スペシャルデート!
『神縁しんえん』
大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。
心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。
過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。
人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。
智也が学校に行き、少し経ったころ
「さてっ!スペシャルデート、出発よ!」
ぱんっと手を鳴らして、叔母さんが元気よく言った。
「……すぺしゃる、でー?」
「そう。さっきも言った通り!ショッピングってこと!」
ぱちん、と目を輝かせる叔母さん。
だがその直後──
「その前に、こはくちゃん…」
叔母さんは眉を寄せてこはくの耳と尻尾を指差した。
「それ……隠した方がいいわね。ニュースになっちゃうから!」
「にゅーす?」
こはくが首をかしげた
「力を抑えるのはむずむずするのじゃ」
次の瞬間、すぅ……と耳と尻尾が消える。
「ほんとに……消えた……!もう、こはくちゃん、ただの可愛い女の子じゃない!すき…」
じぃっと見つめる叔母さんに、こはくは少し困ったように目を伏せた。
「……な、なぜ、智也には見えるのじゃろうな…」
「うーん、なんでだろーね……? うーん……うーん……わからないわっ、とりあえず、いきましょ!」
あっさりと笑い、二人は玄関を出て、車に乗り込む。
*
車が走り出してしばらくすると、助手席の窓が開き、こはくが顔をぴょこっと外に出す。
「こらこら~気を付けてね?こはくちゃん」
「……風が、気持ちよいのじゃ……」
ふわりと白い髪が揺れ、頬に風を受けて微笑むこはく。
その姿に、叔母さんも思わずふっと笑った。
*
目的地のショッピングモールに到着すると、叔母さんは車を停め、サングラスをくいっと上げる。
「ふふ……こはくちゃん、今日は荒れるわよ…」
やたら真剣な口調に、こはくはびくっと肩を震わせた。
「……ここは、戦場なのか?」
息を飲みながら、こはくはゆっくりとモールの入り口に足を踏み入れる。
すると──
「……!」
店の明かり、煌びやかな飾りつけ、人々の笑い声。こはくの目がぱあっと開いた。
「うおおお……!」
圧倒されながらも、瞳をきらきらと輝かせるこはくに、叔母さんは勝ち誇ったように微笑む。
「まずは、そうね……服、見ましょうか」
なぜか妙にかっこつけたトーンでそう言うと、すかさずこはくの肩をがしっと掴む。
「……な、なんじゃ……」
やや困惑気味に眉をひそめるこはく。
「どんな服が似合うかしら……あえてのモード系……あっ、でもこはくちゃんの色合い的にこう、淡いピンクとかも……いやいや、意外とライダースとかもアリ……!」
肩を掴んだまま、ぐるぐるぐるぐる目を泳がせ、口元をおさえて悶えるように小声でブツブツ。
「フリルは攻めすぎかしら……でも肩出しはアリ……いや、逆にボーイッシュに振るってのも……選択肢が多すぎるわね、一つ一つ整理していきましょう、私……!」
「……叔母様、いかないのか…?」
こはくが困り顔で問いかけながら、一歩前へ出ようとすると──
「ダメ、ちょっと動かないでね……あと少しでこはくちゃんが完成するの……っ」
ゾッとするほど鋭い目で睨まれ、こはくはぴたりと動きを止めた。
「……完成、とは……?」
眉をひそめながらも、こはくが問いかけると──
「ふふふ……首元にレースを入れて……いや、違う、チェックのスカートにニーソで……!」
ブツブツと呪文のように続く独り言。完全に“スタイリングの闇”に飲み込まれている。
「……叔母様……?」
おそるおそる呼びかけると──
「はっ……あっ、ごめんね! ちょっと自分の世界に没入してたわ! さあ! 行くわよ、こはくちゃんっ!」
くいっと手を引っ張られ、勢いよく歩き出す叔母さん。
