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第17章

「これは、一体……」


 中には着古したものも多かったが、ところどころに立派な外套もあり、明らかに子供が着るサイズの服や女性のドレスなど……この時代、衣服は一着作るのにも非常に時間と手間のかかる貴重なものであったから、これらの服を馬によって踏まなければ道を進めないとわかるなりハムレットたちは当然当惑した。


「いいのです、ハムレットさま」


 その町の中で、貴族たちの処刑後、民衆たちから信任を受け仮の責任者となっていた町長が、側近たちを従えると平伏して言った。


「我々の間で、ハムレットさまに対して叛意や悪意を持つ者がひとりもいないことを示すにはどうしたらいいかと考えた結果、こうするのが一番いいということになったのでございます。これから州都グローリアのグロリアス城へ入られるまで、どこででもこのような道が続いてゆきます。ゆえに道に服が敷いてあったら、安心して通っていい道だとお考えになってまず間違いございません」


「いや、通れぬ」


 ハムレットは戸惑ったというよりも、胸に痛みを覚え、その瞳には感動の涙すら浮かんでいた。


「そのようなそなたらの有難い気持ちを踏みつけにするようで……胸が痛むあまり、とてもこれ以上は進んでゆけそうにない」


 この時、町長の後ろにいた女性のひとりが感極まったように泣きだした。他の男たちも腕を目のあたりに持っていき、泣き咽んだ。彼らはハムレット王子という人の姿を直に見、そう優しい言葉をかけていただけたことで――この方こそ、自分たちが王として仰ぐべき本当のお方であるということを確信していたのである。


「王子さま、失礼致します」


 その町の名はワディスと言い、町長の名はコナン・ワディスと言った。彼はこの地方を治める貴族から重税を取り立てられながらも、どうにか人々の不満を鎮め、今の今まで暮らしてきたのであった。


 コナンはハムレットの乗る白馬の手綱の部分を軽く引くと、馬が自然と前へ進んでいくようにした。この馬はよく訓練された馬だったが、人間の言葉をちゃんと理解しており、まるで空気を読んだかのようにコナンに従っていたのである。


 町の通りの衣服を敷いた両側には、なかなかに立派な――その建物を見る限り、彼らが重税にあえいでいるとは思われないような――二階建ての家屋が並んでいた。三角屋根や長方形の館、あるいはそのふたつを組み合わせたような家屋が一番多い。そしてハムレット王子の軍がやって来られたと聞くと、人々は誰もがみな道の両側に立ち、彼らを心から祝福したのである。


 最初は緊張のあまりか、彼らの間に言葉はなく、ただ深々と礼をしたり、女性や子供の中には祝福の花びらを撒き散らすものがあったり……だが、ハムレットが町の道の半分くらいにまで到達すると一人の男がこう叫んだのだった。「なんだみんな、辛気くせえな!!もっと腹からでかい声ださねえか!!」と。そして、この歌声自慢の鍛冶屋の親分が「ハムレット王子!!いや、ハムレット王、ばんざあ~い!!」と大きな声で怒鳴ると、他の人々もようやく勇気が出たのだろう。


「ハムレットさま、万歳!!」、「ハムレットさま、ようこそ!!」、「ようこそお越しくださいました、我が町へ!!」、「この日のこと、我ら一同生涯決して忘れません!!」などなど、祝福の言葉がいくつも続いた。小さな子供までもが「ハムレットちゃま、大ちゅき~!!」と、訳がわからぬなりにキスを送ってきたものである。


 このワディスの町を出る時、代表者であるコナンにハムレットは今後必ず良い国造りをすると約束してから、さらに道を先へと進んでいった。「とはいえ、まだ暫くは混乱が続くだろうが、その時その瞬間がやって来るまでどうにか耐えて欲しい」と……。


 それからのちも、行く先々のどこででも状況はよく似ていた。どこの町にも村にもあらゆる形で衣服が敷かれており――そんな中、一度だけハムレットたちは喧嘩する夫婦に行き会っていたが、それ以外では最初に衣服の敷いた町や村の入口に当たるところで「みなさん、ありがとう。貴重な衣服なのに本当にかたじけない」と必ず声をかけてから、彼らは道を通っていった。


