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第32章

 地震が起きた時、クローディアス王は例によって拷問部屋におり、仕切り窓のこちら側で罪人たちが苦しむのを眺め、チーズや生ハムなどを摘みつつ、従者らとともに葡萄酒を嗜んでいた。焼きゴテを体に当てられ、さらにはそこへ酸をかけられたり、あるいは凍えるばかりの冷水と沸騰した熱水を交互にかけられ、鎖をガチャガチャ言わせながらジタバタする姿を見ては楽しんだり……そうした囚人たちが苦悶に身をよじらせ、「ギャッ!!」と堪らず叫び声を上げるたび、彼らは「まったく辛抱たまらんという奴ですな」などと言っては、「イヒヒ」、「キヒヒ」と獣じみた顔をして笑っていたものである。


 今日はさらに、拷問好きの彼らにとってまだご馳走があった。口から熱い鉛を流し込むという恐ろしい拷問刑である。そして、クローディアス王のことを悪く言いふらしたという嫌疑によって捕えられてきた男は、手足を拘束されると、口を開けるようにと言われた。無論、男は漏斗を手に持つ拷問官吏が「口を開けろ」と言っても歯を食いしばり、決して開けようとはしなかった。そして「どうかお願いします、それだけは……」と涙ながらに懇願し、涙のみならず、最後には小便まで漏らしてしまうと――「おやおや、まったく勇気のない奴だ」、「おもらしが治らずに大人になってしまったと見ゆる」などと言って、従者たちは「ワッハッハッ!!」と大笑いしていたものである。


 そして、力強い筋肉自慢の拷問官に羽交い絞めにされ、口を無理やりこじ開けられると……このまだ二十代半ばほどにしか見えぬ男は恐怖の頂点に達し、血走った目を全開にした。(そうだ、その顔が見たかったんだ……!!)と、クローディアスが葡萄酒の入ったゴブレットをぎゅっと力強く握りしめた瞬間のことである。地震がやって来た。熱い鉛の入った器は揺れ、罪人ではなく拷問官吏たちに降りかかり、彼らは大火傷をすると、堪らず「ギャッ!!」と叫んでいたものである。


 そのあとのことは――広い王城の建物が倒壊するのは、あっという間のことであった。だが、いかなる神の護りであろうか、地下牢に捕えられていた囚人たちは、その全員が地震によって鎖が壁から剥がれ落ちたことにより、動くことが出来るようになっていたのである。牢屋の鉄格子もひしゃげて歪み、少し力を加えれば脱出できるくらいの隙間が十分開いていた。


 拷問に次ぐ拷問により、すっかり弱り果て、自分で歩くことすらままならない者たちも何十人となくいた。だが、囚人たちはそうした自分の仲間たちを誰ひとりとして見捨てず、肩を貸したり、どうにかおぶって逃げることにしたのである。「おりゃあもうダメだ……どうせ死ぬなら面倒をかけたくねえ。そこらへんに置いていけ」と、掠れ声で耳許に囁かれても、比較的体の動く囚人たちは何度も往復して全員を外へ運んだ。そうなのである――これほどの大きな地震であったのだから、地下にいた彼らは生き埋めになっていても不思議はなかっただろう。だが、倒壊した上部の建物の床に穴が開き、そこから脱出することが可能だったのである。


「今、まだ拷問中だった奴らが残ってる」


「そうだ、どうにかして助けねえと……」


 久しぶりに陽の光を浴びた彼らは、太陽の眩しさに全員が目が眩みそうになっていた。とはいえ、彼らはその瞬間も、自分たちと同じように拷問官吏たちが生きていたらと思うとゾッとした。彼らは武器の扱いに長けているのみならず、その全員が筋骨逞しい体術にも優れた者たちばかりであった。ひとりでも怪我を負わずに生きている拷問官吏がいたとしたら――牢獄暮らしで体力が消耗し、拷問の傷跡の痛みもある彼らにはまずもって勝ち目はない。


 だが、それでも彼らは仲間を救出しに引き返していった。助けにいかないということは、同じ苦しみを長く共にしてきた友として、むしろ絶対に出来ないことだったのである。


 そして、勇気を持って拷問室へ向かった彼らが見たものは――熱い鉛を体に受け、痛みに動けなくなっている拷問官二名と、倒れてきた柱の下や、壁材の瓦礫に埋もれ、半死半生となっているクローディアス王やその従者たちであった。


