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第24章

 ラ・ヴァルス城砦の主城壁の一つにミサイルが撃ち込まれた瞬間、アベラルドもモルディガンもラ・ヴァルス城の大広間にいて、ハムレット軍を迎え撃つための軍略会議を開いてた。だがその時、ドガァン!!という恐ろしい音がしたかと思うと、ドドドッという大波が轟くような破砕音がその場にいた全員の耳朶を打ったのである。


 ラ・ヴァルス城は城砦内のもっとも高い場所に位置していたから、いかなる方法によってかは不明であったにせよ、城壁の――彼らから見て城門から右側の部分がほとんどべろりと一瞬にして消え去っているのがすぐわかったわけである。


 モルディガンもアベラルドも城塔へ出てその光景を眺め、茫然とするあまり言葉もなかった。彼らの部下たちは「おおっ!!」と恐れとともに叫び、「公爵さま、逃げましょうぞ!!」と、ずっと言いたくて堪らなかった言葉を即座に喉から飛び出させていたものである。


 アベラルドもモルディガンも、最早一切迷いはなかった。近衛らに馬の用意をさせ鎖帷子の上に鎧を身に着けると、最後にローブを身に纏い、剣や短剣といった武器を携行し、すぐにもこのラ・ヴァルス城から逃亡するつもりであった。だが、民衆たちがそれをさせなかった。ラ・ヴァルス城砦の住民は約二万人ばかりもいたが、民衆からの貴族への処刑、それにその制裁としての市民への処刑行為によって、今や一万五千人ほどになっていたものと思われる。他に、戦争が近いと聞き逃げ出した者たちもおり、おそらくこの時、市民らの数は一万人ばかりであったに違いない。そしてその民衆たちが、三千名ほどの兵士らを<ネズミ狩り>と称して追いかけまわしていた。


 何分相手は立派な武器を携行した、訓練の行き届いた騎士や兵士である。通常で考えた場合、ろくな防具によって身も守っていない市民に囲まれたとて、数人を殺し、彼らが怯んだ隙に馬で逃亡することが可能であったに違いない。だが、ラ・ヴァルス城砦は広く、その三十八もある城塔それぞれに兵士を分散させて守らせるのみならず、ラ・ヴァルス城にも配備するとなると――その一箇所一箇所にいる兵士らは、市民のこの上もなく結託した力の前に屈服せざるをえなかったのである。


 それのみならず、ハムレット軍の使ったある種の魔術の力を兵士らは心底恐れていた。それ以前から、民衆の刃向かう力の手強さに震え上がっていた彼らである。その瞬間、精神の緊張の糸が切れてしまったようなところがあったのも無理はない。民衆たちは「ハムレット王子が神に選ばれた王だというあの噂は本当だったんだ!!」と、ますます力を得、逆に兵士らのほうでは塩をかけられたナメクジのように、すっかり気力がしなえてしまったのである。


 アベラルドもモルディガンも、逃亡を決意してからの行動は迅速だった。だが、もしかしたら彼らにしても、小さな頃から人にかしずかれて育った、甘っちょろい坊やという部分が残っていたのかもしれない。いくらなんでも公爵である自分たちに民衆が手をかけるはずがないと……だが、その悪夢は現実のものとなった。


 このふたりの公爵は精鋭に自分たちを守らせる形でラ・ヴァルス城から逃げようとしたが、その時、城門から民衆たちが雪崩を打ったように入り込んで来たのである。人々は熊手や鍬や鉈など、武器になりそうなものをそれぞれ手にして自分たちの敵を囲い込んだ。アグラヴェイン公爵側の近衛の精鋭も、モルドレッド公爵のそれも、合わせて五十名近くいたはずである。だが、彼らは民衆たちの殺気立った様子と狂気じみた目つきにすっかり飲まれていた。それでも、公爵のためというよりは、今や自分たちのために突破口を開こうと必死であった。道を塞いでいるのが若い男であれ女であれ、あるいは老人であれ……とにかく所構わず槍で刺して殺し、剣を振るい、あるいはハンマーやメイスといった武器でその頭部を容赦なく殴りつけた。


