縮む距離
図書館から少し離れた小さなカフェ。
窓際の席に向かい合って座る二人の前には、湯気の立つカップが置かれていた。
麟征は、カップを持つことも忘れたまま、静かに話し始める。
「女神様は少し前に、禍津というものに討たれ、封神蔵と呼ばれる魂の檻が禍津によって蝕まれた」
その一言に、葉山は小さく息を呑む。
「最期に女神様は我々五神に言われた。――人間界を守れ、と。
結界が破れ、封神蔵が完全開門された今、朽神は各地に蔓延るだろう。
そして、5つの強い力も確認している。おそらく、禍神だろう…」
「私はここにきてから、古い神社を拠り所にしていた。
人に見られぬよう、ただ、ひっそりとな。」
「禍神…私は、その一人に、会いました…そして、感情を操られました…友達も、傷つけました…
でも、感情移入されたとき…なぜか、とても、悲しくなったんです。」
「それはきっと、宿る魂が原因だろう、禍神とは、元々神であったものの器に、深い悲しみや憎しみを持った強い未練を抱いてる魂が、器と共鳴し、生み出されたもの
言ってしまえば…元は人間なのだ」
「人間……そんな……」
葉山は、カップに視線を落とした。
しばらく、沈黙が続き、葉山は、口を開く
「麟征さんも、ずっとおひとりで……つらい思いを、されたんですね」
麟征は、眉をわずかに動かした。
「つらい? なぜだ」
本気で分からない、という顔だった。
葉山は少しだけ笑う。
そして、テーブルの上に置かれていた麟征の手に、そっと自分の手を重ねた。
ひやりとした感触。
「なぜって…麟征さんは、気づいてないんですね、きっと」
「……?」
「自分が何も感じてないと思っていても…
誰にも頼らずに立ち続けるのって……少しずつ心が傷ついていくものなんですよ」
「……私は、傷ついているのか」
「断言は、できませんけど、私が…そうでしたから…」
麟征は、その重ねられた手をゆっくりと掴んだ。
「そうなのか……」
そのまま、両手で包み込む。
「ところで……夏海の手はすべすべしているな、とても滑らかだ」
「……っ!?」
葉山の顔が一瞬で赤くなる。
「り、麟征さん……?」
麟征は真顔のまま、指先で感触を確かめるように撫でる。
「温かい。柔らかい。……人間は皆、こうなのか」
「ち、ちがいます! いきなり触らないでください……!」
「……すまない」
けれどその後、麟征は少しだけ視線を落とし、ぽつりと続ける。
「だが……私の中にあった空洞が、少し埋まった気がする」
「ありがとう」
天然そのものの問い。
葉山は真っ赤になりながら視線を逸らす。
「そ、そういう言い方、ずるいです……」
麟征は首を傾げる。
「なにがだ?」
「……なんでもありません」
夕暮れ。
オレンジ色に染まる街を、並んで歩く二人。
さっきまでのカフェの静かな時間とは違い、夏の終わりの風がゆっくりと吹いている。
葉山は、ちら、と横を見る。
(……どこまでついてくるんだろう)
駅はとっくに過ぎた。
図書館も遠い。
自宅方面へ向かっていることは、間違いない。
「……あの」
勇気を出して声をかけようとした、その瞬間。
麟征が、ふと思い出したように言った。
「ところで」
「はい?」
「私の寝床はあるのか?」
「……へ?」
足が止まる。
「どういう、ことです?」
麟征は当然のように答える。
「これから夏海の家に住むのだ。先に確認しておくのは当然だろう」
「……は?」
数秒の沈黙。
「はあああああ!?」
通行人が振り向く。
葉山は慌てて声を落とす。
「ちょ、ちょっと待ってください!
いま、なんて言いました!?」
「夏海を守るため、私は同行する。澪白から聞いていないのか?」
「聞いてないですよ!!
そんなの無理です! 無理です無理です!!」
麟征は少し考える。
「……そうか、では、外で寝ることにしよう」
「それはダメです!!」
「なぜだ?」
「なぜって!!だめなものはだめなんです!!」
麟征は首を傾げる。
「ならば夏海の家に」
「だーかーらー!!それは違くて!!」
葉山は頭を抱える。
「うち普通の家なんですよ!?両親いるんですよ!?
説明どうするんですか!?“今日から神様住みます”って!?」
麟征は真剣な顔で考える。
「誠意を持って話せば理解するのではないか?それに私は神そのものではない」
「しません!!重要なのそこじゃありません!」
「ではどうすればよい」
「……っ」
葉山は顔を真っ赤にしながら言う。
「いきなり同居って…ワードが重いんです!!」
「同居?……悪くない響きだ」
「よくないです!!」
麟征は少しだけ微笑む。
「安心しろ。変なことはしない」
「そこじゃないですから!!」
夕焼けの中、二人のやり取りだけがやけに賑やかだった。
そして麟征は、ふと真顔に戻る。
「だが、守ると約束した。私は約束を違えぬ」
葉山は言葉を詰まらせる。
「そ……それは、うれしいですけど」
「でも……まずは澪白さんに確認してください……私も、もしほんとに来るのなら…両親に、確認しなきゃいけない…ですし」
麟征は少し考え、頷く。
「……なるほど。段取りというものか」
「そうです!!」
「では、今夜はどうする?」
「まず家に帰ります!!」
「一緒にか?」
「一緒に来ないでください!!」
――そんなやり取りをしながら、夕暮れの道は続いていく。
読んでいただき、ありがとうございます。