 囚人らは、危うく鉛を口に流されるところだったカーミルという男を助けだし、他に、焼きゴテや酸によって責め苛まれていた仲間の鎖も外すと、その場から引き上げようとした。だが、放っておけばこのまま死ぬだろうとわかっていても……彼らは「やり返してやりたい」という誘惑にどうしても勝てなかったのである。


 そこで、室内に散乱していた拷問のための特殊な形状をした剣やナイフなどを手に取ると、まだ生きていた彼らに苦しみを与えていった。のちに、ハムレットの軍がクローディアス王の姿を探し求め、彼を発見した時……この拷問好きで有名だった王さまは、眼窩を抉られ、鼻を削がれ、口には糞尿を詰め込まれた状態で発見されたという。ひとりの拷問官吏は指や腕のない状態であり、足などは両方ともありえない方向に曲げられていたということであった。そして、もうひとりの拷問官といえば、拷問専用のハンマーによって顔となく体となくグチャグチャに叩きのめされ、肉の塊と化していたようである。


 クローディアス王の従者たちも、生きたままあらゆる責め苛みを受けてのち、ようやくのことで死亡した模様である。彼らは苦労してそこまでしてから引き上げていき、「仇は取ったぞ」ということを、他の囚人仲間たちに泣きながら報告したのであった。


 ガートルード王妃はその時、自室にいて、飽きもせず侍女頭であるテッサローアと愛を交わし、口移しで葡萄酒を分け合っているところだった。そこへ地震が襲いかかり、真っ裸の女ふたりは、崩れてきた天井や豪華なベッドの柱などに挟まれ、身動きの取れぬ状態となったのである。ふたりともまだ息はあったため、もう少しじっとして待っていれば、誰かが助けに来たという可能性はあったに違いない。だが、ガートルードが両足に感覚がないと言い、さらには顔の半分に大きな傷を負っているのを見て――「痛いわ、痛いわ!!テッサローア、どうにかして!!」と激しく訴えるのを聞くと、テッサローアはペンダントに隠してあった毒薬を、「鎮痛剤でございます、王妃さま」と偽って飲ませた。よしんば助けが来て命が長らえるよりも、彼女にとってはこのほうが幸せであろうと判断したのである。そして、テッサローアもまた同じ毒により、心から愛していた王妃の隣で、彼女の手を握りしめたまま息絶えたのであった。


 こうして、ハムレットが(どうにかして一目会いたい)と願った母と、結局彼は対面することが叶わなかった。のちになってこのことを聞き、心底ほっとしたのはローゼンクランツ公爵とギルデンスターン侯爵である。ハムレットが悲しんでいるのを見ても、彼らは同調しているのは表面だけで、心の中では(あの悪女がハムレット王子と会う前に死んでくれていて良かった)としか思わなかったのである。


 クローディアス王とガートルード王妃の息子と娘である十五歳のレアティーズ王子と十三歳のオフィーリアは、それぞれ生きていた。ふたりはその時、王城の中庭にいて、孔雀が求愛する姿を眺めていたのだが、周囲から城壁が崩れ落ちてくる先で――護衛の騎士や従者などがこの兄妹を庇う形で動いたため、それでどうにか生き延びたのであった。そのかわり、四人いた騎士らのひとりは亡くなり、もうひとりは大怪我をし、五人いた従者は怪我を負い、三人いた侍女たちは彼らの働きのお陰で、レアティーズ王子、オフィーリア王女とともに怪我もなく生き残ることが出来た。


 だが、この者たちはハムレット王子が攻め上って来ると聞くと、クローディアス王の死とガートルード王妃の死を確認してのち、王子と王女を連れ、逃亡することにしたのである。あれほど美しかった王の都も滅び、見る影もなくなった今――ここでただ手をこまねいていても死を待つだけだと彼らは判断したのである。


