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神縁  作者: 朝霧ネル
15/31

初登校

『神縁 ー しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。


朝の光が差し込む台所で、僕はパンをかじりながらちらちらと階段を見上げていた。


「遅いな…ちゃんと制服、着れてるかな……」


「心配いらないわよ」

 叔母さんがにやにや笑いながら弁当箱に卵焼きを詰めている。


「こはくちゃん、ほんと物覚えいいんだから。昨日の夜一度教えただけで、ちゃんと着れてたわよ~、ネクタイの結び方もバッチリ!」


「え、いつ?僕が寝た後…?」


「そ!一人でもできるようにって、頑張ってたわよ」


「そーなんだ…」


 落ち着かない僕を見て、叔母さんはにたりと口角を上げた。

「ちょっと智也くん様子見てきてくれな~い?あ、でも丁度着替え中だったりして、きゃー!智也くんのエッチ~!」


(こはくと会って、確実に叔母さんは壊れてきてる……)


「はいはい…」


「あ~反抗期!つまんないの~」


「つまるつまらないじゃない!」


 言い合っていると、階段から軽い足音が響いた。

 振り向いた瞬間、息が詰まる。


 そこに立っていたのは、真新しい制服に身を包んだこはくだった。黒いニット、白いシャツに黄色のネクタイ、スカートの裾が揺れている。採寸のときには、ワイシャツ姿しか見ていない、黒いニット姿は初めて見るが、すごく可愛く見えた。


「智也!」

 こはくが胸を張り、ぱっと笑顔を見せる。

「どうじゃ! 似合っておるか!」


「あ、うん……いいんじゃない」

 思わず小声になってしまった。


「ん?聞こえんのじゃ」

 するりと距離を詰められ、黄金の瞳がのぞき込んでくる。


 顔が熱くなり、思わず視線を逸らす。

「……似合ってるよ」


 こはくはぱっと笑顔を弾けさせた。

「ふふっ、智也も、似合っておるぞっ!」


「なっ……!」

 逆に褒め返されて、耳まで真っ赤になる僕を見て、叔母さんが爆笑する。




 「いってらっしゃい、二人とも!智也くん!こはくちゃんは頼んだよ!こはくちゃん、学校楽しんでこ~い!」


 玄関先で手を振る叔母さんに見送られ、僕とこはくは並んで家を出た。


 通学路を歩いていると、こはくは足を止めては目を輝かせる。

道端の小さな花を見て「綺麗なのじゃ」と笑い、

電線にとまる鳥を指差しては「あやつは八咫烏かもしれぬ」と首を傾げる。さらには、道端にうずくまっていた猫を見つけてしゃがみ込み、しっぽを揺らして猫とじゃれ合い始めた。


「こはく、遅刻するよ」


「むぅ、まだ遊んでおるのに」

 しぶしぶ立ち上がる姿に思わず苦笑してしまう。


校門が近づくにつれて人通りも増え、周囲の視線が集まってきた。

「あれ誰? 先輩?」

「いや一年じゃない?」

「やば、めっちゃかわいい……」

「隣の男子、もしかして彼氏?」


 その言葉に、僕はぎくりとした。慌ててこはくとの距離を少し取る。

「……智也、なぜ離れて歩くのじゃ?」


 首を傾げて見上げてくる瞳に、返答に困る。


「いや……色々あるんだよ。ほら!気にしないで前向いて歩いて」

 苦笑しながら言うと、こはくはふいに僕の手を握った。


 真剣な顔で、まっすぐに言い放つ。


「智也は、わらわの隣におれ」


 一瞬、時間が止まったように感じた。繋がれた手の温もりと、その言葉が胸を突き刺す。心臓が跳ね、息が詰まる。


「……っ」

 声にならない声を飲み込む間に、こはくはふっと笑みを浮かべ、そのまま駆け出していった。


 驚きで手を引かれる僕は、こはくの手の温もりに胸が熱くなり、どうしようもなく笑みがこぼれてしまう。


(反則だよ、それは……)


 校門を抜けると、こはくは当然のように僕の手を引いたまま歩いていた。


「こはく、よく道覚えてたね」

 僕が思わず口にすると、こはくは胸を張り、誇らしげに言った。


「ふふん、わらわは一度見聞きしたものは忘れぬのじゃ」

 その自信満々な声に、思わず笑みが漏れる。


 だが、教室棟に近づくにつれてざわめきは一層大きくなっていった。

「ねえ、あの子見た?」

「転校生かな」

「うわ……かわいい。モデルかよ……」

 生徒たちの視線が一斉に集まり、僕の背中にじっとり汗がにじむ。

居心地の悪さに耐えながら、なんとか職員室へこはくを連れていく。


「それじゃ、またあとでね」

 そう声をかけると、こはくは少し不満げに眉を寄せたが、すぐに笑みを浮かべて頷いた。


「うむ!」


 軽く手を振るこはくを残し、自分の教室へ向かう。扉を開けると、聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。

