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序章~時の翼の物語~(2)

 バラン・ボウルズは父から譲り受けた先祖伝来の地所を、領主として出来うる限り賢く治めようとし、それは成功していました。弟のバリン・ボウルズがそうであったように、彼もまた小作農から搾り取るような形を取ったりすることはありませんでしたので、人々は自分が耕した土地の産物の多くを税として奪われるでもなく、幸せに暮らしていたのです。


 バランは弟のバリンとは違い、騎士団を結成することはありませんでしたが、それに近い軍隊のような組織と自警団を持っていました。一度どこかと戦争ということにでもなれば、農地を耕す男たちは招集され、残された土地は荒れてしまいます。ですから、軍隊のために税金が使われることは、近隣の町や村々においても誰もが納得していることでしたし、自警団のほうはさらに、町や村の人々の自発的な人員が半数を占めました。残りの半分は領主であるバラン自身がお金を出して雇い入れた警邏隊員ですが、このことにはある意味がありました。自警団の全員をバランが雇うことも出来ましたが、万一の時に備え、一般の人々にも自分たちの町や村を守るという意識を、常日頃から持っていて欲しかったからなのです。


 バランが父から譲り受けた城壁町に新しく城を建て、そこで領主としての仕事を堅実にこなしていたある日のことです。歩いて三日ほどの場所にあるシャリオンという村が、何かよくわからぬものに襲われたという報告がもたらされました。


 バランはまず自分の信頼できる配下の者を手配し、どういうことなのか調査させようとしました。ところが、守備兵を割いてそちらへ送れば送るほど、誰も戻って来ないということが続いたのです。そこでとうとう領主であるバラン自らが、シャリオン村へ向かうということになりました。


 もちろん、彼の妻も周囲の人々の誰もが反対しました。けれども、バラン・ボウルズはこう言ったといいます。「なあに、心配することはない。私は父の教えを胸に剣の鍛錬を続けてきたし、何より先祖伝来の家宝である<五十人の敵を前にしても絶対勝利する宝剣>まであるのだからな」と……。


 ですが、やはり領主であるバラン・ボウルズですらも、その後三月しても帰って来ないのを見て、どうして良いかわからなかった執事は、弟のバリン・ボウルズの地所に使者を送ることにしました。何分、バリンの元には評判の音に聞こえし騎士団、カラドス騎士団がありましたし、その騎士たちの中の何名かでも送ってもらえまいかと打診したわけです。


 ところが、平和な時があまりに長く続いたためでしょうか。冒険心の疼いたバリン・ボウルズは、自らすぐに兄の跡を追っていってしまったのです。ここで、ロクスリー・ウッドはバリンと出会いました。実はロックはシャリオン村の出身だったのです。彼は自分の村が恐ろしいことになったとわかるや否や、その影響のでない村外れの森まで引っ込み、そこで戦々恐々として暮らしていました。また、そこにいると、街道の向こうから誰かがやって来るのがよく見えました。ゆえに、シャリオン村へ行こうという人が遠くから見えますと、薪を割っていようと畑を耕していようとなんでも、途中で中断し、忠告するために駆け寄っていったのでした。


 実をいうとこの時、ロックはある種のデジャヴュを感じたと言います。どういうことかというと、道の向こうから、今から約三月ほど前にも同じように単騎で、どんな伴の者も連れずにやって来た、立派な騎士がいたように思いだしたのでした。そして、この立派な素晴らしい騎士さまがどんなことになったかを教えて聞かせ、引き返すよう諭すつもりでいました。


 ふたりとも、素晴らしい葦毛の馬に乗っており、馬は絹の美しい馬衣を着用しておりましたし(そこにボウルズ家の紋章が描かれていることに、最初ロックはすぐ気づきませんでした)、騎士自身はといえば、ぴかぴかの白銀の鎧の下に鎖帷子を身に纏い、足の先に至るまで最高の素晴らしい防具によって固められていたものです。彼らの違いはといえば、背中に黄金の神聖文字の描かれた宝剣を差しているか、あるいは黄金に縁どられ、騎士の五徳を示す五芒星の描かれた深紅の大盾を鞍の後ろにさげているかということでしたが――ロックは最初のうち、こんな簡単な間違い探しにも気づかなかったのです。


