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神縁  作者: 朝霧ネル
23/31

青春と試練

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。

朝の通学路。


制服姿の生徒たちがちらほらと道を行き交い、校門の方へと足を向けている。

僕とこはくも並んで歩いていた。僕がふいに横目を向け、少し迷いながら口を開く。

「昨日のこと、もう平気?」


こはくはきょとんと首を傾げる。

「うむ、大丈夫じゃ」


僕は視線を逸らす。

「そっか…」


しばし沈黙が落ちる。だが、今度はこはくの方が真剣な眼差しを向けてきた。

「むしろ、智也こそ大丈夫なのか? あんな現実を見せられて」


僕はほんの少し間を置いてから、前を見据えて答える。

「正直、今でも信じられない。だけど……受け止めるしかないよね」


こはくは歩調を緩め、後ろで両手を組みながら小さくつぶやく。

「そうか……」


再び沈黙。だがやがて思い出したように顔を上げる。

「そういえば、昨日、体に異変があったのか?」


僕は自分の手を見つめ、ゆっくりとうなずいた。

「うん。こはくが朽神に吹き飛ばされたとき、胸の奥から沸き上がるような感情があって……。体が急に軽くなって、息もしやすくなって……体がすごく熱くなったんだ。あんなの、初めてで」


こはくは言葉を飲み込み、しばし僕の横顔を見つめる。そしてほんの少し、声を落として口にした。

「そうか……心配、してくれたのか?」


僕は立ち止まり、真剣な眼差しでこはくを見つめる。

「当たり前だよ。すごく……心配した」


その言葉に、こはくは思わず視線を逸らす。

頬がわずかに赤く染まり、耳の先も揺れる。

「ありがとな…」


少し気まずい空気をまとったまま歩いていると背後から、突然、勢いよく声が飛んできた。

「おーい!お二人さ~ん!」

振り返る間もなく、ガシッと肩を組まれる。

「うわっ……って…翔か…」


「おい、なんだその言い草は」


そこへ、こはくの横からひょこっと顔をのぞかせる影があった。

「こはくちゃん、智也くん!おはよ!」


泉が元気に手を振ってくる。

「おはよう」

「おはよう~」

二人が返すと、


「おはよ!しっかし朝から仲いいねぇ~お二人さんは!」

冷やかすように言った村上に、こはくはきょとんとした顔で、首を傾げながら即答した。


「ん?そうじゃが?悪いことなのか?」


一瞬の沈黙。


「おお……マジか……全肯定女子……!いや、天然なのか?どっちなんだ……?」

村上がつぶやく。


「変な意味じゃないから!」

僕は慌てて手を振る。


「智也くん、図星…?」

泉は苦笑しながらさらりと返す。


「ち、違うって!」

耳まで赤くなる僕を横目に、こはくは首をかしげたまま。


「はぁ~、見てるこっちが楽しいわ」

と村上はニヤけた。




昼休みが終わり、ざわめく教室。

女性の担任が教壇に立ち、手を叩いて声を張り上げた。


「はい、静かにー! 来週は球技祭があります。そのメンバーを今から決めますよ!」


その一言に、クラス中が一気に色めき立った。

「やった!」「めんどくさー」「応援だけでいい!」

など、あちこちから声が飛ぶ。


僕は苦笑しながら前の黒板を見つめる。こういう行事ごとは嫌いじゃない。