「でさー、最後、やばくなかった?今期、神アニメ、決定です」

「わかる! あの伏線はやばかったよね!」

 村上と泉が、昨日のアニメの話題で盛り上がっていた。


「……おはよ」

 声をかけると、二人が同時に振り返る。


「おっ、やっと来たな! おはよー智也!」

 村上がにかっと笑い、泉はふんわりと手を振った。


「智也くん、おはよー!」

 いつも通りの二人に、僕は少しほっとした。先程の緊張が、少しずつ解けていく。


 やがてチャイムが鳴り、担任が教室へ入ってきた。


「今日は新しいクラスメイトを紹介します、仮入学にはなりますが、皆仲良くしてあげてください」


 その一言で、教室が一気にざわつく。期待と好奇心が入り混じった視線が扉へと集まった。


 ガラリと扉が開き、こはくが入ってくる。制服姿の彼女は、背筋を伸ばし、堂々と教壇の前に立った。


「名はこはく、よろしく頼むのじゃ」


 凛とした声が響き渡り、教室中が一瞬、息を呑む。ざわめきが止み、逆に張り詰めた空気になる。


 堂々としすぎていて、むしろ周囲が圧倒されているのだ。僕は思わず笑ってしまいそうになった。普段通りすぎて、逆に浮いてる……。


 こはくが堂々と自己紹介を終えると、教室のあちこちからひそひそ声が聞こえてきた。


「……やっぱあの子だ!」

「さっき校門で見たかわいい子じゃん!」

「マジでレベル高すぎ……」

「え、語尾“じゃ”って言った? 語尾系女子?」

「でもかわいいからアリだわ……」


「おったまげたわ……褐色美人ときましたか……」

 村上が小声でつぶやくと、すかさず泉が突っ込む。


「ほんっとかわいい…。てか翔、鼻の下伸びすぎ!」

 ぷにっと彼の頬をつまむ泉。

「痛い痛い! やめてください泉さん!暴力反対…」


 ざわめきが収まらないまま担任が口を開く。

「じゃあ、こはくさんは――」


 その時、こはくがきょろきょろと辺りを見回した。


(……ん? なんだ?)


 と思った瞬間、ぱっと僕と視線が合い、満面の笑みで手を振ってきた。


「智也~!」


 教室が凍りついた。全視線が一斉に僕に突き刺さる。


「わらわは智也の隣がいいのじゃ!」


 ……はい、人生終了のお知らせ。

 僕は天国にいる母と父に心の中で祈った。

(お母さん、お父さん……僕の学校生活、ここにて終了です。まぁ…忠告してなかった僕が悪いけど…)