 とはいえ、行く先々でハムレット王子軍が人々を救援する姿を見、レアティーズ王子とオフィーリア王女は、少し考えを変えたようではあった。彼らは、側近たちから自分たちの両親の死に様がどのようなものだったかを詳しくは聞かされていなかった。ただ、地震によって建物の下敷きになって亡くなった、といったようにしか……そこで、こう考えたのだ。地震という自然災害が起きたことも、ハムレットとかいう王子を僭称する奴が図々しくも王都へ攻め上ろうと考えたからに違いない、と。つまり、この仲のいい兄妹にしてみれば、すべてはこの憎っくき敵、ハムレットから生じた災いであるといったようにしか考えられなかったのである。


 両親と王城での素晴らしい暮らしを同時に失ったふたりは、そうした悲しみをハムレットを憎むことで紛らそうとしたらしい。実際、レアティーズ王子などは、ハムレットを殺すところを幾度となく夢想し、もし出会うことでもあれば、必ずその心臓を串刺しにしてやると心に誓っていたほどであった。妹のオフィーリアのほうは「ひどく醜いブタのような顔をした男に決まってるわ」などと、思いつく限りの悪口を言っていたが――彼らは実際にハムレットに会う段になると、殺意も悪口も捨ててしまうということになる。


 レアティーズ王子とオフィーリア王女、それに彼らを守るふたりの騎士と従者三人と侍女三人は、王都テセウスを出ると、アグラヴェイン公爵家かモルドレッド公爵家を頼り、そちらへ身を寄せるのが一番良いだろう……ということに話のほうは落ち着いていた。だが、ハムレット軍が北上してきた渓谷の道は危険であると考え、すでに崩れ去ったテセリオン城砦の瓦礫を踏み越えると、モンテヴェール州へ続く森の深い道へと足を踏み入れた。彼らはルートとして、アデライール州のアディル城へ向かうよりも、距離的にモリア城を目指したほうが近いことからその選択をしたのだが、ふたりの騎士はともかくとして、従者も侍女も王子も王女も、王宮で何不自由なく優雅に暮らしてきたことから――道なき森の道を進むことも、夜はオオカミといった獣に怯えつつ野宿しなくてはならないことも、想像以上のつらさを彼らに強いたものであった。


 しかも、ハムレット王子軍に見つからぬようにと注意しすぎたことで、道案内を務めていたはずのふたりの騎士がある時顔色を変え、「道に迷いましてございます」と正直に告白してきたのである。食べ物もなく、着物は着たきりスズメ、夜は柔らかい枕もない……他の役に立たぬ従者や侍女たちとは違い、それでもふたりの騎士はまったく焦りはしなかった。というのも、彼らは狩猟をして鳥や鹿を捌くことが出来たし、火を点ける技術もあれば、獣から身を守る方法についてもよく知っていたからである。


 サンラカスという名の従者が、「道に迷った」と聞き、血相を変えてふたりの騎士を責めようとしたが、他のふたりの従者がそれを諫めた。何故といって、今や彼らには竪琴を弾いて歌を歌うくらいしか才はなく、この騎士らに見捨てられたとすれば、レアティーズ王子やオフィーリア王女の世話をすることは、自分たちのうち誰にも無理だとわかっていたからである。


 そして結局、モントール川沿いに進むのが確実であろうということに落ち着き、川沿いに進んでいくことになったのだが、当然こうした川を利用する近くの村人などに姿を見られるということになり――そうした者たちから「見慣れぬ旅人の姿を見た」という報告を受けた警邏隊にレアティーズ王子の一行は捕縛されるということになるのであった。


 この頃には王州が地震によって壊滅状態だという話は、テセリオン要害から近い場所の城塞都市や町や村へと、人の口づてに伝えられつつあったから、その警邏隊にしても、あやしい人間を逮捕したに来たというのではなく、王州のどこかから流れてきた避難民であろうと想像していた。だが、以前とは違い、ハムレット王子が新しい王朝を築かれるだろうと聞いた人々は、誰もが心を入れ替え、それぞれの職務に忠実たろうとしたのである。


 そこで、この警邏隊の者たちも、一応確認をするだけしておこう……くらいの気持ちで、モントール川沿いに「ただの旅人とは思えぬ男たちと女たちがいる」という訴えを真面目に取り上げることにしたのであった。ランドルとレンドルという名の騎士はそれぞれ腕に覚えがあり強かったが、この五名の警邏隊員のことを斬って捨て、道を急ぐのはむしろ危険だとわかっていた。というのも、クローディアス王の時代はすでに終わりを迎え、ここまで移動してくる間にも感じたことだが、人々の心は完全にハムレット軍に靡いていることがあまりにもはっきりしていたからであった。


