第1話 勇者、怠惰を知る
俺の黒い斬撃波が、魔王を真っ二つにした。
世界を混沌に陥れた闇の魔王が、死んだ。
「終わった……」
仲間たちとホッと胸をなでおろす。
魔法使いの青年が、俺の肩を叩いた。
「お疲れルース。これで坊主頭も卒業だな。ちゃんと伸ばしてオシャレしろよ〜」
「最初に言うのがそれかよ」
と、青年コロンが俺の短い坊主頭を撫でまくる。
旅をしたり戦ったりするなら、坊主が一番効率がいいのだ。
「あ、お姫様忘れてた」
魔王城の奥で、人質として捉えられていた姫を救出する。
俺と同世代くらいの、美しい金髪のお姫様だった。
「姫、もう安心ですよ。魔王は倒しました」
「あ、あなたは……」
「名乗る者でもありません。しがない勇者と、愉快な仲間たちです」
共に長い長い冒険をしてきたパーティーメンバーを、一人ひとり見つめる。
魔法使いに僧侶、そしてモンク。
思い返せば大変な旅だった。俺の青春を捧げた、輝かしい冒険だった。
「さぁ帰ろう。妹が、セシリーが待ってる」
「帰ったらどうするんだ? ルース」
「そうだな……のんびり気ままに、生きてみようかな」
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それから5年後。
俺は21歳になっていた。
「お兄ちゃ〜ん、なんでまだ寝てるの〜?」
「んー」
「もうお昼なんですけど〜」
「んー」
セシリーに叩き起こされて、俺は上半身を起こす。
とある街のとある小さな一軒家が、今の俺の住居だ。
「はぁ、いい加減髪切ったら? 最後に切ったのいつ? 前髪で目が隠れてるよ」
小柄な黒髪ボブの妹が、俺の顔を見るなりため息をついた。
まったく、しっかり者に育ってくれてお兄ちゃん嬉しいよ。
「お兄ちゃんさあ、この前の話し考えてくれた?」
「なんだっけ?」
「お兄ちゃんが元勇者だって公表してさ、王国軍に入隊するって話し」
「あ〜」
「確かにお兄ちゃんのおかげで魔王は死んだけど、世界にはまだ魔物が溢れてる。それをお兄ちゃんが率先してバッタバッタとなぎ倒す!! 報酬もたんまり!!」
「やだ。てか魔王討伐の報酬で一生遊んで暮らせるじゃん」
セシリーが眉をひそめた。
やばい、地雷踏んだ。
「一生遊んで暮らせる? 10億ゼニーもあったのに遊びすぎて1000万ゼニーにまで減らしたのはどこの誰?」
「1000万もあれば充分だよ。もうギャンブルも女の子にプレゼントもしないよ。誓うよ。俺、約束は守る。だって勇者だもん」
「老後2000万ゼニー問題が騒がれているこの世の中で、1000万じゃ足りません!!」
「うぅ……」
「そりゃあ戦いは命がけだけど、お兄ちゃんなら大丈夫じゃない。バリバリ強いんだから。魔王を倒したんだから」
「えぇ〜。でも〜、いまさら剣握ったらタコできるし〜、動くと汗かくし〜。だいたい、俺は一回世界を救ったんだよ? みんなの平和を守ったの。同年代が彼女作ったり演劇みたり勉強している間、俺は世界中を歩き回って魔王を倒したの!! だから残りの人生はダラダラ生きる。働かない。絶対に働かない!! 俺が倒すべきは魔物の生き残りじゃない、睡魔だ!!」
「倒してないじゃん、毎回負けてるじゃん。もう、せめて定職についてよね」
「いやです。俺は知っちゃったのです、ダラダラする楽しさを。毎日が休日っていう幸福の日々を!! せかせか生きる生活には、戻れませ〜ん」
老後の資金だってどうにかなる。
勇者時代の剣とか防具とか記念に取っておいてあるけど、売ったら相当な額になるはずだから。
だってミスリル製だぜ?
結局最後まで使わなかったエリクサーも残ってるし。
「冒険に出る前のお兄ちゃんは、あんなに真面目でやる気に満ち満ちていたのに。あの頃のカッコいいお兄ちゃんはどこに行ったのやら」
「人は変わるものだよ、時間と共にね」
「魔王軍にお父さんとお母さんを殺されて、貧弱だって馬鹿にされたお兄ちゃんは必死に修行して最強の勇者になったよね。あの頃を思い出したりしない?」
「修行している間に好きな子を友達に取られたこと思い出すから記憶は封印してる」
「勇者っていうのはとことん成り上がるものなんだよ、2000年前の勇者だって、悪い悪魔を倒したあと一国の王になったんだから」
「2000年前の出来事なんて事実かどうか怪しいね」
「パーティーメンバーだった人たちは、各地で兵士を育てたり、独自に魔物を倒したりしてるらしいよ」
「他所は他所、ウチはウチ」
「畑仕事とかどう? 気ままなスローライフとかさ」
「土とか泥にまみれたくな〜い」
「……ちっ」
「あ〜わかった。わかりました!! んじゃギルド行って適当にお小遣い稼ぎしてくるから、それで許して」
ダラダラこそしているが、俺は定期的にギルドで魔物討伐のクエストを受けている。
暇つぶしと、セシリーのご機嫌取りのためだ。
「お!! 久々の出陣だね!! そのままギルドマスターにでもなって、王国軍の司令官とかまで成り上がっちゃえばいいのに」
「やだ。俺は絶対に成り上がらない。また魔王が復活しようが人々が悲しみの涙を流そうが、俺の勇者人生は終わったの!! ただの一般人に戻ったの!!」
「受験の反動で無気力になる学生みたい」
「とーにーかーく!! 俺は成り上がらない。絶対に成り上がらないからな!!」
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※あとがき
コメディです。
温かい目で見守ってください。