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第18章

「ギベルネ先生、実はオレ、相談があるんです……」


 城砦都市ロディスにある貴族の城にて、ハムレットやギべルネスたちは落ち着かない気分を味わっていたものである。というのも、民衆たちが自分たちの根城とするのに奪ったらしいのだが、生活するのに必要な品はすべて略奪されており、窓は割れ、カーテンは引き裂かれ、壁に飾られた肖像画は真ん中から折られと、片づけようにもそれ以上どうしようもない部屋でそれぞれ落ち着き場所を見つけ、そこで休まなければならなかったからである。


「王子にとっては、心労が多いことでしょう……」


 それは、実をいうとギべルネスにしても彼と同様だった。ハムレットが人が殺した死体を、こんなにも一時に惨殺された死体の山を見たのは生まれて初めてであったように、それはギべルネスにしても一緒だったからである。その上、どこで突然奇襲されたり暗殺者と出会うやも知れぬという中、まったく見知らぬ土地で軍を率いる責任者として旅を続けなくてはならなかったのだから。


 実をいうと、ギべルネスはバロン城塞が無血開城しそうだとの見通しが出来た時――そろそろこの地における<神の人>を卒業しようと考えていた。これは羽アリことユベールとも相談して、第五基地あたりからでも、ヘリコプターをAIクレオパトラに自動操縦してもらい迎えに来てもらうのがいいのではないかと、そうした話運びになりつつあったのだ。


 無論、そのような文明の利器を、観察対象である惑星で多くの人の目にお披露目しようというのは本来であれば御法度である。だが、今後は宇宙船カエサルのほうから、必要に応じて助けを与えることが出来ることから……そのほうが望ましいのではないかと思われた。


『ギべルネ先生よ、一度戦争の混乱なんてやつに巻き込まれたら流石の俺でも助けようがないからな。あんただってレーザー銃だの、こっちの人が見たこともねえような最新兵器でいくらか敵はやっつけられるにしても、不意を襲われて思わぬところで命を落とすってことだって決してゼロパーセントなわけじゃない。そう考えたらそろそろ引き上げ時だぜ。そうだろ?』


「ええ。そのことは私も考えていました……」


 ギべルネスが羽アリのユベールとこのことを話していたのは、バロン城塞を攻略する前、木造城砦に誘拐してきた守備兵の数が増えてきつつあった頃のことである。ギべルネスとしてもまだディオルグが東王朝から帰還してなかったことから、彼が戻り次第、自分はヘリコプターに乗車して天かどこかへ帰っていく……というのでも、そろそろ問題ないのではないかと考えていた。


『あとはさ、ギべルネス、あんたがこっちの宇宙船に戻ってくるだろ?で、必要に応じて「ここんとこはちょいと一発ミサイルでも発射して敵軍どもを驚かしちゃっか」って場面でな、その前夜か三日前くらいにでもハムレット王子の枕元に立つのさ。ほら、ホログラムを投影させれば、あんたの実体はなくとも話自体は出来る……で、<神の人>として明日神の天罰がなんちゃらいう町に下るから、城門の外、大体3キロも離れてりゃ十分だろ。そんくらい離れた見晴らしのいい丘の上からでも神の怒りが某市に下るのを見よ!!とか前もって言っときゃいいのさ。あとはこっちで、人がなるべくいないようなとこ狙ってミサイルをぶち込みゃあいい。ハムレット王子さま軍にはその町の人たちに神の怒りが下るから逃げとけよって、和平案と一緒にそう教えるよう通達しとくんだ。俺のみたとこ、精霊型人類の透明なご協力ってのもあってか、時代の風は間違いなく彼らのほうに吹いてる。たぶん、言うこと聞かねえ奴のほうが少ねえくらいなんじゃねえの?』


「そうですね。私も東王朝のリノヒサル城砦へ行って、無事精霊型人類の言うとおりの役目を果たしたと思いますし……そのあとでなら帰ってもいいと言われていましたから、戻っても問題ないとは思ってるんです。ただ……」


『ただ、なんだ?ギべルネス、あんたがハムレット王子たちと長く一緒にいて苦労を共にし、彼らに愛着を覚えるその気持ちはわかるが、彼らのことを憐れむように、俺のことも少しか考えてくんねえかな?宇宙船に透明な幽霊みたいな奴らと一緒で、「ぼくたん寂ちいな」なんて言ってんじゃねえ。いや、そういう気持ちも十パーセントくらいはなくもないが、俺はさ、あんたに万一何かあったらと思っただけでとにかく気が気がじゃねえんだよ』


