部屋の片隅
「ここが冬弥くんの部屋だ。先に送ってもらっていた家具をある程度配置しておいたけど、レイアウトはこれで大丈夫かな」
「はい。ありがとうございます」
それじゃあ荷解き頑張って、と言いながら養父はにこやかな表情で去っていく。
「…………はぁ、疲れた…………」
リムジンに乗っている間は緊張で何を話したか覚えていないし、体力がない冬弥はこの広い屋敷を回るだけでだいぶ疲れが溜まってしまうことが原因だ。
変に肩が凝るのも、養父たちと共に居ることに未だ慣れていない所為か。
はたまた、養父たちに関わるもの全てが高級なものだからか。
(…………高級なものだからか)
納得してしまった。
どさっとベッドに倒れこむ。
今日中には荷解きを終えた方が明日以降が確実に楽だ。
足りないものもあるだろうから、荷解きしつつ必需品を紙にまとめておいて…………。
昨日までも荷造りに勉強に出立の準備にと忙しかったが、今後も暫くは忙しくなりそうだ。
そして、これからは忙しくなるだけではない。
この高級感に慣れなければならないのである。
義理の息子に割り当てるには大きすぎる部屋も、管理が行き届いた家も、細かい装飾が施された小物も、価格なんて知りたくないと思ってしまうほど高級感が溢れる。
軽はずみに〝◯◯が欲しい〟と言ったら、一体どうなってしまうのやら。
(これからは本当に必要かどうか、きちんと考えた上で理由もつけて頼まないと…………)
義両親に散財させるのは気が引ける。
たとえそれが、彼らの財産の1000分の1にもならないようなものだとしてもだ。
(…………それはそうと)
ベッドの上に座り直し、改めて周りを見回した。
冬弥が元々いたところよりも広い自室に大きな本棚、無音で秒針を刻む時計もシンプルながら洒落ている。
大きな本棚には英和辞典や国語辞典を始めとする辞書が少し並んでいるだけで、嫌に殺風景だ。
そう、今の冬弥の部屋は殺風景なのだ。
それでも寂しさを感じないのは、冬弥の頭の中にいるあの少女の存在である。
(…………生まれて初めて、〝一目惚れ〟を経験したな)
聡明な冬弥には、何故あんなに少女の存在が頭に残るのかも動悸が激しいのかも想像がついていた。
ただ、少し現実味がないだけで。
(あの黒の制服は、どこの学校なんだろう)
残念ながら、冬弥には制服だけで学校がわかるほど学校の種類に詳しくない。
だが恐らくは、真っ黒のセーラー服に真っ黒のパンプスを合わせる学校など多くはないはず。
食事時になったらそれとなく聞いてみようと心に決め、冬弥は荷解きに取り掛かった。
「黒のセーラー服にパンプスなら、聖柄学園高校の制服じゃないかしら?」
「聖柄……?」
一瞬だけ羅生門が頭に浮かんだがそれを掻き消し、夕食の寿司の一貫を口に運びながら養母の話を聞く。
「女子はセーラー服とパンプス、男子は学ランと革靴って決まっていてね、それが伝統なの」
どうして歩きづらい靴を指定してしまったのだろうか。
「制服は全部絹でできていて、高級感がある仕上がりになるようにしたって先代が聞いたそうでね」
どうして高い生地を使おうと思ってしまったのだろうか。
(…………ん?先代が?)
「先代がって、一体どういう…………」
「私の曾祖母の母が、聖柄学園高校の新しい制服を手掛けることになった人と仲が良かったの。だから仕入れを助けてほしいと頼まれたこともあるそうでね」
「確かその次の年から今の制服になったそうだよ。僕と彼女も聖柄学園高校の生徒だったから着たなぁ」
そうだった、養父も相当な金持ちの家に生まれているが養母は金持ちの上に貿易商をやっているだけでなく由緒正しい家でもあった。
養父と養母が少女漫画並みにステータスがありすぎる。
「そうだ、それで思い出した。冬弥くん、革靴はあるかい?」
「…………え」
革靴。
何故。
(…………まさか…………)
「聖柄学園高校に通う手続きはもう済んでいるからね。登校初日は再来週だから、今週と来週で必要なものを買いに行こうか」
予想が的中した。
急展開すぎてついていけないが、とにかく冬弥は聖柄学園高校に通うことになった。
夕食を終えて自室に戻ると、冬弥は本棚から読みかけの小説を出してベッドに座った。
(……聖柄、学園……)
〝女子はセーラー服とパンプス、男子は学ランと革靴って決まっていて……〟
(制服……)
〝…………綺麗だ〟
(…………同じ、高校)
「……………………」
ボスッとベッドに倒れこむ。
彼女に会えるだろうか、という淡い期待が膨れ上がる。
さっきまで気まずいような、恐れ多いような感情が占めていたのに。
(結構、現金というか…………単純というか)
こんな自分、知らなかった。
思ってもみなかった。
ここまで誰かに興味を持つなんて、なかったから。
(…………ま、名前も知らないんだけど)
恐らく、というか確実に、彼女に自分のことなど認識すらされていない。
田舎町とはいえ、すれ違った人1人1人を記憶している人なんてそうそういないだろう。
(…………なんか冷静になれたな)
体を起こし、冬弥は小説の続きのページを開いた。