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神縁  作者: 朝霧ネル
11/30

スペシャルデート!

『神縁しんえん』


大切なものを失った少年・一ノ瀬智也と、異世界から現れた神獣の少女・こはく。ひとつの出会いが、ふたりの運命を静かに動かし始める。


心を通わせながら過ごす穏やかな日常、その裏では、世界を喰らう闇が目を覚まそうとしていた――。


過去の傷、隠された力、交わる縁。青春と戦いが交錯する中で、ふたりは“生きる意味”を探していく。


人と神獣の垣根を越えて描かれる、優しくも切ない異世界ファンタジー。

智也が学校に行き、少し経ったころ


「さてっ!スペシャルデート、出発よ!」


 ぱんっと手を鳴らして、叔母さんが元気よく言った。


「……すぺしゃる、でー?」


「そう。さっきも言った通り!ショッピングってこと!」


 ぱちん、と目を輝かせる叔母さん。


 だがその直後──


「その前に、こはくちゃん…」


 叔母さんは眉を寄せてこはくの耳と尻尾を指差した。


「それ……隠した方がいいわね。ニュースになっちゃうから!」


「にゅーす?」


 こはくが首をかしげた


「力を抑えるのはむずむずするのじゃ」


 次の瞬間、すぅ……と耳と尻尾が消える。


「ほんとに……消えた……!もう、こはくちゃん、ただの可愛い女の子じゃない!すき…」


 じぃっと見つめる叔母さんに、こはくは少し困ったように目を伏せた。


「……な、なぜ、智也には見えるのじゃろうな…」


「うーん、なんでだろーね……? うーん……うーん……わからないわっ、とりあえず、いきましょ!」


 あっさりと笑い、二人は玄関を出て、車に乗り込む。



 車が走り出してしばらくすると、助手席の窓が開き、こはくが顔をぴょこっと外に出す。


「こらこら~気を付けてね?こはくちゃん」


「……風が、気持ちよいのじゃ……」


 ふわりと白い髪が揺れ、頬に風を受けて微笑むこはく。


 その姿に、叔母さんも思わずふっと笑った。



 目的地のショッピングモールに到着すると、叔母さんは車を停め、サングラスをくいっと上げる。


「ふふ……こはくちゃん、今日は荒れるわよ…」


 やたら真剣な口調に、こはくはびくっと肩を震わせた。


「……ここは、戦場なのか?」


 息を飲みながら、こはくはゆっくりとモールの入り口に足を踏み入れる。


 すると──


「……!」


 店の明かり、煌びやかな飾りつけ、人々の笑い声。こはくの目がぱあっと開いた。


「うおおお……!」


 圧倒されながらも、瞳をきらきらと輝かせるこはくに、叔母さんは勝ち誇ったように微笑む。


「まずは、そうね……服、見ましょうか」


 なぜか妙にかっこつけたトーンでそう言うと、すかさずこはくの肩をがしっと掴む。


「……な、なんじゃ……」


 やや困惑気味に眉をひそめるこはく。


「どんな服が似合うかしら……あえてのモード系……あっ、でもこはくちゃんの色合い的にこう、淡いピンクとかも……いやいや、意外とライダースとかもアリ……!」


 肩を掴んだまま、ぐるぐるぐるぐる目を泳がせ、口元をおさえて悶えるように小声でブツブツ。


「フリルは攻めすぎかしら……でも肩出しはアリ……いや、逆にボーイッシュに振るってのも……選択肢が多すぎるわね、一つ一つ整理していきましょう、私……!」


「……叔母様、いかないのか…?」


 こはくが困り顔で問いかけながら、一歩前へ出ようとすると──


「ダメ、ちょっと動かないでね……あと少しでこはくちゃんが完成するの……っ」


 ゾッとするほど鋭い目で睨まれ、こはくはぴたりと動きを止めた。


「……完成、とは……?」


 眉をひそめながらも、こはくが問いかけると──


「ふふふ……首元にレースを入れて……いや、違う、チェックのスカートにニーソで……!」


 ブツブツと呪文のように続く独り言。完全に“スタイリングの闇”に飲み込まれている。


「……叔母様……?」


 おそるおそる呼びかけると──


「はっ……あっ、ごめんね! ちょっと自分の世界に没入してたわ! さあ! 行くわよ、こはくちゃんっ!」


 くいっと手を引っ張られ、勢いよく歩き出す叔母さん。


「わ、わっ……!」


 軽く引きずられるように進みながら、こはくは小さくつぶやいた。


「……こ、怖いのじゃ……」



――それからの数時間は、まさに怒涛だった。


 試着室のカーテンがしゃっ、と開くたび、叔母さんはその場でうっとりと頬を染めたり、キラキラと目を潤ませてグッと親指を立てたり、時にはあまりの可愛さに涙を流してひざから崩れ落ちたりと、あらゆる感情を惜しみなくこはくにぶつけてきた。


