第三夜
こんな夢を見た。
たったひと部屋の粗末な事務所だった。神棚以外の全てが安っぽい鉄とプラスチック、指紋で汚れたガラスでできていた。殺し屋は鈎組長だって、つついて倒れたらガシャンと音を立てるかもしれないと思っていた。殺し屋はこの組の客分だから、真夜中の事務所にやってくる難事に協力するくらいの義理が生じていた。鈎組長はこの晩、妙に狙撃のことをききたがった。
「あまり、そういう銃を使うやつがいないんだがよ。ああいうのは、どのくらいバレないもんだ?」
「サイレンサーをつけて亜音速弾を使えば、銃を用意した人間が裏切らない限り、誰が撃ったのか分かりませんよ」
「そうか」
まるで絶対にバレたくない殺しの案件を抱えているような口ぶりだった。
「どのくらい遠くから撃てる?」
「銃と弾の種類にもよりますけど、市街地なら四百メートルが最高ですね。でも、亜音速弾を使うことを考えると、二百メートルは最低でも近づきたいですね」
「そんなに遠くから撃てるのか?」
「そんなに遠くから撃てます」
二百メートルなんて、狙撃の世界では大したことはないが、自分の値段を下げてもいいことはないので、黙っていた。
事務所には鈎組長の三人の子分が控えていた。狭山、武田、梶原は、金稼ぎよりも暴力のほうで組に貢献していた。鈎組そのものが金儲けが下手で暴力で貢献していた。鈎組長はそれを武闘派の証と言っていたが、殺し屋は時代遅れなのだろうなと思った。遠距離狙撃や自動車爆弾、後腐れのない毒殺の値段は高騰していたが、至近距離で撃つとか、バットで殴るような単純な仕事は大暴落を起こしていた。
五人の煙草がいがらっぽくなって、電灯の下で煙が渦を巻いていた。ひどく退屈で、何か起きないか、期待していた。殺し屋は煙がライオンの形を結ぶのを見た。ふっと吹くと、今度はパチンコ玉みたいにつやつやしだした。煙がつやつやするものかと思って、もう一度吹いてみると、確かに間違いなくつやつやしている。窓がないので、煙には逃げ道がなかった。煙はどんどんつやつやになっていった。薄気味悪くなって、この部屋を出たくなった。空腹を覚えた。
「すいません。このあたりで安くてしっかり食べられるお店ってないですか?」
「B級ヤキソバ屋がある。ここを出て、右にずっと行くと、十字路があるから、それを左に曲がれ。そのうち着く」
「ありがとうございます」
事務所を出るとき、鈎組長と三人の子分の上につやつやした煙が浮いていた。それが魂なのかもしれないと思うと、彼らの命運は長くはないだろう。