「すみません。私も、早く帰りたいと思う気持ちは以前と変わりなく強くあるんですが……まずは最低でもディオルグが帰ってきて、バロン城塞が本当に陥落するかどうか、無血開城できるかどうか見届けたら、何かが安心だという気がするんです。そんな奇跡みたいなことが本当に起きたら、精霊型人類たちの助けが間違いなくあって、この先もハムレット王子軍は何があろうと最終的には王権を取ることが出来るだろうと確信することが出来ると言いますか……」


『うん、わかった。けどそのあとは、本当にもうすぐにもカエルかうさぎたんみたいにぴょぴょんのぴょんと戻ってきてくれよ?俺、ギべルネスが一体いつ帰ってくるかと、毎日きりんみたいに首長くして待ってんだからさ』


 ――といったような会話がふたりの間では交わされていたのだが、にも関わらず、バロン城塞陥落後もギべルネスは当地に留まっていた。それというのも、バロン城塞が無血開城した一番の理由は<神の人>が彼らとともにいるからだと、ハムレット王子たちはそのように信仰深い考えを持っており、このことは何故か不思議と今では兵の末端に至るまで浸透しつつあったのである。


「そういうわけですから、もう暫く私はこちらにいなくてはいけない人間のようなんですよ……」


 完全に周囲に誰もいないと確認した真夜中、バロン城塞内にある城館の部屋のひとつに鍵をかけ、ギべルネスは羽アリにそんな相談をしていた。


『わかってるけどさあ……でもギべルネス、俺が衛星を通した画像で州都バランの様子やクロリエンス州の様子を見ていて思うに、こっから先は流石にあんたでも危険だぜ。あと、王都テセウスのティンタジェル城にいるクローディアスの様子のほうも同時に探ってるけど……クローディアスの奥方のガートルード王妃か?こいつぁおっそろしい女だな。なんでも、先王エリオディアスとの間に生まれたハムレット王子なんか死んだって言って、旦那の王さまにはハムレット王子の王家の者としての正当性を疑うようにさせろと、そんなふうに助言したらしい。処女の生き血の風呂に入って美容に気を遣ってるせいか、あんまり年老いて見えねえってのがこれまた気味の悪い理由だな。ハムレット王子はこれから王都まで攻め上った時、この女から「あんたのことなんか知らない」とでも言われてショックを受けることになるのかと思うと……俺としてもなんとも言えねえくらい不憫だ』


 この時、キルデス・ギルデンスターン侯爵から、その点について説明されたのみならず、そのことでも「ハムレット王子をよろしく頼む」と言われた時のことを――ギべルネスは思いだしていた。


「そうですね……ですが、歴史を紐解いてみれば、王位など何がしかの権力のトップに立った者はまるでそのことと引き換えにでもするように、何か悲劇的な経験をしているものですからね。いえ、私はだからハムレット王子も耐えるべきだと言っているのではなく、王都へ攻め上った時、王子はおそらく自分という存在を否定する母親であってさえも、幽閉でもするのがせいぜいという気がしてるんです。それに、前にちらと聞いたんですが、実際には自分の父親であるエリオディアス王を殺した悪女であることをハムレット王子は知らないんですよ。そのことを最後まで知らずに済めばいいと思いますが、もし知らざるを得ないといった事態になった場合……ハムレット王子には間違いなく心の支えが必要になると思うんです」


『やれやれ。そりゃあさ、俺たちの惑星シェイクスピアにおける任期はまだ四十八年ばかりも残っちゃいるぜ?だけど、ハムレット王子の孫の代まで新王朝の政治やらなんやら見守ってからエフェメラへ帰ろうなんてのはなしにしてくれよ?』


「ありがとう、ユベール。私としては、たぶんもしあなたに合図してミサイルをどこかへぶち込むということにでもなったら……それが自分の帰るべき合図という気がしてます。それで、実際にその城砦都市なり城郭都市なりが具体的に戦争になる前に降伏してくれるとしたら、その奇跡が実現したら『見よ、これが神の力だ!!』ということにでもして、そのままヘリコプターで帰ろうと思っています」


『ん、わかったよ!!ギべルネス、あんたが心身ともに大変だってのは、俺もわかってるつもりだからさ。そこんとこは譲歩するっきゃねえもんな。まあ、俺としてはそんな日が一日も早くやって来るようにと願ってるよ』


