第七夜
こんな夢を見た。
外来種の雑草で閉じられた川辺を無理やり歩く。時任組の子分たちが穴を掘って待っている。外来種の雑草は人の背丈をはるかに超える高さなので、そのなかで何をしても、土手の道をゆく通行人には分からない。
太陽は頭上でぐるぐるまわって、殺し屋は何度も温くなったペットボトルの飲み物に口をつけた。
草いきれのする、道のない草むらを歩いていると、どうして夜では駄目なのだろうと思う。だが、夜では駄目な理由があるのだろう。それは殺し屋の知ることのない犯罪組織の理不尽な理屈でしか説明できないに違いない。でなきゃ、こんな熱い昼間に人を殺す意味が分からなかった。
ときどき、殺し屋の靴がずぶ濡れた葦を踏むことがあった。川へ寄り過ぎたと思って、歩く先を変えると、今度は枯れたオナモミがズボンに引っついた。
赤い旗がひょっこりと生えて、また沈んだ。旗へと歩き続けると、お囃子を真似た口笛がきこえてきた。お囃子が終わるころに、草を刈ってつくった小さな空き地に出た。腐った草と土の混ざりを掘ってつくった大きな穴が開いていた。土はそばに盛られているが、草の丈を超えないギリギリの高さで山にしてあった。
鈎組長ともうひとり、若い女が穴の縁に裸で立っていた。
「こんなのは間違ってる。時任の兄貴に言ってくれ。絶対に間違ってる」
鈎組長はぐすぐすと泣いていた。肩が震えていた。女のほうは小さな手鏡を手に、口紅を塗っていた。
「この女から誘ってきたんだ! きっと会長の残党がおれたちをハメようとしたんだよ」
「そうそう。全部わたしが悪い」女は歌うような調子で言ってから、口をすぼめて唇に紅を乗せた。
鈎組長は膝をついた。
「おれは時任の兄貴に教えただろ? おれがいなけりゃ、死んだのは会長じゃなくて、兄貴だったんだ!」
「そうそう。全部わたしが悪い」
「黙ってろ、クソアマ!」と、鈎組長がわめいた。
おい、と時任の子分が言った。大きな肩に小さな頭がくっついた典型的な用心棒タイプで複雑な策略ではなく、単純な暴力でのし上がったのがよく分かる。
「姐さんに無礼な口きくんじゃねえ!」
「でも、このアマは——」
子分のバックハンドが鈎組長の顔にぶち当たった。
「お前とファックしても、姐さんは姐さんだ。そこの穴に頭ぶち抜かれて倒れるまでな」
「おれはどうしてくれる!」鼻血から砕けた軟骨を垂らしながら、鈎組長は縋りつこうとした。時任の子分は顔を蹴飛ばした。鈎組長は穴に落ちた。
女はクスクス笑っていた。
「どうして、どうして、なぜなぜ、どうして、鈎の組長さん、なぜなぜどうして、ルルラララ」
仰向けに倒れた鈎組長は殺し屋に気づいた。
「おい、客分! なんとかしてくれ! 全部間違いなんだ!」
殺し屋はポップコーンの油でベタベタした九ミリで鈎組長の顔を撃った。
女はそれを見ると、穴に手鏡と口紅を放った。
殺し屋は女の額を撃った。脳漿がまき散らされ、女は穴のなかで大の字になって死んだ。
子分の子分がふたり、シャベルで穴を埋め始めた。死んだばかりのふたりの男女と手鏡、口紅に、殺し屋が捨てた九ミリも一緒に土がかぶせられた。
時任の子分が札束の入った封筒を渡し、殺し屋はそれを尻ポケットに入れて、その場を後にした。殺してるあいだだけ、暑さが忘れられたが、それが戻ったときは倍も暑かった。
川から離れるように歩くと、四角く切った池のそばに出た。釣り人が何人か、麦わら帽子をかぶって、竿を振り出していた。土手の上をアイスキャンディ屋の自転車が走っていく。
殺し屋はそれを呼び止め、大きな楡の木陰でパイナップル味のアイスキャンディを買った。
釣銭を受け取りながら、殺し屋はアイスキャンディ屋の首から下がる、ピンク色の携帯扇風機を見た。
いいアイディアだと感心した。
これと同じものが欲しくなった。
どこかで手に入れよう。
〈了〉