でも、こはくはどうするんだろう……とちらりと隣を見ると、金色の瞳はきらきら輝いていた。


「きゅうぎ……? それは何じゃ!?」


小声で尋ねるこはくに、泉が少し考え込みながら答える。

「球技っていうのはね、ボールを使ったスポーツのこと。バスケとか、バレーとか……」


「……?」

首を傾げるこはく。


困ったように笑った泉は、少し言葉を選んで続ける。

「うーん……まあ、言ってしまえば“一種の戦い”かな?」


「なんと! 戦いか!」

こはくは机から思わず身を乗り出し、瞳を一層輝かせた。


すると村上が得意げに腕を組み、どこか芝居がかった声で語り出した。

「そう、球技祭とは――己の青春をかけた、血と汗と涙の激闘の祭典! すなわち――真剣勝負ッ!」


「おお……!」

さらに期待を高めるこはく。


「いやいやいや、そんな大げさじゃないから!」

泉が慌ててツッコミを入れる。

「ただのスポーツ大会だからね!?」


僕は額に手を当てて深いため息をついた。

「まったく…」


「じゃあ、男子はバスケ・サッカー、女子はバレー・テニスのどれかに分かれてください!」


すぐに立ち上がったのは村上だ。

「俺はバスケ!決まり!誰がなんと言おうとバスケ一択!」


「今日も元気ですね村上君は!バスケ枠あと四人ですよ~」


「智也!お前もバスケな!」


「えっ、僕? いや、別にいいけど……」


「よっしゃ決まり!俺と智也の黄金コンビで無双だ!」


「黄金でもなんでもないけどな」


「私はバレーがいいな!」

「俺、絶対サッカー!」

活気づく教室の中、泉がすぐに元気よく手を挙げる。


「私、女子バレー!――ね、こはくちゃんも一緒にやろうよ!」


突然の誘いに、こはくはきょとんと目を丸くしたが、すぐに胸を張って言い返した。

「よくわからんが……やってやるのじゃ!」


勢いよく立ち上がると、教室の空気がぱっと明るくなる。

「おお~!意外とやる気満々!」

「泉さんとこはくちゃんとか、最強コンビだろ!」

「これ女子バレー、優勝まちがいなしじゃね?」

あちこちから感嘆や歓声が飛び交った。


泉はにっこりと笑い、こはくの手をぎゅっと握る。

「一緒に頑張ろうね!」

「う、うむ!任せておけ!」

あちこちから感嘆や歓声が飛び交い、自然と泉とこはくに注目が集まる。

そんな空気を切り裂くように、後ろから村上が声を張り上げた。


「おいおい!女子ばっか注目すんなよ!俺ら男子バスケも優勝すっからな!なぁ智也!」


肩をぐいっと叩きながら、村上はにやりと笑う。

そして、泉に向かって指を突きつけた。


「特にお前だ、ぃじゅ……沙月! バレーがどうとか言ってるけど、優勝するのは俺らだ! 負けねーぞ!」


「っ……!」

いきなり名前で呼ばれて、一瞬泉の頬が赤くなる。

だがすぐに立ち上がり、腕を組んで睨み返した。


「の、望むところよ! しぃ……翔!――じゃあこうしない?どっちかが優勝できなかったら……一年間、毎日ジュースを奢る! 文句ないよねぇ!?」


「はぁ!? 言ったな! 上等だ!」

二人の間にバチバチと火花が散る。


「「おお~~!」」

クラス中が大笑いに包まれる中――泉と村上は、同時に真っ赤になって視線をそらした。


こはくは横で、その熱気に尻尾をぶんぶん揺らして楽しそうにしている。

一方僕は机に肘をつきながら、心の中でため息をついた。


(相手は他のクラスなんですけど……)