 確かに、それで周囲の数人は殺せた。だが、後が続かなかったのである。民衆たちはそれでも怯むことなく、鉈で騎士たちの槍をへし折り、剣を振るう彼らにさらに迫っていった。民たちの中には、立派な軍馬に踏み潰され、大怪我をしたり死んだりした者もあった。だが、その犠牲を無駄にするなとばかり、民らはひとりひとりの兵士らにさらに追い迫ってゆき――馬から引きずり下ろすと、後の殺しの作業については実に手早かったと言える。


 アベラルドもモルディガンも、今や自分たちの命のことしか頭になかった。近衛兵らには、今まで十分たっぷりと金や宝石その他、衣服や鎧や武器類、馬についても惜しみなく与えてきたのだ。こんな時こそ命を賭してでも役立ってもらわねば困るというものだ。


 だがとうとう……民衆のひとりの手が、立派な黒馬に跨るアベラルドの青いマントに触れ、何人もの民の手が彼の足や衣服、体の他の部分に触れた。と、同時に彼の体には激痛が走った。民衆たちは、殺された夫や息子や娘の名を口々に叫びながら、アグラヴェイン公爵の体の見える部分をとにかく突き刺した。この場合、鎖帷子や身を守るための鎧を身に着けていたことは彼らにって不幸なことであったろう。もしそうした専用の高価な防具類がなかったら、すぐにも急所に短剣や鉈などが命中し、命を失うか、あるいは意識を失うかしたかもしれない。


 アベラルド・アグラヴェインとモルディガン・モルドレッドの死に様は、なんとも身の毛のよだつ凄惨なものであったという。民衆らが四方八方から押し寄せ、足の防具に覆われていない部分を何度となくあらゆる角度から突き刺して責め苛んだ。それは腕にしても同じことであり、胸甲に覆われた部分などは攻撃し、ダメージを与えるのが難しかったことから……最後には誰かが、「クソッ!!みんな、こいつらの足と腕をもぎ取れっ!!」と叫んでいたほどである。「そうだそうだっ!!簡単に殺したりするんじゃねえぞっ!!じわじわ殺して、最後に柔っこい首を斬り落とせ!!」、「わしたちの息子や娘たちに、こいつらがしたみてえになっ!!」――「ヒィッ!!」とか、「やめてくれ、助けてくれえっ!!」という懇願する言葉をこの高貴な血筋のふたりが絞り出すように叫んでも、最早誰も同情などしなかった。むしろその恐怖の声に興奮したように、みな顔をニヤリと陰惨に歪ませていたほどである。


 結局のところ、アグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵が、一体どの時点で死亡したのかははっきりしないものの……相当苦しんでからようやく絶命したのだろうことだけは疑いようがない。人間の体というのは頑丈なもので、民衆らが肉切り包丁や鉈を振るっただけではなかなか四肢切断には至らなかった。とはいえ、馬から引き下ろしてしまうと、このふたりの公爵はすべてを諦めたようにぐったりしていたため、民衆たちは今度は、乱暴に鎧や鎖帷子を引き剥がしにかかったのである。アベラルドもモルディガンもまだ生きていたし、意識もはっきりしていたから、その鎧の留め金を落とされる間も痛みと苦しみを味わい続けた。そして堪らず、「ぐわっ!!」とか、「うわっ!!」と叫んでしまうと、「おやおや、まだ生きてるよ」、「苦しそうだねえ」、「そうこなくっちゃ」などという残酷に嬲る者たちの声が、彼らの頭上からは容赦なく降り注いだのである。ツバを全身に吐きかけられたり、顔を泥のついた靴で何度となく踏みつけにされたのは言うまでもないことである。


 ハムレットやランスロット、トリスタンやヴィヴィアン、フランツらがラ・ヴァルス城の、元は兵士の閲兵式場であった広場へ辿り着いた時――そこには五体をバラバラにされたこの国のふたりの公爵の無残な姿が、処刑台の上に晒されていたものである。苦悶を味わい尽くしたのだろう苦痛に歪んだ首から上の顔と、その隣に胴体が、それから左右それぞれの腕と足とが、対になるような形で順に槍に突き刺す形で並べられている。


「なんとも変わり果てた姿となってしまわれたが……アグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵で間違いない」と痛ましい声音で言ったのは、ヴィヴィアン・ロイスであった。彼はこのふたりの公爵にその武勇を気に入られており、実は宮廷にて親しく話したことが何度となくあったのである。


