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神縁  作者: 朝霧ネル
27/31

青空の下で

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。


それからの日々は、静かに、けれど確かに過ぎていった。 

教室には期末テストを前にした緊張が漂い、放課後の廊下には参考書を抱えた生徒たちの姿が絶えなかった。


 季節は、梅雨が明けかけた頃。 

窓の外では、夏の気配がゆっくりと忍び寄っていた。テスト前日の夜。 

僕は自室の机に向かい、静かに問題集を解いていた。 

ページをめくる音と、時計の針の音だけが響く。


 ――トントン。


 控えめなノック音に、僕は顔を上げた。


「どうぞ」


 そっと扉が開き、こはくが顔をのぞかせた。


「智也……ここ、わからぬのじゃが……教えてくれぬか?」 

教科書を胸に抱え、もじもじと立ち尽くしている。


「いいよ。どこ?」


 こはくは小さくうなずいて隣にきた。


「ここなのじゃ」 


そう言って教科書を開く。


そのとき――ふと肩が触れた。


「あ、ごめん」 


僕は反射的に身を引いた。


僕は、指で式を指し示す。


「ここはね、符号を整理して……ここを移項するんだよ」


「……なるほど、そういうことか」


「うん、あとは自分で解けると思うよ」


 こはくは軽くうなずき、教科書を閉じた。


「邪魔をしてすまぬ。助かったのじゃ」 


少しだけ元気のない声を残し、部屋を出ていく。



***



 月明かりの差し込む部屋。 

こはくはベッドに腰かけ、枕を抱きしめていた。

頭の中に、あの瞬間が繰り返される。 

肩が触れたときの、あたたかさ。 

そして、すぐに離れた智也の反応。


 ――葉山と肩が触れたときは、あんな顔をしていなかった。 


なぜ、わらわのときだけ……。


「わらわは、邪魔な存在なのか……?」


 胸の奥がきゅっと締めつけられる。 


そのとき、ふと泉の言葉がよみがえった。


 ――「違うよ。好きってね、誰かを大切に思うほど、他の人とは一緒にいられなくなるんだよ」。


 こはくは、枕をぎゅっと抱きしめた。 

“好き”という言葉の意味を、今になって理解しかけている自分に気づき、胸が苦しくなった。


 それでも、心の奥でその痛みを抱きしめたまま、 

こはくは静かにまぶたを閉じた。



***



 翌朝、教室には緊張とざわめきが満ちていた。


「はぁ〜……テストなんか滅べばいいのに……」 


村上が机に突っ伏して呻く。


「ほら、もうやるしかないって!」 


泉が明るく励ます。


「うむ!」


こはくも隣で頷く。


 一方で、僕と葉山は最後の確認をしていた。


「昨日の問題、ここ出そうだよね?」


「うん、確かに」


 その瞬間、教室の扉がガラリと開いた。


「はい、みんな席についてー。答案用紙配ります。」 

担任の声が響く。ざわめいていた教室の空気が一気に静まった。


生徒たちが慌てて席に戻り、机の上を整える。 


こはくも姿勢を正し、鉛筆を握りしめた。


「――それでは、始め!」鉛筆の音が静かに響く。 

ページをめくる音、唸る声、焦る村上。

 “国語、数学、社会”――そして翌日は“理科、英語”。


 二日間の戦いが終わるころ、教室の空気はぐったりとした安堵に包まれていた。


そして数日後。 


廊下の掲示板の前には、生徒たちが群がっていた。


「え、一位…」 

僕は目を丸くする。


「わ、私二位……」 

葉山が驚きの声を漏らした。


「ん~まずまずかな!」 

泉が声を上げ、こはくも自分の名前を探して首をかしげた。


「……智也、これはどうやって見るのじゃ?」


「えっとね、ここ。これが順位。こはくは、ここにいるよ」 

僕が指で示すと、こはくの目がぱっと輝いた。


「おぉ……真ん中より上なのじゃ!」

