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神縁  作者: 朝霧ネル
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覚醒の一瞬

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。

人の波が行き交うショッピングモールのカフェテラス。 

こはくはストローをくわえ、氷の鳴る音を小さく響かせながら、きょろきょろと辺りを見回していた。


「……ん、来たのじゃ」


 金色の瞳が光り、こはくが軽く尻尾を揺らす。 


泉が振り向き、ぱっと笑顔になる。


「やっときた〜! もう待ちくたびれたよ」


 席を立つ泉の声に気づき、村上が手を振った。


「ごめんな〜! でもいい水着買えたぜ!」


 その後ろで智也も苦笑いしながら手提げ袋を下げている。


「……まったく男子って、時間感覚どうなってるのよ」 


泉が呆れ気味に言うと、葉山が隣で微笑んだ。


「私たちも買えたよ。ね、沙月ちゃん」


「うん!」


泉が胸を張って答える。


 村上は目を細めて二人を交互に見やると、


「ん? この短時間でなにがあった、なにがあったというのだ、葉山さんよ」

と、わざと芝居がかった口調で詰め寄る。


 葉山はくすりと笑い、


「内緒」

と唇に指を当てた。


「女の子の事情を詮索しないの!」 

泉がピシャリと言う


「はいはい」


村上は肩をすくめて席に着いた。


 僕は笑いながら、こはくの向かいの席に腰を下ろす。 

こはくは空になったカップを指でつつきながら、楽しそうに尻尾を揺らしていた。


「それよりさ〜」 

泉が手を叩くように言った。

「おなかすかない? 二階のフードコート行こうよ!」


「たしかに、なんか食べたいね」 


僕がうなずくと、村上が立ち上がって勢いよく言った。


「よし、行くか!」


 その瞬間、村上はくるりと背を向け、わざとらしく髪をかき上げながら、 

「キザなドラマ主人公ポーズ」で振り返った。


「……はいはい」 


泉は冷めた声で歩き出し、葉山はくすっと笑ってそのあとを追う。


「お、おい? ちょ、待てよ!? 俺の見せ場が……!」 

村上が焦って言うと、智也は苦笑して肩をぽんと叩いた。


「いつものことだろ」


「智也までひどい……! 薄情者!」 

村上が涙目で叫ぶ。


 そのとき、こはくがすっと村上の肩に手を置いた。 

無言で小さく頷き、そのまま智也たちのあとを追っていく。


「こはくちゃんのが一番くるなぁ〜」  

村上はしょんぼりしながら、慌てて皆のあとを追いかけた。

昼下がりのモールは、相変わらず人であふれていた。 


僕たちはフードコートで昼食を取り、笑いながら雑貨店やゲームコーナーを巡った。 


僕は歩きながら、その光景を穏やかな目で見つめていた。


(こはくの笑顔……泉のはしゃぐ声……翔の冗談に、葉山さんの優しい笑い声。 こんな“普通の時間”が、ずっと続けばいいのに――)


 そんな想いが胸をよぎった時だった。


「……お、もうこんな時間か」 

村上がスマホを見て言った。


「ほんとだ、そろそろ帰る?」

葉山も腕時計を見て言う。


「そうだね、そろそろ帰ろっか!」泉も頷く。


 ――その瞬間。


「お前……昨日、誰といた?」 


低い声がフードコートに響いた。 


その男の目は血走り、焦点が定まっていない。 

前に立つ若い女性は肩を震わせながら、必死に後ずさった。


「……だ、誰って……職場の人よ、上司の――」


「上司ぃ!? 笑わせんなよ!!」 

男がテーブルを蹴り飛ばす。

金属の脚が床を滑り、ガランと音を立てた。


「腕組んで歩いてただろ!? 何を言い訳するつもりだ!? あんな顔、俺には一度だって見せたことねぇじゃねぇか!!」


 女性は涙を浮かべながら叫んだ。


「お、落ち着いてよ…ち、違うの! 仕事の相談してただけ! 誤解だってば!」


「誤解だと? 俺をバカにしてるのか……!? ああ? “可哀想な俺”を慰めるみたいに笑ってたんだろ!?」 

男の声が次第に甲高くなっていく。 

唇の端が引きつり、頬がぴくぴくと痙攣していた。


「そんな目で見るな! 同情か!? 同情で俺と付き合ってたのか!? なぁ答えろよ!!」


「やめて! 違うって言ってるでしょ!」 

女性の声が裏返る。女性はもう泣き声しか出せなかった。


「嘘をつくなぁっ!!!」 

男が叫んだ瞬間、手に持った包丁がギラリと光った。 

その刃先は、涙で濡れた女性の顔すれすれまで振り上げられている。


「俺のことを笑うな……! 裏切るな……! お前も……世界も……全部、俺をバカにしてんだろ!!」


 その叫びと同時に、僕の目には―― 男の背後で“黒い靄”が渦を巻くのが見えた。


(さっきすれ違った人だ…)


 空気が震え、耳鳴りが走る。 

こはくの表情が一瞬で引き締まる。

空気が張りつめ、周囲のざわめきが凍りついた。 

こはくの金の瞳が光を失い、冷静に前を見据える。


「な、なに……あれ、やばいんじゃない……?」 

泉の声が震えた。普段強気な彼女が、肩を小刻みに震わせている。


「何があったの……あの人、どうしたの……?」 葉山も不安そうに息をのむ。


 村上がすぐに二人の前へ立ちはだかった。

「二人とも、俺の後ろに」 

短く言い切る声に、泉と葉山は顔を見合わせ、小さくうなずいた。


 僕はこはくの横顔を見た。


「こはく……あれ、普通じゃないよね? 後ろ、黒い……何かがある」 

言葉を発しながらも、胸の奥では妙な静けさを感じていた。


(怖くない。どうしてだ。こんな異様な光景を前にして……)