「彼らがして来たことを思えば当然ではありましょうが、しかし……」と、フランツが顔を背けて言った。(今にも吐きそうだ)と、そう顔には書いてある。


「みなさま方のお気持ちはよくわかります」と、ブルカーフが、鎮痛な面持ちをして言った。「ですが、わしも長男の嫁と次男を殺されました。それもふたりとも、普通の死に方ではなかったのです……どうか、そうしたここラ・ヴァルス城砦の市民の気持ちを察し、お汲み取りくだされ。ふたりの公爵さま方のご遺体は、暫くこのままにしておき、ほとぼりが冷めました頃合いにでも丁重に葬りましょうぞ。誠に、身分の差とは一体なんなのでございましょうな。我々平民も公爵さまのような雲の上のご貴族さま方も、死んでしまえばいずれはうじに覆われ、ただ土へと還るのみ……それなのにわかり合えなかったとは、なんとも悲しいことでございます」


 ブルカーフの赤黒い顔には、涙が瞳から溢れるばかりに流れていた。その苦痛の表情は、親族を殺された憎しみや悔しさだけではない、なんとも表現し難い複雑なものだった。無論、ブルカーフ自身がそのように感じ取っていたのではなく、彼自身も今自分が流している涙の意味など到底わからなかったに違いない。それは、このように平民が貴族を貴族として敬えない時代に生まれついた不幸を嘆く涙でもあり、このような怒涛の時代より少しずれて生まれていたとすれば――長男の働き者の嫁も、次男もこのように惨い死に方をせずに済んだのにという無念の涙でもあったろう。だが、ブルカーフはそこまで分析的に難しく考えられる男ではなかったし、仇であるはずのアグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵の死体を前に何故こんなにも涙が出るのか、彼自身にも理解不能だったのである。


「とにかく、まずはラ・ヴァルス城砦のすべての場所に我らハムレット軍の御旗を立てましょう。すべてのことは城を制圧し、そこを我らの指令本部としてからではないでしょうか」と、そう実際的なことを口にしたのはタイスだった。「それから、民たちの言っていたネズミが城砦内にひとりもいないようにするのが肝要かと。ですが、降伏してきても、生かしておけるかどうかというのは難しいですね。まずは捕えて牢獄行きにさせたとしても、この場合裁判などすること自体が無意味という気がしますし……」


「いや、それでもここラ・ヴァルス城砦で起きたことは、ラ・ヴァルス城砦の民たちに裁かせるしかあるまい」と、ハムレットが苦し気な溜息を洩らして言った。「今までの他の城砦都市同様、秩序の回復のために、軍をいくらか駐屯させ、我々はさらに先へ進んでゆかねばなるまい」


「そ、そうですっ!!」と、トリスタンがあらためて驚きつつ言った。「こうして今、我々が二公爵の死体と対面しているということは、今アデライール州もモンテヴェール州も領主が不在ということ……無論、アグラヴェイン公爵もモルドレッド公爵にもご立派なご嫡男がいらっしゃるが、果たしてクローディアス王の命を受け、我々を仇のように考え、進軍して来られるものかどうか……」


「そうだな」と、ランスロットが思慮深げに頷く。「王州テセリオンへ向かうためには、アデライールかモンテヴェール、いずれかの公爵領を通らねばなるまい。となれば……」


「まずは、ラ・ヴァルス城砦を占拠し、軍を立て直そう」と、ハムレット。「立て直す、などと言っても、我々の軍に損害は出ていない。とはいえ、ギべルネ先生やギネビアや、ラドン山から今ごろはこちらへ向かっているだろうみんなを待たなくてはな。それに、今後どうすべきかについてはギべルネ先生が示してくださるに違いない」


「そうだ、ギべルネ先生なら……!!」


 その場にいた全員が、ほとんど同じ言葉を発し、希望にぱっと顔を輝かせた。あの驚くべき魔法が、いかなる方法によってなされたものかはわからない(無論、神の力であることだけは間違いないだろう)。だが、バロン城塞に続き、ここラ・ヴァルス城砦もまた、兵にひとりの損害を受けるでもなく落城したのだ。そして、手強かろうと思っていたアグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵のふたりの遺体も今目の前にある。今ここに、「まさか」と思われることが、神の奇跡としか思えぬことが次々起きていた。


(きっとこの先も、ギべルネ先生さえいらっしゃれば、ギべルネ先生のお導きにより、もしや王都テセウスに至るまでこのような神の不思議な護りとともに進軍してゆけるのではないか?)