「いやよ!!それは私があんたと結婚する時に唯一持って来られた毛皮付きのコートなんだからっ!!」


「かーっ!!一体何を言うとるか、この馬鹿者の罰当たりめが!うちにあるもんの中で一番高価なもんを差し出すからこそ意味があるんだろうがっ!!何もオラはおめえのウェディングドレスをば差し出せなんて言うてるんでねえぞ。第一あの毛皮付きのコートをおめえが着てるとこなんざ一度も見たことねえから、そんならって話だ、これは!!」


「大事だからこそ、普段着てこなかったんじゃないのよォ。とにかくね、道に敷くってんなら他のボロいドレスにでもしとくれ。とにかくこれは駄目だよ!!」


 中年の夫婦がそんなやりとりをしていると、ハムレットを先頭にして、煌びやかな騎士団がその後に続いていたのだが――彼らは自分たちの言い争いに熱中するあまり、そのことに気づくのがすっかり遅れてしまったらしい。


 ハムレットは一度、その家の前で馬を止まらせると「奥方さま、どうぞお気遣いなく」と、そう優しく声をかけていた。だが、この夫婦のほうでは――名前をネズビット夫妻といい、夫のほうは大工であった――すっかり驚いてしまい、奥方のほうでは興奮のあまり耳まで真っ赤になっていた。そして、夫から奪い取ったコートを道の真ん中に「踏んでくれ」とばかり急いで敷くなり、すぐさま家へ閉じこもってしまう。


「おっ、おまえ、オラをひとりにするなよォっ!!」


 夫の大工のほうは、ハムレット王子たちに最敬礼を何度もすると、あたふたしながら妻に続き家の中へ戻っていった。ハムレットは声に出して笑いはしなかったが、後ろのタイスやカドールたちに笑いかけ、一度馬を下りることにした。


 それから小柄な奥方の、フードにリスの毛皮の縁取りのついたコートを拾い上げ、それを丁寧に畳むと、家の前のほう、花壇の横あたりに置いたのだった。


「さあみんな、先を急ごう!!」


 ハムレット軍が通りすぎるまで軽く一時間はかかったが、ネズビット夫妻は窓からこっそり、見たこともないような素晴らしい甲冑姿の軍団が通りすぎてゆくのを感嘆して眺め――その最後尾にいた歩兵連隊も通りすぎてのち、ようやく表に出てきた。


 夫のほうは道の真ん中へ出ていくと、ハムレット王子の耳にはすでに届かないとわかっていながら「ハムレットさま、ぶわんざぁ~いっ!!」と、歓喜のあまりジャンプしながら叫ばずにはおれなかったほどである。


 そして、彼が再び家のほうへ戻ってくると、そこでは妻のモリーンが涙を流して自分のコートを抱きしめていたのだった。


「一体どうしたんだ、おまえ……」


 滅多に涙など流すことのない気の強い妻だったため、それで彼は驚いたのだった。


「ハムレットさまが、私のこのコートをわざわざ丁寧に畳んでここへ置いてくださったんだよ。ああ、この外套はもったいなくて、とてもじゃないけどもう二度と着れないね……」


 いつものハンスならば、「かーっ!!馬鹿でねえか、おめえはっ!!」とでも呆れて怒鳴ったかもしれない。だが、彼も流石にこの時ばかりはまったくそう思わなかったのである。


「そうさな、モリーン。そのコートは我がネズビット家の家宝にでもして、代々伝えていくしかねえかもしんねえな」


 ――無論、クロリエンス州においてはどこでも、こんなのんびりした会話や場面ばかりがあったわけではない。クロリエンス州の中でも貴族が多く住む城砦都市や地方の町などでは、凄惨な傷跡がいくつも見られた。そうした場所ではハムレットたちは軍を分散して駐屯させ、暫くは混乱を鎮める手助けをしなくてはならなかったのである。


 とはいえ、元侯爵軍側の兵士にもハムレット軍にも従わず、これからは自分たちの自治によってやっていくんだ……といった都市や町などはひとつもなく、ハムレットはどこの場所でも歓迎されたものである。それはその地方都市の警邏隊といった警察組織や派遣された軍隊にしてからがそうなのであった。民衆たちは荒馬が乗り手の言うことに絶対聞き従わないと決めているのと同じく、どうにか彼らのことを振り落とし、踏みつけにしてやろうと必死の抵抗を試みていたため――最早途方に暮れていた警護兵や軍隊の兵士らは、ハムレット王子の軍をむしろ歓迎したのである。


 最悪、戦うことになるやも知れず、ここから先は初めて自分たちの手を血で汚さねばならぬやも知れぬ……ハムレットたちはそのように覚悟していたが、どこの城砦都市でも町でも、彼らがやって来ると門は必ず内側から開かれたのである。