(つまりは、この警邏隊の者らに怪我でもさせたとすれば、騎士として今まであった特権は存在しない以上、訴えられ、牢獄へ入れられるという可能性が極めて高い……)


 ランドルとレンドルというふたりの騎士は、王家に忠実な者たちであり、何もせずぶちぶち文句ばかり言う従者たちにも理解を示し、そのことに対して怒りもなければ不満もなかった。だが、これからもしハムレット王子の王権が確固たるものとなったとすれば……自分たちも身の振り方を考えねばならないと、この時初めてそう思い至ったのである。


 ランドルとレンドルが、彼らより強そうでもない警邏隊の者たちに対し、何故あっさり降伏しようというのか、侍従たちは不満と怒りを露わにした。レアティーズもこのことにはショックだったようである。何故なら彼らが自分と王女である妹を見捨て、ハムレット軍側に靡くつもりではあるまいかと思われたからである。


「我々は、州都モルディラを目指しておりますのじゃ。ほれ、王州は地震によってあまりに酷い惨状ですでな……親戚を頼って旅をしておるところなのでございます」


「ふむ。王州のどこの県の何奴じゃ」と、ランドルの言葉に、馬から下りながら、五人の中のリーダーらしき年長者の男がそう聞いた。「そのくらい答えられるであろう。たとえば、仕事は何をしておる?肉屋や野菜売りにも見えぬが……」


 彼らは村人からの訴えが二件あったとおり、確かに「普通ではない男女」だった。親子や家族、親戚同士で移動しているように見えたとすれば、彼らが何かもっともらしい嘘をついたとすればそれで済んだに違いない。だが、薄汚れていたにせよ、長く宮廷仕えをしてきた人間として、従者・侍女ともにどこか垢抜けた顔立ちをしており、レアティーズとオフィーリアにしてからが、ただの十三や十五の少年・少女といったようにまるで見えなかったのである。


「もし貴族だとでもいうのであれば、その血筋を申してみよ」と、最初のリーダーの後ろから、いかにも血気盛んといった顔立ちの若者が問うた。「クローディアス王家に仕えていた貴族であれば、事によっては道を先に進ませるわけにはゆかぬぞ」


 ここで、しーっというように、リーダー格のバルバド・ハルバード隊長が口許に手を持っていって窘めた。そんな聞き方をすれば無駄に用心されるに決まっておるではないか、とでもいうように。


「最早貴族の称号がなんになります」と、今度はレンドルが何かをとりなすような口調で言った。「我々は家も家財も何もかも失ったのですぞ。あとはただ、州都モルディラの親戚を頼る以外に道はなく……」


「州都モルディラの、どこのなんという貴族を訪ねるのだ」と、三人目の警邏隊の者が厳しい口調で問いただすようにそう聞いた。「アデライール州とモンテヴェール州は、まだクローディアス王を支持する基盤が固いからな。おそらくそちらへ逃げ、貴族として返り咲こうというのであろう。そうはいかんぞ。まずは名を名乗れ」


 ランドルとレンドルが、自分たちの貴族としての苗字を――ド・ヴァラモンと――名乗っても、警邏隊の中にピンと来る者はなかった。従者たちや侍女たちが名乗ってもそれは同様である。だが、レアティーズ王子は偽名を名乗らず、「我が名はレアティーズだ!」と、どこか居丈高に叫ぶように身を乗りだしていた。それからオフィーリアもやはり「わたしの名はオフィーリアです」と、兄に続いて胸を張って言った。そのことに対し、何ひとつとして恥じ入ることはないとでもいうような、断固たる口調によって。


 レアティーズ王子が誕生した年、王子の威光にあやかろうと、同じ名前の男児の赤ん坊が国中にたくさんいたと言われている。そうした意味で、彼の名は珍しい名というわけではない。また、オフィーリアという名も、女性の名として少ないわけではないことから――どちらかひとりの名前だけなら、おそらく不審がられることはなかったことだろう。