 ――というわけで、ギべルネスはその後もハムレット軍と共に進軍を続けていたわけである。そして、ハムレットの跨る白馬の斜め後方に常にいて、軍を率いるトップとしての彼の心労が痛いほどわかっていながらも、そのことを誰も肩代わりすることは出来ないと、ただ見守ることしか出来ずにきたわけである。


「それで、私に相談というのは?」


 王子の軍の騎士や兵士らがなるべく心地よく眠れるようにと、民兵組織の構成員らはベッドや敷物などをある程度戻してくれていた。他にも、城の厨房で女性たちが毎日料理してくれたりと、彼らの気遣いについては痛いほど王子軍に通じていたと言える。


「ここロディスの民たちについては、重税に次ぐ重税によって抑えに抑えられ続けたのが、結果としてこうした惨事を招くことになったのだとはわかるんです。でも、法律的なことを言えば……彼らは酷い人殺しでもある。いえ、わかってはいるんです。我々もこれからこのまま兵を進めて誰かを殺すことになれば、いかな大義名分があろうとも、我々もまた人殺しということになる……ここロディスについて言えば、ディオルグとガウェイン卿がうまく采配を振るって民たちを治めていってくれるでしょう。ですが、あの殺し方は同じ殺すにしてもあまりに惨すぎる。こうした罪について、神は一体どうお考えになっておられるのか……」


(そんなこと、ただの人間の私にはわかりませんよ)というのが、ギべルネスの答えではあった。だが、彼はハムレットのまだ十七歳という年齢である青年の、純粋な苦悩を強く感じ取ってもいたのだった。


「王子、こちらへ……」


 ギべルネスは、ある意味彼の父代わりのような気持ちで、王子のことをぎゅっと抱きしめた。ギべルネス自身、母星において理由のわからぬ戦争が起きた時、おそらくはこうされたかったのではないかと、今はそんな気がするからだった。


「あれらのことが起きたのは、決してあなたのせいではありません。自分が兵を挙げなければ、あんな惨劇は避けられたのではないかとも考える必要はありません。確かに、今の時代の内苑州を生きている貴族たちには突然にしてつらい時代になりました。それはまるで、自分に責任のない親やその前の祖父や曾祖父の代、さらにはそれより遡った先祖たちの罪咎すべてを彼らが支払って精算を行ったかのようですらある……ですが、ここまで惨い死に方をさせる必要はなかったとはいえ、民たちの罪については赦してやらねばなりません。またそれが貴族であれ、民衆の中でも社会的に虐げられ、下に見られている者の死であれ、どちらも平等に同じ死なのです。人は一度棺桶に入ってしまえば貴賤の別もなく、神の御前に平等なのですから……民たちには、他に平等なものがもうひとつあるということを教える必要があるでしょう。それは時間です。それが社会的に身分が高いとされる貴族であれ、民衆のどの職業にあるものであれ、時だけは誰の上にも平等に流れていきます。ですから、この時が自分につらく当たるように感じても、人は与えられた分の時間をその時々に応じて精一杯生きていかねばならない……ハムレット王子、あなたがもし王となられた時には、人々はこの与えられた人生の時というものを、より幸せに、大切にしていくことが出来るでしょう。それがおそらくクローディアス王には決して出来ない、一番大きな、そしてもっとも大切なことだとは思いませんか?」


「そうですね、ギべルネ先生。オレも、そう思います……」


 ハムレットは、自分が何故泣いているのかよくわからなかった。ギべルネ先生の語ってくださった言葉は(いかにもユリウスの言いそうなことだ……)といったように感じもしたが、彼にとってはそれだけではなかったのである。


(そうだ。この人はそれだけじゃないんだ……ギべルネ先生はオレのことを甘えさせてくれる……いや、時々は弱音を吐いたり、弱いところを見せてもいいのだと許容してくださってることが、ユリウスとの一番大きな違いなんだ……)


 ハムレットはこの時、何故かほっとしていた。思えば、自分はずっと『これからは王子として、王として民の思い描く理想の姿を体現してゆかねばならない』と気を張ってきたのだ。しかもまだ内苑州のふたつ目の州に到達したというそれだけなのに、まだ具体的な刃を交える戦争状態を経験したわけでもないのに、疲労困憊している自分に彼は失望してもいたのだった。


 このあと、ギべルネスとハムレットの間に、特にこれといって会話らしい会話はなかった。ただハムレットにはギべルネ先生の青い瞳を見ただけでわかった。彼は自分が何かのことで失敗しても失望しないし、ただありのままの自分を受け止めてくれるだろうという、そのことが……。


