最後の一柱
夏の名残が残る風が、屋上をゆるく通り抜けていく。
智也、こはく、村上、泉、葉山は屋上で弁当を広げていた。
しばらくは、他愛のない話と箸の音だけが続く。
こはくが、ふと思い出したように葉山を見る。
「夏海。麟征とやらはどうじゃ?」
葉山は一瞬考えてから、苦笑した。
「……毎日大変だよ」
「大変?」
「朝から家の中を走り回るし、庭も掘るし、気づいたらパパとママが懐いてるし」
村上が眉を上げる。
「待て。それ、澪白さんが言ってた、最強の五神だよな?」
「うん」
「走り回るの?」
「うん」
「庭…掘るの?」
泉が小さく吹き出す。
「なんか想像と違う」
こはくは静かに頷く。
「だが、あれは本物じゃ。」
葉山が首を傾げる。
「本物…?」
「うむ!隙あり!」
葉山の卵焼きが消える。
「ちょっと!こはくちゃん!」
村上もすかさず泉の唐揚げを奪う。
「俺も便乗!」
「翔!」
泉が村上の頭を押さえつける。
小さな騒ぎが起きて、笑いが広がる。
智也はそれを見ながら、静かに息をついた。
この空気が、心地いい。
その穏やかさの奥に、昨夜の会話が浮かぶ。
「結界が破壊された瞬間、力は五つに分散した。強度に差はない」
朱焔が腕を組む。
「せやけど、禍津の気配がまったくない。そこが気持ち悪い」
智也が言う。
「……何かを、待ってる…?」
「私たちの動向を、見ているのかもしれない…」
朱焔が低く言う。
「五神が分かれれば、均衡は崩れる。あいつはそこを狙うつもりやろ」
智也は唇を噛む。
「じゃあ、何もできないんですか」
澪白は静かに答える。
「一柱でも欠ければ、私たちに勝ち目はない…」
重い沈黙。
それを破ったのは朱焔だった。
「でも、うちらの力をつけることはできる、せやろ?澪」
澪白は頷く。
「力…?」
「うん、実戦訓練や」
昨夜のことを智也は思い出していると、声が聞こえた。
「智也が別の世界に行ってるのじゃ…」
こはくが覗き込む。
「いや……ごめん」
智也は笑ってごまかす。
村上と泉がまだ揉めている。
葉山も、それを見て自然に笑っている。
こはくが弁当を抱えながら言う。
「こんな時間が、続けばよいな…」
「うん」
智也は短く答える。
何が起きるかわからない。
でも、この瞬間だけは、守りたい。
学校が終わり、夕方の光に染まった道を、智也とこはくは並んで歩いていた。
玄関の扉を開けると――
「よしよし、いい子ねぇ」
聞き慣れた叔母さんの声と知らない声。
リビングをのぞくと、見知らぬ小さな女の子が、叔母の膝に抱き寄せられ、頭を撫でられていた。
白い髪。琥珀色の瞳。
どこか人ならざる気配。
こはくの顔色が変わる。
「……おぬし、誰じゃ」
一歩踏み出し、叔母の腕からその子を引き剥がそうとする。
「叔母様から離れるのじゃ!」
「やめるのだ!」
小さな手がこはくの手首を払いのける。
智也が間に入る。
「叔母さん……この子は?」
そのとき、奥から静かな足音。
澪白が姿を現した。
「その子は五神の一柱。白虎――凪よ」
凪は叔母の腕の中でふんぞり返る。
「凪なのだ。よろしくなのだ〜」
そしてすぐ、こはくを指差す。
「って、お前しつこいのだ!」
「わらわは“お前”ではない!こはくなのじゃ!」
二人は互いの頬を押し合う。
「ぬぬぬ……!」
「むぬぬ……!」
凪が鼻を鳴らす。
「そんなの知ってるのだ。澪ちゃんに気に入られてるからって、調子に乗るな!」
「な、何を意味のわからぬことを言っておる!」
にらみ合い。
低い火花が散るような空気。
澪白は小さく息をついた。
「……まったく」
「澪ちゃんが甘やかすからなのだ!無駄に大きく育ちおって!」
「甘やかしていないし、無駄って…」
叔母は二人の様子を見て、のんきに微笑む。
「あらあら。仲いいのね〜」
「どこがじゃ!」
「どこがなのだ!」
声が重なる。
智也は叔母の隣に立つ。
「……どうなってるの?」
叔母は肩をすくめる。
「えっとね〜、話せば長くなるのよ」
凪は叔母の腕にもう一度すり寄りながら、こはくを睨む。
こはくは腕を組み、負けじと睨み返す。
家の中に、また新しい気配が加わった。
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