「なんだと!?今から三月前というと、それはきっとバラン兄さんのことに違いない。兄上はおそらくおまえに気を遣わせたくなくて、自分の真実の身分については明かさなかったのであろうな。ふうむ、そうであったか。では、ロックよ。おまえは自分の生まれ育った村が何故そのような死霊の村へ変わってしまったのか、その理由についてはわからぬというのか」


「へえ、さいでごぜえます」と、ロックは自分の家とも呼べぬような、朽ち果てた小屋のほうへ騎士を通すと、粗末な茶をだし、色々と説明しました。ある日、竜巻とともに<何か>が真夜中にやって来て、大勢の人々がいなくなったこと、まるでそれと入れ替わるように、村に死霊が住みつきはじめたこと……死霊が出没するのは夜だけで、昼間に出かけて見る分には無害であることなどを。「確かに竜巻の被害によって村の建物や畑やなんや、全部滅茶苦茶にはなりましたよ。ですが、それなら天災ということで、誰のことをも恨めねえような出来事かもしれません。ところが、オイラと同じように生き残った数少ない人間はその後、見ちまったわけです。骸骨に腐った肉だけ幾分かついたような連中が、夜になると村中を徘徊しだすのを……」


 実際には事はもう少々複雑であり、夜に元いたシャリオン村へ出かけてゆくと、前以上に実はとても美しいことをロックは知っていました。ところが、それは単に骸骨に腐った肉が幾分かついたような怪物が、生きた人間を呼び寄せるのにそのように装っているに過ぎないことでした。ゆえに、ロックはバリンの身を案じるあまり、最初からそのような物言いをしたのです。


「それなのに、ロックよ。おぬしはまだ村の近くの、こんな死霊どもがちょっと気まぐれで立ち寄ってみようかな、と思いそうな場所にまだおるというわけなのだな?」


(何故だ?)と言外に問われた気がして、ロックは肩を竦めていました。気のせいか、少しばかりその肩が震えているようです。


「他に、どこにも行く場所がねえからですよ。生き残った村人の中で頼れる親戚がおるような人々はそちらを頼っていなくなりましたし、不思議なことなんですがね、あいつらはシャリオン村に何か執着があるようで、夜でもそこからそんなに遠くまでは出かけてゆかないようなんでさ。ただ、ああした不気味な死霊の中に、自分の夫だの妻だの息子や娘だのがいるかもしれねえと考えて――元の家に戻って一晩過ごそうとしたような連中は、ろくなことになりませなんだ。オイラは怖くて一緒に行く気になれんかったんですが、一応、かくかくしかじかのつもりだとは聞いておりましたもんで、翌日オイラがその家のほうを訪ねていってみるとですね……みんな、何か恐ろしいもんでも見たみてえな顔の表情で死んでいたもんです。オイラ、そうした人たちのことはみんな、遠い場所まで運んで埋めましたよ……そのままそこにおったのでは、同じように夜には死霊に成り果ててしまうんでねえかと、そんなことが心配で……その後、何人もの人たちがシャリオン村へやって来ましたが、大体のところ似たようなことになっちまうもんで、こん人たちも死霊になるかもしれんと思い、同じように村から遠く離れた場所に手厚く葬らせていただいたといったような次第でして、ハイ」


「ふむ。して、その三月前にやって来たという兄者は、その後どうしたのだ?」


 掘っ立て小屋のほうは、屋根や壁に応急処置はしてあったとはいえ、あちこちから隙間風が入ってくるという有様でしたし、木製のテーブルと椅子は新しいのですが、森から木を切り出してきて間に合わせに作ったことがわかる、大変粗末な出来映えでした。他に、小屋の中には農作業のための作業具以外、大したものは何もありません。


 バリンはそのような室内を見て思ったものです。(守備隊の人間などは、結構いい衣服や持ち物を持っていたはずだ。だが、この暮らしぶりから見て、何かそうしたものを売って金を得たというわけでもなさそうだ)と。小屋の外にリヤカーのような台車があったことから、それに遺体を乗せたとしても、死者を葬るのは結構な重労働だったはずです。ですが、ここから二日ほどの道のりのところにエメット村と呼ばれるところがあり、ロクスリーはそこの修道院そばの墓のほうへ死者たちを手厚く葬ると、修道院長に祈祷を唱えてくださるよう頼み――守備隊の兵士らが持っていた金や装備品などは、残らずすべてそちらへ寄付したということでした。