 だが、王子や王女と同じ年ごろの少年・少女が、高貴な顔つきで堂々とそう名乗ったことで……「この者たちを全員、引っ捕えよ!!」と、ハルバード警邏隊長は命じていたのである。ランドルもレンドルも、この段になっても剣を抜くことはせず、抵抗もせず彼らの言うなりになった。ハムレット王子は温情厚く優しい性質だということであったから、レアティーズ王子の命もオフィーリア王女の命も無碍に奪われることまではないのではないか――と彼らはこの時、そのことに大きな期待と希望をかけていたのである。


 こうして、レアティーズ王子とオフィーリア王女は、その頃王都にて、テセウスに住む人々の救援活動を行っていたハムレット王子の元へ引き出されてくるということになった。とはいえ、瓦礫の中で忙しく広場や通りの建物の再建や、民衆たちの怪我の手当てに至るまで手広く行っていたハムレットは、毎日の力仕事や王として采配を振るうのに忙しく、最初に「レアティーズ」や「オフィーリア」という名を聞いても、すぐにはピンと来なかったようである。


 ハムレットは正式な戴冠式も済まぬうちから、人々からすでに「王子」ではなく「王」と呼ばれるようになっていた。そこで、南から食糧などの救援物資が多く届いた時、略式の戴冠式を行い、その場にいた貴族や民衆、天幕内で怪我に呻いている人々やその介護に当たっている人々に特別なご馳走を振るまった。そうしてまた再び、瓦礫の除去作業や、建物の再建などに取り掛かったせいか、ハムレット自身はいまだに(自分は果たして本当に王なのだろうか)と疑問に感じたりしていたものである。


 とはいえ、ハムレット王子を支持する民衆の声は大きく、そうした意味で彼はすでに立派な王であったに違いない。


「なるほど……従者らとともに逃げていたところを見つかったということなのだな」


 正直、ハムレットは(今はそれどころでない)と感じてもいたが、このことのためにそれぞれ別の部署で忙しく立ち働いていた、タイスやカドールやランスロットも、ロットバルト伯爵やメレアガンス子爵、ギネビアやレンスブルックも……久しぶりに全員が王の大天幕に集まるということになっていたのである。


 彼らは食事しながら、レアティーズ王子とオフィーリア王女の今後の処遇をどうすべきか話しあったのだが、色々な意見が出る中、最終的にふたりを「どこへ追放すべきか」ということになったわけである。不思議と「のちの禍根を断つために、オフィーリア王女はともかくとして、レアティーズ王子は殺害すべきである」という言葉は誰からも聞かれなかった。というのも、クローディアス王もガートルード王妃も、アグラヴェイン公爵もモルドレッド公爵も……自分たちの生前の悪しき行いに罰が下るが如く、酷い亡くなり方をしていた。「常に悪人にすぐ罰が下るとは限らず、善人が早死にすることがあるのは何故か」、「そのような時にも人よ、おまえたちはこのことを心を留めなければならない。すなわち、死後には確かに裁きがあるということを」と星母神書にはあるが、人々は誰もが、この世における悪人の裁きと、善人に対する即座の報いを期待するものである。


 この時、ハムレット王子とともに長く旅して王州へ至った人々は、その一端を垣間見た思いがしていた。無論、王州テセリオンに住む人々が他の州に比べ、特別に豊かで潤った生活をしていたのは確かである。だが、そこに住んでいたすべての人が悪人ということもなく、裏通りに住む貧乏人や乞食といった人々もたくさんいた。また、地震によって善人と悪人の振り分けが行われ、行いの悪い人のみが酷い災害を被ったわけでもない。「ある時には善人に悪しきことが、逆に悪人の人生に良いことばかり起きることもある。だが、それはのちの日の蓄えのためである」と、これも星母神書にあるとおり、「最終的に、すべてのことは神を畏れるために起きる」と、彼らはそのことを強く感じてもいたようなのである。


 無論、こうしたことは直接被災し、家族や親族のみならず、家も家財も同時にすべて喪った人々には到底受け容れられない言葉であり、ギべルネスなどは特に、首を振って断固拒絶したことだろう。だが、長く星神・星母の導きを信じ、旅をして王州へと至り、今こそクローディアス王を斃さんとしていた人々にとっては――最終的に、王都テセウスの軍とぶつかりあい、血で血を洗うような凄惨な戦争ののち、クローディアス王とその親族、側近らなどを捕え、牢獄行きとさせてのち、王権を奪取するよりも……神への畏れに震えつつ、被災した人々を助けることのほうが、何かを耐え忍べるところがあったに違いない。


