きらめく日常の中で
『神縁 ー しんえん』
大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。
心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。
過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。
人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。
――夕食時。リビング。
テーブルの上には煮込みハンバーグとサラダ、そして炊きたてのご飯。
こはくは湯気を浴びながら、幸せそうに頬をゆるめていた。
「ねぇ、叔母さん」
智也が箸を止め、少し気まずそうに切り出す。
「今度さ、みんなで海沿いのロッジを借りて、一泊したいって話が出てて……。だけど…未成年だから…その…」
叔母さんはレンゲを持ったまま首をかしげた。
「保護者が必要って話?いいわよー!智也くんの友達も見てみたいしね!」
「え、いいの?」
あまりにあっさりした返事に、智也は思わず聞き返す。
「もちろん!青春は一瞬よ!満喫しなきゃ損でしょ!」
叔母さんは楽しそうに笑って、ハンバーグを口に運んだ。
その横で、こはくが胸を張って得意げに言う。
「だから言ったじゃろ?叔母様ならきっと大丈夫だとな!」
「よく分かってるわね~こはくちゃんは!」
叔母さんが笑いながらお茶を飲んでいると、廊下の方から足音がした。
ふと視線を向けると、浴衣姿の澪白が髪をタオルで拭きながらリビングに現れる。
「賑やかだね…」
「澪ちゃん!ちょうどいいところに来たわ!」
叔母さんがパッと振り返り、満面の笑みで宣言する。
「そういうことだから、澪ちゃんも行くわよ!」
「……そういうこと?」
澪白はタオルを持ったまま瞬きをする。
「そう、智也くんが友達と旅行いくみたいなの!私同行するから澪ちゃんも一緒に行くの、澪ちゃんも水着買わないとね~!今度一緒に行きましょ!」
叔母さんが楽しそうに言うと、澪白は一瞬だけきょとんとしたあと、静かに首をかしげた。
「水着、私は泳がない……」
「着るわよね!大丈夫!私が選んであげる!」
「…………」
智也は苦笑し、こはくは嬉しそうに笑った。
――数日後。
学校は夏休みに入り、空はまぶしいほどの青さを増していた。
部活の掛け声や蝉の鳴き声が町に響き、どこか浮き立つような空気が流れている。
そんな中、智也たちは“夏の旅行”に向けた買い出しの日を迎えていた。
朝の駅前には、照りつける日差しと、休日特有のにぎわい。
待ち合わせ場所のロータリーには、智也・こはく・泉・村上・葉山の五人が顔をそろえていた。
「全員そろってるな!」
村上が腕を組み、胸を張って叫ぶ。
「よし、夏の戦士たちよ――出陣だーーっ!!!」
「うるさいっ!」
泉が反射的に頭をはたいた。パシンッと小気味いい音が響く。
「いってぇ!なんだよ沙月!こういうのは気合が大事なんだって!」
「駅前で叫ぶ気合いはいらないの!」
そのやりとりを眺めていたこはくが、にやっとしながらぽつり
「戦か?」
「ちがうわ!!!」
全員の声が見事に重なった。
こはくはぽかんとしたまま、耳をぴくりと動かしている。
「ふむ、戦ではないのじゃな?」
「買い物!旅行の準備!戦じゃなくて“水着とかサンダルとか”!」
とつっこむ泉。
「水着とサンダル…?」
「……まあ、いこうか」
智也は苦笑する。
「なんか、修学旅行みたいでわくわくするね」
葉山はそんな三人のやりとりにくすくす笑いながら、とつぶやいた。
「だろ?買い物こそ祭りの前哨戦だ!」
「はいはい、また変なこと言ってる」
泉が呆れ顔で返す。
智也はそんな二人を横目に、こはくの横顔を見つめた。
白い髪が日差しを受けて、きらきらと輝いている。
「よし、行くか!」
「「おーっ!!!」」
村上の大声を合図に、五人は笑いながら駅の改札をくぐり、ショッピングモールへと歩き出した。
