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神縁  作者: 朝霧ネル
20/31

集結の鈴

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。



ぐあん——。


視界が再び波打ち、先ほどの家庭の匂いや湯気は遠ざかった。

今度に現れたのは、先ほどとは対照的な――暗く、鈍い光の差す神界だった。

石造りの廊、祓いの鈴のような残響。神殿の中心に、純白の衣をまとった女性、澪白、白華、そしてもう一方で三つの影が並び、はっきりとは見えないが確かに三つの気配がそこにあった。


女神はぽつり、と小さく言った。声は眠りから呼び起こすようで、しかしどこか決然としていた。


「最後の命を出す…」


白華の顔が強張る。その目は震えたが、静かに、しかし強く女神を見返した。


「白華…子を連れて人間界に逃げよ…」

「四神は各持ち場で人間界に結界を張るのだ。禍津が人間界へ渡ることは、すなわち終焉を意味する。もし…私が破れたなら、残る者はすぐに人間界へ行け。命ずる…」


白華はゆっくり首を振る。唇に小さな震えを宿らせ、毅然と返した。


「いいえ。私は女神様と戦います。ここで――」


女神の声に、いつもより鋭い冷たさが差す。

「これは私からの命だ、白華。命に背くことは許さぬ…」


廊の端に置かれた影の一つが、低い男声を漏らす。

姿ははっきりとしないが、その声は氷のように冷静だ。

「白華、女神様の命だ。為すべきことを為え」


白華はやがて、澪白の方へと静かに顔を向けた。

その瞳に、抱ききれぬほどの愛情と諦観が満ちている。


「澪…こはくを、お願いできる?」


澪白は咄嗟に手を伸ばし、拒むように言葉を重ねた。


「な、なにを言っているの…」


しかし白華は、悲しげに微笑んで首を振る。掌の先に、ほのかな光が集まり始めた。古い言葉を紡ぐような、低唱じみた響きが差し込む。神殿の空気が張り詰め、石の目も震える。