「レアティーズ王子とオフィーリア王女のことは、我がレティシア州のレンドルフ城のほうで引き受けましょう」


 そう申し出たのは、マドゥール・ド・レティシア侯爵であった。彼も彼の弟のソレントも謙虚な性格をしており、一通り他の貴族たちの意見がある程度出るのを待っていたわけである。


「我ら兄弟に、ハムレット王子に今後とも忠誠を誓う気持ちに嘘偽りはありません。レアティーズ王子を旗頭として叛旗を翻すような、そんな愚かな考え自体思い浮かびもしないという意味でも……おそらく一番害なきことと思いまするが、いかがかと?」


「我が母アンジェラは、アグラヴェイン公爵家の者なれど、レアティーズさまのこともオフィーリアさまのこともとても可愛がっておりました。御両親が亡くなった今、おふたりを引き離すのはあまりに可哀想でございます。また、いずれオフィーリアさまにおかれましては、それなりに相応しいお家柄の方とご結婚なさるでしょうし、さすれば、のちの禍根といったことも薄まるのでないかと思われまするが、いかがかと?」


 レティシア侯爵とその弟に野心なきことは明らかだったから、誰もがこの案に賛成し、この件が片付いたとなると、正餐の席に集まった人々はすぐにもまた散ってゆき、それぞれの持ち場で忙しく立ち働くということになった。


 ハムレットはこののち、何故か気の進まない心持ちによってレアティーズ王子とオフィーリア王女に会い、暫しの間言葉を交わした。マドゥール・ド・レティシア侯爵と弟のソレント・ド・レティシア卿にも同席してもらい、彼らは自分たちが処刑もされず、牢獄行きとなるでもなく、レティシア州のレンドルフ城で暮らすことになると聞いて心底驚いていたようである。


 レアティーズは、刺し違えてでもハムレット王子を殺してやろうという心持ちであったし、オフィーリアは愛する兄と引き離されることを何より恐れていたのである。だが、ハムレットと一目会うなり、彼らふたりの心から憎しみは薄くなり、そこに別の感情が生まれはじめていた。


 自分と三歳ほどしか違わぬのに、ハムレットには王としての威厳がすでに備わっており、レアティーズは憎しみに心を暗くしていた己を恥じ、オフィーリアはハムレットの面差しに今は亡き母の面影を見る思いがし、(この人は確かに自分たちと血が繋がっているのだわ)と確信した。そしてこれが彼女にとっての、報われぬ恋のはじまりでもあった。


 また、ふたりは当然口に出しては言わなかったが、この美貌の王に一目会うなり心惹かれるものを感じつつも――異父弟、異父妹として、この半分だけ血の繋がった兄に対し、深く同情してもいたのである。もし彼を生んだのがガートルード王妃で間違いなかったとすれば、このハムレット王のことを自分たちの母は心の中で完全に亡き者としていたのだろうことが彼らふたりにははっきりわかっていたからである。


「ハムレットなんて知らないわ。レアティーズ、わたしの可愛い愛息子はおまえだけよ」と、ハムレット王子軍が攻め上ろうとしていると聞いた時、レアティーズはそのように言われ、母から額と頬に何度となく口接けを受けていたものである。


 ガートルードはむら気のある、気まぐれな可愛がり方ではあったにせよ、クローディアス王との間に出来たふたりの子を大切にして育てていた。だが、彼らふたりはハムレットがそうした母の愛をまったく受けずして僧院のような世捨て人の集まりの中で育ったのだと想像し――この半分血の繋がった兄のことが突然にして気の毒になってきたのである。「オレも、一目でいいからそなたらの母にお会いしてみたかった」などと言われては、猶更だった。


