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神縁  作者: 朝霧ネル
16/31

こはく、疾走!

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。

女子更衣室。


 こはくは体育の授業に向けて、制服から体操服に着替えていると、隣で髪を結っていた泉が思わず感嘆の声をあげた。

「こはくちゃん……ほんとスタイルいいね。脚長いし、腰のラインも綺麗だし。ずるいなぁ~」


 こはくはきょとんとしたあと、

「そんなことはない、わらわは体が小さいからの。沙月のそれがうらやましいのじゃ!」


 そう言って、こはくは無邪気に泉の胸元を指さした。


「ちょっ……!?」


 指先を向けられた泉は一瞬で顔を赤くし、慌てて両腕で胸を隠す。


「な、なに言ってんのよ、やめてってば!」


 こはくは首を傾げながら、悪気なく

「ん?よい形をしておると思うのじゃが……」と追撃。


「~~っ!!」


 泉はさらに真っ赤になって言葉を詰まらせ、周りの女子からは「わかる!沙月ちゃん羨ましいよね~」とからかい混じりの笑い声が上がった。


 こはくは少し考えたあと、ぽんと手を打った。

「ふむ、それはいいとしてだな。沙月は、翔のことが大好きなのじゃな!」


「へっ!? な、ななな、なにいきなり言ってんの!」


 泉の顔が一瞬で真っ赤に染まる。慌てて手を振り回し、声も裏返った。

「ち、ちがっ……!そんなんじゃないってば!」


 その様子を見ていた周りの女子たちが

「え、え、そうなの!?」

「え、村上くんと!?」

「いつも一緒にいるもんね」とざわざわし始める。


「ちょ、ちょっとこはくちゃん!変なこと言わないで!ほんとに違うから!」


「そうなのか? わらわは、ただ見ておってそう思っただけなのじゃが……」

 まるで悪気のない純粋な子供のような笑顔。余計に泉は返す言葉を失い、真っ赤なまま。


 なんとか場を立て直そうと泉は深呼吸し、話題を変える。

「……こ、こはくちゃんだって、智也くんと仲いいじゃん。まぁ、関係は聞かないけどさ」

 すると、こはくは迷いもなく笑顔を咲かせ、胸を張って言い放った。

「もちろんじゃ! 智也が大好きじゃ!」


「……っ!?」


 一瞬で更衣室の空気が沸騰した。

「ええーー!!」

「ちょ、それ本気?」

「キャーッ!」

 女子たちから一斉に拍手と歓声が起こる。

「馴れ初めは!?」「いいじゃんいいじゃん!」など、熱のこもった声も混じる。


 泉は完全に追い打ちを食らった形で、顔を真っ赤にしてこはくの肩を揺さぶる。

「ちょ、ちょっと!こはくちゃん?何言ってんの!?」


「…? 事実を述べただけなのじゃが……」


「そういう言い方誤解を生むからだめ~!!!」

 わたわたと慌てる泉に、こはくは首を傾げて「むむ?」と返すだけ。その天然さに、更衣室は笑いと黄色い声で包まれた。


 