「わ、わっ……!」
軽く引きずられるように進みながら、こはくは小さくつぶやいた。
「……こ、怖いのじゃ……」
――それからの数時間は、まさに怒涛だった。
試着室のカーテンがしゃっ、と開くたび、叔母さんはその場でうっとりと頬を染めたり、キラキラと目を潤ませてグッと親指を立てたり、時にはあまりの可愛さに涙を流してひざから崩れ落ちたりと、あらゆる感情を惜しみなくこはくにぶつけてきた。
「ほら!こはくちゃん!これは!?これとか!?うわ、こっちも…!」
かわいい下着を手にとっては、こはくの胸元に当て、あっという間に鼻血を噴き出して倒れ込む叔母さん。
「……わらわは何をしておるのじゃ……」
こはくは何度も肩をすくめながら、次々と与えられる服に身を通していった。
昼食はファストフード。
ポテトを口にくわえたこはくが「うまい!」と感動すれば、叔母さんはその姿に再び涙。
さらにパフェでは「なにゆえこんな甘きものが……!?」と目を輝かせるこはくに、周囲の視線が集まる。
ゲームセンターでは、クレーンゲームに挑戦。
ふたりして取れそうで取れないぬいぐるみに声を荒げ
「そっちじゃないってば!」
「わらわがやるのじゃ!」
と盛り上がり、気づけば肩を並べて笑っていた。
――そして夕暮れ。
両手いっぱいに買い物袋を抱えた叔母さんと、その横を歩くこはく。
歩幅を合わせるように並んで歩くふたりの姿は、まるで親子のようだった。
「楽しかったね、こはくちゃん」
「……うむ。たのしかったのじゃ!」
こはくが小さく笑った、
そのときだった。
「――あっ……!」
ふと、2階の手すりから風船を取ろうと身を乗り出した幼い子どもが、バランスを崩して落下した。
時間が止まったように、周囲の誰もが声を上げることすらできずにいた。
だが、その瞬間――。
ドンッ!
こはくの足元のタイルが砕け散るほどの勢いで踏み込まれ、衝撃波が周囲のガラスを揺らす。
白い光の残像を引きながら、こはくは一直線に宙を駆け、次の瞬間、落下する子どもをその腕にしっかりと抱いていた。
「……大丈夫か、小さいの」
その優しい声に、子どもが泣きながら頷く。
呆然と立ち尽くす人々の中で、こはくはふわりと着地した。
「……え? 今……飛んだ?」
「え、ちょっと待って、さっきまでここにいた子だよね……?」
「まさか、あの子が……助けたの?」
その場にいた人々がざわつき始めた。
目の前で起こった出来事が信じられないのか、皆ぽかんとした顔でこはくを見つめていた。
そんな視線の中、階段を駆け下りてきた女性が、子どもを見つけた瞬間、涙をにじませながら駆け寄ってくる。
「ゆうき!!……よかった、よかったぁ……!」
こはくは優しく子どもを抱いたまま、駆け寄る母親のほうに振り向く。
「怪我がなくて、ほんとうによかったのじゃ」
そう言って、そっと子どもを母親に引き渡す。
「ありがとうございました……ほんとうに……っ! どれだけお礼を言っても足りません……!」
母親は何度も何度も頭を下げ、泣きながら子どもを抱きしめる。
「……ばいばい、おねーちゃん……!」
その子どもが、涙を浮かべながらも笑顔で手を振ってきた。
こはくも自然と微笑み、手を振り返す。――そのときだった。
「こはくちゃーーーん!!」
どこか必死な声が後ろから聞こえた。
「……叔母様?」
振り返ると、叔母さんが大慌てで駆け寄ってくる姿が見えた。
かけつけた勢いのまま、こはくの目の前で膝に手をつき、はぁ、はぁ、と荒い息を整えながら、顔を上げる。
「はぁ……はぁ……こはくちゃん、怪我ない!? 大丈夫なの!? どこも痛くない!?」
その目は驚きと心配に満ちていた。
こはくは、その姿を見つめながら、少し視線を伏せる。
「……また、驚かせてしまったな……」
小さくつぶやいたこはくの声に、叔母さんは顔を上げた。
「……そんなのどうでもいいのよ!!こはくちゃんが無事なら!」
突然、叔母さんがずいっと顔を近づけ、こはくの体をくまなくチェックし始めた。
「ほんとに大丈夫?」