「澪…たくさん背負わせてしまってごめんね。こはくには、あなたの社で待つよう伝えてある。」


その声は、澪白の胸に鋭く突き刺さる。澪白は手を伸ばし、白華の腕を掴もうとする


――その瞬間、


白華の指先から一筋の青白い線が天へ走った。気配が廻り、五つの影がひとつの輪になって震える。


神尾妖縁(しんびようえん)護位遁ごいとん)…それぞれを、所へ還せ」


言葉が終わると同時に、四つの気配が鋭く振動した。

光の粒子が四方へ飛び散り、影たちはひとりずつ、またたく間に輪郭を取り戻す。

だがその輪郭は一瞬のうちに引きちぎられ、四方へ吸い込まれていった。


澪白は歪む視界のなかで叫んだ。

「ふざけるなっ… 私も戦う、私はここで――」

けれど白華の手は澪白の頬にふれるように伸び、ほんの一瞬、暖かさを残して指先が離れた。


白華の瞳に涙が光る。


「澪…みんな…必ず戻るから、それまで、こはくを、お願い……」

澪白は言葉を詰まらせた。何か叫ぼうとしたが、言葉は石のように口の中で砕けた。

天の風が走り、鈴の音のような最後の余韻が残る。


そこで――視界が光に呑まれ、音が遠ざかる。記憶は切り取られ、終わりを告げた。


——そして、僕たちはいっせいに目を開けた。こはくの尾がぎし、と軋む音が、静まり返った空間に異様に大きく響く。

叔母さんは口を開きかけて、けれど何も言えず、浅い呼吸だけが震えるように漏れていた。


僕は頬を伝う涙を拭おうともしなかった。ただ熱い筋が肌を滑り落ちていく。

胸の奥は重く、息をするたびに喉が詰まる。


目の前にいる澪白も、こはくも、叔母さんも、誰も言葉を選べずにいた。

音が消えたような部屋に、三人分の荒い息づかいだけが響いていた――。

やがて、その震えが言葉に変わる。


「……母上は……その後、どうなったのじゃ……」

こはくの声は震えていた。


澪白はうつむき、ぎゅっと唇を噛んだ。

「わからない。ただ……」

苦しげに目を閉じる。

「ある時、女神様の波長がふっと消えた。その場には――これが……」


懐からそっと取り出されたのは、色褪せながらも大切に守られてきた折り紙。

小さな手で不器用に折られた、お守り袋のかたち。


「……!」


こはくの金の瞳が揺れ、震える手でそれを受け取る。

こはくはそれを胸に押し当て、尾を震わせながら歯を食いしばった。

声にならない嗚咽が、あふれ出す。


部屋の空気はさらに重く沈んだ。叔母さんは胸元を握りしめ、僕は拳を固く握る。


こはくは折り紙を胸に押し当て、ぐしゃりと握りしめた。


「……っ」


金の瞳に大粒の涙がにじむ。


次の瞬間、立ち上がったかと思うと、尾を大きく揺らして駆け出した。


「こはく…」

僕が呼び止める声も、届かない。


ぱたん、と音を立てて自室の扉が閉まる。




静寂が戻った居間に、取り残された僕たちは互いに言葉を失った。叔母さんの唇が震えた。


「……智也くんは……お姉ちゃんの子じゃ、なかったの……?」

言葉を紡ぐごとに、叔母さんの肩が小さく震えていく。

「……智也くん、ごめんね……」

震える声がこぼれる。

「私、何も知らなくて……ずっとお姉ちゃんの子だと思い込んで……本当のことを知らずに……ごめんね……」

その姿に、胸が締めつけられる。僕は強く息を吸い、声を絞り出した。


「違うよ…」


叔母さんが顔を上げる。赤く潤んだ瞳が僕を射抜いた。

「僕を育ててくれたのは……二人だよ。養父母でも、血がつながってなくても……あの二人が、僕の両親だった、そして、蒼玄さん、香織さんも……」

「叔母さんも……ずっと僕を見守ってくれた。僕にとっては……本当の家族なんだ」


僕は叔母さんの震えた手に叔母さんは両腕で僕を強く抱き寄せた。


「……」

声にならない声を必死にこらえながら、ただ僕を抱きしめる力だけが強くなる。


僕はその背中に静かに手を回し、目を閉じた。胸の奥に広がる温もりが、何よりも答えだった。


ひとしきり落ち着いた後、僕は口を開く。


「……香織さんは、どうやって……僕を引き取ってくれる人を探したんですか」

自分の喉がひどく乾いていることに気づいた。


澪白はしばらく黙したあと、机の上に置かれた木箱へと視線を向けた。

開いた木箱、中には古びた札が収められている。

そこには、確かに「青龍」の二文字が刻まれていた。


「詳しいことはわからない。ただ、これがあるということは……香織さん自身が、お二人に智也を託したのだろう」


僕は言葉を失い、うつむいた。胸の奥で重たいものが渦巻き、喉の奥に張りつく。


すると澪白は、静かに言葉を継いだ。

「でも――香織さんは、智也を愛していた。そのことだけは、どうか疑わないでほしい。責めないであげてほしい」


その声音に、胸が熱くなった。僕は自分の手を見つめながら、かすかに震える声でつぶやいた。

「……香織さん……」


沈黙が落ちた。だが澪白はすぐに視線を上げ、僕を真っ直ぐに見据える。

「そして……先程の朽神との遭遇で、智也は気づいたはずだ。――青龍の力に」


僕は思わず顔を上げる。


「……確かに。体が……軽くなった感じがありました」


すると、叔母さんがはっと声を上げた。


「え!? 朽神が……また出たの!?」


「うん。でも……澪白さんが助けてくれたんだ」

僕がそう答えると、


叔母さんは青ざめた顔のまま、深く頭を下げた。

「澪白さん……ありがとうございます」


だが澪白は、首を横に振る。澪白はしばし目を閉じ、深く息を吐いた。そして、静かに僕を見据える。


「……智也。禍津の力は、日に日に増している。いずれ……人の世にまで及ぶ。危険を承知で、お願いがある。――力を、貸してほしい」