 やがて女子たちはわいわい騒ぎながら更衣室を出ていき、こはくも泉と並んでグラウンドへ向かう。


 グラウンドでは既に男子たちが準備運動を始めており、僕も列に加わっていた。


 体操服姿のこはくが現れた瞬間、男子たちの目が一斉に吸い寄せられる。

「やっべ……ジャージでも美人って……」

「あれ反則じゃない?」

「なんでここにきたんだろ…?」

 ざわざわと声が上がる中、村上はすかさず僕の脇腹を肘で突く。


「おい智也。やっばいな、こはくちゃん……。智也、横にいると釣り合ってねえぞ?」


「な、なんだよ……!」


 顔を赤らめて抗議する僕だったが、目はついついこはくに吸い寄せられてしまう。


 その視線に気づいたのか、こはくがにこっと笑って小さく手を振る。

「……っ!」

 僕の心臓が大きく跳ねた。


 そんな二人を見ていた村上がにやりと笑う。

「ふふふ、今日のネタは女神に見惚れる智也…これでいこう」


「あ~もう、翔!うるさいな~!」


「なんでそんなひどいこと言うの、智也ちゃん!」


「母親か!」


 いつものノリで笑い合っていると、そこへ泉とこはくがやってきた。

 僕はこはくの姿を直視できず、思わずそっぽを向いて小さくつぶやく。


「似合…ってるね…」


 こはくはぱっと顔を明るくして、嬉しそうに返す。


「智也もかっこいいぞ!」


 ――一瞬、空気が止まったような沈黙。


 そのやりとりを見ていた村上が、にやりと口角を上げる。

「ふふふ…ところで智也さんや、具体的にどこがどう似合ってるんでしょうかねぇ~?ぜひとも詳細をお伺いしたい!!」


「な、なんだよ急に!」と戸惑う僕。


 戸惑う僕を見て、泉が村上の頭にツッコミを入れようと手を振り上げ――ぴたりと止まる。

 ほんの一瞬、何かを思い出したかのように…


 こはくが首をかしげる。

「ん? どうしたのじゃ?」


 泉は一拍おいて、顔を赤らめながら答える。

「べ、別に……なんもない! ほら、こはくちゃん、準備運動しよ!」


 そう言ってこはくの手を取ると、少し強引に引っ張ってその場を離れていった。


準備運動が終わり、いよいよ短距離走が始まった。

 最初に走るのは村上と泉。二人はバランスのいいフォームで飛び出し、好タイムをたたき出す。


「へっへー! どうだ智也! 俺、速いだろ!」


「ん~もう少し縮められたのに~悔しい~」


「翔も沙月もすごいね!」

 僕は素直に声をかけるが、自分の番ではそこそこのタイム。

村上と泉には及ばなかったが、僕は「まぁこんなもんでしょ」と案外楽観的に構えていた。



そして、最後にこはくの番。

「位置について……よーい!」

 パンッとピストルの音が鳴った瞬間、こはくの足元で地面がほんのりへこむ。

「……っ!」

 周囲の生徒が、こはくに注目する。


 その次の瞬間、

「ぬおおおおおお!!!」

 謎の雄叫びとともに、とんでもないスピードで駆け抜けた。

 砂ぼこりだけを残し、あっという間にゴールへ。


 静まり返ったグラウンド。

「これは…夢…?」

「お、おい……あれ、人間の速さか?」

「チーターでも見てるみたいなんだけど……」

 ぽつりぽつりと驚愕の声が漏れ、やがてざわめきに変わっていく。


僕は頭を抱えた。

(こはく…目立つなの意味……やっぱり、わかってないな……)

 内心でため息をつきながらも、その走りっぷりに楽しそうな表情を浮かべるこはくを見て、どこか微笑ましさを感じずにはいられなかった。


こはくはるんるんとした足取りで、僕と村上、泉のところへ駆け寄ってくる。僕は(どうフォローしたらいいんだ…?)と頭を抱えそうになっていた。


 ところが、先に吹き出したのは村上と泉だった。


「はっ、ははは! めっちゃ速ぇじゃん! 新幹線かよ!」


「うける~! ほんと、こはくちゃん、風だけ残して走り去ってったよ!」


 二人が腹を抱えて笑い出した瞬間、まわりで見ていたクラスメイトたちもつられて笑い声をあげる。気まずい空気が一気に笑いに変わっていく。


 その光景を見て、胸のつかえがすっと軽くなった。やっぱり村上と泉、この二人の存在はでかい。僕までおかしくなって、思わず笑い声をこぼしてしまった。


 ぽかんとした顔で周囲を見回すこはく。

「な、なぜ笑っておるのじゃ……?」


 小首をかしげる彼女を見て、また一段と笑いが大きく広がっていった。


すべての授業が終わり、教室のざわめきが下校モードに切り替わる。鞄を肩にかけながら、僕は隣の席に座るこはくへと声をかけた。


「じゃあ、帰ろっか」


 こはくはぱちりと瞬きをし、ふと口元に笑みを浮かべる。

「なあ、智也。あの花畑……行かぬか?」


 一瞬驚いてから、僕も笑ってうなずいた。

「少し遠いけど、いいね、行こうか」

「うむ!」


 満面の笑顔で頷くこはくに、なんだか心が和む。


 校門の前で、村上と泉に手を振って別れる。ふたりが去ったあと、僕とこはくは並んで歩き出した。少し距離を空けながらも、不思議と同じリズムで歩幅が合っている。


 夕焼けに染まる道を並んで歩きながら、僕は口を開いた。

「今日はどうだった? 初めての学校」


 こはくは振り返り、夕日に照らされた横顔にいたずらっぽい笑みを浮かべる。

「うむ! とても楽しかったのじゃ! みな優しくしてくれたし、沙月や翔とも仲良くなれた。……ふふ、智也のおかげじゃな」


「僕は何もしてないよ、こはくが、みんなを惹きつけたんだよ」


しばらく夕日に照らされながら歩いていると、僕は立ち止まった。


「あれ? この辺だった気がするんだけどな……」


 辺りを見回す僕の横で、こはくはくすっと前に進む。

「ふふ、智也、こっちじゃ!」


 まるで前から知っていたかのように、慣れた足取りで先を行くこはく。その背を追いかけるように俺もついていくと、やがて開けた場所に出た。


 そこには、一本の大きな桜の木が立ち、その周囲を花々が埋め尽くしていた。


花畑に足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。


 ……やっぱり、きれいな場所だ。


 一面に広がる草花は陽の光を浴び、桜の大木は堂々とした姿で立っている。けれど僕は、そこで違和感を覚えた。


「え……」


 見上げた枝には、あの時とまったく変わらない“満開”の桜が咲き誇っていた。春から時間が経ったはずなのに、散るどころか、むしろ咲き誇っている。


 季節を裏切るその光景に、ぞくりと背筋を冷たいものが走る。

「おかしいな……」と思いつつも、こはくと一緒に桜の根元まで歩み寄った。


 二人で桜を見上げていると、ふと僕の視界に“黒い染み”が映った。

「……あれ?」


 幹の一部に、不自然な影のようなものが広がっている。近づいて指さすと、こはくが眉をひそめる。

「これ、なんだろ……」


 俺が問いかける間もなく、こはくは一歩前へ進み、迷いなくその染みに手のひらを当てた。


 次の瞬間――こはくの表情が一変する。

笑みは消え、目は鋭く細められ、口元はきゅっと固く結ばれた。


「智也…わらわから離れるな」


 その低い声音に、胸が強くざわつく。

「えっ……? こはく、どうしたの……」


 戸惑う僕の耳に、不意に背後から聞こえてきた。


「ころす……」


 ぞわり、と空気が凍る。

反射的に振り返った僕の目に飛び込んできたのは――黒い影。


 三つの影が、花畑の入口に立っていた。

その存在感は、夕焼けすら押しのけるような冷たさをまとっていた……。


最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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