(まあ、そんなものをこっそり盗み取ったとすれば祟られると考えたのかもしれんが、確かに正直な良い人間らしいな、このロクスリー・ウッドという男は)


 この時、バリンは自分が無事兄のバランを救うことが出来たとすれば、ロックに十分な褒美と住まいを与えてやらねばならぬと考えていたのですが……結局、彼もこの呪われたシャリオン村からは戻って来れずに終わったわけでした。


「バランさまは……そのう、オイラ、それまでは守備隊の人たちがやって来ても、昼間村の中を案内したりするだけで、夜一緒に行くことまでは絶対しませんでした。あの人たちにも絶対よしたほうがいいって言葉を尽くして止めたんですが、やはり翌日には何か恐ろしいもんでも見たといったような顔の表情で、みんな死んじまってたわけでして……けどもオイラ、バランさまは他の人たちとは何かが違うような気がして――あと、こん人のことは何があっても助けにゃなんねえと思ったせいもあって、初めて一緒についていくことにしたんですよ。バランさまは、自分には<五十人の敵を前にしても絶対勝利する剣>があるから大丈夫だとおっしゃっていましたが、オイラはあまり信用しませんでした。だって、相手は死霊なんですよ?物質的な剣でぶった斬れるはずはないんですから……ですが、ほんの少しだけ望みがないでもなかったんです。というのも、死霊たちは夜のうちに何か建物を建てておるようで、毎日、朝、太陽が昇りきってから出かけていってみると、ちょっとずつ土台が出来上がっていってるんですな。最初はそれが何かわかりませんでしたが、だんだん地上に塔のような姿が出来てくるにつれ――それが白い塔を持つ城のようなもんらしいことがわかって来ました」


「そこは昼間、出かけていってみることは出来るのか?」


 バリンは「こんなものしかねえですが……」と言ってだされた、固いパンやキャベツとカブのスープ、セロリのピクルスなどを食べながら、ロックの話を聞いていました。


「へえ、出来るでがんすが……入口がどこにもねえもんで、オイラも中を見たことはねえですよ。バランさまを案内しようとした時は、まだ塔のほうは土台くらいまでしか出来てなかったのですが、そこから夜魔の王と名乗る邪悪そうな骸骨の騎士が出てきまして、バランさまとお戦いになったのでございます」


「むっ!?して、その結果はいかようなことになったのだ?」


「はあ、それが……」と、ロックはいかにも気が進まなそうに話を続けました。「その黒い血走った目の馬に乗った、立派な身なりのガイコツ騎士、すぐにもバランさまの聖なる宝剣の前に倒れ伏したのでございます。ところがですな、またすぐに闇の塔のほうからは同じように夜魔の王だと名乗る骸骨騎士がやって来まして――そんなことが四十七回ばかりも繰り返されたのでございます。流石にバランさまにも疲労の色が見えはじめました。ですが、もうすぐ夜明けが近くもありましたので、どうにかなるかとも思ったのですが……う、ううっ……バランさまはオイラのことを逃がすために……」


「な、なんだとっ!?」


 ロックは何かの罪でも懺悔するように、汚い床に膝と両手をつき、涙ながらに続けました。


「夜魔の王と名乗る骸骨騎士のほうでも夜明けが近いとわかっていて、きゃつめは二者択一を迫って来たのです。オイラのことを見捨てて逃げるならば命だけは助けてやろうというのが第一の選択、それから自分たちの仲間になるのであれば、オイラの命は見逃してやろうというのが第二の選択でした。オイラ、オイラ、これでも一応言ったですだよ。オイラが死んでも誰も困らねえだども、バランさまのような立派な方は死んではいけねえって……でも、村の外れのほうまでふたりで逃げただども、結局バランさまは捕まって、オイラだけ逃げるってことになっちまっただ」