 静まり返った空気を誤魔化すように、担任が咳払いをひとつ。

「え、えっと……みんな一個前に詰めて、村上くん、泉さんの隣に座ってもらえるかな?」


「え? あ、はいっ!ってなんで!? 智也の隣がいい~!」

 駄々をこねる村上に困った表情を見せながらも、担任は続ける。


「村上くん、みんなごめんね、それでは、こはくさんは一ノ瀬くんの隣に」


 そう言われて、こはくは静かに僕の隣まで歩いてくる。そして腰を下ろすと、ふっと僕の方へ笑顔を向けてきた。

――その自然すぎる微笑みに、胸がドキリと鳴る。


 その間に、渋々前に移動した村上が、勢いよく振り向いた。

「それがしは、村上翔と申す! 以後お見知りおきを!」


 突然の時代劇口調に教室がざわっとする。

こはくはきょとんとした顔を見せた後、口角を上げて応じた。

「わらわは、こはくじゃ。よろしく頼む、翔といったな、おぬしは変なしゃべり方をするやつじゃな!」


くすっと笑うこはくの笑顔に、村上は完全に撃沈した。


「……天使、降臨……」

 小声で呟き、魂が抜けたように自分の席へ沈む村上。


 その後頭部を、泉ががしっと鷲掴みにした。

「私は泉沙月! ごめんね、こはくちゃん。こいつ、こういうやつなの」

 ぐいぐい力を込める泉の手。


「ひ、ひどい……痛いよ……つらいよ……」

 村上の情けない声に、教室中が爆笑に包まれる。


 張り詰めていた空気は一気にほぐれ、あたたかい笑いが広がっていった。



最初の授業――国語。



 先生が黒板に漢字を書きながら言った。

「はい、じゃあ“友情”を使った例文を考えてみましょう」


 数人がノートにペンを走らせる中、こはくは真剣な顔で手を挙げた。

「“友情とは、戦場において共に背中を預け合うことじゃ”」

 ……教室が一瞬、しんと静まり返る。


「いや、スケールでかっ!」

 村上が突っ込み、笑いが広がった。


 こはくは首を傾げる。

「おかしいかの? わらわの世界では、そうじゃが……」

 そんな素直な反応がまたおもしろくて、僕は笑いをこらえるのに必死だった。



数学の時間。先生が黒板に簡単な方程式を書いた。

「はい、この問題を解いてみましょう」


 クラスにペンの音が響く中、こはくは眉を寄せて首をひねった。

「むむ……この“x”という者は、どこに隠れておるのじゃ?」


 その小声に、僕は横目で苦笑しながらノートをそっと指さす。

「ここの数字を移動させて……で、両方同じように計算するんだ」

「ふむ……なるほど! そういうことか! 智也は教えるのも上手なのじゃな」

 こはくがぱっと顔を輝かせて言う。


 そのやり取りを聞いていた村上が、得意げに振り向く。

「そりゃそうだろ、こはくちゃん。なんてったって智也は首席だからな」

「しゅせき……?」

 こはくがきょとんと首を傾げる。


 村上はすかさず机の上で手を組み、どや顔で言い放った。

「うん、そうだな。一言でいえば――“神”って意味さ」


 次の瞬間、こはくの瞳がきらきらと輝いた。

「な、なんと! やはり智也は人間ではなかったか! 本物の神であったとは!」


「翔…頼むから前を向いてくれ…」


「前…俺は常に、前だけを見ているぜ智也…」


 村上は「決まった」とばかりに顎を上げていると――


ばしん、と泉の手刀が村上の頭に炸裂した。


「授業に集中する!」


「痛て…集中するでござる…」


村上はゆっくりと前を向きなおした。




昼休み、テンプレのように村上が決め顔で言い放つ


「昼飯はお空の下、本日は、こはくちゃんも添えて…」


僕と泉は呆れ顔をし、屋上へと向かった。

何も知らないこはくは楽しそうにしていた。


僕とこはくは村上と泉と一緒に屋上床に腰を下ろした。四人で弁当を広げると、村上が箸を止めて眉をひそめる。


「……なあ智也。こはくちゃんのお弁当とめっちゃ似てね?」


 言われてみると、僕の弁当とこはくの弁当は、卵焼き、ウィンナー、ミニトマト、白ご飯にふりかけ……とまるでコピーしたみたいに並んでいる。


「あ、ほんとだ。具も配置までそっくりだね」

泉も首をかしげる。


 こはくは特に気にした様子もなく、堂々と言った。

「それはそうじゃ。智也の叔母様に――」


「つ、次!!! 体育だっけ!? 短距離走だったよね!!!」

 僕は思わず大声を張り上げ、空を仰ぐ。周りのカラスが一羽、びっくりして飛び立った。


 村上が怪訝そうに首を傾げる。

「……いやそうだけど……で、なんで弁当そんな似てんの?」

「そうじゃな、実は――」

「ぐああああああ!!! 今日の体育は絶対きついよね!!! 日差しやばいし!!!」


 泉が呆れ顔で、

「智也くん、落ち着いて? 体育そんなに嫌?」

 村上はさらに食い下がる。

「それより弁当の謎は解けてないんだって。な、こはくちゃん?」

「うむ!実はわらわは智也と――」

「ぴぎゃあああああ!!! バ、バレーボールやりたいな!?でもでも、やったことないからできないかもしれないな〜!!!」

 机をひっくり返す勢いで立ち上がる僕に、こはくも村上もぽかん。


 しばらく沈黙が流れたあと、泉が吹き出した。

「ぷっ……なにそれ、智也くん必死すぎ! 変なの!」

 笑いを堪えきれなくなった村上も


「うっははは!智也そんなキャラだったのかよ!早く言ってくれよな」と腹を抱える。


ひとしきり笑い声が屋上に響いたあと、異変に気付いたのか村上が言った。

「まぁ~気になるけど、もういいよ智也、こはくちゃんもごめんな~」

 空を見上げながら、少し照れくさそうに続ける。

「余計な詮索はしないよ、な!沙月」


 泉も頷いて、優しく笑った。

「うん、もう智也くんわかりやすいんだから、ふふっ、でも!たまにこはくちゃん借りるからね!」

 おどけてウインクすると、


「借りる?わらわは物ではないぞ?」

とこはくがむすっとして、また笑いがこぼれた。


(おそらく、違った方向に勘違いしてるな二人とも…でも、いい友達を持ったな…)


 風が弁当の匂いをさらっていく中、僕は二人の顔を見ながら胸の奥がじんわり熱くなった。


 自然と笑みが浮かび、僕は小さく「ありがとう」と呟いた。



 昼休みも終わりに近づき、僕達は弁当箱を片付けて教室に戻ろうと立ち上がった。


 僕はふと、こはくの袖をそっと引いた。


「こはく、ちょっと」


 廊下の端、人のいない物陰に二人で立つ。こはくは不思議そうに首を傾げた。


「なんじゃ? 智也」


「僕たちは親戚ってことにしておこう、一緒に住んでることも、秘密ね」


「智也とわらわの秘密…うむ!わかったのじゃ!」


なぜか嬉しそうにこはくは目を瞬かせる。


「じゃ、次は体育だし! 体操服に着替えて外だよ。ちゃんと持ってきたよね?」


「ちゃんと持ってきたのじゃ!」


「あと、力は極力抑えて、目立たないようにね」


「うむ!」


「よーし、先に行ってるね!」



手をひらひら振りながら僕は更衣室へ駆け出す。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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