 誰もがそのことに期待し、希望を抱いていた。そこで、ハムレット王子軍の軍旗が翻るラ・ヴァルス城砦にて、最高のご馳走と宴の席を用意し、彼らはラドン山から仲間たちが戻ってくるのを今か今かと待ち受けていたのである。


 だが、夕方になり、ラ・ヴァルス城砦の城塔から見事な夕景が見られようかという頃合いになって、ギネビアやブランカやカドール、それにルツやレンスブルック、ホレイショが戻ってくると――そこに、ラ・ヴァルス城砦にいるほとんどすべての兵士が待望していた<神の人>の姿はなかったのである。


「ギべルネ先生は……」と、ほぼ同時にハムレットとタイスが口にしてしまい、彼らは互いに顔を見合わせた。場所は、アベラルドとモルディガンが軍略会議や食事をする場所にしていたのと同じ大広間である。だが、ふたりはここでラグラン=ド=ラングドックが首を吊って死んだとまでは知らなかった。


「せ、先生は……」


 そう言葉にするなり、わっと泣きだしたのはギネビアである。隣にいたブランカが、そんな自分の主君を抱きとめている。


「ギべルネ先生は……」と言いかけて、レンスブルックもまたみるみる瞳に涙を溢れさせ、ギネビアに続きわっと泣きだした。そしてそれはホレイショにしても同様だったのである。彼はただ忍び泣くようにして、腕を目頭に持っていった。


 ルツは夫ルーアンと三日ぶりで再会し、ひし!と夫婦で抱き合っていたが、その時見せた彼女の瞳に光る涙は、単に<神の人>のためだけでなかったに違いない。また、リシャールは自分の上司に当たるフォルスタッフやデルソールに事の次第を報告している様子であった。


「ギべルネ先生は、神の国へと帰られた」


 唯一、はっきりそう口にしたのがカドールだった。とはいえ、彼の瞳もまた充血したように赤かった。実はこの旅の仲間たちの内、一番最初に激しく泣いたのが彼だったと知ったとすれば、ハムレットもタイスも驚いたに違いない。


 以下は、おもにカドールが話し手となり、泣きながらもギネビアやレンスブルックらが合いの手を入れて語られた、<神の人>ギべルネが神の国である天へと帰ってゆかれたその顛末である。


 ラ・ヴァルス城砦へミサイルが命中したというその瞬間――ギべルネスが「少し離れたところで見ていてください」といったように言ったため、カドールたちは少し離れた位置からラ・ヴァルス城砦のある方角にじっと目を凝らしていた。その後、本当に時間はほとんどかからなかった。一瞬、天がきらっと光ったかと思うと、次の瞬間には「何か」が城砦のどこかへ墜落したらしきことがわかったからである。


 もっとも、カドールたちに見えたのは、もうもうたる土煙のようなものが城砦上部に続く空の色を一時的に変えたということだけで……それ以上のことは何もわからなかった。ただ、尋常でない何かが起きたことだけは、おのおのの胸にはっきり確信されていたのである。


『ギべルネ先生、<必殺!!超ギべルネ・アタック!!>とか叫ばなくて良かったのかい?』


「そんなことよりユベール、被害状況について早く教えてください」


 ギべルネスの見たところ、ひとりの死傷者もないということだけは絶対にあるまいと思われてならなかった。無論、ハムレットの軍はまだラ・ヴァルス城砦まで達していなかったのだから、兵の損耗はゼロではあったろう。だが、城砦の城壁上にある歩廊や城塔にいた兵士らは、間違いなく即死かそれに近い状態、あるいは生きていても相当の重傷を負ったものと想像された。


『ラ・ヴァルス城砦の正門のほうの城塔の片側と、そこから真っ直ぐ進んでいった城壁隅角部、さらに北西へ伸びるいくつかの城塔に至るまで、一気に数百メートルに渡って煉瓦の山が築かれたような状態だ。そして勇敢なハムレット王子の掛け声とともに、騎士団と兵士らはドッとそこから雪崩れ込んでいったというような形だな。民衆たちは王子の軍に力を得て、アグラヴェイン公爵とモルドレッド公爵の残りの兵士らをネズミを嬲る猫よろしく血祭りに上げるつもりらしい。俺が確認した限りにおいては、何かそんな状況だな』


