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神縁  作者: 朝霧ネル
18/31

告げる刻

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。


(あの方……?)


思わず小さく口にしてしまう。疑問が頭を埋め尽くす中、澪白はふっと目許を和らげた。

懐かしさを含んだ微笑み。


「あの方って――」


僕が問いかけようとした瞬間、


「なぜ今になって来たのじゃ……わらわをひとりにしておいて……」

こはくは花をいじりながら、拗ねたように小さな声で呟いた。


澪白はその姿を静かに見つめ、そっと手を伸ばす。


「……ごめんね、こはく」

頭をやさしくポンポンと撫でる。


「ふ、ふんっ!」

こはくはそっぽを向いて照れ隠しをする。だが耳の先が赤く染まっているのを、僕は見逃さなかった。


そのまま立ち上がったこはくは、誤魔化すように白い蛇を呼ぶ。

「武蛇! 一緒に遊ぶのじゃ!」


蛇は嬉しそうにとぐろを巻き、くるりと尾を揺らす。

こはくは桜の木の下まで駆けていき、蛇とじゃれ合い始めた。

笑い声が風に溶け、さっきまでの険しい空気が嘘のように和らいでいく。


僕はその様子を眺めつつ、隣に座る澪白に視線を戻す。

「さっき……僕が誰かに似ているって言ってましたよね…?」

思い切って声をかけた。


「知り合いに……僕と似てる人がいるんですか?」


澪白はしばらく無言で花畑の向こうを見つめていた。


やがて、ほんの少しだけ微笑み、静かに口を開く。

「そう…」


その声音には懐かしさと、消えない哀しみが滲んでいた。


「どんな…人だったんですか…?」

気づけば、口が勝手に動いていた。僕は隣の澪白に視線を向ける。


澪白は、静かに目を閉じる。


「――優しい方だった。厳しさもあったけれど、誰よりも仲間を思い、誰よりも真っ直ぐで……そして、とても強かった」


一言ごとに、淡い追憶が滲む。声は落ち着いているのに、奥底には懐かしさと切なさが絡み合っていた。


僕は小さく息をつき、わずかに微笑んだ。

「すごいですね。僕とは大違いです…」


そう言いながら、視線を遠くへ向ける。


桜の木の下から、こはくの笑い声が風に乗って届いてくる。

「やめろ~武蛇!くすぐったいのじゃ~!」

白い蛇が尾を揺らし、こはくがころころと転げ回る姿が見える。


その声に、澪白の瞳が僕へと戻る。

「そんなことはない……。だって、君は――」

意味深に言いかけたその時、僕と視線が交わる。


「智也~! こっち来るのじゃ~!」

こはくが遠くから大きく手を振った。


はっとして立ち上がり、手を振り返す。

「はーい、今行く~!ちょっと行ってきますね…」

駆け足でこはくのもとへ向かっていった。




澪白は二人と武蛇が楽しそうにじゃれ合う様子を静かに見守る。

響く笑い声、舞う花びら、夕日の中で跳ねるこはくの尾。


澪白はそっと空を仰ぎ、唇をかすかに動かした。

「……蒼玄(そうげん)。あの子は、立派に育っている。安心して」




やがて、こはくが僕に声をかける。

「そろそろ帰るのじゃ!智也!」


「うん、そうだね。帰ろっか」

僕も笑顔で応え、武蛇に手を振って別れを告げる。


すると、背後から静かな声が落ちた。

「私も行っていい…?」


振り返ると、澪白が少しだけ俯き加減に立っていた。

こはくはきょとんとした後、僕をちらりと見て首を傾げる。


「神界には帰らぬのか?」


「うん…しばらくここにいる…」


「うむ…わらわは構わんが……智也はどうじゃ?」


「もちろんです」僕は迷わず答えた。

「こはくのお姉さんなんですから。ぜひ一緒に」


その言葉に、澪白の長いまつ毛がかすかに揺れた。

無表情のまま、けれど小さく息をつくように――

「……やった」


その一言が、妙に子どもっぽくて。僕もこはくも思わず目を丸くするのだった。


花畑を後にし、三人は並んで歩いていた。

こはくが先に立ち、僕と澪白がその後ろをゆっくりとついていく。夕陽に照らされた小道は赤く染まり、風が稲穂をざわめかせていた。


「……姉上、急に現れて……びっくりしたのじゃ」

こはくがむすっと口を尖らせる。


澪白は無表情のまま、すっと答えた。

「嬉しかった…?」


「う、うれし……くなどないのじゃ!」

耳をぴんと立て、尻尾をぶんぶん振っている。明らかに動揺しているのに、本人は必死に否定する。