 こはくは一瞬、僕を見やり、前へ視線を戻した。


「何かに操られておるな。智也、いけるか?」


「え……うん……」


(なんでだ……今なら、助けられる気がする――)


 こはくは静かに息を整えると、低く言った。


「男はわらわが抑える。智也はあの女性を――」


 僕は頷き、振り返って村上に叫ぶ。


「翔、二人を頼むね」


「お、おう……って、なにする気だよ!」 


村上の声には焦りが滲んでいた。


 こはくはそのまま一歩、前へ。


「智也、いくぞ」


「うん」 

僕はこはくの背中を追うように歩き出した。


「お、おい! 二人とも!! 危ないから戻れって!」 

村上が小声で言う。


「智也くん! こはくちゃん、だめ! 危ないよ!」 

泉の言葉に、葉山も顔をこわばらせながら頷く。


  人々の悲鳴が遠のき、空気が重たく沈んでいく。 

僕とこはくは、人垣を抜け、争う男女の前へと歩み出た。


 こはくは静かに息を吸い、低く鋭い声を放つ。

「人間……おぬしは今正気でない。落ち着くのじゃ」


 男はその声に顔を歪め、包丁を構えたまま振り向く。


「はぁ? 誰だお前……! 部外者は引っ込んでろッ!!」


 こはくの表情が陰を帯びる。


「……話は、通じぬようじゃな」


「なにぃ? お前も俺をバカにしてんのか!?」 


男は唾を飛ばしながら叫んだ。


「みんなして俺を笑って……俺をコケにしやがって……!!」


 女性は涙声で叫ぶ。「いい加減にしてよ! お願いだから落ち着いてっ!」


 男は一瞬、その声にピクリと反応し、ゆっくりと彼女の方を向く。 

笑みとも痙攣ともつかぬ表情で、唇を歪めた。


「発端はお前だろ。そうだ……お前を殺せば……このモヤモヤも、きっと……消えるかもなぁ……?」


 にたり、と笑いながら包丁を高く振り上げる。 

刃先が照明の光を受け、ギラリと光った。


「――智也ッ!!」


 こはくの声が弾けた。


 その瞬間、世界が、スローモーションになった。


(体が……軽い……)


 僕の足が、自然に前へ出た。 

意識が研ぎ澄まされ、時間が引き延ばされていく。


(澪白さんに言われた通りだ……落ち着け、精神を沈めろ……恐れを飲み込め……“ただ、目の前のものを、守れ”)


 ――ドンッ!


 床を蹴る音が空気を裂いた。 


視界の端でこはくの白い髪が舞い、風圧が僕の背を押す。


 男の包丁が振り下ろされた瞬間――


 ――ガキィィンッ!!!


 鋭い金属音が響いた。 包丁の先が、床に突き刺さる。


「……は?」 


男が呆然と呟く。


 目の前にいたはずの女性が、消えていた。



 気づけば――



 僕の腕の中に、その女性がいた。 

女性は震えながら僕を見上げ、唇を震わせる。


「……だ、大丈夫ですか?」 

僕が息を整えながら問いかける。


「は、はい…」


 自分の心臓が激しく脈打っているのを感じた。怖くはない。

ただ、燃えるように熱い。


「なんだお前……どうやってそこまで――」


 男は僕の方を見て、血走った目をさらに見開く。 

その顔が、怒りとも恐怖ともつかぬ表情に歪んだ。


「……あああああああ!! どいつもこいつも、俺をバカにしやがって!!」


 唾を飛ばし、刃物を握り直して前に一歩踏み出す。 

僕は女性をかばいながら、冷静に周囲を見た。


(どうする……もう一度近づいたら危ない。でも、この女性をかばいながら逃げれるか――)


 そのとき。 低く、透き通るような声が響いた。


「……おい、人間」


 男がびくりと肩を震わせて振り向く。それは、こはくだった。 

瞳が金に光り、空気が一瞬で張り詰める。


「おぬしの相手は――わらわじゃ。」


 こはくの声音は低く、静かで、それでいて底冷えするような威圧を帯びていた。


「……はっ、かっこつけてんじゃねぇぞ、女がよぉ!」


 男は嘲るように笑い、包丁を振りかざして突進した。


 腕を弾く鋭い音が連続して響いた。 

こはくは身体をほとんど動かさず、手首のひらひらとした動きで刃を弾き飛ばす。


(人間が出せる力ではないな…) 


こはくはすれ違いざまに、男の腕をかわし、軽く腹に拳を入れる。


「ぐっ……! 痛てぇえっ……! てめぇ、この……!」


 男は痛みに顔を歪めながら、さらに狂ったように突進する。 

刃を縦横無尽に振り回し、叫び声を上げる。


「おらあああああああっ!!」


 こはくの姿が霞む。 


ほんの一瞬で、間合いが変わっていた。


「おさまらぬか、もう…終いじゃな」


 冷たく告げると同時に、こはくの手の平が男の手首をとらえた。



 パシィン!



 乾いた音が響き、包丁が宙を舞う。 

刃は地面に落ち、甲高い音を立てて滑っていった。


 男の目に映るのは、自分の腕をあっという間に制された現実。 

抵抗する間もなく、こはくは一歩踏み込み――


 シュコンッ!


 掌底が顎の真下に突き刺さる。 

男の体が一瞬浮き、目が白く反転し、そのまま後ろに崩れ落ちた。


 こはくは無言のまま、男を見下ろした。 

その金の瞳には、哀れみとも、怒りともつかぬ光が宿っている。


「おぬしは悪くない…眠っておれ。痛みと共に、少しは冷えるであろう…」


 その声は冷たくも優しかった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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