一章十七話 クシュナ10
用語説明w
絆の腕輪
対象の一部を封印することでテレパス機能を作れるアクセサリー。思念でやり取りできるため、イメージや視覚情報の共有ができる
リィ
霊属性である東洋型ドラゴンの式神。空中浮遊と霊体化、そして巻物の魔法を発動することが可能
チャンさん
情報屋の獣人のおっさん。大崩壊で家族を亡くし、教団への復讐のために動いている。情報収集、戦闘員のフォローと、縁の下の力持ち
ノーマンの男の身体から何かが放出
いや、放出どころじゃない
体が液状化し、一気に広がった感じだ
ズオォォォォッ!
「な、なんだコレ…!?」
一気に、ノーマンの身体から吹き出した液体状の何かに飲み込まれる
粘土のように見えたが、感触はほぼない
まるで、煙のようだ
ガクッ…
「…!」
身体から力が抜ける
この粘土のような波に、何かを吸い取られているかのようだ
「ウロボロスの欠片が起動してる! ラーズ、逃げんと!」
これは、ウロボロスの細胞の洪水
触れたものを吸収し、喰らう
生体エネルギーを直接吸われ、抵抗力が落ちれば物理的に肉体を食われ始める
「アテナ、離れてろ!」
俺は、怒鳴ってから力を集中
切り札を切る
俺の額に紋章が輝き始める
この紋章は、竜族の呪印と呼ばれる超危険物だ
ドラゴンが持つ二つのアライメント
それが誇りと闘争
この闘争を司る呪印だ
闘氣以上の強化能力を持ち、そのための膨大なエネルギーを秘めている
反面、使用者の精神を激しい闘争心で染め上げ、暴走状態とする
力と引き換えに理性をぶっ壊す
使用者を死ぬまで破壊し続けるバーサーカーと化す、諸刃の剣だ
「うおぉぉぉぉっ!!」
俺は、叫ぶ
闘争心を叩きつける相手、それは目の前のノーマンの男
暴走する怒りに、無理やり目標を設定する
そうすることで、かろうじて数秒、俺はバーサーカーの一歩手前で踏みとどまれるのだ
ズドォッ!
ザンッッ!
ズバァッ!
ザシュッ!
1991を連続で振り切る
その風圧と、闘氣による斬撃で、粘土のような細胞の波を吹き飛ばす
ヒャーーーーーーン……!
「ぐうぅぅ…!」
ハッと我に返る
気がつけば、闘争心が侵食
意識が消えかけ、一心不乱に1991を振り続けていた
怒りに呑まれる、その直前でリィの鳴き声が頭に響く
俺は、ギリギリで呪印の発動をとめる
ピーピーピー…
耳障りなアラームが鳴っている
ヴァヴェルに搭載されや脳ミソガード機能
バイタルをチェックをし、明らかな異変があった場合に知らせてくれるアラームだ
例えば、精神系の睡眠や混乱の作用を受けた際に、脳波や呼吸、血流の乱れで検知
注意を促して覚醒を早めてくれる
ガッ…
「うわっ…!?」
呪印の力を抑え、脱力感に襲われた瞬間、突然、身体を抱えられる
アテナだ
「がぁぁぁっ!」
ノーマンの男が、ウロボロスの波とともに跳び上がる
ドゴォッ!
ビルの壁に一直線
ぶつかってピンボールみたいに跳ね返る
ビル壁に大きなクレーターを残し、そのまま反対側のビルを跳びこえた
「ぐっ…、アテナ、逃がすな…!」
「ラーズ、引こう。時間切れやわ」
遠くからサイレンが聞こえる
クシュナの警察、下手すると軍だ
「ウロボロスの欠片…、折角見つけたのに……」
「騒ぎ過ぎやな」
ビルの壁がボコボコ
あの野郎の金属性魔法のせいだ
俺は、アテナに抱えられたまま、その場を離れた
・・・・・・
アパートに戻ると、チャンさんがミニバンを用意してくれていた
戻った途端に、折り畳みのテーブルとイスセット、簡易ソファー、折り畳みベッドを積み込む
後は小物の段ボール三箱と家電を運べば、アジトの引っ越しは終わりだ
「手続きは終わってる、帰るぞ」
チャンさんが言う
俺は後ろの席で、背もたれを倒して横になる
「バテてるなぁ、強かったんやね」
アテナが助手席から振り返る
「強かったのは間違いない。それに、ベースのノーマンの野郎は仙人だった」
「…それは厄介やね。B+ランクなんや」
「錬金術がどうとか言ってたな。腕の中に杖を仕込んでいて、金属性魔法をブッパしやがった」
「ラーズ並みに隠し種が多いなぁ」
「もうねーよ。紋章も使わされたし。ウロボロスの欠片って危ないぞ、あれ」
「体が崩れて、周囲のエネルギーや食物を捕食しようとしてたように見えたんよ。あれが能力なんかな」
「自在に操れるなら、倒すのが難しくなるぞ」
どこからでも栄養補給ができて、下手すると変形までしやがる
ゾンビ戦法を取られたら、こっちがガス欠して食われちまう