「そうだったのか……して、兄上は一体その後、どうしたのだ?」


 他の村人たちや守備隊の者は翌日には死体で発見されたのです。バリンは胸の奥に痛みを覚えつつ、兄バランの死を覚悟しました。


「それが……翌日、塔の前には<五十人の敵を前にしても絶対勝利する剣>だけが残っているばかりで、バランさまのお姿はどこを探しても見つけられなかったのでごぜえます」


「で……では、きっと兄上は生きているのだ。してロクスリーよ、おぬし、その宝剣のほうはいかがいたした?」


 バリンはこみ上げてくる悲しみに、わなわなと体が震えてくるほどでした。おそらく例の宝剣には何か、死霊どもが恐れるような聖なる力があったのでしょう。それで運ぶことも隠すことも出来ぬまま、そこに捨て置かれたのではないかと思われました。


「ハハッ。それはこちらに……」


 ロックは立ち上がると、床の板を何枚か剥がし、そこから布でくるんだ宝剣を取り出して、バリンに向かい、両手で捧げ持つようにして渡しました。


「どなたか、もしあの死霊どもに立ち向かえそうな方がやって来られたら、お貸しいたそうと思っていたのです。そして、あなたさまが道の向こうにやって来られた時から――何かそのようには予感いたしておりました」


「うむ。ロクスリーよ、こたびの死霊の件についてもし無事にすべて決着がつき、兄上が戻られたとすれば、おぬしには一生生活に困らぬほどの褒美を取らせてつかわそう」


「ありがとうごぜえます。ですが、そのようなものは実は何も必要ないのでございます……オイラもまた、バランさまさえご無事でしたら、この胸の罪悪感さえ消し去ることが出来たとすれば、本当にもうそれだけで何も……それなのに褒美だなどとは、とんでもごぜえません」


 ――ここに、<五十人の敵を前にしても必ず勝利する剣>と<五十人の敵を前にしても必ず無傷でいられる大楯>がふたつ揃いました。そしてこの時ふと、バリンの脳裏にはあるひとつのことがよぎらぬでもありませんでした。つまり、こうなることが最初からわかっていたとすれば、弟のバロンから<五十人の敵に囲まれても絶対逃げられるブーツ>を借りてきていれば良かったのにと、そう思わなくもなかったのです。


 ですが、(敵を前にして逃げるなど騎士らしくない)との思いもあり、バリンは「一緒について行ってご案内します」というロックの申し出を受け、日中に視察して一度戻って来ました。とはいえ、夜に出発するという時には、「ともに参ります」というロックの有難い言葉を断りました。兄の二の舞になるやもしれぬということもありましたし、何よりそんな気の毒な案内を頼んだのでは、彼の神経が今度こそ参ってしまうに違いないと、危惧したせいでもありました。


 ところがロックは、バリンが夜中に出かけていくのにこっそりついてゆきました。実をいうと彼には、バランと夜にシャリオン村へ行ってみて、わかったことが色々あったのでした。昼間は廃墟のようなシャリオン村ですが、夜になると以前と同じく人が住んでいるのです。ですが、それは以前とはまるで違う村――いいえ、ひとつの町でした。白い石畳みの通り、同じように美しい、白い屋敷がそこには立ち並んでいます。道路も壁も真っ白で、庭に敷き詰められた白い石もそれ自体が光を放っているので、どこもそんなに暗く見えないほどでした。窓には不思議な明るい光が灯り、そこから見える光景はどこも幸せそうなものばかりだったのです。楽しそうにパーティを開いている家もあれば、一家団欒のひと時を過ごす、幸せそうな人々や抱き合う恋人たち……ところが、暫くするとバランとロックはあることに気づいたのでした。白い石も壁も通りも――白いものは何もかも、その素材は生きた人間の魂だったのですから!


 そのことにふたりが気づいたのは、歩いていた通りの石畳みや庭に敷き詰められた白い石が直接心に話しかけてきたからに他なりません。彼らはみな口を揃えて、『帰ったほうがいい!』と叫ぶように語りかけてきました。また、どの屋敷でも飲み食いしてはいけないとも……もし何か一口でも飲んだり食べたりすれば、あなた方もまた帰れなくなり、自分たちのように夜に輝く石の材料にされてしまうだろう、と。


 なんとも恐ろしいことでした。おそらく、村人や守備隊の人々はそのことがわからず、幸せそうに見える家庭のどこかにでも招かれて食べたり飲んだりしてしまい、最後には彼らの正体が人間ではないとわかりショック死したに違いありません。


