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第五夜

 こんな夢を見た。

 石灯籠の並ぶ石段は岩山に絡みついていて、その段が門に呑まれるところで梶原が待っていた。殺し屋は紙袋を見せた。なかにはサイレンサーをつけた九ミリが一丁入っていた。梶原をはそれを確かめると、あっさり塩味のポップコーンお徳用ファミリーサイズの袋を殺し屋に渡した。殺し屋はポップコーンの袋を破ると、九ミリを突っ込んだ。梶原が武家屋敷風の門を指差して言った。

「こっちッス」

 殺し屋はポップコーンをつまみながら、梶原についていった。

 敷地に入ると、まもなく裾を切り詰めた神主のような従業員がやってきて、鯨油が薄く燃える手燭でふたりの足元を照らした。

「ぽん。ぴゅう」

 ポップコーンを噛むと、そんな音がした。

「ぽん。ぴゅう」

 殺し屋たちの頭上では松林の断崖が真っ赤な夕空に縁どられていた。左手の庭に断崖の影がかぶさって、輪郭のくっきりしない暗さのなかで草と石が静かに息づいている。黒い板塀の向こうはネオンに溺れる歓楽街である。

 しばらくすると、広い土間のような場所に通された。三方の式台に皺なく敷き詰めた毛氈が暗い部屋のなかで悪魔の舌のように赤い。棚には雪駄と革靴が詰めてあった。

 大きな沓脱ぎの石のそばに狛犬みたいな顔の大男がふたりいた。窮屈なダークスーツに身を詰め込んで、不機嫌な顔をしていて、梶原と殺し屋は武器の類を携帯していないか体を触られた。

「ぽん。ぴゅう」

 音がすると、狛犬が殺し屋を見た。

「ポップコーン」

 殺し屋は袋を見せた。

「食べます?」

 狛犬たちはむすっとした顔で無視し、従業員にひとつうなずき、元の位置に立った。

 従業員は殺し屋と梶原の靴を預かって、棚に入れると、薄く削いだような木片を渡してきた。

「お帰りいただく際、これが交換になりますゆえ」

 それはへずったおかかみたいに薄く、番号はにじんでいたが六六六とあった。

 従業員が戸を開けると、殺し屋は湯気に前髪をぶわりと撫で上げられた。廊下は襖でできた蒸気管のようで、中庭の軒先からは逆さの滝のように湯気が逃げていた。いつの間にか従業員はいなくなり、殺し屋と梶原のふたりぼっちである。

 人の気配は感じても、なかなか人に出会わなかった。ときどき曲がり角に高坏たかつきを持った使用人や座敷へ戻る客の姿を見るのだが、蒸気にぼやけて、本当にいるのか、それとも光と影の塩梅でそう見えるのか分からなかった。

 一度だけ人の姿をはっきり見たことがあった。三十六畳の座敷に湯帷子をつけた議員や富豪、警察官僚、インフルエンサーが集まって、座敷の中心にある光のほうをに体を向け、額を畳にこすりつけていた。遠い光は黄色い靄のなかで蠢いていて、生まれたての惑星みたいにひとりぼっちだった。

 ポップコーンが蒸気でシケってはいけないと急いで食べると、

「ぽぽぽん。ぴゅうぴゅう」

 と、音も忙しくきこえてきた。

 土下座する男たちが一瞬、殺し屋のほうを見た。

 ポップコーンを急いで食べることに咎はないだろうと思ったが、どこか寝ぼけたような目で一度に見られるのは具合が悪かった。殺し屋たちがその座敷を後にすると、ぞり、ぞり、と光に向かって額をこする音がしたのが気色悪かった。

 しばらくさまよって、廊下に出た。そこには見台があり、和綴じの本がじわりと墨を浮き出させている。それには菊水会会長殿、とあった。

 梶原は殺し屋の袋からサイレンサー付きの九ミリを取り出した。

「おれがまずいくッス。やりそこなったら、頼むッス」

「相手、ひとりじゃないよ?」

「おれたちはヤクザっす。ろくな死に方しないのはハナから決まってたッス。でも、おれと狭山と武田とは同じ親から盃もらった兄弟分ッスからね。ろくな死に方できないってんなら、会長のヤローも同じッス。大きかろうが、小さかろうが、ヤクザはヤクザっす」

「だから、ぼくは犯罪組織に座布団預けたくないんだ」

 梶原は廊下に残り、殺し屋は脇の部屋に入った。そこは加湿器が十個もついていた。白物リネンが天井まで積みあがっていて、壁には管理一覧表が額に入って、かかっていた。

 ぽん。ぽん。ぽん。ずどん! ぽん。ぽん。

 殺し屋が廊下に出ると、白ジャージの少年が三人血だまりに倒れ、手足を縮こまらせている。三人とも短銃身のリヴォルヴァーを持っていたが、銃口から煙が上がっているのはひとり、本家で殺し屋を案内した美しい少年のものだった。

 梶原は胸を撃たれて、真っ蒼な顔をしている。立っていられるのが奇跡だった。

 サイレンサーの伸びた銃身は腰を抜かしている菊水会会長の額にぴったりつけてあった。

「地獄に落ちろ。狭山と武田がお前を喰ってやる」

 ぽん。

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