 「ほら!こはくちゃん!これは!?これとか!?うわ、こっちも…!」


 かわいい下着を手にとっては、こはくの胸元に当て、あっという間に鼻血を噴き出して倒れ込む叔母さん。


 「……わらわは何をしておるのじゃ……」


 こはくは何度も肩をすくめながら、次々と与えられる服に身を通していった。


 昼食はファストフード。

ポテトを口にくわえたこはくが「うまい!」と感動すれば、叔母さんはその姿に再び涙。

さらにパフェでは「なにゆえこんな甘きものが……!?」と目を輝かせるこはくに、周囲の視線が集まる。


 ゲームセンターでは、クレーンゲームに挑戦。

ふたりして取れそうで取れないぬいぐるみに声を荒げ

「そっちじゃないってば!」


「わらわがやるのじゃ!」


と盛り上がり、気づけば肩を並べて笑っていた。




 ――そして夕暮れ。



 両手いっぱいに買い物袋を抱えた叔母さんと、その横を歩くこはく。

歩幅を合わせるように並んで歩くふたりの姿は、まるで親子のようだった。


 「楽しかったね、こはくちゃん」


 「……うむ。たのしかったのじゃ!」


 こはくが小さく笑った、



そのときだった。


 「――あっ……!」


 ふと、2階の手すりから風船を取ろうと身を乗り出した幼い子どもが、バランスを崩して落下した。


 時間が止まったように、周囲の誰もが声を上げることすらできずにいた。


 だが、その瞬間――。


 ドンッ!