 タイスがハムレットの仮の部屋のドアをノックしたことで、ギべルネスは父親として抱擁する必要がなくなったが、それでも王子、いや、これから王と呼ばれることになる人間にかわり、ハムレットの苦悩がそのまま心に乗り移ったかのようだった。とはいえ、ハムレットのそうしたつらさについては、誰よりタイスやカドールやギネビアやランスロット、それにキャシアスやホレイショにもよくわかっていることなのである。そして、そうした王子、王としての孤独や責任の重さは、今後ともそれと察した彼らが、側近として時に肩代わりしていってくれるに違いない。


(まあ、私がいなくても、今後は共に旅をしてきた仲間たちがハムレット王子の心の支えになってくれるとは思うのだが……)


 この時、ギべルネスは母星ロッシーニに隣の兄弟惑星と呼ばれることもあったワーグナーが何故突然攻め込んできたかの理由について、あらためて考えていた。自分たちリジェッロ一家が母星を離れてのち、超小型戦術核が使われたとの報が入ったことがある。かつて、地球において日本の広島・長崎で原爆が投下された時から遥か長い時が過ぎ、その地球は核兵器によってではなく、テロリストによってブラックホール発生装置が使用され、とっくの昔に滅んでいたのであった(もっとも、このテロリストの後ろにはより大きな組織が存在しており、彼らは捨て駒として利用されたのだとの説が有力である)。だが、今もミドルクラスの惑星郡においては、戦争の際核兵器の使われることが時々あった。だがその後、この核兵器もさらに進化してより洗練された威力を発揮するようになり……AIによる制御により使用効果範囲内が指定され、その内部にあるものが完全に破壊される――と言われている。また、その使用効果範囲内には草木一本残ることはなく、人も家畜も苦しむ間もなく一瞬にして消滅するということだった。


 ギべルネスはニュース画像にて、その黒焦げの、元は百階を越えるビル群が林立していたとも思えぬ、建物の土台部分しか残っていない映像を見た。かつて自分がその通りを歩いたこともある区画がそこには含まれていたが、文字通り「一瞬にして」すべては何もないにも等しい状態へ覆されたのだ。避難勧告のほうは先に出されていたが、逃げ遅れた者もいれば、人間の盾として最後まで残った者たちもおり、百余名の命が一瞬にして消え去ったと言われている。


『星府スタリオンがすでに仲裁に入っており、これから現場では最新式のDNAトレーサーにより、遺体の残骸に僅かに残るDNAを照合することで死亡者の確認を取る模様です……』


『何故こんな痛ましいことが起きたのか、戦争の原因については諸説ありますが、惑星ワーグナー側ではそろそろエネルギーの備蓄が尽きつつあることが、宣戦布告も何もなしに突然兄弟惑星と呼ばれたこともある隣星へ攻め込んだ理由でないかと言われていますが……』


『どうやら、惑星ワーグナーの星都にあるAIがそのような算出をしたらしいのです。とはいえ、備蓄の尽きるのは今から五十年も先の話ではあったのですが、そのためには今から手をこまねいていてはならないと、AIヴァルキューレが命じたことで……ワーグナー政府の議会では戦争の案に承認の印を押したらしいのですね。もともと惑星ワーグナーもロッシーニも、開発時期はワーグナーのほうが三百年早い程度でしたから、こちらのほうが少し発達するのが速く、長く兄が弟を助けるような形でワーグナーはロッシーニを助けてきたはずなのです。それがその後、ふたつの惑星の関係は対等となり、文化的な豊かさや幸福度が、ロッシーニのほうが高いとすら言われるようにもなり――その頃から少しずつこの二つの惑星間には政治的緊張が走るようになったと言われています。ですが、誰も戦争のような事態になるとまでは想像してもいなかったのですよ』


 ギべルネスは、道端にゴミのように捨てられた惨殺体や、刑場に居並ぶ首に衝撃を受けはしたが、それと同じくらいのショックを受けて当然であるはずの――自分の母星の惨状に、同じショックを受けることが出来なかったのは何故か、とこの時自問していた。


 現場を見ずにニュース映像だけを見たから、そんなことが自分のよく知る場所で起きたはずがないと、脳が否定したかったのだとしても……軍の上層部の誰かが戦術核のボタンを押し、その一瞬の動作だけで、ひとつの大きな都市が壊滅状態に追いやられるなど――死体すらほとんど残ることなく、人がその場から消え去るなどあっていいはずがないのに、ギべルネスはやはり、このロディスで起きたことのほうにより深く大きなショックを受けていたのである。