思わず笑みがこぼれた僕を横目で睨み、こはくはさらにぷいっと顔を背けた。


その時だった。


「……ッ!?」

肩にひやりとした重みを感じたかと思うと、白い蛇――武蛇がぴょんと飛び乗ってきた。

そしてその舌で、ぺろぺろと僕の頬を舐め始める。


「うわっ、冷たいっ!? ちょ、やめっ……!」

思わず声を上げると、こはくの目がカッと見開かれた。


「むむっ……武蛇! 智也ばかり構うでない! わらわにも構うのじゃ~!」

頬をふくらませ、蛇にまで嫉妬している。


澪白は歩みを止めることなく、一言だけ。

「気に入られたね…」

それだけを静かに告げる。


こはくがバタバタと抗議している間、武蛇は相変わらず僕の頬をぺろぺろ舐め続ける。

僕は必死に振り払おうとするが、意外に力強くて逃げられない。


「ははっ……!」

そんな僕らのやりとりを見て、こはくはとうとう声をあげて笑った。


――その隣で。


澪白はふと、空を見上げていた。

夕焼けに染まる雲、その向こうにあるはずの神界を見つめるように。

表情は変わらない。だが、その影は確かに沈んでいた。


僕はそんな澪白の一瞬の影に気づくこともなく――

「(……不思議だ。初めて会ったはずなのに……家族みたいな安心感がある)」

胸の内でそう思いながら、隣を歩き続けた。



玄関の扉を開けた瞬間、叔母さんの弾んだ声が響いた。

「おかえり智也くん……って、え!? な、なにこの綺麗なお嬢さん!」


その視線の先に、こはくの隣で静かに立つ澪白がいた。

長い白髪が輝き、アメジストの瞳は氷のように澄んでいる。


「叔母様、姉上なのじゃ!」

こはくが胸を張って言うと、叔母さんはさらに目を丸くした。


「お姉さん!? こはくちゃんのお姉さん!? なにそれ反則でしょ!綺麗すぎるんですけど~!」


矢継ぎ早に浴びせられる称賛に、さすがの澪白もわずかに身を引いた。

「……近い」

珍しく言葉に困ったように目を瞬かせる。


その直後、澪白はすっと姿勢を正し、両手を膝に添えて一礼した。

「お邪魔いたします。こはくがお世話になっております。澪白と申します…」


あまりにも丁寧な口ぶりに、場の空気が一瞬止まった。


「……は?」

こはくがぽかんと口を開け、きょとんとした表情になる。

「姉上……そんな喋り方、聞いたことないのじゃ……」


僕も思わず目を瞬かせ、叔母さんですら

「えっ…は、はい…」

と声を漏らす。


澪白は首を傾げ、無表情のまま一言。

「いけなかった…?」


リビングに通されると、澪白は無言のまま部屋をゆっくりと見渡した。

白い指先が軽く止まる。その視線の先には、仏壇の上に置かれた木箱。


「……」


じっと見つめる澪白に、こはくが首を傾げて顔を覗き込む。

「どうしたのじゃ、姉上?」


澪白は小さく首を振り、白髪をさらりと揺らした。

「なんでもない…」


それ以上触れようとはせず、話題を切り替えるように、澪白はふとこはくを見つめた。

「そういえば、その服…かわいい…」


「おぉ!これか!」

こはくは嬉しそうに制服の裾を引っ張り、胸を張る。

「これは制服じゃ!智也と一緒に学校に行っておる!」


どや顔で言い切るこはくに、僕は思わず苦笑する。


すると叔母さんが、すかさず会話に入ってきた。

「そうそう!こはくちゃん、行きたそうにしてたから……ねぇ?」


澪白は驚いたように振り返り、そのまま深々と頭を下げた。

「こはくを……見てくださって、本当にありがとうございます」


「ちょ、ちょっとちょっと!?」

慌てて手を振る叔母さん。

「もう、そんなかしこまらないで!こはくちゃんが来てから、うちがどれだけ明るくなったことか……助かってるのはこっちよ!」


にこにこと笑う叔母さんと、身を正す澪白。

そのやり取りを見ていたこはくは、誇らしげに尻尾をゆらゆらと揺らしていた。


「こはくちゃん、服が土で汚れてるじゃない。もう、せっかくの制服なのに……」

叔母さんは腰に手を当て、

「ほらほら、脱いで脱いで!もうすぐご飯なんだから――こはくちゃんも、お姉さんも!一緒にお風呂いってらっしゃい!」


「え、ちょ、叔母様っ!? わ、わらわは自分でできるのじゃ!」

「こはくと…お風呂……」無表情の澪白も、ほんのり耳が赤い。


そんな二人を有無を言わせず背中から押し出し、叔母さんはずんずん廊下へ連れていった。

バタバタと遠ざかる足音に、リビングが静けさを取り戻す。


その隙を縫うように、白い影がするりと床を這った。

