二章四話 バイオスフィア1
用語説明w
アテナ
黒髪ノーマンの女性。薙刀を使う騎士であり、閉じているような糸目が特徴。セフィリア個人に忠誠を誓った隠密騎士。Bランクだが、格上のB+ランクを倒し切る腕を持つ薙刀使い。そして、シリアルキラー気質
セフィリア
龍神皇国騎士団の団長。金髪の龍神王と呼ばれる英雄騎士であり、序列二位の貴族。ラーズの恩人であり、雇い主でもある
使役対象は、生きたアイテムであるヴィマナ
俺とセフィ姉は、訓練所へやって来た
いつもは訓練生だけでなく、正騎士以上の騎士達も訓練を行っているため賑わっている
闘氣、特技、魔法の三つの騎士の技術には練度がある
訓練を行い、やればやるほど磨かれていく
騎士の実力は、アスリートと近い
心技体を鍛え上げることで強く、上手くなっていくのだ
「…」
だが、今日は極端に人が少ない
具体的には二人しかいなかった
一人は、アテナ
細目のヤベーノーマンの女だ
もう一人は龍人の男だ
ちなみに、竜人とは頭に角がある人種
これには二種類あり、鹿のような枝っぽいものと、羊のように尖っているものだ
俺は尖っている角で、これを竜人
セフィ姉ともう一人の男は鹿のような枝っぽい角、こっちを龍人と表現することがある
「あれがラーズや、ダナンジャ」
「そうか!」
アテナにダナンジャと呼ばれた男が、さわやかな笑顔を向ける
「この三人が、チーム・バイオスフィアよ。よろしくね」
「はっ…、セフィリア様。我が神明にかけまして、必ずや目的を達成して見せます」
ダナンジャが、セフィ姉の前で跪き、首を垂れる
「信頼してるわ。お願いね」
「はっ…!」
ダナンジャは、立ち上がると俺の前へとやって来る
「ラーズ…、いや、蒼天竜!」
「はい?」
「我らは、今日よりチーム・バイオスフィアとなり名を捨てる。我の名はダナンジャだが、赤山竜と呼ぶがいい」
「わ、分かりました。ラーズ…、じゃなく、蒼天竜です」
「うむ。では、さっさく始めよう」
「な、何を……!?」
ダナンジャ…ではなく、コードネーム赤山竜が闘氣を纏う
更に、その額には紋章が輝き始めた
「見せてみろ、蒼天竜。セフィリア様が認めた実力と、蒼き大剣とやらを」
「…」
俺は、大剣1991を取り出す
この野郎、強いな
動きと目つき、意識の起き方が明らかに別格だ
アテナが強いというだけはある
ダナンジャも武器を取り出す
その武器は、変わった形の刀だった
刀身は一メートルほどの、通常の刀
だが、その柄が明らかに長い
一メートルの刀身に対して、柄が八十センチメートルほどあるのだ
刀身と柄が緩やかに湾曲しており、弓のような形になっている
「…長巻か」
「よく知っていたなぁ」
ダナンジャが感心する
「前に、長巻使いの武芸者とやったことがある」
「経験済みなら楽しみだ。我は紋章を使う。蒼天竜も、遠慮なく呪印を使え」
そう言って、ダナンジャは長巻を上段に構えた
くそ…、威圧感が凄い
長巻は距離のある刀だ
つまり斬撃が、刀よりも強力に襲って来る
長い分の取り回しの悪さに付け入るしかない
そして、この威圧感は武器だけじゃない
額に輝く強化紋章…
これは、魔導法学技術によってつくられる兵器で、認められた騎士に貸与される
メンテナンスやコストがかかるのは他の兵器と同じ
発動することで、様々な強化能力を得られる
セフィ姉の強化紋章はその最上位のものだが、通常の紋章の強化値も高い
龍神皇国騎士団が保有する紋章には数に限りがあるため、この紋章を賜ることは騎士の名誉でもある
ダナンジャは、強化紋章の強化能力と、紋章を授かれるだけの腕を持っているということだ
「ええなー、うちもやりたい」
「順番にやりなさい。あなた達二人を同時に相手にできる者なんていないわ」
アテナとセフィ姉の不穏な会話を聞き流しつつ…
俺は槍のように大剣1991の柄の中ほどを持ちながら距離を詰める
ズドッ!
ガキャッ!
「………っ!?」
ダナンジャの、高速振り下ろしからの切り上げ
1991でガードするが、浮かされた
そして、ダナンジャが三の太刀のモーションに入っている
浮かされたら、抵抗ができない
ブォッ…!
ダナンジャの長巻の突き
ボゥッ!
空中で1991のジェット突きを合わせる
長巻に体重を預けながら支点にして、その勢いで回転
「おらぁっ!!」
ゴギャッ!!
