういうのじゃないからねっ!」
泉がニヤニヤしている。
「それを世間ではデートと呼ぶのですよ、夏海ちゃん!」
葉山は顔を覆う。
村上が肩を震わせる。
「いやー、五神最強の男とイルミネーションか…葉山さん、やるな」
「もう!からかわないで!」
智也はその光景を見ながら、少しだけ空を見上げた。
冷たい青空。何も起こらない、ただの冬の日。
前の出来事は夢だったんではないか。
どこかでそう思っていた。
――あの日までは。
街は光に包まれていた。
通りには色とりどりのイルミネーションが輝き、店先からはクリスマスソングが流れている。
笑い声。
子どものはしゃぐ声。
恋人たちの足音。
冬の冷たい空気さえ、どこか柔らかく感じる夜だった。
智也の家のリビングも、いつになく賑やかだった。
「すごいのじゃ!」
こはくが目を輝かせる。
テーブルの上には、チキンやケーキ、色とりどりの料理が並んでいた。
叔母さんが笑う。
「今日はクリスマスだからね」
「くりすます……」
こはくは腕を組む。
「人間の祭りは、やはり食べ物が多いのじゃ」
「そこ?」
智也が苦笑する。
凪はケーキをじっと見つめていた。
「これ全部食べていいのだ?」
「だめよ」
澪白が即答する。
朱焔が肩を揺らして笑う。
「凪、三秒で太るで」
「神獣は太らないのだ!」
「いや、太るで、普通に」
そんなやり取りを見ながら、智也はグラスを配る。
「はい、ジュース」
「ありがとなのじゃ」
こはくが受け取り、少し嬉しそうに笑う。
叔母さんがグラスを掲げた。
「じゃあ、みんな」
「メリークリスマス!」
グラスが軽く触れ合う。
笑い声が広がった。
その頃。
街の中心では、泉と村上が並んで歩いていた。
イルミネーションのトンネル。
無数の光が頭上で瞬いている。
「きれい……」
泉が思わず足を止める。
村上も空を見上げる。
「すげーな」
しばらく二人で見上げていた。
泉が少し照れたように言う。
「こういうの、実は好きなんだ」
「へえ」
「意外?」
「ちょっとな」
泉が軽く肩をぶつける。
「ほんと失礼だなぁ」
村上が笑う。
少しの沈黙。
泉がそっと言う。
「翔」
「ん?」
「今日誘ってくれてありがとね」
村上が少し固まる。
「いや……その」
耳が赤くなる。
「お礼言われるようなことじゃないんだけど…」
泉がくすっと笑う。
「照れてる」
「照れてねぇ!」
そのとき。
泉の手が、そっと村上の手に触れた。
「……」
村上は驚いたが、手を引かなかった。
泉が小さく笑う。
「寒いから」
村上は顔をそらした。
「……そうだな」
イルミネーションが、二人を優しく照らしていた。
同じ頃。
巨大なクリスマスツリーの前で、葉山と麟征が立っていた。
「クリスマスって、こうやって光を飾って、みんなでお祝いするんです」
麟征は静かに光を見つめていた。
「……なぜ光なのだ」
「わからないですけど…暗い所に光があれば、落ち着きませんか」
葉山が笑って振り返る。
「それに、暗いときほど、光って綺麗に見えるでしょ?」
麟征は少し考える。
「……なるほど、光に照らされる夏海もより綺麗に映るわけか…」
「なっ!そういうのいいですから!やめてくださぃ…もう…」
咄嗟に葉山は屋台を指さす。
「あ、あと、あれです!」
「食べ物?」
「はい。クリスマスは一応お祭りですから!」
麟征は少しだけ微笑んだ。
「人間は、面白い」
葉山が笑う。
「そうですね」
その時だった。
空を、黒い影が覆い始めた。
遥か上空。禍津が静かに街を見下ろしていた。
眼下では、人々が笑い、寄り添い、祈りを捧げている。
「幸福」
「実に甘美だ」
「禍神よ、喰らう準備はできたか」
「負の魂を――今、解き放て」
その瞬間。
東。西。南。北。
四方から、黒い閃光が天へ撃ち上がる。
夜空を裂く光。
それらは桜の咲く大樹へ向かって落ちた。
桜の花が、一瞬で黒く染まり、枝が枯れ始める。
大地が裂け、地面の奥から。
無数の黒い影が、這い出てくる。
歪んだ魂。穢れた存在。
――朽神。
禍津は静かに微笑んだ。
「鎮魂樹…清い魂が眠る聖域、封神蔵…負の魂が眠る牢域…
これで全て私のもの…全魂よ、朽神と化し喰らい尽くせ」
「さあ」
「終わりの始まりだ」




