文化祭・前編
文化祭当日
教室の扉が開いた瞬間、村上が崩れ落ちた。
「……天使降臨だ」
こはく、泉、葉山。
三人が並んで、メイド服姿で立っていた。
白と黒のフリル。エプロン。ヘッドドレス。
「俺……死んだ?ここはもしかして、天国なのか…!」
村上が真顔で呟く。
智也は無言でほっぺをつまむ。
「いでででで! あ、現実だ」
「現実だよ」
泉がスカートを整えながら言う。
「あんまじろじろ見ないでよ、はいはい!働く!」
こはくは少し居心地悪そうに袖をいじる。
「……これ、少し恥ずかしいのじゃ」
「普段着ないからね」
葉山が苦笑する。
開店数分後。
他クラスからざわめきが広がった。
「え、なにあそこ」
「メイド喫茶って聞いたけど……」
「あの子、やばくない?」
人が、押し寄せる。
「いらっしゃいませ、ご主人様、なのじゃ!」
こはくの一言で、男子生徒が膝から崩れた。
教室は一瞬で満席。
泉は完璧な接客で回し、葉山は控えめながら丁寧にオーダーを取る。
智也は裏で必死にドリンクを作っていた。
「智也、追加三つ!」
「智也くん!これもお願い!」
「了解!」
母さんの背中を見て育ったおかげで、料理はだいたいできる。
ホットケーキ、オムライス、ミルクティー。
ひっきりなしに注文が飛ぶ。
「えー限定チェキはこちらでーす! 指名代は別料金になります~」
「ちょっと翔!」
泉の怒号が飛ぶ。
「勝手に悪徳商売始めないで!」
「文化祭は商魂だろ!」
「前と言ってること全然違うじゃない」
教室はカオスだ。
そんな中。扉が静かに開いた。
背の高い、緑の羽織。整った顔立ち。
一瞬で空気が変わる。
「……誰?」
「かっこよ……」
女子のざわめきが広がる。
葉山が固まった。
「え……なんでここに……」
こそこそと机の陰に隠れる。
泉が気づく。
「夏海、知り合い?」
「……うん、あれが、麟征さん」
少し頬を赤らめながら、小声で。
「えぇ!?」
村上が目を見開く。
「あれが史上最強の兄貴……!」
「いつからあんたの兄貴なのよ。初対面でしょ」
智也はキッチンから出る。
「あ、麟征さん、来られたんですね」
麟征は周囲を見渡し、少しだけ眉を寄せる。
「智也か……騒がしいな」
女子が一斉に近寄る。
「写真いいですか!?」
「文化祭、案内しましょうか?」
「モデルさんか何かですか?」
麟征は困惑気味に周囲を見る。
「……夏海はどこだ」
その一言で、教室の視線が一斉に動く。
机の陰で小さくなっている葉山へ。
麟征はまっすぐ歩いていく。
「なぜ隠れる、出てこい」
「か、隠れてません!話しかけないでください!」
「なぜだ、夏海、目立っているぞ」
「麟征さんが目立ってるんです!」
村上が小声で呟く。
「なんか、もうラスボスみたいな登場だな……」
泉がため息をつく。
「なんかもう色々と、濃すぎでしょ、この文化祭」
こはくが腕を組む。
「なんじゃ、騒がしい男じゃ、さっさと席に座るのじゃ!」
麟征がこはくを見る。
「似合っているな…こはく」
「ん?そうか?慣れないのじゃこの服」
ざわつく教室の空気を、さらにかき乱す声が響いた。
「朱焔様がきたで〜!こはく、智也はここか〜?」
扉の隙間から、朱焔の顔だけがぬっと現れる。
その横を、ちょこちょこと小さな影が駆け抜ける。
「にぃにぃー!」
凪が一直線に智也へ飛びついた。
「わっ」
「にぃにぃ、来たのだ!祭りなのだ!」
「ちょ、凪さん、離れ――」
「離れるのじゃドブ猫!」
こはくが凪の後頭部を引っ張る。
「虎なのだ!何度言えばわかるのだ!それになんだその服装は、ぷぷ」
「ふ、服などどうでもいいのじゃ!智也にくっつくな!」
「にぃにぃは凪のものなのだ!」
「何を勝手に決めておる!」
教室の中心で、こはくと凪が揉み合う。
その横で、麟征が腕を組んで見下ろしている。
「仲がいいな」
「どう見たらそうなんねん…てか、なんで麟征がおんねん…なに俺はここにいて当然、みたいに腕組んでんねん…」
朱焔が突っ込む。
さらに、その奥。澪白が一歩、教室に入る。
その後ろには、にこにこと微笑む叔母さん。
「わあ、すごいわねぇ。満員じゃない」
「澪ちゃんと叔母様も来たのだ!」
「……静かにしなさい、凪」
凪がぴたりと止まる。
こはくも一瞬固まる。
その緊張を、朱焔がぶち壊す。
「いや〜! 写真撮っとこか! メイドこはく永久保存版や!」
「撮るな!やめるのじゃ!」
こはくが飛びかかる。
「朱焔、あなたもいいこと言うのね、あとで頂戴、いや、すぐ頂戴」
「任しとき!」
どこか澪白ものりのりだ。
教室は完全に収拾がつかない。
村上がぽつりと呟く。
「なんか、色々とすごいな…文化祭って、こんなんだっけ…?」
泉が苦笑いする。
「うちのクラス、文化祭で一番騒がしい自信あるよ」
「だな」
村上は腕を組み、教室を見渡す。
メイド。神獣。五神。智也をにぃにぃと呼ぶ謎の小さい女の子。
そして、行列の客。
「この文化祭、どうなるんだろうな……」
泉が肩をすくめる。
「さあね。でも――」
視線の先では、こはくと凪がまだ揉めている。
葉山は、麟征から逃げてる。
智也が止めに入り、朱焔が笑い、叔母さんが楽しそうに見守る。
澪白がため息をつきながらも、どこか穏やかだ。
「みんな笑顔で……楽しそうじゃん」
村上がにやっと笑う。
「だな」




