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片隅  作者: おさとう
冬弥と舞雪
1/3

列車の片隅

冬弥(とうや)が目を開けて外を見ると、緑が生い茂る長閑(のどか)な風景が見えた。


(随分と遠くまで来たな……)


新幹線―――否、列車と言った方が雰囲気に合うかもしれない―――の座席にて、窓の細い桟に腕を乗せ、頬杖をつく。

数時間前までいた自分の家とは、風景が180度変わっていた。


「おや冬弥くん、もう起きたのかい」


冬弥の向かい側の席に座り、新聞を広げながらにこにこと笑う男性が冬弥に声をかける。


「もう少し寝ていても良いんだよ。着いたら私たちが起こすからね」

「えぇ、そうよ。冬弥くん、今朝は早かったでしょう。眠れるときに眠っておかないとね」


男性の隣に座る女性も暖かい笑みを浮かべながらそう言った。


「……ありがとう、ございます」


ではお言葉に甘えて、と言いながら冬弥は再び目を閉じる。

無論、寝るつもりは毛頭ない。

冬弥は新しい家に着く前に、自分の気持ちを整理しておかなければならないのだ。






寒崎(かんざき)冬弥は、昔から感情表現が乏しく口下手な少年だった。

喜怒哀楽も同じ表情で、人見知り故に友達も少ない。

〝クールで格好良い〟よりも、〝圧が強くて怖い〟という印象を与えてしまいがちなのだ。

男子も女子も、冬弥に近づくことすらしない。

そんな暮らしを続けること15年、食事中で口を開ける以外顔を動かさなくなった冬弥。

何事にも動じなくなったが、養子に出されることが決まったときはあまりの衝撃に卒倒しかけた。

養父はある企業の社長らしく、子供に恵まれなかったため冬弥を養子として迎えたいとのこと。

何度か会ったのだが、養父は暖かく人に信頼される人柄で社長夫人である養母も物腰が柔らかい。


良い人なのはひしひしと伝わる。

伝わるのだが_____正直、冬弥にとっては荷が重かった。


良い人に良いことをしてもらえるとしてもらえた分、自分も返さなければいけないという衝動に駆られる。

養父・養母共に冬弥に求めているものがないことなど分かり切っている。

ただ、こんなに優しい人たちが自分の養父と養母でいいのかと幾度となく考えた。

失望だけはされたくなかった。


「……はぁ」


冬弥は自分の不甲斐なさにそっと溜息を零した。






「……冬弥くん、駅に着いたよ」

「はい」


目を閉じていただけで眠っていなかった冬弥は、養父の呼びかけにもすぐに応えた。


「ここからは車で行きますからね。駅を出てすぐのところに車を止まらせてあるから、行きましょう」

「はい」


養母の優しい声にも冬弥は冷淡に返事をする。

冷淡と言っても冬弥は緊張しているだけで、他に話すことが何も思いつかなかったのだが。

木造の駅を出ると、緑が生い茂って懐かしさを感じさせるような風景に似合わない黒のリムジンが止まっていた。

冬弥の思考と足が止まる。

あの黒のリムジン以外に、止まっている車はない。

もしかして、まだ来ていないのか?

いや、養母は車を〝止まらせてある〟と言っていたから、少なくとも車に乗って駅まで来たはず。

となると、車は駅の前に置いてあるはずで…………。

冬弥が悶々としていると、車から人が出てきた。


「旦那様、奥様、お帰りなさいませ。それから冬弥坊ちゃま、お初にお目にかかります。執事をやらせて頂いております、高田と申します」

「…………初めまして」


執事という職業は実在するらしい。


「お荷物を後ろに載せますから、お貸しくださいませ」

「あ、はい。宜しくお願いします」


(………………………深く考えすぎるのも良くないな)


冬弥はもう何も考えないことにした。






「さぁ、ここがこれからの冬弥くんの家だよ」


デカい。

冬弥はポーカーフェイスこそ崩さなかったものの、言葉を失った。

家が、デカい。


「流石、冬弥くんだね。すごく冷静だ」


冷や汗が背中を止め処なく伝っているが。


「別邸だし仕方がないでしょう。都内にある我が家はもっと大きいから、期待していてね」


これ以上大きくしてどうするのだろうか。


「そうだ。せっかく冬弥くんが来てくれたんだから、どこかのホテルを貸し切ってパーティーをやろう!」

「高級レストランで食事でも良いわね。あぁそれとも、五つ星シェフを呼び寄せた方が良いのかしら?」


フィクションの中でしか聞いたことがない〝別邸〟や〝パーティーをやろう〟という言葉を現実世界で、それもこんなに近くで聞くとは思っていなかった。


「いえ、その……本当、大丈夫なんで……」


ホテルを貸し切ってパーティーをされても、冬弥が緊張でおかしくなるだけだ。

それが伝わったのか、養父は気まずそうに笑った。


「少し焦りすぎたね……申し訳ない。初めての子供だから、浮かれているんだろうね」

「それは私も同じね。冬弥くん、少しずつ慣れていきましょう。そのうち私たちのことも本当の両親だと思ってくれたら嬉しいわ」


「…………はい」


まだ大きな音を立てる心臓の近くをゆっくり撫で、どうにか自分を落ち着かせる。

いざ敷地内へ足を踏み入れようとしたそのときだった。


コッ


「!」


黒のセーラー服にタイツ、パンプスを合わせた大人びた少女が冬弥たちの後ろを通り過ぎる。

透き通った銀髪は目と同じ色で、ひどく惹きつけられた。


(…………綺麗だ)


初めて、誰かに対して心から綺麗だと思った。

編み込みを施した髪型も、すらりと伸びた背筋も、細い手足も、一つ一つに目を奪われる。


「冬弥くん?」


現実に引き戻された。

疲れたのか、体調が悪いのかと心配する養父に大丈夫だと応えながらも、冬弥の頭の中にはあの少女がいた。

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