モールに到着した瞬間、村上のテンションはMAXだった。
「うおおおっ、でっけぇ~な~!」
「翔の声がでかいわ!」
泉が即ツッコミをいれる。
「ふぅ~、じゃ、女子はこっちで買い物してくるね」
泉がバッグを肩にかけながら言うと、
「えぇ!? もう分かれるの!? せっかく来たのに!? 一緒に行こうぜ~!」
村上が即座に駄々をこねた。
「女子は女子で見る場所があるの!あとで合流するんだからいいでしょ」
「うぐっ……そ、そうか……女子の世界は深いんだな……」
「変な悟り開いてるな…」
「はいよー、智也行こうぜ! 男のロマン探しに!」
「ロマンの方向が違いそうで怖いんだけど……」
智也はこはくの方を振り向き、
「またあとで合流しよ。こはく、楽しんでね」
「うむ!」
こはくが元気よく頷く。
そのやり取りを見ていた泉が笑いながらウィンク。
「こはくちゃんは私に任せて! その代わり、智也くん、あのバカ頼むね!」
「おい、誰がバカだ!聞こえてんぞ!」
「言わなくてもわかるでしょ~、まったく耳はいいんだから」
「ほら智也~! 行くぞ~!」
村上が引っ張るように智也の腕をつかみ、二人は男子チームとして歩き出した。
「じゃ、あとで合流ね!」
泉と葉山、こはくが手を振る。
こうして、男チームと女チームに分かれて行動開始。
「まずは水着だね!」
泉が腕を組みながら、ずらりと並ぶカラフルな水着売り場を見渡した。
「すごい……いろんなのがあるね」
葉山が目を丸くする。
「ふむ……どれも布が……少なすぎるのじゃ……」
こはくが顔を赤らめ、思わず袖で口元を隠した。
「ちょ、こはくちゃん顔真っ赤! かわいい~!」
泉が笑いながら肩をぽんぽん叩く。
「べ、別に恥ずかしいわけではない……! わらわは、ただ……このような姿、人前で晒すものなのかと……」「そういうもんだよ。夏といえば水着! それに――」
泉はニヤリと笑い、こはくの耳元に顔を近づけた。
「水着姿のこはくちゃん見たら、智也くん……絶対よろこぶと思うな~?」
「なっ……!何を言っておるのじゃ!」
こはくの白い耳が一気にピンと立ち、尻尾までふわっと膨らむ。
「ははっ、反応が素直すぎてかわいい~!」
葉山はというと、少し離れた場所で真剣に悩んでいた。
「どれがいいんだろう……あんまり派手なのも勇気いるし……」
「うーん、葉山さんはスタイルいいからな~。なんでも似合うけど……私的にはこれかな!」
泉が差し出したのは、落ち着いた水色のワンピースタイプ。
「えっ……これ、私に似合うかな?」
「うん! 似合いすぎ! 清楚系最強!」
「じゃあ……これにしようかな。ありがと、泉さん」
「沙月でいいよ! 友達なんだから!」
「……うん。じゃあ、沙月ちゃん……なつみ…夏海でいいよ…」
葉山は少し照れながらも、嬉しそうに微笑む。
「わかったよ!夏海ちゃん!」
「うん!」
二人は顔を見合わせ、ふわりと笑い合った。
その横から、白い尻尾をふわふわ揺らしながらこはくがひょいと顔を出す。
「夏海というのか……夏海は…これが似合うと思うのじゃ」
こはくが手にしていたのは、ほぼ紐としか言えない極小ビキニ。
「ちょ、こはくちゃん!? これほぼ裸じゃん!」
「なっ、なにそれっ!?」
葉山の顔が一瞬で真っ赤に染まる。
三人は顔を見合わせて――同時に吹き出した。
「はははっ! こはくちゃん、それは攻めすぎ~!」
「わらわは真面目に選んだのじゃが……」
「それはさすがに着れないよ、こはくちゃん面白いね、はははっ!」
笑い声が広がり、夏の光がショーウィンドウにきらきらと反射した。
モールの一角にあるメンズ水着コーナー。
カラフルな海パンが並ぶ棚の前で、村上が腕を組んで唸っていた。
「なあ智也、海パンって何がいいんだ? てかさ、男の水着に需要ってあるのか?」
「んー……僕は派手じゃなければなんでもいいかな。あと、需要はないと思う」
智也が小さく笑うと、村上は肩をすくめてため息をついた。
「だよな〜。結局シンプルが一番か」