「わ、わらわは大丈夫なのじゃ……叔母様……」
こはくが苦笑しながらそう言うと、叔母さんはようやく安心したように息を吐いた。
「なら……よかったぁ……ほんとに……」
叔母さんはそっとこはくの手を握った。
「騒ぎになる前に、さあ、帰ろ? こはくちゃん!」
「……うむ。」
手をつないだまま、ふたりは夕焼け色の空の下、駆け足でショッピングモールを後にした。
車内には、ゆるやかな沈黙が流れていた。
夕焼けに染まる景色が、窓の外を静かに過ぎていく中、運転席の叔母さんがぽつりと口を開いた。
「……こはくちゃん、すごかったね……」
前を見つめたまま、小さな声で、けれど確かな想いを込めてそう告げる。
こはくは助手席で、窓の外を眺めたまま返した。
「……驚かせて、すまなかったのじゃ」
風に揺れる髪の隙間から、どこか寂しげな横顔がのぞく。
「ううん、そんなことないの」
叔母さんは、優しい笑みを浮かべながら続ける。
「ただ……ほんとに、こはくちゃんは人間じゃないんだなって。すごいんだなって……」
言葉を重ねるうちに、その声は少しだけ震えていた。
「私ね、決めたの。昨日。勝手だけど、こはくちゃんを守るって、一緒に生活していくって。こはくちゃんのお母さまにも、届いたかわからないけど……“責任をもって預かります”って伝えたの」
ハンドルを握る手に、力がこもる。
「だけど……さっきのを見て、正直、怖くなった。私なんかで、本当に守れるのかなって。むしろ、守られる側なんじゃないかって……こはくちゃんを危険な目にあわせちゃうんじゃないかって…」
叔母さんは、少し声を落とし、ぽつりとつぶやいた。
「……無力で、ごめんね……」
しばしの沈黙。けれど、その静けさを破ったのは、こはくの落ち着いた声だった。
「……強さとは、力だけのことではないのじゃ」
その言葉に、叔母さんがわずかに目を見開く。
「わらわは、昨日も話した通り、姉と慕う者から生き残る術を教わった。何年も、訓練を重ねてきた。だが――それは“力”に過ぎぬ」
こはくはゆっくりと叔母さんの方に顔を向けた。
「叔母様や智也のように、誰かに寄り添い、支え合う。そんな“優しき力”は、わらわにはない」
「叔母様は、わらわに……美味しい食事をくれた。居場所をくれた。温かさをくれたのじゃ」
柔らかく微笑むこはく。
「それこそが、守るということだとわらわは思うのじゃ。……叔母様は、立派にわらわを守ってくれておる、今日もこうして、わらわを楽しませてくれた、ありがとうなのじゃ」
その言葉に、叔母さんの目にうっすらと涙が浮かぶ。
「こはくちゃん、ありがとね…」
信号で止まった車内に、優しい夕日が差し込んだ。
信号が青に変わり、車はゆっくりと走り出す。
静かに涙をぬぐった叔母さんが、ふと何かを思い出したように首をかしげた。
「……そういえば、こはくちゃん」
「なんじゃ?」
「さっき、あの子を助けたとき……耳も尻尾も出てなかったよね?昨日みたいな、力を出したわけじゃないの?」
その問いに、こはくはふふんと小さく鼻を鳴らすと、すました顔で腕を組んだ。
「ふふん、あの程度はわらわにとっては朝飯前なのじゃ!力を出すまでもないのじゃ!」
「ふ~ん?」
「わらわをなめてもらっては困るのじゃっ!」
そう言って胸を張るこはくの表情は、どこか誇らしげで、子どもが得意げに自慢しているようにも見える。
叔母さんは思わず吹き出してしまい、こはくのほっぺたを軽くつまんだ。
「なにそのドヤ顔~~! かわいいんですけど~~~!むかつく~!」
「いたっ! いたいのじゃぁ~~!」
夕焼けに染まる住宅街。
車が静かに角を曲がったとき、歩道を歩く三人組が視界に入った。
「……あ」
こはくが小さく声を漏らし、次の瞬間、助手席の窓にぴたっと張り付いた。
「お、智也じゃ!あとの二人は…だれじゃ?」
後部座席から身を乗り出し、きらきらした目で窓の外を見つめるこはく。
「あら、もう帰りの時間だもんねえ、智也くんの友達かな?」