こはくは耳をぴんと立て、尻尾をぶんぶん揺らした。


「うん。よくがんばったね。あんな短期間でこの順位はすごいよ」


「そうなのか…?智也は……いちばん上なのじゃな」


「たまたまだよ」


「さすが智也なのじゃ」 

こはくが純粋な瞳で見上げ、僕は少し照れたように笑った。


 その横で、村上が掲示板を指さして叫ぶ。


「おっしゃぁぁ!! 赤点回避ぃぃ!!!」


「翔のテンションが一番高いのじゃ……」 


こはくが苦笑し、泉が笑いながら肩を叩く。


「よかったじゃん! 補修なしで夏休み突入だね!」


「うおおお、俺の夏がきたぁぁぁ!!!」 

村上の声が廊下に響き渡り、周囲からクスクスと笑いが起こる。


昼休み。 


廊下を歩く五人の中で、ひときわテンションが高い男がいた。


「ふはははっ! 赤点回避という名の奇跡を手にした俺に、もはや恐れるものなどないッ!」 


村上が胸を張り、腕を掲げながら叫ぶ。


「皆の者、今日の昼飯は——久々に太陽の下、風を感じながら食すっ!!屋上で青春をかみしめようぞ…!」


「久しぶりに来たな、翔のこの感じ…」 

僕がため息をつく。


「えっ、村上くん…?」 

初めて見る村上のハイテンションに、葉山がぽかんと口を開ける。


 泉が肩をすくめる。


「あー葉山さんは初めてだもんね、いつもこんな感じなのこいつは、今日はいつもに増してやばいけど…」


「沙月くん!なんだねその言い草は! 俺は“情熱”で動く男なのだよ!」


「はいはい、情熱で赤点回避した男ね」


 そんな中、こはくがきょとんとした顔で手を挙げた。


「燃え滾る情熱、それが翔じゃ!」


「おぉ! わかってるじゃねぇか、こはくちゃん!」 


村上が満面の笑みで親指を立てる。


「え~こはくちゃん乗っちゃうの!?そっち側にいかないでよ~」 


泉がすかさずツッコミを入れると、葉山が思わず吹き出した。


「ふふっ……なんか、面白いね」 

その笑顔に、僕もつられて苦笑する。夏の陽射しが白く反射する屋上。 

吹き抜ける風が、汗ばんだ肌をやさしくなでていく。 

久しぶりの“屋上ランチ”に、みんなの顔がどこか明るい。


「うまっ!!」 

村上がコンビニ弁当を豪快にかき込みながら叫ぶ。


「うるさい! せめて飲み込んでから喋りなさい!」 

泉がすかさずツッコミを入れると、こはくがくすっと笑った。


 パンを両手でもぐもぐ食べながら、こはくがふと空を見上げる。


「この風、好きじゃ。」


「そうだね、夏って感じがする」 


僕も同じ方向に目を向ける。


 その言葉に、こはくは目を細めて小さくうなずいた。


「夏休み、みんなでどっか行きたいね」 


泉が何気なく言うと、村上がすぐさま食いついた。


「海! 海だろ! 焼きそば! スイカ! ビーチボール!」 

箸を振り回す村上に、泉が呆れ顔をする。


「単語並べただけじゃん……」


「海か……見てみたいのじゃ!」 

こはくの瞳がぱっと輝く。


「おっ、こはくちゃんは海デビューか!?」 

村上がニヤリと笑う。


「海ってのはな、果てしなく広がる青の楽園だ! 水平線まで続く自由のステージ! 照りつける太陽、きらめく波、そして焼きそば!」


「焼きそば……?」 


こはくが首をかしげ、周りが笑いに包まれる。


「焼きそばは関係ないけど…でもいいじゃん、それ!」

泉が嬉しそうに言った。


「せっかくだし、みんなで泊まりで行こうよ! ロッジとか借りてさ!」


「おお、それ最高じゃん!」 

村上がすぐに乗っかる。


「夜は花火して、朝は海辺でモーニングコーヒーとか? 青春が止まらねぇ〜!」


「はいはい、落ち着いて!」 

泉が軽くツッコミを入れつつも、どこか楽しそうだった。


「でも……泊まりって、保護者なしじゃ無理なんじゃない?未成年だし…」 

僕が冷静に言うと、村上が「うっ」と詰まる。


「俺の母ちゃんは、海とか嫌いだしな…来てくれる想像がつかん…」


「私のとこも無理そう。うちの親、心配性だし…」 