ハイキックで浮かし返す
そして、竜族の呪印の短時間発動
フル機構突きでぶっ潰す!
ボゥッ!
ズドォッ!!
一直線に突き抜けて行く衝撃波
「くっ…」
だが、躱された
空中で体勢を崩しながらも、俺の1991を弾いて方向を逸らしやがった
「なんだ、それ…」
俺は、動揺した
ダナンジャの顔に赤い筋が浮かんでいる
動きが変わった
闘氣と強化紋章による身体強化
それが、赤い筋が浮かんでから、更に反応速度が上がりやがった
「我は龍の神に選ばれしもの。超人体質の一つでな、この赤い線は聖痕だ」
超人体質とは、通常の人体よりも高性能な肉体を持つ者の事
例えば、ミオスタチン関連筋肉肥大
これは、筋肉の成長を抑制するミオスタチンというたんぱく質が欠乏することで常人よりも筋肉が圧倒的に付きやすくなる疾患だ
身体能力が明らかに常人よりも上り、子供であるにも関わらずムキムキの肉体になる
しかし、いくら食べても代謝してしまい、脂肪がつかないなどの悪影響が出る
俺が過去に所属した1991小隊にロゼッタという女性隊員がいた
彼女も身体能力が秀でていて大食い、おそらくは筋肉関連の超人体質だったのだろう
だが、超人体質とは筋肉に留まらない
ダナンジャの場合は、おそらく循環器系…、心臓や血管が常人よりも強靭
血流量を上げることで、筋肉やその他の出力を上げている
あの赤い聖痕は、血管の発達を表している
「どうした、お前は変異体なのだろう? 遠慮はいらん、全力で来い」
「…」
この野郎、余裕を見せやがった
俺は、静かに間合いを詰める
ジェットによる1991の振り下ろし
ダナンジャが長巻の切り上げて受ける
闘氣の保護力で叩き折れない
だが、間合いは詰まった
俺は、1991を手放す
ドドドドッ!
高速ワンツースリーフォー!
装具メメントモリを具現化し、ナックルをぶち込む
ガキッ!
ダナンジャが柄を叩きつける
「うおぉっ!!」
その勢いを掴んで払い腰
ダナンジャをぶん投げる
その刹那、空中でダナンジャが長巻を一閃
上体を反らして躱す
次は逃さない
ぶっ壊してやる…
ドガッ!!
「…っ!?」
その時、側頭部に衝撃
脳が揺れて膝が落ちる
ギリギリでガードしたが、長巻の柄の一撃だ
すでにダナンジャが上段に構え、振り下ろしに入る
この追撃を喰らったらやられる…!
バックステップ…!
ドゴォッ!
「ぐはっ…!」
ダナンジャの長巻が、俺の肩にめり込んだ
・・・・・・
「ぐ…」
俺は、アテナの回復魔法での治療を受ける
「なかなかやるな、ラーズ」
「…」
クソが…
負けた、完全に
避けたと思った
だが、ダナンジャは長巻を放り投げるように長い柄を滑らせた
柄を握る部分が、鍔から柄尻まで移動
結果として、俺の目測よりも長巻が伸び、避けたと思った刃体が直撃した
しかも、攻撃に闘氣を集中されていた
俺の物理作用を完全に貫通された
紋章を使った身体能力の強化もあり、完全に俺を上回られた
俺の呪印は、理性を失わないために一瞬の発動しかできない
だが、ダナンジャは恒常的に発動して強化して来る
俺の強化変異体としての能力に対して、紋章と聖痕の二つで明らかに身体能力が上回っていやがった
だが、一番の問題は、闘氣と武器術の腕だ
身体能力の差は、覆す方法はいくらでもある
そこまでの差はない
しかし、戦闘技術で上回られているのは致命的だ
「…今回は俺の負けだ。認める。修行し直してくる」
「もちろんだ。これからは、会うたびに一戦。お前の実力を引き上げるのは急務だ」
「え?」
「ラーズはセフィリア様が期待している。それならば、俺も期待しよう。逃げることは許さん、絶対に強くしてやる」
さわやかな笑顔で、何を言ってるんだ、こいつは
「ラーズ、気ぃつけや。ダナンジャは半端なことはせんから。ダナンジャが育てようとした者のうち、九割は心と体が壊れて戦えなくなるんよ」
「は?」
「ひたすら叩きのめす。回復して繰り返す。最後には絶望して逃げ出す。ダナンジャの理想に、人は耐えられないんよ」
「…」
何度でも挑める
それは、俺にとっては願ってもない
勝つまで
強くなるまで繰り返してやる
大崩壊での無力さ
その弱さを払拭するための方法が目の前にある
ありがたいことだ
「ラーズ、次はうちや」
「…!?」
アテナが薙刀を構える
その体が黄色い光を放っている
…これは、トランスの光だった
紋章 一章十七話 クシュナ10