 ユベールはAIクレオパトラに命じて、羽アリだけではなく、蚊、てんとう虫、ハエに蜂など、何十匹となく自己複製させ、ラ・ヴァルス城砦内を観察させていた。ユベールはそれら昆虫たちの超小型カメラを通した映像を見、情報を収集しながらギべルネスの問いに答えていた……無論、彼は知らなかったろう。自分の後ろで同じようにこのスクリーンを眺め、『ほう。今そんなことになっておるのか』などと、精霊型人類数体が一緒に眺めていたことなどは。


「ミサイルが落ちたことによる、人的被害のほうは?」


『そりゃ今はまだわからんよ』と、ユベールは肩を竦めて言った。『瓦礫の下から死体を引きずり出したりなんだりするのは、今の城砦内の狂乱状態じゃ、早くても明日以降だろう。それよかギべルネ先生、これからどうするんだい?』


 一応、彼らの打ち合わせによれば、これからギべルネスは迎えにやって来たヘリコプターによって帰る、という予定であった。そのために、この前夜からユベールはラドン山近くにそのように準備しておいたのだから。


「もちろん、最初そのように予定していた通り帰ります」と、苦し気な溜息を着いてギべルネスは言った。せめても、ミサイルが落ちたあとの後始末くらいは自分がしてから……との思いもあったが、諦めることにしたのである。もう一度ハムレットたちの顔を見てしまえば、ようやく出来た今の決心をまたしても先送りしてしまうことになるとわかっていた。


『じゃ、みんなとお別れのご挨拶をば』と、ユベールはあっさりした口調で言った。彼としてはなんでもいいからこの際早く、一刻一秒でも早くギべルネスに帰ってきてもらいたかったのである。『ちょうど折り良いところでヘリのほうが岩の崖のとこまで上がって来るようにしとくからさ』


「すみません、ユベール。本当にここまで、色々我が儘を言ってしまって……本当に、すごく大変だったってこと、私にしてもよくわかってるつもりなんです。もし私があなたの立場なら『いいからとっとと戻ってこーいっ!!』と、何度となく怒鳴っていたでしょうね。あとから何か、お礼でも出来るといいのですが……」


『いいから、いいから!!』と、ユベールにしても感無量なのだった。おそらく、本星エフェメラと駆け引きすれば、このあと最短距離の迎えの船によって自分たちは帰星できるはずなのだ。『積もる話はまたあとでするとしようぜ。それよか、今あんたはここ惑星シェイクスピアで遭難してのち、助けあって来た仲間たちと最後の別れってやつをしなきゃなんないんだもんな。なんか、俺のほうまで貰い泣きしちまいそうだ』


 そしてユベールは実際、もらい泣きした。ギべルネスが一生懸命最後の<神の人>として相応しい演技プランやその科白についてあれこれ考えつつ、後ろを振り返り、カドールやギネビア、レンスブルックたちのいるほうへ戻っていくと――彼らはまず、ワッという歓喜の声とともに『我らがギべルネ先生』のことを取り囲んでいたものである。


 というのも、カドールたちにはミサイルの落下といったことについては何が起きたのかさっぱりわからなかったにせよ、その後、ラ・グリフォン城砦を後ろに控えた方角から、ドッとばかりハムレット軍が進撃を開始したのがわかり――彼らにしても何かの『天からのしるし』を見たからこそ、あんなにも真っ直ぐ、迷いなく進撃を開始することが出来たのだろうとはっきりわかったのだ。


「天から火の玉が落下してきたことにより……城壁が数百メートルにも渡って完全に損壊したはずです。ハムレット王子たちはそこからラ・ヴァルス城砦へと雪崩込み、さらには民衆たちは彼らの味方という状況ですから、グロリア城砦などと同様に、ここラ・ヴァルスもすぐに陥落するはずです」