他の生徒たちも次々に声を上げ始める。

「俺はバスケだな!」

「サッカーやろうぜ!」

「私、テニス部だったしテニス頑張ろうかな。――ね、一緒にペア組もう!」

々と希望が飛び出し、黒板に埋まっていく名前。

バスケ、バレー、サッカー、テニス……枠が一つずつ決まるたびに、教室は拍手や笑い声で満ちていった。


「じゃあ――」

担任がチョークを置き、黒板を叩いて言う。


「このメンバーで決定します! この球技祭は私にとってもみんなにとっても初めて。せっかくだから――B組で優勝しましょう!」


明るく響く声に、クラス全体の空気が一気に高まった。


「「「おおーーーーっ!!!」」」


机を叩く者、拳を突き上げる者、笑顔で隣とハイタッチする者――みんなが一つになったような熱気に包まれる。こはくは、きらきらと瞳を輝かせながら尻尾まで揺らしている。

――そんな姿に、僕は思わず微笑んだ。


放課後、チャイムが鳴った瞬間、ガタッと音を立てて椅子を蹴るように村上が立ち上がった。

「よし!全体練習の前に抜け駆け練習しようぜ!」


「ほんと元気だね、翔は」

僕は苦笑する。


「当然だろ!ここから俺の青春が始まるんだ!」


泉は思わず吹き出して肩をすくめた。

「はいはい。じゃあ私たちもやろっか! こはくちゃん!」


「うむ!」

こはくは即答し、耳と尻尾をぴんと立てた。


――こうして4人は並んで体育館へと向かう。

夕方の光が窓から差し込み、広々とした空間は部活もなく、しんと静まり返っていた。


「今日はどの部活も使ってないみたいだな。貸し切りだぜ!」

村上が腕をぶんと回し、得意げに笑う。


その静寂を破るように、バスケットボールが床を弾む低い音と、バレーボールの軽やかな音が交錯し始めた。


村上と僕はバスケットボールを手に取り、さっそくシュート練習を始める。

「智也!パス!」

「はいよ!」


ドンッと弾む音、ふわりと飛ぶボール。

ネットが大きく揺れる。


「へっへー、決まった!」

村上は汗をぬぐいながらドヤ顔。


僕もシュートを試みる。

だが――ボールが、妙に軽く感じる。


(……なんだ、この感覚)


一瞬だけ胸にざわりとした違和感を覚えるが、すぐに息を整え直し、黙ってリングを見上げ、こはくと泉のほうに目を向ける。


こはくは泉と並び、バレーボールの練習に挑んでいた。

「こはくちゃん、まずはトスからね!」

泉が両手の形を作り、そっと上へボールを放る。

「こうやって、力を入れすぎないように――」


「うむ、任せよ!」

こはくは勢いよく受け止め、ぎこちない動きで上に弾き返す。


ポンッ――軽やかな音が響いた。

「すごいじゃん! 初めてなのにちゃんとできてる!」

泉がぱっと笑顔になる。


「ふふん、当然じゃ!」

誇らしげに胸を張るこはく。耳と尻尾までぴんと立ち、夕陽を浴びてきらめいていた。




やがて練習も終わり、四人は並んで校門を抜けた。暮れゆく空の色がにじみ、影が長く伸びる。


「じゃあまた明日!」

村上と泉は軽やかに手を振り、それぞれの道へと分かれていった。


僕とこはく。

二人きりの帰り道に、夕暮れの風が頬を撫でる。


「……大丈夫? 疲れてない?」

ちらりとこはくの横顔をうかがう。


「平気じゃ。バレー……楽しかったのじゃ!」

こはくは頬を少し赤らめ、耳と尻尾を揺らしながら、素直な笑顔を浮かべる。


そして、ふと視線を前に戻し、少し柔らかな声で続けた。

「わらわは、ああして皆で騒いだり、笑ったりすることがなかったから……今がとても、楽しいのじゃ」

その顔は、まるで夕陽に溶けるようにやさしい微笑みだった。


僕はその表情に胸がじんわり温かくなり、言葉を選びながら口を開いた。

「……そうなんだ。じゃあさ、忘れられないような、たくさんの楽しい思い出を作っていこうよ」


こはくが不思議そうに僕を見上げる。


慌てて、僕は手を振った。

「あ、もちろん翔とか泉とか、みんなでの思い出だよ!」

照れ隠しのように笑う。


こはくは一瞬きょとんとした後、ゆっくり前を向きなおし、夕風に髪をなびかせた。

「……そうじゃな」


――やがて家の前にたどり着くと、そこにひとつの影が待っていた。

白い髪が夕風に揺れ、紫水晶の瞳が静かに二人を迎える。


「……おかえりなさい、こはく、智也」


「姉上?」

「澪白さん……?」


神秘的な声に、こはくが立ち止まる。澪白は小さく頷き、淡々と告げた。


「帰って早々悪いのだけど、皆が揃うには、まだ時間がかかる。――智也。今日から少しずつでも、眠る力を引き出しておく必要がある」


その言葉に、こはくは息を呑み、僕は拳を握る。

「昨日言っていた……特訓、ですか?」


「うん。負担をかけるけど……智也の力が必要。どうか、協力してほしい…」


僕は真剣な眼差しでうなずいた。

「わかりました」


夕暮れの静寂を切り裂くように、これから始まる「特訓」の気配が漂い始めていた――。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。

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