 こはくの足元のタイルが砕け散るほどの勢いで踏み込まれ、衝撃波が周囲のガラスを揺らす。


 白い光の残像を引きながら、こはくは一直線に宙を駆け、次の瞬間、落下する子どもをその腕にしっかりと抱いていた。


 「……大丈夫か、小さいの」


 その優しい声に、子どもが泣きながら頷く。


 呆然と立ち尽くす人々の中で、こはくはふわりと着地した。


 「……え? 今……飛んだ?」


 「え、ちょっと待って、さっきまでここにいた子だよね……?」


 「まさか、あの子が……助けたの?」


 その場にいた人々がざわつき始めた。

目の前で起こった出来事が信じられないのか、皆ぽかんとした顔でこはくを見つめていた。


 そんな視線の中、階段を駆け下りてきた女性が、子どもを見つけた瞬間、涙をにじませながら駆け寄ってくる。


 「ゆうき!!……よかった、よかったぁ……!」


 こはくは優しく子どもを抱いたまま、駆け寄る母親のほうに振り向く。


 「怪我がなくて、ほんとうによかったのじゃ」


 そう言って、そっと子どもを母親に引き渡す。


 「ありがとうございました……ほんとうに……っ! どれだけお礼を言っても足りません……!」


 母親は何度も何度も頭を下げ、泣きながら子どもを抱きしめる。


 「……ばいばい、おねーちゃん……!」


 その子どもが、涙を浮かべながらも笑顔で手を振ってきた。


 こはくも自然と微笑み、手を振り返す。――そのときだった。


 「こはくちゃーーーん!!」


 どこか必死な声が後ろから聞こえた。


 「……叔母様?」


 振り返ると、叔母さんが大慌てで駆け寄ってくる姿が見えた。


 かけつけた勢いのまま、こはくの目の前で膝に手をつき、はぁ、はぁ、と荒い息を整えながら、顔を上げる。


 「はぁ……はぁ……こはくちゃん、怪我ない!? 大丈夫なの!? どこも痛くない!?」


 その目は驚きと心配に満ちていた。


 こはくは、その姿を見つめながら、少し視線を伏せる。


 「……また、驚かせてしまったな……」


 小さくつぶやいたこはくの声に、叔母さんは顔を上げた。


 「……そんなのどうでもいいのよ!!こはくちゃんが無事なら!」


 突然、叔母さんがずいっと顔を近づけ、こはくの体をくまなくチェックし始めた。


 「ほんとに大丈夫?」


 「わ、わらわは大丈夫なのじゃ……叔母様……」


 こはくが苦笑しながらそう言うと、叔母さんはようやく安心したように息を吐いた。


 「なら……よかったぁ……ほんとに……」


 叔母さんはそっとこはくの手を握った。


 「騒ぎになる前に、さあ、帰ろ? こはくちゃん!」


 「……うむ。」


 手をつないだまま、ふたりは夕焼け色の空の下、駆け足でショッピングモールを後にした。


車内には、ゆるやかな沈黙が流れていた。


 夕焼けに染まる景色が、窓の外を静かに過ぎていく中、運転席の叔母さんがぽつりと口を開いた。


 「……こはくちゃん、すごかったね……」


 前を見つめたまま、小さな声で、けれど確かな想いを込めてそう告げる。


 こはくは助手席で、窓の外を眺めたまま返した。


 「……驚かせて、すまなかったのじゃ」


 風に揺れる髪の隙間から、どこか寂しげな横顔がのぞく。


 「ううん、そんなことないの」


 叔母さんは、優しい笑みを浮かべながら続ける。


 「ただ……ほんとに、こはくちゃんは人間じゃないんだなって。すごいんだなって……」


 言葉を重ねるうちに、その声は少しだけ震えていた。


 「私ね、決めたの。昨日。勝手だけど、こはくちゃんを守るって、一緒に生活していくって。こはくちゃんのお母さまにも、届いたかわからないけど……“責任をもって預かります”って伝えたの」


 ハンドルを握る手に、力がこもる。


 「だけど……さっきのを見て、正直、怖くなった。私なんかで、本当に守れるのかなって。むしろ、守られる側なんじゃないかって……こはくちゃんを危険な目にあわせちゃうんじゃないかって…」