「すみません、先生。俺は恥ずかしい」と、他の者たちが勝利に沸く中、カドールが涙ぐんで言った。「あなたが<神の人>でないなどと、最初の頃は疑ったりして……でもよく考えたら本当にそうですよね。あんまり旅の最初の頃から奇跡なんて行いすぎても、それならそれで<神の人>ではなく、むしろあいつは悪しき魔術師だ、なんぞと人から噂を立てられかねない。俺はハムレット王子やタイスほど信仰心が厚くない駄目な人間かもしれません。ですがこれからはきっと、騎士としてだけでなく、星神・星母のしもべとしてハムレットさまに誠心誠意仕えていきたいと思っています。つまりは、そのような形でよりよくこの国の政治を……」


「いえ、いいんですよ」と、むしろギべルネスは心苦しくてならなかった。その星神・星母というのも、結局は精霊型人類がそのような超自然の存在を演じているに過ぎないとわかっているだけに。「カドール・ドゥ・ラヴェイユ。あなたはひとりの人間としても騎士としても素晴らしい方です。今後とも、どうかその智謀によってハムレット王子を支え、そしてタイスのよき相談相手であり続けてください。私があなた方とお別れするに当たって、最後に願うのはそのことだけです」


「え………?」


 戸惑うカドールをよそに、ギべルネスは次にギネビアと向き合った。彼女はカドールが神の力を目撃し、感涙に咽いでいるらしいとわかり、妙に嬉しかったのだ。


「ギネビア・ローゼンクランツ。どうか、あなたもお元気で……私は心が素直で明るいあなたのことが、本当に大好きでした。もしあなたが将来的に王妃となる方でなかったのなら、私があなたと結婚したかったほどです」


 ギべルネスはギネビアの後ろに控えていた筋骨逞しい女性であるブランカには、<神の人>として祝福を与えることにした。


「ブランカ・ロイス、あなたの人生のその行く末までも、幸福と歓喜とが、あなたの背中をいつまでも追ってきますように。そして、不名誉と恥は逃げ去り、あなたはすべての人に尊敬され、愛され続けることでしょう」


「リシャール・フルクネッラ。ここまで、旅の安全が守られたのはすべてあなたのお陰です。きっとあなたのしたことは、ここにいるホレイショが歴史書に書き記し、あなたの名はとこしえまでもこの国の歴史に残り続けることでしょう」


「ホレイショ、旅の初めから今ここに至るまで、私たちの心はいつも友達として共にありました。神に対する信仰がちょうどそうであるように、あなたは目立たない旅の面倒をいつでもすべて、文句ひとつ呟くことなく行ってくれましたね。そのこと、間違いなく神の目にも留まっているということ、どうか覚えていてください。そして、これからもどうかハムレット王子を臣下のひとりとして支えていってくださるように……あなたにも、星神・星母の護りと祝福が、人生のその終わりに至るまでもとこしえにあることでしょう」


「ルツ・バグデマス、ここへ至るまでの間に美味しい料理をありがとうございました。どうか、これからも夫ルーアン・バグデマスとともに幸せでありますように。また、あなたたちのみならず、あなたの息子たちも娘たちも孫たちにも、子々孫々に至るまで、星神・星母の祝福がありますように。また、あなた方御夫妻の名もホレイショが歴史書に書き記し、その名と栄誉は永遠に残るでしょう」


「それから……最後にレンスブルック」と、この頃にはギべルネスの瞳にも、別れの予感とともに涙がせり上がって来ていた。「この旅の間、ずっと最高の友達でいてくれてありがとう。どうか、これからもみんなに愛される、優しく愉快なあなたでいてください。あなたにも、星神・星母の祝福が人生の終わりまで共にありますように……また、あとのことはきっとハムレット王子が王城における良い役職を褒美とともに与えてくださることでしょうから、何も心配していません。そしてあなたのことも私はいついつまでも永遠に忘れないということ、どうか覚えていてください」


「せっ、先生、そんな……ギべルネ先生、オラこそ、先生が旅の最初から……うんにゃ、出会ったその時から一人前の人間みてえにちゃんと扱ってくれたから……それで他のみんなも同じように敬意を示してくれたぎゃ。オラ、そんなこと、それまでの人生で生まれて初めてだったぎゃ。オラこそ、オラこそ……先生になんてお礼を言っていいかわからないくらいだぎゃ」


 レンスブルックは泣き崩れてしまい、それ以上のことは言葉にならなかった。ギべルネスもまた、薄汚い茶のローブで目頭の涙をぬぐうと、もう一度、同じように涙を浮かべている仲間たちと向き合い、そして言った。