泉も苦笑する。


 少し沈黙が流れる。


「じゃあさ、僕……叔母さんに聞いてみるよ。もしかしたら、なんとかなるかもしれない」


「マジで!? 智也んちの叔母さん、神!」 

村上が両手を合わせて拝むポーズを取る。


「叔母様なら来てくれるじゃろ! そういうの、好きそうなのじゃ!」 


こはくが無邪気に言った瞬間——


「え?」 


村上、泉、葉山の三人が、そろって固まる。


「……やば」 

智也は焦って、こはくの口に人差し指を当てた。


「こはく、それ以上は!」 

その近さに、こはくの顔が一気に赤くなる。


「な、なにをするのじゃ……!」


 その空気を割るように、村上が真顔で首をかしげる。


「てか、こはくちゃんなんで智也の叔母さんのこと知ってんだ? 前も弁当同じだったよな? え、これ偶然? いや、もしかして……?」


 泉が慌ててフォローを入れる。


「それは親戚なんだから、付き合いもあるでしょ! 余計な詮索しないの!」


 しかし村上は真剣な顔のまま、

「……え、疑問に思ったことを聞いてはいけない……? 沙月氏、それは人としてどうなんだ……?」


「いいから黙ってなさいよ、この!」


「い、痛いでござるぅ!」 


二人がわちゃわちゃし始め、こはくがきょとんと見つめる。


 その横で、葉山が小さくつぶやいた。


「……仲いいんだね、二人は」


 僕は苦笑しながら頭をかく。


「はは……親戚だからね」


少し落ち着いたところで、村上が急に真顔に戻る。


「じゃあもし、智也の叔母さんがOKしてくれたら……その日で夏を満喫できるってわけだ!それに沙月とこはくちゃん、葉山さんの水着姿も見れるしな。いや〜青春だねぇ〜!」


「は、はぁ!? 見せないしっ!」 


泉が顔を真っ赤にする。


「え、私も?」 


葉山が小さく首をかしげる。


「え、葉山さん行けないの?」 

泉が少し困ったように尋ねた。


「葉山さんも来てくれる前提で話してたんだけど……」


 村上が両手を広げて言う。

「えー! 葉山さんもこのグループの一期生だろ!?そんな悲しいこと言わないでくれよ〜!」

 僕も笑顔で言葉を添える。


「一緒に行こうよ、葉山さん」 


こはくもうんうんと頷いた。


その言葉に、葉山は一瞬まばたきをして――そして、静かにうつむいた。


 頬に、ぽつりと涙が落ちる。


「えっ、ちょ、ちょっと葉山さん!? どうしたの!?」 

泉が慌てて身を乗り出す。


「ちょ…!?」 


僕も焦ってオロオロする。


 村上はというと、すぐさま両手を上げて叫んだ。


「お、俺は何もしていないっ! 完全に無実だっ!!」 

その表情があまりに真剣で、逆に場の空気が少し和む。

少し間を置いて、葉山は小さく首を振り、目に涙を浮かべながら、震える声で言った。


「違うの……私、こんなふうに遊びに行く友達ができたこと、なくて……だから、うれしくて……」


 泉がそっと肩に手を置く。


「葉山さんに何があったかはわからないけどさ、私たちは葉山さんを大切な友達だと思ってる。だからさ、高校生活、思い出たくさん作ってこ!でしょ!?翔!」


「お、おう!! 大船に乗ったつもりでいてくれ!」

 村上が顔を引きつらせながら答える。


「使い方間違ってんのよ!」

泉は村上の耳を引っ張る。


「だから、い、痛いでござるぅぅ!!」 

泉に耳を引っ張られ、再び笑いがこぼれる。


 僕も優しく笑い、こはくも静かに頷く。


 葉山は涙をぬぐいながら、にっこりと笑った。

「うん……ありがとう、みんな」


 その瞬間、屋上に吹く風が少しやわらぎ、真夏の陽射しが雲に隠れた。 

まるで、照りつける季節の中に、一瞬の優しい影が落ちたようだった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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