 ハムレット王子の軍がやって来たと聞くと、元侯爵側の軍も民兵たちもほぼ同時に武器を置き、彼らの前に平伏していた。実際のところ、このふたつの組織とも争うことにすっかり疲れ切っていたのだが、やめ時というものが見えてこず、混乱の中、ただ最初の目的通り戦い続けることしか出来なかったのである。


 この時――噂として聞いていたとはいえ、ハムレットの心はショックに打たれるあまり苦悩した。道端の、惨殺され、放置されたままの死体の山、火をつけられ、燃やされた元は豪邸だったのだろう貴族たちの屋敷を見るたび胸が痛んだ。さらには、刑場のあたりでは民衆の手による弁護士のいない不当で不公平な裁判が今もまだ進行中であり、主だった貴族たちがいなくなってしまうと、今度はそれは元侯爵側の軍の兵士らの処刑へと変わっていった。彼らはすでにもう降伏しても虐殺されるだけだとわかっているため、町から出ていきたかったのだが、門が民衆の手に渡って閉ざされているため、すでにそれも叶わなかったのである。


 まだ初めの頃こそ、残った兵同士で結束し、馬によって民衆らを蹴散らし、どうにかして門を奪い返そうと彼らも必死であったが、馬から引きずり下ろされ、民衆の波に溺れるような形で体中を傷つけられ、最後には四肢を切断されるような者まで出てくると――恐れのあまり同じことを試みようという勇気のある者は、ひとりまたひとりと瞬く間に減っていったのである。


 ハムレットがこうした地方都市のひとつに初めて行き会ったのが、ロディスという城砦都市でのことで、そこには東西南北に四つ、他の町の大きな通りに通じる門があったのだが、その四つの門はすべて民衆たちによって占拠されていたのである。刑場の広場の縁はほとんど、貴族や警護兵や守備兵、あるいはフローリエンス侯爵の命で派遣されてきた軍の兵士らの首がズラリと並び、まるで死体愛好家のコレクションか何かであるようにさえ見えたものである。


 ハムレットのみならず、他の者たちにとってもそうだったが、人間が行ったとは思えぬ、これだけの悪魔の所業と惨劇を目にしていながら――それを行ったであろう民衆たちはひとりひとりに話しかけてみると、彼らはその全員がいかにもまともであり、善良そうにさえ見えるのがなんとも不思議であった。


 彼ら民兵組織は決して一枚板というわけでもなく、今は共通した貴族や軍隊の兵士といった敵がいるため協力しあっているが、いざ平和となりより良い政治的役職や、権利や富を分配しようという段には同じように醜く争いそうな兆候があったため……ハムレットたちは、彼らが一致して快く譲ってくれた貴族の城館のひとつに立てこもると、軍事会議をまずは開かねばならなかった。


 つまり、簡単にいえば街中から死体を撤去して手厚く葬り、焼かれた屋敷を片づけるなどして、民衆たちをなるべく元の生活に近い形へと戻してやらねばならなかったのである。とはいえ、ハムレットたちはこのまま王都テセウスへ向け進軍を続けねばならぬことから、この場に相応しいだけの軍を残し、秩序の回復をはからねばならなかった。


 問題は、そのための適切な人選ということであったが、立候補したい者は誰もいなかったし(彼らはこのまま、なるべくならハムレット王子とともに王都まで進軍し、威光輝くその快進撃を共にしたいと考えていた)、治め方を間違えれば、自分たちも元侯爵側の軍の二の舞になるやも知れず……うまくいけば、ハムレット王子が王となったその後、この地方一帯の領主となれるかもしれないにせよ、今のこの段階としては、あまり旨味のない、まるで魅力のない仕事であるようにしか誰の目にも見えなかったに違いない。


 それでも、誰かを無理にでもそのような司令官に任じなければならないというので、ハムレットやタイスやカドールらが苦悩する姿を見て――意外な人物が手を挙げていた。ディオルグである。


