夕陽のはざまで
『神縁』
大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。
心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。
過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。
人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。
教室で、数人の生徒たちの声がこぼれた。
「……あれ、あそこの席の子、今日来てないよね?」
「ほんとだ」
「遅刻かな……?」
そんな声が広がり始めたころ、教室のドアが開いた。
担任の先生がゆっくりと入ってきて、前に立つ。
その表情は、どこか沈んでいた。
「おはようございます」
ひと呼吸置いて、先生は言葉を選ぶように、静かに口を開いた。
「……一ノ瀬くんですが、ご家族に……ご不幸がありまして、本日はお休みとなります」
教室に、一瞬だけ静寂が落ちた。
その言葉の重さに、生徒たちの表情が少しずつ変わっていく。
村上は、ほんの少しだけ視線を落とした。
「一ノ瀬、大丈夫かな…」
その声は小さく、でも真剣だった。
ーー昼休みーー
午前中の静寂な空気は落ち着き、教室には少しづつ日常が流れ始めていた。
村上は、廊下の窓にもたれて外を眺めていた。
ふと後ろから声がかけられる。
「村上、おつかれ」
声に振り返ると、隣には短く切りそろえた黒髪の少女が立っていた。
泉 沙月。村上とは幼馴染で、気づけばいつも自然と隣にいるような存在だ。
「今日、元気ないじゃん」
「ああ、うん……」
村上はぼそっと答えたあと、振り返り視線をゆっくりと教室の中へと戻す。
その先には、一ノ瀬の席。
泉もその視線を追うように、教室の中を覗き込んだ。
「……一ノ瀬くん、だっけ。大丈夫かな?」
「……」
「昨日、話しかけてたよね?あの後、仲良くなったの?」
泉の問いかけに、村上は少しだけ肩をすくめて答えた。
「うん、ちょっと声かけただけなんだけど……なんか、気が合うっていうか、優しそうなやつで…」
「ふふ、村上は優しい人にほんと弱いよね」
「バカにしてるだろ?」
「してないよっ」
軽口をたたき合いながらも、教室に視線を戻す二人。
「……戻ってきたら、また話しかけてあげなよ。きっと、喜ぶと思う」
泉の声は、柔らかく優しかった。
村上は少し驚いたように泉を見てから、ゆっくりうなずいた。
「……そうだな。泉も頼むよ、前の席なんだし」
「うん、任せといて」
窓の外には、雲ひとつない青空が広がっていた。
一方その頃、僕は──。
気づけば、まるで異世界のような場所にいた。
大きな桜の木の下に、少女が立っている。
風に揺れる白い髪。
どこか現実離れしたその姿に、息を呑んだ。
(……人? こんなところに……)
ふらりと、引き寄せられるように足を踏み出す。
そのとき──ふわり、と。
少女の頭の上に、白く柔らかな“耳”が揺れた。
そして、背後には、ふわふわと揺れる白い“しっぽ”。
「……は?」
目の前の光景に、思考が追いつかない。
(……あれ? 耳……? 尻尾?)
何かの衣装だろうか。コスプレ? でも──それにしては、あまりに自然すぎる。
風にそよぐ毛並み、影の落ち方、全てが本物のようだった。
(……いや、待て。もしかして、幻覚……?)
急に胸が苦しくなる。
昨日のことが、頭の奥でざわめき出す。
(僕、……おかしくなったのか?)
気づけば、額にじんわり汗がにじんでいた。
少女の姿から目をそらせないまま、僕の足はわずかに後退る。
そのとき──
少女が、ゆっくりとこちらを振り返った。
無表情のまま、金色の瞳がまっすぐに僕を見つめる。
しばし、沈黙が流れた。
桜の花が、ひらりと舞い落ちる。
「……帰ろう」
小さくつぶやき、踵を返そうとした、そのときだった。
「……おぬし、何の用じゃ?」
不意に発せられた言葉に、僕は一瞬きょとんとした。
その声は落ち着いていて、どこか不思議な響きを帯びていた。
「……いや、あの、用といいますか……」
視線を宙にさまよわせながら言葉を探す。
「……自分でも、なんでここに来たのか、よくわからなくて…」
少女は少し呆れた表情をし、つぶやいた。
「……おかしなやつじゃな」
僕は、言い返す気力もなく、小さく肩をすくめた。
その間も──視線はどうしても、ふわふわと揺れる尻尾と、ぴくぴくと動く白い耳に吸い寄せられてしまう。
現実味がなさすぎるのに、どこか妙に“本物”っぽい。
その様子に、少女の耳がぴくりと動いた。
「…………」
無言のまま、少女は僕をじっと見つめた。
そして、ゆっくりと、自分の尻尾を左右に揺らしてみる。
その動きを──僕はしっかりと目で追っていた。
「……おぬし、まさか──見えておるのか?」
淡々とした声だったが、そこには明確な驚きが滲んでいた。
「えっ、え、何がですか、あの、もしかして……コスプレヤーさん……?なんかの撮影だったりしますか……?」
じりじりと後ずさる。
「でしたら、お邪魔ですよね……すいません、帰ります…」
逃げ腰でそう告げたとき、少女がすっと手を伸ばした。
「まー、待つのじゃ」
その声に、思わず足が止まる。
少女は、桜の木の根元を手のひらでとんとんと叩いた。
「隣に座るのじゃ」
僕は少し迷いながらも、警戒心を完全に捨てきれないまま、ゆっくりと歩を進め──
少女の隣へ、静かに腰を下ろした。
風がやわらかく吹き抜けて、花の香りがかすかに混ざる。
少女が口を開いた。
「……名は、何と申す?」
少し迷いながらも、素直に答える。
「一ノ瀬…智也です」
少女は小さくうなずき、胸元に手を添えるようにして、ゆっくりと名乗った。
「わらわは──こはくじゃ。」
風が、ふたりの間をそっと通り抜けた。
その空気は、さっきよりほんの少しだけ──やわらかくなっていた。
毎週水曜日/日曜日更新予定(第一章・全48話想定)
※諸事情により日曜日のみの更新の可能性もございます。
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