序章三話 見習い騎士3
「ラーズ、お疲れ様」
「セフィ姉…」
負傷した見習い騎士達に、回復魔法で治療を行っていく二人
あのアテナという女性は、魔法もかなりの腕だ
「ラーズさん、改めてよろしゅうお願いします。アテナです」
「え、あ、はい」
「セフィリア様に無理言って、見に来させてもらったんです。噂通りでしたぁ」
「…噂?」
「あの大崩壊の生き残り。大仲介プロジェクトへの抜擢、クレハナの内戦で活躍した伝説の傭兵。他にも変異体であるとか、カイザー云々とか、いろいろ聞いてはります」
「…」
俺は、セフィ姉を見る
俺の経歴は秘匿扱いになっているはずだ
それを知っているということは…
「私が話したのよ。もう少ししたら、チームを組んでもらうことになるから」
「チームって…」
「ラーズにやってもらいことがあるの。安心して、一緒に組んでもらう二人は腕が立つ。その一人が、このアテナよ」
「…」
「心配してます? なんなら、腕試ししてみても構いまへんよ」
アテナが首を傾げる
その細目は挑戦的だ
「まさか。外様騎士である俺が、アテナさんと組めるはずがないって思ったんですよ」
「ねぇ、ラーズ」
横からセフィ姉が尋ねる
「え?」
「どうしてそんなに闘氣の出力を絞っているの?」
「…」
「ラーズさん、何たらってゆー鍛錬をやって闘力とかの総量増えたって聞きましたよー?」
「…俺の持ち味は、闘氣じゃない」
俺は、一般兵として戦ってきた
闘氣など使えず、生身で戦場を駆け抜けてきた
俺の強みは騎士としての強さではない
生き抜くための観察眼、危険に対する嗅覚、そして生還のための準備だ
一般兵が当たり前に持っているもの
そして、超人である騎士が持ち得ないもの
最近、闘氣を使い始めた俺が、現役の騎士とやり合うのは無理がある
だったら強みを生かすべきだ
「ラーズ、私を助けてね?」
セフィ姉が微笑む
「…この国で最強ランクの戦闘力を持ってて、騎士団長なのに……」
「そういうのはいいの。約束したんだから」
セフィ姉がいたずらっぽく俺の口を指で押さえる
美人なのにかわいい
左右で濃さが違う青い目がコントラストとなり、魅力を引き立てている
セフィ姉の右目の濃い青色は、龍眼という珍しい目だ
ちなみに、俺も青い目なのだが、左目の青が少し濃い
こっちは竜眼と言う
ただ珍しい色というだけだが、セフィ姉とおそろいの感じがして昔は嬉しかった
「そんな、ガキの頃のことを…」
セフィ姉を守りたい
背中を守れる男になりたい
それが、騎士を目指したガキの頃の俺の夢
何でもできるのに、どこか寂しそうだったセフィ姉
憧れだったセフィ姉を、せめて俺だけは…
そんな夢だ
…だが、俺の手は血塗れだ
この騎士団に来るまでに、これ以上ないほど汚れてしまった
背負いきれない十字架が、いくつも俺の背中に刺さっている
そんな俺が、セフィ姉の隣に立つなんておこがましい
せめて、影から手助けする
それくらいでいい
「今回の件は、ちょっと緊急性が高いわ。だから、訓練しながらやってもらう」
「…緊急性?」
俺は、セフィ姉の言葉で思考の沼から顔を上げる
「ウロボロスの断片が発見された。それの回収ミッションよ」
「何、それ?」
「過去の事件では、集落や町を丸ごと全滅させてる危険物よ」
「いやいや、見習いの騎士になにやらせんの。訓練もあるし無理だって」
「大丈夫。団長名で併任の辞令を出しておくから」
「いや、そんなの、また目立つから困るって!」
「追跡チームは、うちともう一人。ダナンジャっていう剣豪がいますよー」
「はぁ…」
「腕は確か、ラーズよりも上や」
「騎士なんですか?」
「もちろん。騎士じゃなきゃ、ウロボロスを追うなんて危なくて無理やわぁ」
「…会うのが楽しみにしてます」
俺には、戦場で磨いてきた技がある
その騎士の力を見るのが楽しみだ
「ウロボロスのことは内密に、ね」
セフィ姉が俺を送り出してくれる
ウロボロス…
それが何かは分からないが、ヤバそうなことだけは分かった
「さっさと解体せんかぁ!」
教官に怒鳴られながら、キマイラから素材をはぎ取っている見習い騎士達
俺は、その作業に合流した
・・・・・・
龍神皇国中央区
「ただいま」
「おかえりー」
訓練の遠征を終えて帰って来る
このマンションが俺達の家
正確には嫁さん名義のマンションで、俺が転がり込んでいる
「遠征だったんでしょ。怪我は?」
「無いよ。それに、現場にセフィ姉が来てくれてさ、怪我した奴の治療をしてくれた」
「えっ、何でセフィ姉が?」
「分からないけど…、結構ヤバそうなドラゴンを倒してたよ」
龍神皇国という大国の騎士団長が現場に出る
そんなことは、通常、あり得ない
だが、セフィリアは無理を言ってラーズの遠征を見に来ていた
もちろん、そんなことは誰も知らない
俺の嫁さんの名前はフィーナ
漆黒の髪に真紅の瞳、褐色の肌を持つノーマン
クレハナという国の王族であり、第四位の王位継承権を持つ姫だった
しかし、長く続いていた内戦を終結に導くと同時に王位を放棄
その後、クレハナは龍神皇国の自治区となって編入されることとなった
今では、「私はもう一般人だよ」と言っているが、そんなわけはない
クレハナ自治区と行ったり来たりして忙しそうにしている
フィーナ自身も元騎士であり、魔法が得意
クレハナの内戦では漆黒の戦姫と呼ばれた英雄、高位の戦闘員でもある
「ごめん、私は先に食べちゃった。ご飯でいい?」
「うん、ありがと。腹減った…」
フィーナが料理を並べてくれる
「おいしい?」
「うん、さいこー」
「あーんしてあげようか」
「新婚のバカップルか」
「いいじゃん、まだまだ新婚でしょ」
フィーナがニヤニヤする
「先、風呂入って来いよ」
「ん、分かった。一緒に入る?」
「遠征で体が汚れてるから止めとくよ」
「残念」
そう言って、フィーナは風呂場に向かった
………
……
…
「ふぅ…」
フィーナとベッドで一戦後
俺は、火照った身体を冷やすためにベランダに出る
家はいい
ここなら気が抜ける
溜まった性欲、欲しかった安らぎ
心と身体が喜んでいる
だが、ふと思い出す
…自分が歩いてきた戦場を
散っていった、大切な仲間達
俺は、まだ何もやり遂げていない
ただ、生き残っただけ
フィーナには感謝している
こんな俺と一緒になってくれた
大好きだ
だが…、心の何処かで冷めている
幸せに染まることを拒んでいる
「そういや、ウロボロスって何だろう…」
俺は、少し曇が出てきた夜空を見上げた
騎士団員名簿
氏名:ラーズ・オーティル
人種:竜人
性別:男
騎士階級:見習い騎士
所属:見習いのため未所属
装備:シグノイア純正陸戦銃
技能:暗殺術、格闘術、ドルグネル流剣槍術
特性:最近、闘氣に目覚めた外様騎士
特記事項:騎士団長の密命を受ける場合は訓練を免除、教官了解済み