「ハムレット王子のこと、これからもよろしくお願いします。もちろん、こんなことをわざわざお願いする必要さえないのはよくわかっています……それと今後のことですが、星神・星母への信仰さえ確かにあって、みなの心がひとつになっているなら何も恐れる必要などありません。あなた方がどのような決断を下そうとも、どの道のどのルートを辿ろうとも、とにかく今まで通り必ず勝ちます。どうか不安になった時は、バロン城塞の無血開城のことや、今のラ・ヴァルス城砦で起きた神の奇跡のことを思いだしてください。また、王州テセリオンの兵が総結集しようとも、必ずあなた方にこそ正義と勝利が神によってもたらされるということを忘れずにいてください……」


 ここで、小さな岩場の崖下から、陽光に白銀に輝くヘリコプターが風を切って現れた。不思議なことだが、プロペラが旋回しているのに音のほうはまったくしなかった。ギべルネスは後ろを振り返ることなく、AIクレオパトラが自動操縦する無音のヘリにそのまま乗り込むと、窓から最後にぺこりと頭を下げ、その場を後にしていたのである。


 言うまでもなく、ヘリコプターなどという文明の利器である空飛ぶ乗り物について何も知らない彼らは、茫然として<神の人>がそのまま去っていくのを見送った。だが、よくわからぬ白銀の生き物がギべルネ先生を乗せて去っていくと――カドールはその場に膝を突いて激しく泣きだしていた。ギネビアやレンスブルック、それにホレイショも号泣していたが、カドールの慟哭とも言えるそれが、実は一番激しかったのである。


「ギべルネ先生、あなたこそは……まことに、まことに神の人であられました……っ!!」


 ギネビアもレンスブルックも、特に旅をはじめた最初の頃、カドールが『もうちょっと<神の人>としてなんとかしてくださいませんかねェ?』といった、皮肉な態度だったのを思いだし、彼によりそって共に泣いた。この時、彼らの心を繋いでいたのは、その頃から今に至るまで長くしてきた旅の過程と、口では到底言い表せぬ互いの熱い心の絆のことだったのは言うまでもない。


 他の人々よりも群を抜いて記憶力の良いホレイショは、この時起きたことを大体のところほぼ違わず書き記したが、その中で唯一<神の人>であるギべルネスが乗り、天国へ帰っていった乗り物のことはどう表現して良いかわからなかったらしい。そこで、>>『白銀に輝く美しい生き物に乗り、<神の人>ギべルネは地上での役目を終え、天国へと帰ってゆかれた。まこと、この方こそは不思議な方であった。ある時は不治の病いの人々をその手で触れるだけで癒し、ある時は東王朝へまでも赴いて星神・星母の御用を務めたことなどは、今まで書き記して来た通りである。我々は心優しき<神の人>ギべルネが、ぐるぐると頭や首を回転させる白銀の豹のようなものに乗り、天遠く上っていかれるのを見守った……それにしてもなんという偉大なお方であったことだろうか。また、そのお姿が消えるまで見守ってのち、新しきペンドラゴン王朝においてのちに宰相となったカドール・ドゥ・ラヴェイユは、「この方こそ、まことにまことに神の方であった」と泣き咽び、その後も激しく悲しみの涙にかき暮れたのである……」といったように書き記したのであるが、『ぐるぐると頭や首を回転させる白銀の豹』というのは、ホレイショにとっておそらく、彼がその目で見たとおりの、正直な感想であったことだろう。だが、ハムレット王朝において生涯書記の任にあったホレイショの書き記した歴史書は、その後三百年も時代が下った頃には、写本に写本が繰り返された結果、ある写本家がこの部分を少し変えてしまうということになったようである。もしかしたらこの人物は『ぐるぐると頭や首を回転させるだって?』と、どうしても疑問だったのかもしれない。そこで、金色のたてがみと白銀の翼を持ったライオンに跨り、<神の人>は天の国へと帰っていった――というように書き換えると、おそらく最初のホレイショの文章よりも、他の人々にとってこちらのほうがよりしっくり来たのであろう。その後、ペンドラゴン王国の歴史の本には、「<神の人>ギべルネは金の鬣と白銀の翼を持ったライオンに乗り、元いた神の国へと帰っていかれた」と書き記され、民衆たちの間にもそのような言い伝えが一般化したようである。




 >>続く。






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