 そして、この時覚えた何やら後ろめたいような胸の痛みとともに、もともと善良な性格のこのふたりは、ハムレットのことを許した。それでも、彼がもし自分たちの父や、彼らふたりにとっては親切な伯父さんであったアグラヴェイン公爵やモルドレッド公爵の命を奪ったというのであれば、決して許すことは出来なかったに違いない。だが、ハムレットのまだ世の穢れに染まっておらぬような清浄な瞳に見つめられると――彼らは実は異父兄のほうが心正しく、自分たちのほうが間違っているのではないかと、何故だかそんな気にさえさせられたのであった。


 こうして、ハムレット王子……いや、ハムレット王とその仲間たちの長い旅は終わりを迎えた。彼は極めて簡略な戴冠式を行い、瓦礫の町中で民衆たちに求められ、その歓呼の声の中で王になったと言われている。そこには、宮廷の楽士たちの雅びな楽の音も歌もなく、ラッパやクラリオンによるファンファーレもなければ、太鼓の音すら聞こえなかったという。そしてその夜、ハムレットはここまで自分を導いてくださった例の三女神たちの訪問を夢の中で受け、その時遷都することを薦められていたのであった。


「それは、一体どういうことでござりましょうか……?」


 ギべルネスがかつて見たのと同じ、宇宙空間の中の、ポプラの綿毛のように遠く星々が光る中、ハムレットは平伏しつつ、彼が神と信じる者たちの言葉を聞いていた。


『これからフォルトゥナ山は大きく噴火し、ここ王州は樹海の中に沈もう。その前に、ここから人々を連れて逃げ、そちらで新しい都を築くが良い。場所はそなたらがキャメロン州と呼ぶ場所が良かろう。今そこには古城を残す以外何もあるまい。だが、隣のアヴァロン州ともども、ハムレットよ、おまえが年老いて孫たちに囲まれる頃には、そこは目を見張るほど素晴らしい都となっていようぞ』


「ははっ。確かにそのように致しまする……ですが、我が神よ。一体オレが何者だというので、ここまで良くしてくださったのでありましょうか?オレなど、あなたさまに比べれば、ここに遠く輝いて見える星々のひとつよりも小さな存在に過ぎませぬ。それなのに、一体何故……」


『おまえが神の器として相応しかったからじゃ、ハムレットよ』遷都を薦めた第一の赤い女神に続き、第二の緑の女神がそう口にした。『星母神書には、その時代において、我らの導きに相応しき者が現れた場合、その者は神の器として、我らの御旨を遂行するのじゃ。したが、いつまでも自分たちの故郷に愛着を感じ、王州から離れたがらない者たちも多数おろう。じゃが、実際に噴火が起きるその前に、何度かその前触れとなる地震をしるしとして我らは現わそう。おそらくはその時の地震の大きさによって、ハムレット王よ、そなたが「いずれフォルトゥナ山は噴火する」といった言葉は真実であると、誰もが信じ、避難しようぞ』


「お、恐れながら、我が神よ」と、ハムレットは最初に『そう恐縮する必要はない』と言われたとおり、額を上げると少しばかり大胆な質問をした。彼はそのことがずっと胸を離れなかったからである。「クローディアス王の率いる全軍とぶつかりあうよりも……我々にとっては確かに戦わずして勝利したという意味で、あの大地震は恐ろしいものでございました。ですが、王州には心悪しき者だけでなく、善良な生き方をしていた者もいたはずでございます。それなのに何故、悪しき者も善き者も、分け隔てなくいっしょくたに大勢亡くならなくてはならなかったのでございましょうか」


『それはいずれ起きたことだったのじゃ、ハムレット』と、胸を痛めつつ第三の青の女神が言った。『本当は、フォルトゥナ山は我らが何もしなければ、もっとずっと早い時期に噴火していたことであろう。したが、そのエネルギーをなるべく長く……ハムレットよ、おまえの軍がテセリオン要害へ至るまで、我らは留めておいた。あのような悪い王でも、突然にして王都や王州全体が大地震とともに消え去るよりは、次の王朝がはじまるまでは続いたほうが犠牲が少なくて良かったのじゃ。無論、人であるそなたには、このような理由でも納得は出来まい。じゃが、そなたはもっとも良い形で王となり、我らの目に適う働きをしてくれた……何か、褒美を遣わそうぞ。一体何が良いか』