(もし無事、本星エフェメラへ戻ることが出来たとしたら、一度ロッシーニのほうへ必ず戻ろう。そして、出来るなら私はそこで死んで墓に葬られたいと思っている……)


 ギべルネスはその日の夜、遥か遠くの自分の母星ロッシーニにいた頃の夢を見た。小学生の時、隣の惑星ワーグナーから転校してきた少年がいたのだ。彼は小学四年生の時点で、すでに中学一年生くらいのところまで学習が進んでおり、『なんでこんな田舎惑星にやって来ることになったのかわからない』といったように、どこか感情に乏しい横顔で言っていたものだった(実際には彼は、エンジニアの父親の転勤で弟惑星のほうへ引っ越してきたらしい)。


 ギべルネスはこの少年のことが嫌いだった。だが、顔立ちもよくスポーツも出来、女子たちにもよくモテたため、非モテ勢の嫉妬としか思われないことから――特にそのことを誰に言うこともなかったわけである。ところがこの彼が『このクラスでまともに相手にしていいようなのは、クローディア・リメスくらいなものだね』と言ったことから、何かの拍子にぶん殴ってしまったことがある。


 彼――名前をロクシア・アレクサンドロといった――は、鼻血を流して倒れた。そのあと『君は少しくらいは相手にしてやってもいい奴だと認めていたのに』と言われ、さらにもう一発殴りたくなった。そしてそのことを止めたのは他でもない、幼馴染みのクローディア自身だったのである。


『ははーん。さてはあんた、わたしが最近ロクシアと仲良くしてるから、そのことが癪に障ったんでしょ?』


『うるさいっ!!この売女めっ!!』


『ば、売女ですってえっ!?何よもう、あんたってほんと信じらんない奴っ!!』


 ――夢のほうはここで終わっていたが、目が覚めたあと、ギべルネスは過去に間違いなく現実としてあったこの記憶を、何か不思議なものとして思い返していた。また、(何故あんな夢を見たのだろう)とも思った。(どうせなら、家族が一家団欒している夢とか他のもののほうがずっと良かったのに……)とも。


 結局、ロクシア・アレクサンドロとは、大学時代までずっと一緒だった。もっとも、大学では学部が違ったし、中学でも高校でも、二度と同じクラスになることはなかったのだが……それでもギべルネスは、口は聞かないのに彼のことをどこかで見かけるたび、なんとなく目で追っていた。何故かはわからない。ギべルネスにとってロクシア・アレクサンドロとは、(ハンサムなのに相変わらずいけ好かない顔した奴だな)と感じる唯一の人間であり、何か話をする前から(あんな奴、話すだけ無駄だ)としか思えない人物だったのだが。


 そして、ギべルネスにとってそんなふうに感じる人物と出会ったのは、唯一彼ひとりきりだったことから――それで今も記憶に残っているという、そうしたことだったのかもしれない。


 だが、ギべルネスが今、その故郷の惑星から遥か遠く離れたこんな辺境惑星へやって来て思うのは、その頃とはまったく別の感慨だった。それは、あれから彼は一体どうしたろうか、ということであり、尊敬している父と同じエンジニアにはなれたのかということであり、今も相変わらず自分の能力を鼻にかけたような顔をしていたとしても十分笑って許せるということであり、何より、惑星ワーグナー側の人間として、あの戦争についてどう思い考え感じているかということを知りたいと、何よりもそのことを第一に願っていた。


(やれやれ。あんな奴でもいいから会って、もっと色々話しておけば良かったなどと思うとは……十代の頃の私であれば、絶対に永遠にそんな日なんかやって来ることはないとしか思えなかったことだろうにな)


 とはいえ、戦争に徴兵されたからといった理由によってではなく、ロクシア・アレクサンドロはもう生きてはいまいと、ギべルネスはそんな気がしていた。少なくとも、彼が五十年という任期を終えずして、すぐにも惑星エフェメラへ戻れたとして、さらにその後母星  へ帰還を果たせたところで、おそらく見ることが出来るのは――彼の名前の刻まれた墓だけだろうと、そんな気がしていた。


 そして、自分がその同じ墓地内に葬られるというのでも、今はまったく構わないと思えるということ、その違いが何故生じたかについて理解できるほど自分は大人になったのだということ……ギべルネスはそのことを何故か「寂しい」と感じていた。だが、何故「寂しい」などと感じるのか、その理由についてまでは――なんとなくはわかるにせよ、はっきりとは理解できなかったのである。




 >>続く。






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