「わしでいいならまあ、ハムレットよ、おまえたちの軍が最低でも後ろから攻撃されないようには出来るかもしれない。わしは権力には興味などないし、そもそも最初から完全なよそ者だ。ただまあ、民衆というやつは何かと権威といったものに弱いものだからな……ハムレット王子の軍の重要な参謀のひとりくらいには名乗らせてもらおうか。民たちは、自分たちに圧政を敷いてきた貴族たちに今まで感じてきた憂さを晴らし、その全員ではなかったとしても、色々物を略奪したりして今一段落着いたといったところなのだろう。だが、街の雰囲気を見ていると、いつまでもこんなことを続けていてもどうしようもないというところまで来ていると言っていいだろうな。わしはあくまでも暫定的な責任者のようなものであって、この城砦都市にしても近隣の町々にしても、それぞれ自分たちで選挙でもして好きな奴を自分たちの支配者として選べというよ。で、あとのことはハムレット、おまえが王権を取ったら、ここのことも、このクロリエンス州の領主のことも、誰でも好きな人間を任命すればいいさ」


「…………………」


 ハムレットやタイス、それにカドールなど、その場にいた者たちは心配気にそれぞれ視線を見交わした。このロディスの都市の人々が「ハムレット王子が任じた人物」というそれだけで、どの程度聞き従うものかどうか不透明だったからである。


「そう心配するな、ハムレット」と、ディオルグはどこか不敵に笑った。「何分、わしも老い先短い身だからな。それに、リッカルロ王子……いや、今は王か。あの方に再会できたことで、もう何も思い残すこともなくなった。いつ死んでも後悔はないというかな。とはいえ、あの方が威嚇のためにもしどこかの城郭の外をうろつくことがあったとしても、決して動じるなよ。それはあくまで、王都にいるクローディアスと奴の軍が慌てふためくためのものなのだからな……それでもまあ、もし心配ならわしが使節として向かおう。あるいはギべルネ先生かキャシアスでも、リッカルロ王とその軍は快く迎えてくれることだろうが」


「いや、それでいくとディオルグ、猶更ここにはあなた以外の誰かが軍の将として残るべきだ」そう言ったのは、カドールである。「もしうまくこのロディスを治めることが出来れば、このあたり一帯を将来的に引き続きすべて任せようといった条件で……」


「カドール、おぬし、バロン城塞陥落という神の奇跡にも等しい事態をその目にしていながら、やはり神の御旨といったものを信じ切れておらぬのだな」ディオルグはおかしそうに笑った。「心配するな。ただし、軍隊のほうは最低でも三千は欲しい。とはいえ、彼らもこのままハムレット王子軍とともに進軍したいであろうし、ここに残ることは貧乏くじを引くことに等しいと感じるだろう。わしとしてはあまりやる気のない兵を預けられてもどうかという気がするし……どうしたものだろうな」


「では、わしが残りましょう」と、ガウェイン・カログリナント卿が申し出た。「わしの手兵三千ほどが残り、この機能不全に陥っている城砦都市をなんとかしましょう。兵士どもは、わしとともにここへ残らねばならぬと知れば確かにがっかりはするでしょうが、それがおそらく兵の損耗という点からいっても、一番効率的やも知れませぬ。ディオルグ殿は確かに将兵として並びなく素晴らしい方と存じまする。ですが、わしは自分に預けられた兵士のことは、顎でこき使い、時折ぶん殴ってでも言うことを聞かせる術を心得ておりますでな」


 ――こういった事情により、話し合いによって、ロディスにはガウェインと彼の兵士三千、それにディオルグが残ることになった。何故ディオルグもともに残ることになったかと言えば、彼がガウェインと気が合ったこと、それにグレイストーン城塞であった裁判から察するに、ガウェインひとりに任せた場合、時に公平すぎ、正義を行き過ぎるまでに行ってしまい、問題が起きてくるのではないかと危惧されたということがある。


 ディオルグはその点、公正な人間であったし、人を偏り見ることなく常に冷静な人物であった。さらに言えば、頭に血が上りやすく、自分が一度口にしたことは意地でも撤回しない性格のガウェインと、彼が問題を起こした人物との間に挟まってうまく仲裁することも出来たろうことが理由として一番大きい。


 それでも、ハムレット王子軍はここロディスに十日ほど留まるということにはなった。その間、近隣の町々からはハムレット王子を一目見ようという人々がロディスの城壁の外に溢れ返っていたものである。こうした影響力もあってであろうか、外からいつ商売相手がやって来てもいいように、城砦都市の人々はまずは通りを掃除するようになった。王子軍のほうでも外に設けられた墓へと死体を運ぶのを手伝い、刑場からは串刺しにされた何百もの首が撤去された。ギべルネスがこのことに対し、「疫病が流行でもしたら大変です」と、ハムレットにすぐにも進言したのは言うまでもないことである。




 >>続く。






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