「これにすっか」
そう言いながら黒いサーフパンツを手に取り呟く。
「僕もこれにしようかな」
智也も隣で紺色の無地を手に取り頷いた。
少しの沈黙のあと、智也はふと口を開く。
「そういえばさ、翔って好きな人とかいるの?」
「ん? 急にどうした、智也」
村上が目を丸くし、すぐに笑って肩をすくめた。
「……まぁ、いるよ。小さい頃から、ずっと好きな人」
智也は少しだけ声を落とした。
「やっぱ……泉さん?」
「……ああ、うん」
「そっか」
村上は、視線を泳がせながらぽつりと語り始める。
「俺さ、もともとこんな性格じゃなかったんだよ。人の目ばっか気にして、自分の言いたいこと我慢して……そんなやつだったんだよ」
「そうなの? 想像つかないけど」
村上は少し笑いながら、棚に肘をついた。
「だよな〜。俺もたまに思うんだよ、“昔の俺どこ行ったんだ”ってさ。でも――こんな俺を変えてくれたのが、沙月なんだ」
「そっか……泉さんは、優しいもんね。 翔がどんなだったかは知らないけど、僕は今の翔、すごくいいと思うよ。 僕も、二人から元気もらってるし、二人がいなかったら今頃、学校なんてやめてたと思う、だから」
そう言いかけて横を見ると、村上の目から涙がぽろりと落ちた。
「智也ぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜!!」
「えっ、ちょっ、翔!? 何!? 」
次の瞬間、村上は僕に飛びついた。
「智也ぁ〜〜! ありがとう~! お前は俺の親友だぁ〜〜!!」
「いや、待って! 離れろって! 近い! 顔近いから!!」
智也が必死に村上の頬を押すも、男泣きの勢いは止まらない。
周りの買い物客がくすくすと笑い、「あら、青春ねぇ」と誰かが呟いた。
智也は真っ赤になって村上の背中を押しながら、
「翔っ、ほんと離れろってば!!!」と叫んだ。
「はぁ……すまん、感情が溢れすぎた」
「溢れすぎ……」
智也がため息をつきながらも苦笑を浮かべる。
二人は、水着の入った袋を手に、集合場所へ向かって歩き出した。
モールの吹き抜けから、午後の陽が柔らかく差し込んでいる。
しばらく無言で歩いていた村上が、ふと口を開いた。
「なあ、智也は、こはくちゃんのこと、どう思ってんだよ」
「え?」
「ただの親戚って無理あるだろ。何も思わないのか?」
少し言葉に詰まり、視線を落とした。
「うーん……思わないわけではないけど、翔と似た感じかも。 両親が急にいなくなって……生きてく気力がなかった時に、支えてくれたのが、こはくだったんだ」
村上は歩みを緩めて、少し真顔になる。
「……そっか。それって、好きとは違うのか? 尊敬とか、感謝に近い?」
しばらく考えてから、前を向いて答えた。
「わからないけど……離れたくない。失いたくないって気持ちは、あるかな」
村上は一瞬目を細め、そしてニヤリと笑った。
「そっかそっか、熱いねぇ~!」
「な、なんだよ、その顔」
「智也が照れてら~。よし、こはくちゃんに報告っと」
「やめろ! 絶対言うなって!」
「や~だよ~ん!」
村上が笑いながら逃げ、智也が袋を持ったまま追いかける。
そんな中、足を止める。――何か、違和感。
「……?」
すれ違った男が、ふらふらと歩いている。
ボサボサの髪、焦点の合わない瞳。
小さく何かを呟きながら、肩を揺らして通り過ぎていく。
(なんだ…なんか…血の気が、ない……?)
智也が振り返ると、その背中は人混みの中に消えていった。
不思議なざわめきが、胸の奥で波紋のように広がる。
「どうした、智也?」
振り返った村上が声をかける。
「あ、うん……なんでもない。行こ、みんな待ってるし」
智也は笑ってごまかし、再び歩き出した。
ただ、その笑みの奥に、どこか拭えないざらつきが残っていた。
――この日を境に、街のあちこちで“異変”が起こり始めることになった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