「……うわっ」

武蛇だ。するすると僕の足元に絡みつき、そのまま首に巻きついてくる。

ひんやりした鱗の感触に、思わず肩がすくんだ。


「武蛇か……」

顔を寄せてくる武蛇が、ぺろり、と僕の頬を舐めた。冷たい舌先が妙にくすぐったい。

「くすぐったいって。ははっ」

苦笑しながら頭を撫でると、武蛇は嬉しそうに体を揺らす。


そこへ、叔母さんがひょいと顔を出した。

「あらあら!その子はなに?蛇ちゃん?かわいい~!」

興味津々で目を輝かせながら近寄ってくる。


「えっと……澪白さんの連れてる蛇で、武蛇っていうみたい」


「武蛇ちゃん!?なにそれ強そうじゃない!?しかもかわいい~!」


そう言って叔母さんは、ためらいもなく自分の頬を武蛇にすりすりした。

「ほら、ほら、仲良し~♡」


「……!」

武蛇も満更ではないのか、ぺろぺろと叔母さんの頬を舐め返す。


「きゃはは!かわいい~!飼~い~た~い~!」


しばらく、武蛇と遊んでいたところに、こはくと澪白が戻ってきた。

「ふぅ……さっぱりしたのじゃ!」

濡れた白髪をタオルで拭きながら、こはくが元気よく現れる。

その後ろから澪白も姿を見せ、肩に掛けたタオルを丁寧に畳んでいた。


「叔母様…お風呂、ありがとうございました。」


「いいのいいの!智也くんも入っておいで~」

淡々とした声に促され、僕は慌てて立ち上がる。


「うん、ありがとう。じゃあ行ってくる」


僕はお風呂から上がりリビングに向かうと、笑い声が響いていた。

こはくと澪白が並んで座り、何やら楽しそうに話している。こはくの尾がぱたぱたと揺れ、澪白の無表情の横顔も、どこか柔らかく見えた。まるで本当の姉妹みたいで、僕は思わず足を止めて見入ってしまう。


「おっ、智也~! 早く来るのじゃ!」

こはくに呼ばれ、僕は照れくさく笑いながら席に着いた。




その夜の食卓は、寄せ鍋だった。

湯気と香りが部屋を満たし、腹の虫がぐうと鳴く。


「いただきます!」

こはくは箸を握るなり、迷いなく肉をひょいと取る。

澪白も無言で続き、あっという間に野菜や具材が消えていく。


「ちょっ、姉上! それはわらわの分じゃ!」

「早い者勝ち…」

「むむむ~!」


九尾を逆立てながらこはくが唸る横で、澪白は淡々と口に運ぶ。

その意外な豪快さに、僕は呆然と見つめるしかなかった。


一方で――。

「ほらほら~、はい、あーん!」

叔母さんは武蛇を膝に乗せ、赤子にするようにスプーンで餌を与えている。

白蛇は嬉しそうに舌を伸ばし、ちゅるんと啜った。


「……」

僕は目をこすった。

(な、なんだこの光景……)


「武蛇! なにあまあまされておるのじゃー!」

「シャァ~♪」

嬉しそうに返事する蛇に、こはくは頬をぷくりと膨らませた。


にぎやかなまま、食事は終わった。

こはくはまだ満腹なのか、尾をばたばたさせて畳に転がっている。武蛇はそんなこはくに飛びつき、じゃれるようにリビングを駆け回っていた。


「ひゃぁ!、やめるのじゃ武蛇!わらわの尻尾を舐めるな~!」

「シャァ~♪」

こはくの尾を追いかけて跳ね回る蛇に、リビングは再び大騒ぎだ。


一方、澪白と叔母さんは台所で並んで食器を洗っていた。

「とても美味しかったです…洗い物はやっておきます…」


「なに言ってるの、私もやるわよ~、こんな綺麗なお姉さんと一緒に台所立てるなんて最高~♪」


「……」

澪白は小さく瞬きをして、珍しく困ったように微笑んだ。


やがて片付けが終わり、澪白は濡れた手を拭いながらリビングへ戻ってくる。

ソファに腰を下ろすと、まだ武蛇と追いかけっこしているこはくに視線を向けた。


「こはく」


「はぁっ、はぁっ……なんじゃ姉上、今いいところなのじゃ!」


「智也、叔母様も…」

澪白が穏やかに呼びかける。その声音には、さっきまでの柔らかさとは違う緊張が滲んでいた。


僕と叔母さんも顔を見合わせ、並んで腰を下ろす。

最後に渋々と武蛇を解放したこはくも、頬をふくらませながら席に着いた。


澪白はゆっくりと息を整え、表情を引き締める。

アメジストの瞳がまっすぐ僕たちを見据えていた。


「――話さなければならないことがあります」



諸事情で遅れてしまい、大変申し訳ございません。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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