 叔母さんは、少し声を落とし、ぽつりとつぶやいた。


 「……無力で、ごめんね……」


 しばしの沈黙。けれど、その静けさを破ったのは、こはくの落ち着いた声だった。


 「……強さとは、力だけのことではないのじゃ」


 その言葉に、叔母さんがわずかに目を見開く。


 「わらわは、昨日も話した通り、姉と慕う者から生き残る術を教わった。何年も、訓練を重ねてきた。だが――それは“力”に過ぎぬ」


 こはくはゆっくりと叔母さんの方に顔を向けた。


 「叔母様や智也のように、誰かに寄り添い、支え合う。そんな“優しき力”は、わらわにはない」


 「叔母様は、わらわに……美味しい食事をくれた。居場所をくれた。温かさをくれたのじゃ」


 柔らかく微笑むこはく。


 「それこそが、守るということだとわらわは思うのじゃ。……叔母様は、立派にわらわを守ってくれておる、今日もこうして、わらわを楽しませてくれた、ありがとうなのじゃ」


 その言葉に、叔母さんの目にうっすらと涙が浮かぶ。


 「こはくちゃん、ありがとね…」


 信号で止まった車内に、優しい夕日が差し込んだ。


信号が青に変わり、車はゆっくりと走り出す。



 静かに涙をぬぐった叔母さんが、ふと何かを思い出したように首をかしげた。


 「……そういえば、こはくちゃん」


 「なんじゃ?」


 「さっき、あの子を助けたとき……耳も尻尾も出てなかったよね?昨日みたいな、力を出したわけじゃないの?」


 その問いに、こはくはふふんと小さく鼻を鳴らすと、すました顔で腕を組んだ。


 「ふふん、あの程度はわらわにとっては朝飯前なのじゃ!力を出すまでもないのじゃ!」


 「ふ~ん?」


 「わらわをなめてもらっては困るのじゃっ!」


 そう言って胸を張るこはくの表情は、どこか誇らしげで、子どもが得意げに自慢しているようにも見える。


 叔母さんは思わず吹き出してしまい、こはくのほっぺたを軽くつまんだ。


 「なにそのドヤ顔~~! かわいいんですけど~~~!むかつく~!」


 「いたっ! いたいのじゃぁ~~!」


夕焼けに染まる住宅街。

 車が静かに角を曲がったとき、歩道を歩く三人組が視界に入った。


 「……あ」


 こはくが小さく声を漏らし、次の瞬間、助手席の窓にぴたっと張り付いた。


 「お、智也じゃ!あとの二人は…だれじゃ?」


 後部座席から身を乗り出し、きらきらした目で窓の外を見つめるこはく。


 「あら、もう帰りの時間だもんねえ、智也くんの友達かな?」


 ハンドルを握ったまま、叔母さんが優しく言う。


 「学校、気になる?」


 「うむ…」


 素直にうなずいたこはく。


 「じゃが、わらわはいけないのじゃろ? 手続きとか、試験とか……智也がそう言っておったのじゃ」


 「うーん……まあ、そうねえ」


 視線は前を向いたまま、叔母さんがぽつりとつぶやく。


  少しの沈黙。


 でも、次に口を開いたときの声は明るく、前向きだった。


 「でもさ、こはくちゃんが本当に“行ってみたい”って思うなら――叔母さん、頑張っちゃうわよ?」


 「むっ! ほんとか!?」


 今度は声を弾ませ、嬉しそうに身を乗り出すこはく。

 その姿に、叔母さんは思わず笑ってしまう。


 「うん、ほんと。でも……焦らなくていいからね? 少しだけ、考えてみて?」


 「うむ!」


 こはくは、目を輝かせながら力強くうなずいた。


 その様子を見届けながら、車は家の前へと到着する――。




その頃、夕焼けに染まる下校道を歩いていた。

 今日も一日が終わった。

 校門を出て、僕は泉と村上と三人で、並んで歩いていた。


 「ふあ~……今日も疲れたな~!」


 大きく伸びをしながら、村上が声を上げる。

 そして俺の顔をチラッと見て、ニヤッとした。


 「てかさ、智也。お前、今日ずっと笑顔だったよな? なんかあったか?」


 「え?」


 思わず立ち止まりそうになったその瞬間、泉が頷きながら続けた。


 「うん、確かに! 智也くん、今日なんかずっと嬉しそうだったよ!」


 「…………」


 俺が返す前に、村上が泉の言葉に食いつく。


 「……あ!? 今、なんつった? “智也くん”!? いつからお前、智也のこと名前で呼んでんだ!?」


 「今この瞬間からなんですけど!? てか! いいでしょ、村上だって“智也”って呼んでんだから! いいよね? 智也くん!」


 泉が勢いよくこっちを向いて問いかける。

 思わず苦笑しながらも、俺はうなずいた。


 「もちろん」


 「ぐっ……くそ……! 俺の智也が……」


 村上が頭を抱えて呻くように言うと、泉が即座にツッコんだ。


 「いつから村上のになったのよ!」


 「ぐ……そういえば……泉、昔は俺のこと“翔”って呼んでたのにな……」


 「なっ……なんか、呼びづらくなったの! そ、そっちだって“沙月”って呼んでたじゃん!」


 「うるせぇな! それは昔の話だろ!」


 二人がワーワーとやり合う中、俺は笑いながら歩を進める。


 そのまま、ふと口を開いた。


 「だったらさ――もう、みんな名前で呼び合えばよくない?友達なんだし」


 僕が言った瞬間、二人の口論がぴたりと止まる。

 そして、同時に俺の顔を見て――


 「それだ」


 「うんうん」


 泉も村上も、まるで喧嘩していたのが嘘みたいに笑い合って、すぐに納得する。


 「じゃあ、改めて、さ、沙月…これからもよろしくな…」


 「うん、よろしくね…翔…」


 もじもじ言い合う二人を見て、僕は自然と笑みをこぼした。

 名前を呼び合うって、ちょっとくすぐったいけど――

 でも、なんだかすごく、いいなって思った。





 「じゃあなー!」

 「また明日ねー!」


 村上と泉が、それぞれ反対方向の道へと分かれていく。

 僕は手を振りながら、家路へと歩き出した。


 玄関の前まで来ると、ほんのり漂う夕飯の香り。


 「おかえりー!」


 エプロン姿の叔母さんが、キッチンから顔をぴょこっと出して笑顔で迎えてくれる。

 その声に重なるように、パタパタと軽い足音が玄関へ向かってくる。


 「おかえりなのじゃ……!」


 顔を赤くしながら、こはくが小さくもじもじと立っていた。

 白いTシャツに、動きやすそうなダメージの入ったホットパンツ姿。

 少しだけ濡れた髪が、まだ風呂上がりなのかふわりと揺れる。


 「……!」


 あまりの破壊力に、思わず言葉が詰まった。


 僕は、なんとか笑みを浮かべて――


 「……そ、その服、す、すごく似合ってるね」


 そう言うと、こはくの耳がぴくんと揺れた。


 そして、少しうつむきながらも、口元がふにゃりとほころぶ。


 「そ、そうか……! これ、動きやすいのじゃ……!」


 僕はその可愛さに、こはくを直視できなかった。



読んでいただき、ありがとうございます。

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