 実をいうと、精霊型人類たちにとって、フォルトゥナ山の大噴火のエネルギーを抑え続けることは実に骨の折れることであった。かつて昔、惑星マルジェラにいた頃であれば、どの山の活火山のエネルギーであれ、コントロールすることは容易かった。むしろ惑星のすべては彼らと一体であり、自由自在に自然とひとつとなり戯れることが出来た。だが、ここがまた別の惑星だったからではなく――そのためにはまだ、彼らは数が十分でなかったのである。ゆえに、そのような事情から活火山のエネルギーを十分コントロールしきれずに解放してしまったことから……彼ら自身が当初想定していた以上に犠牲者が多く出てしまったという、実はそのような裏の事情があったのである。


「いっ、いえ……褒美などとはとんでもございません。ただ、これからも民衆に相応しい王であり続けられるよう、我が神のお導き以外、求めることは何もございませぬ」


 この時、ちらと心にギネビア・ローゼンクランツのことが横切り、ハムレットは頬を紅潮させた。そして、彼がその願いを口にする気はないのだと感じ取り、第一の赤き女神が言った。


『ハムレットよ、王には王妃が必要じゃな。いや、その名を口にせずとも良い……我らにはわかっておるのでな。今そなたが心に思い浮かべた者と、そなたは必ず結ばれることが出来るであろう。また、その相手が誰かということは関係なく、ハムレットよ、そなたは息子たちや娘たちに恵まれ、子々孫々に至るまで末永く千年以上もの間、そなたの開いた王朝は続く。それが我らがそなたに与えることの出来る神としての祝福じゃ』


「ははっ、ありがとう存じまする」と、ハムレットは恐縮しきるあまり、再び平伏した。彼はこの時(本当にそんなことが実現するのだろうか……)と思うあまり、ギべルネス同様(千年ですか?では果たしてその後は一体我が子孫はどうなるのでありましょうや?)などという疑問自体思い浮かばなかったのである。


『可愛い我が子ハムレット、幸せにおなり』と、第一の赤の女神。


『そして、いつの日か再び会うこともあろう』と、第二の緑の女神。


『そなたが立派な王としての天寿をまっとうし、その霊魂が肉体を離れるという時……この惑星の外側にも世界があるのだということを、そなたは知ることになるじゃろうからの』と、第三の青の女神。


『その時まで、わらわたちとは暫しのお別れじゃ』と、三女神たちは声を揃えたように言った。三つの声が重なりあい、最後にはひとつに溶け合ってゆく。『ハムレット王よ、そなたの治世とその人生とは祝福されよう。瓦礫の中で王となった時の、純粋で穢れのない心をいつまでも忘れぬようにと我らは願う……さすればそなたが天寿をまっとうした時、墓から復活したそなたの霊魂は我らとひとつとなり、この惑星の外の宇宙、さらなるもっと遠くの神の世界を知ることが出来るであろう』


 ハムレットはこの夢からハッと目を覚ますと、そのあまりに深遠なる神秘性に暫くの間陶然とするあまり、何もしたくないほどであった。事実、ほんの短い時間であったとはいえ、肉体から霊魂が離れていたことにより、彼は魂だけの存在であることの万能性から再び制限のある肉体へ戻されたことで――この上もなく素晴らしい精神的体験と虚しい肉体的疲労の狭間で、それと自覚せず悩ましい思いを感じていたのである。


「そうだ、ギべルネ先生……」と、ハムレットは我知れずつぶやいていた。(ギべルネ先生が今どうされているのかを聞けば良かった。いや、今は先生もまたあのような素晴らしい世界へ戻られたのであろう。そしてもしオレが王として立派に職務をまっとうしたとすれば、再び同じ世界で先生とも会えるに違いない……)


 そう思うと、ハムレットは瞳に涙が滲んだ。彼はもう一度ギべルネ先生に会い、せめてもきちんとした形でお礼が言いたかったと、ただそれだけが心残りだったのである。


 こののち、ハムレットはキャメロット州に遷都を行い、そちらで彼らの住むべき城が新しく建設される前に、ギネビア・ローゼンクランツと結婚式を挙げた。自身の戴冠式についてはさほど拘りのなかったハムレットであったが、心から愛する女性と結婚できる奇跡を神に感謝するあまり、壮麗な結婚式を挙げることについては、花嫁であるギネビアよりも花婿である彼のほうがよほど熱心だったようである。




 >>続く。






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