その言葉に、部屋の空気が重く揺れる。叔母さんが苦しげに唇を噛み、やがて悲しそうに首を振った。


「……それは……智也くんが、やらなきゃいけないことなの……?」

震える声。


目尻には光がにじみ、頬を伝いそうに揺れていた。


そして、堪えきれずに言葉があふれる。

「智也くんは……私の生きがいなの。血のつながりなんて、どうでもいい。私にとっては、唯一の、たったひとりの家族なの……」


澪白はその声を聞き、うつむいた。長い髪が頬を隠し、表情は読み取れなかった。


重い沈黙の中で、気づけば僕は口を開いていた。


「……僕、やるよ」


自分でも驚くほど小さな声だった。だが、その言葉に叔母さんと澪白が同時に顔を上げ、驚きの色を浮かべる。


「智也くん……?」


「なにができるかわからない。でも……」

喉の奥が震えるのを、必死にこらえる。

「こうして……こはくや澪白さんに会えた。そして、叔母さん……何もしないで、みんなを失うほうが、ずっとつらい…」


胸の奥で何かが静かに燃え始めていた。叔母さんは再び俯いたが、やがて顔を上げ、涙に滲む瞳で澪白を鋭く射抜いた。


「……澪白さん。智也くんに……何かあったら、絶対に許しませんから……!」


その言葉は震えながらも、決意に満ちていた。


澪白は真っ直ぐに受け止めると、静かに膝をつき、正座をして深々と頭を下げた。

「……はい。私を含め、四神が必ずお守りいたします。」


その姿に胸が熱くなり、思わず僕は呟いていた。


「……叔母さん……」


すると叔母さんはすぐに顔をこちらに向け、涙を拭う間もなく強い声で言った。

「智也くんも! 無理したら……許さないからね!」


僕はぐっと唇を噛み、力強く頷くしかなかった。


やがて澪白は、視線を前に据える。

「結界は……まだ持ちます。だが悠長にはできない。智也、その力を最大限引き出すために、特訓を行う……」


一呼吸置き、声をさらに強める。


「けれど、まだその時ではない。――まずは、他の三神を呼ぶ…」


そう言うと、懐から小さな鈴を取り出した。澪白の指先が軽やかに揺らすと、ひとつ、澄み切った音が響き渡る。


――リン……。


透明で美しい音色が、静まり返った部屋の空気を震わせた。





――西の地。

夕焼けに染まる森の稜線を、白と黒の尾がゆらりと揺れていた。

その揺らめきは、風に舞う影ではなく、確かな生の鼓動を帯びた存在。


「……あっ、澪ちゃんだ!」耳がぴんと立ち、瞳が輝きを増す。

次の瞬間、声高に叫び、足を地に蹴った。


「いま行くのだ~~っ!」


その小さな体は弾丸のように駆け出す。

白と黒、二色の尾を翻しながら、森を突き抜ける風と化して走りはじめた――。





――南の大地。

熱気をはらんだ風が吹き抜ける。

その中心、赤い髪を揺らしながら翼を広げる影が立っていた。


「……へえ、澪はんが動いたんか?」赤い瞳が細められ、口元にいたずらっぽい笑みが浮かぶ。


次の瞬間、翼をぱたんと広げ、炎を巻き上げるように空を蹴った。


「おもろなってきたやん! うちの出番やなぁ~!」


火の粉を散らしながら、彼女は南の空を切り裂き、一直線に翔けていった――。






――中央の地。緑濃き森の奥に、ひとり佇む影があった。

白銀に近いエメラルドの髪を風に揺らし、透き通るような瞳は静かに空を見上げている。


「……澪白。何かを、見つけたか…」

低く穏やかな声が森に溶ける。


木々の間を抜ける光が、その姿を神秘的に照らした。

長い沈黙ののち、彼は小さく目を細める。


微かな嘆息と共に言葉を紡ぐと、その場からふっと姿を消した。

ただ、森に残ったのは柔らかな風の音だけだった――。







鈴の澄んだ音色がまだ部屋に残っていた。僕は思わず問いかける。


「……その鈴は?」


澪白は膝をついたまま、指先で静かに鈴を撫でる。

「五神を呼び寄せるための呼び鈴…」


その言葉に重みが宿るのを感じながら、僕は黙って見つめた。


すると、叔母さんがゆっくりと立ち上がり、澪白の前に歩み出る。

澪白は首をかしげ、怪訝そうに叔母さんを見上げた。


次の瞬間――叔母さんの手が、そっと澪白の頭に置かれた。


「……さっきは、きついことを言ってしまって、ごめんなさい」柔らかな声。

そのまま、澪白の白い髪を撫でる。

「あなたが、一番つらかったのよね……」


澪白は驚いたように目を見開き、その場で硬直した。声は出ない。

ただ、頬を伝う涙だけがぽたりと落ちる。

叔母さんは澪白の頭を撫でながら、静かに言った。

「あなた……きっと、誰にも甘えてこなかったんでしょ。ずっと一人で、何とかしようとしてきたんだね」


澪白の肩が小さく震える。


叔母さんは続けた。

「それが、あなたのいた環境のせいなのか、性格なのか……私にはわからない。でもね、少なくとも――私といるときは、甘えていいのよ」


その瞬間、澪白の胸を何かが突き破った。硬直したまま涙が溢れ出し、止まらなかった。

そんな澪白を撫でながら、叔母さんはぽつりと呟いた。

「ほんと……あなたも、こはくちゃんも、強がりなんだから」


僕はその光景を見て、胸が熱くなる。


そして、ふとこはくの部屋の方に視線をずらす。


閉ざされた扉。その向こうにいるこはくのことが、無性に気になった。


読んでいただき、ありがとうございます。

今後、諸事情で曜日は不定期になります。

申し訳ございません。


これからも読んでいただけると、幸いです。

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