「あんな危険な能力、使えば侵食されるだけやわ。過去のウロボロスの欠片の事件も全部おんなじ。最後には周囲を巻き込んで暴走してしもうたんやって」
「…早めに手に入れないと、暴走の危険性が高まるってことか」
せっかくウロボロスの欠片を見つけたのに…
確保できなかった
まさかの仙人、B+ランク
それに加えて、ウロボロスの欠片というヤベーエネルギー源
嫌になるぜ…
騎士になれば、強くなれると思った
だが、上には上がいやがるんだ
「でも、驚いたわぁ。ラーズが、ウロボロスの欠片とやり合えるなんて。普通の騎士なら喰われちゃったんちゃうかな」
アテナが、助手席から振り向く
「…あれば、俺の呪印のおかげなだけだ。できれば使いたくない」
「セフィリア様とお揃いの、特別性の紋章なんやろ?」
「お揃いかは知らないけど、マジで危険物だぞ」
紋章とは、何らかの効果を持つ魔導法学兵器
一番有名なものは、身体能力を強化する紋章で、龍神皇国騎士団でも複数を保有している
この紋章を与えられた騎士は、通常の騎士の数倍の能力を有する超戦士となる
ランクはBを超越し、B+ランクへと昇華する
更に、Aランクへと至るためには、この紋章か、それと同等の何らかのエネルギー源が必要だ
俺の大剣1991の魔玉には、蒼い強化紋章と呼ばれるものがインストールされている
これは、硬化能力に特化しており、発動することで刃体を硬化させている
この大剣の青の一つを司る、俺の小隊から譲り受けられた大切な紋章だ
また、紋章にはプラスの効果を持つ強化紋章の他に、呪印というものが存在する
名前から分かるとおり、マイナス効果を与える紋章であったり、プラスの効果の他にデメリットを内包する紋章のこと
対象に刻印を施すことで魔力を封じたり、動きを阻害する
酷いものだと、徐々に蝕み死に至るものもある
俺の竜族の呪印は、能力の向上という大きなメリットを持つが、理性が弾け飛ぶ
これでも、長い訓練の末に、攻撃対象に設定した対象に殺意を集中させることに成功
更に、絆の腕輪を使うことで、リィや竜牙兵が思念で注意を促してくれ、数秒は意識を保てるようになった
だが、追い詰められた局面など、心に余裕が無い場合は、今回のように一瞬で意識が弾け飛んでしまう
そうそう使える切り札ではないのだ
「…俺も、普通の紋章が欲しいなぁ」
「見習い騎士を卒業して、いい騎士団に入ればもらえるんとちゃう?」
龍神皇国騎士団は、赤、青、黄、緑、白、黒の六つの騎士団を持つ
そして、それぞれの騎士団に決まった紋章が割り振られているのだ
強力な紋章であり、龍神皇国騎士団の象徴でもある
当然、その騎士団の実力上位の者にしか使うことは許されない
紋章を得るということは、英雄の仲間入りということだ
「そういや、そのウロボロスの欠片を持っていた奴は、ナイツオブラウンドとかいう組織で間違いなかったのか?」
チャンさんが尋ねる
「…聞く余裕が無かった」
「忘れてただけやろ」
うっせーな、その通りだよ
風の道化師が口走った言葉
「どうせ、あんたらごときにナイツオブラウンドの捕捉は無理よ」
あの、折角引き出した言葉…
忘れてたー…!
俺は、いろいろ失敗した事実から目を逸らすために、狸寝入りを始めた
・・・・・・
チャンさんが、俺のマンションの側で車を停めてくれる
すでに深夜に近い時間
今日は騎士団本部には寄らずに解散となった
「チャンさん、ありがとう。ちゃんと休んでよ」
「ラーズもな。次もよろしく頼む」
「またなぁ」
アテナが助手席から手を振る
ミニバンが走り去っていった
「あ、フィーナ」
少し歩くと、フィーナが立っていた
「お帰り、ラーズ。驚かそうと思ったのに」
「こんな夜に、外で待つんじゃないよ」
女一人で…
まぁ、通常の騎士を凌駕した、B+ランクの漆黒の戦姫なんだけども
「しばらく会えなかったね」
「遠征、長かったよ」
フィーナと自然に手を繋ぐ
期間が開くと、会えたことにホッとする
「あ、新しいホテルができてる」
「ラブホテルか。テーマは南国風なんだな」
そう言えば、クシュナも南国
沿岸部にはリゾート地も多い
「ちょっと、楽しそうだね」
「そうか?」
「…」
「…」
フィーナが、腕を組んでくる
「…ビールでも買って、行ってみるか?」
「ん…、ラーズが行きたいなら…」
俺とフィーナは、事前準備のためにコンビニへと向かった
ナイツオブラウンド 一章十一話 クシュナ4