ハンドルを握ったまま、叔母さんが優しく言う。
「学校、気になる?」
「うむ…」
素直にうなずいたこはく。
「じゃが、わらわはいけないのじゃろ? 手続きとか、試験とか……智也がそう言っておったのじゃ」
「うーん……まあ、そうねえ」
視線は前を向いたまま、叔母さんがぽつりとつぶやく。
少しの沈黙。
でも、次に口を開いたときの声は明るく、前向きだった。
「でもさ、こはくちゃんが本当に“行ってみたい”って思うなら――叔母さん、頑張っちゃうわよ?」
「むっ! ほんとか!?」
今度は声を弾ませ、嬉しそうに身を乗り出すこはく。
その姿に、叔母さんは思わず笑ってしまう。
「うん、ほんと。でも……焦らなくていいからね? 少しだけ、考えてみて?」
「うむ!」
こはくは、目を輝かせながら力強くうなずいた。
その様子を見届けながら、車は家の前へと到着する――。
その頃、夕焼けに染まる下校道を歩いていた。
今日も一日が終わった。
校門を出て、僕は泉と村上と三人で、並んで歩いていた。
「ふあ~……今日も疲れたな~!」
大きく伸びをしながら、村上が声を上げる。
そして俺の顔をチラッと見て、ニヤッとした。
「てかさ、智也。お前、今日ずっと笑顔だったよな? なんかあったか?」
「え?」
思わず立ち止まりそうになったその瞬間、泉が頷きながら続けた。
「うん、確かに! 智也くん、今日なんかずっと嬉しそうだったよ!」
「…………」
俺が返す前に、村上が泉の言葉に食いつく。
「……あ!? 今、なんつった? “智也くん”!? いつからお前、智也のこと名前で呼んでんだ!?」
「今この瞬間からなんですけど!? てか! いいでしょ、村上だって“智也”って呼んでんだから! いいよね? 智也くん!」
泉が勢いよくこっちを向いて問いかける。
思わず苦笑しながらも、俺はうなずいた。
「もちろん」
「ぐっ……くそ……! 俺の智也が……」
村上が頭を抱えて呻くように言うと、泉が即座にツッコんだ。
「いつから村上のになったのよ!」
「ぐ……そういえば……泉、昔は俺のこと“翔”って呼んでたのにな……」
「なっ……なんか、呼びづらくなったの! そ、そっちだって“沙月”って呼んでたじゃん!」
「うるせぇな! それは昔の話だろ!」
二人がワーワーとやり合う中、俺は笑いながら歩を進める。
そのまま、ふと口を開いた。
「だったらさ――もう、みんな名前で呼び合えばよくない?友達なんだし」
僕が言った瞬間、二人の口論がぴたりと止まる。
そして、同時に俺の顔を見て――
「それだ」
「うんうん」
泉も村上も、まるで喧嘩していたのが嘘みたいに笑い合って、すぐに納得する。
「じゃあ、改めて、さ、沙月…これからもよろしくな…」
「うん、よろしくね…翔…」
もじもじ言い合う二人を見て、僕は自然と笑みをこぼした。
名前を呼び合うって、ちょっとくすぐったいけど――
でも、なんだかすごく、いいなって思った。
「じゃあなー!」
「また明日ねー!」
村上と泉が、それぞれ反対方向の道へと分かれていく。
僕は手を振りながら、家路へと歩き出した。
玄関の前まで来ると、ほんのり漂う夕飯の香り。
「おかえりー!」
エプロン姿の叔母さんが、キッチンから顔をぴょこっと出して笑顔で迎えてくれる。
その声に重なるように、パタパタと軽い足音が玄関へ向かってくる。
「おかえりなのじゃ……!」
顔を赤くしながら、こはくが小さくもじもじと立っていた。
白いTシャツに、動きやすそうなダメージの入ったホットパンツ姿。
少しだけ濡れた髪が、まだ風呂上がりなのかふわりと揺れる。
「……!」
あまりの破壊力に、思わず言葉が詰まった。
僕は、なんとか笑みを浮かべて――
「……そ、その服、す、すごく似合ってるね」
そう言うと、こはくの耳がぴくんと揺れた。
そして、少しうつむきながらも、口元がふにゃりとほころぶ。
「そ、そうか……! これ、動きやすいのじゃ……!」
僕はその可愛さに、こはくを直視できなかった。
読んでいただき、ありがとうございます。




