学園の片隅
それからというもの、冬弥は荷解きに入学の準備にと様々な用事に追われていた。
適応能力が比較的高めの冬弥は養子生活に慣れるのも早かったし、周りの人も優しい。
「養父さん、このことについてなんですが…………」
「あぁ、見せてみなさい」
次期社長という重い任を任されていることもあり、冬弥はより一層勉強にも励んだ。
順調で有意義な生活を送っている。
「…………あ、ペン…………」
「これを使うかい?」
「あ、ありがとうございます」
(ってこれ、材料は全部国産で人間国宝が一本ずつ手作りしているっていう最高級ペンでは?????)
相変わらず高級品には慣れないが。
「…………あぁ、そういうことか」
「無事に理解できたようで良かったよ」
「では僕はこれで…………」
失礼しました、と言いながら養父の部屋から出て静かに扉を閉める。
「冬弥坊ちゃま」
「…………高田さん」
「制服が届きましたので、広間へお越しくださいませ。奥様がお待ちでございます」
「わかりました」
冬弥は勉強道具を自分の部屋に置きに行ってから広間へ向かった。
養母は絹製の学ランと言っていたが、どんな感じなのだろうか。
「養母さん、遅くなり申し訳ありません」
「待っていないから大丈夫よ。早速、箱を開けてみましょうか。高田」
「はい、奥様」
ペーパーナイフのようなものを懐から取り出した高田が、
「お坊ちゃま、開けてみますか?」
と聞いた。
「良いんですか?是非」
「それでは、どうぞ」
テープの部分を切って、箱を開ける。
すると、
「…………おお」
上下とも真っ白な学ランが入っていた。
黄色のラインが入っていたりボタンが金のような質感だったりしているが、果たしてこれは子供に着せるような代物なのか。
一体いくらするのだろうかと思い、頭を振る。
「あら、良いのではなくて?」
「はい。冬弥坊ちゃまにぴったりでございます」
「…………そう言って頂けると、照れ臭いですが嬉しいですね」
照れ臭いと言っておきながら顔色を変えない冬弥を見て、養母が少し寂しそうに笑った。
「いよいよ、冬弥くんも編入ね」
「そうでございますね」
編入まで、あと―――
「では、行ってきます」
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
聖柄学園高校は、伝統ある金持ち校である。
通う生徒は御曹司や社長令嬢など高貴な身分ばかり。
冬弥は孤児で養子だが、寒崎家と言えば学園内でも有名で一目置かれる存在である。
まぁとどのつまり、
「あ、冬弥様…………!」
「冬弥様、おはようございます!」
こういうことである。
編入して3日、いつの間にか学園の中心に近いところにいるようになってしまった。
寒崎家は由緒正しい家柄で様々な会社を立ち上げている。
カンザキグループもあり、ここに通う生徒の中にも子会社の社長令息・令嬢がいるほどだ。
だが要因はそれだけでなく、冬弥自身も優良物件であることも関係している。
見目麗しくクールで勉強も得意、謙虚で優しい性格。
且つ婚約者なしとくれば騒がれるのも当然である。
実際は、
クール(感情表現が乏しいのは昔からである)、
勉強が得意(元々できる方だったが孤児院に戻されないよう努力している)、
謙虚(孤児なので生まれながらにして高潔な人たちは怖い)、
優しい(優しくあれと孤児院の大人に言われ続けてきた)、
婚約者なし(養子として来たばかりだから当然である)だが。
「つ…………っかれた…………」
慣れない称賛に疲れを感じ、今や立ち入り禁止の屋上にて1人で昼食を摂る始末。
その日も例外なく、昼食の弁当を開ける。
(見目麗しいなんて初めて言われたけど…………)
買い被りすぎだ、と思ってしまう。
クールだなんだと言われているが社交性なんて無きに等しいし、謙虚なのはビビっているだけ。
(…………俺なんて、騒がれるような人柄じゃない)
居心地が悪くなって、1人でいられる場所に逃げているような人間だ。
詮索されるのも、異常に騒がれるのも、好きではないのに。
「……………………」
こんな卑屈すぎる自分が嫌になる。
「「…………はぁ…………」」
(え)
もう1人、声が聞こえた。
他にも、いる。
あと1人。
(…………えっ?)
立ち入り禁止なのに、いや俺も入ってるけど、人のこと言えないけど。
誰に向けてかもわからない言い訳を頭の中で繰り返しながら声の方へ向かう。
「「あ」」
(…………また被った)
冬弥がいた場所の、ちょうど反対の位置。
屋上に置いてあるタンクがあって見えなかった。
立ち入り禁止のこの場所に人がいたことに驚きを隠せないが、言葉を失った原因はもう1つある。
それは、
「……………………あのときの」
「?」
銀髪の少女が目の前にいたからだ。
「…………ごめんなさい、何処かでお会いしましたか?」
「えっ」
予想外の言葉に、冬弥は焦る。
しかし当然だ。
冬弥が一方的に覚えているだけで、あっちが覚えているはずもない。
ただすれ違っただけなのだから。
「あぁ、いや……………………誰かと、勘違いした…………かも」
「そうですか。私は覚えていますよ。少し前、大通りですれ違いましたよね」
「………………………………え?」
冬弥は再び、言葉を失った。