潜む影
北、朽ちた聖堂の影に白蓮は立っている。
南、人気のない港に飢魔。
東、森の奥には夜白。
西、廃れた遊園地に噛音と瘴牙。
離れているが、意志だけは繋がっている。
禍津の念が広がる。
それを受け取った白蓮が、静かに目を開く。
「届いたね」
その声は、意識の底へ直接響く。
「時が来たら、禍津様の仰せの通りに動くからね。
それまでは、派手に動いちゃだめだよ」
西から、軽い笑いが返る。
「え~、つまらないよ白蓮」
瘴牙の低い声が重なる。
「噛音、溢れた情念は逃げぬ……焦らずとも、じわりと膿み美味しくなるもの」
「焦らされるとイライラする~」
南からは、抑揚のない声。
「欲が満ちている。今すぐでも喰らえる」
東から、静かな声。
「早く会いたいわ…」
白蓮の笑みが薄くなる。
「みんなの気持ちもわかるけど…
今、こうして人間界に立てているのは、誰のおかげかな?」
風が止まる。
やがて、夜白が短く告げる。
「そうね…」
「わかったよ~ん白蓮」
「承知」
「あいよ」
白蓮は、再び微笑む。
「いい返事だ。じゃあ、時の流れがくるまで…またね」
念が途切れる。
智也たちは毎日のように放課後、野原へ向かう。
澪白の簡易結界の中で、こはくと凪は本気でぶつかり合い、朱焔は好き勝手に口を挟み、
その隙を縫うように智也は身体を動かす。
「足が止まっている、智也」
澪白の静かな声が飛ぶ。
「敵は待ってくれない…目の当たりにしたでしょ、
禍神の強さを…隙を見せれば死ぬ、常に集中しなさい。」
その横で、朱焔さんが笑う。
「せやけど、焦りすぎてもあかんで〜智也。
イメージや、自分がどう動きたいか、限界値はどこなのか、頭に叩き込め!」
こはくは尻尾を振りながら、凪に食ってかかる。
「もう一度じゃ!」
「まだやるのだ? 負けず嫌いなのは変わってないのだな、こはく!」
土埃が舞い、風が裂け、地面が抉れる。
葉山はというと――
毎日、麟征のことで愚痴をこぼしている。
「聞いてよ……また朝四時に起こされたんだけど…
それに庭を全力疾走するのやめてって言ってるのにさ……
それにそれに!パパが完全に味方なんだよ?意味わかんないでしょ?」
最初は本気で困っていた葉山も、今は半分諦め、半分楽しんでいる。
文句を言いながらも、どこか声が明るい。
泉が笑い、村上が茶化し、こはくがとぼけた顔で返す。
屋上に広がる弁当の匂いと、くだらないやり取り。
それが、当たり前みたいになっている。
けれど。
不自然なくらいの静寂。
ニュースに奇妙な事件はない。
街の空気も、変わらない。
禍神の気配も、動かない。
「嵐の前の静けさ、かもしれない…
分散された力は動いていない。……それが逆に、不気味」
ある日、澪白がぽつりと言った。
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