『あいつらは、普通の剣や弓矢では傷つけることが出来ません。唯一、この夜の世界に属さない聖なる武器によってでないと……』


 白い石たちはまだ何か色々話したそうでしたが、どうやらこうした心の接触による会話というのは、すぐにも近くの人間に化けた悪魔どもにわかってしまうようでした。そちらから人が出てくると(驚いたことにはみな、一見善良そうに見えます)、不思議な石はすべてみな押し黙ってしまい、ただの石ころに変わってしまったかのようでした。


 ロックには、<五十人の敵に囲まれても必ず当たる弓矢>がありましたから、バリンのことを援護射撃することが出来るに違いありませんし、彼が何より気にかかったのは、白い石たちの持つ情報のことでした。人間に化けた悪魔たちに気づかれず、白い石と再び心と心で会話することさえ出来れば……きっと、何かあの地獄の骸骨騎士どもに勝つことの出来る方法がわかるに違いありません。


(あの善良そうに見える人間が、もし襲ってきたら迷わずこの弓矢で射よう)


 そう思い、背中に魔力の宿るイチイから作られ、その昔この地上に徘徊し、今は絶滅したと言われる蜘蛛の糸で張られた弦による弓、それに五十本の魔法の矢を満たしたえびらを背負い、ロックはこっそりバリンのあとへついていったのでした。


 この時、幸いなことがひとつだけありました。先にバリンが闇のシャリオン村に入っていったことで――悪魔たちは彼に意識を向けるあまり、ロックのことは放っておいてくれたのです。いえ、もしかしたら彼の存在自体には気づいていたかも知れません。ですが、逃げるしか能のないほんの小物であるとして、いつでも殺せるくらいに思っていたのでしょう。


 一方、<五十人の敵に囲まれても絶対勝利できる宝剣>、それに<五十人の敵に囲まれても絶対無傷でいられる大楯>のふたつを手にしているバリンは、油断はしていませんでしたが、意気揚々と自信を持って闇の塔のあるほうへ馬を進めてゆきました。塔は昼間は白く輝いて見えるのですが、夜になると黒く色を変え、そこから邪悪な気配を静かに滲ませるようになるのです。


 その間、ロックは村の外れの樹影に身を潜め、白い石たちと会話することを試みました。彼らは何故か大喜びで色々なことをロックに教えてくれたものです。ただ、時間のほうがあまりありませんでした。


「どうやったらあの骸骨騎士たちが蘇ってこず、あいつらの全員を滅ぼすことが出来るか教えて欲しいんだ」


『あの闇の塔には、あいつらの本体はないんだよ。だから、時の井戸を通って一度昔に戻り、その原因を除去して戻ってくる必要があるんだ』


「なっ、なんだって!?そんなこと、一体どうやってやりゃいいっていうんだ……」


 そう口にするのと同時、ロックはふとあることにハッと気づき、愕然としました。確かに、村の井戸が枯れそうだったので、他の場所に井戸を掘り、そのことのお祝いをした日の真夜中――あの恐ろしい竜巻がやって来たのを思い出したのです。


『そうだよ!その井戸だ』白い石たちは、ロックが細かいところまで説明せずとも、心に思い浮かべたことをすぐ読み取って答えました。『どうしてかはわからないけど、その井戸が我々の昔の時代と何かの拍子に繋がって、時空に歪みのようなものが生じたに違いない。だけど、これはある意味チャンスなんだ。その原因を、あの最強の騎士さまが取り除いてさえくだされば、きっと今は悪魔の奴隷のようにされている我々もみな、魂の命が助かる』


「だけど、ということは……」


『ああ、急いでくれ!!次期、デーモンたちが我々が君に色々と秘密をバラしたと気づいて、こちらへやって来るだろう。だからその前にあの騎士さまを連れて一度帰るんだ。井戸のほうは、夜じゃなくて昼間でも……』


 白い石たちからの声は、そこでピタリと途絶えました。ロックがハッとして目を上げて見ると、すでにそれぞれの屋敷から出てきたと思しき、五十人ばかりの人々に囲まれつつあったからです。


「しまったっ!!」


 ロックは全速力で走って逃げました。もちろん、自分のボロ小屋のほうへ向かって引き返したわけではありません。闇の塔へ向かっているバリンに、このことを早く教えなくてはと思い、急いで街の通りを全速力で走ってゆきました。


 ところが、行く先々から次から次へと人が何かに操られてでもいるように出て来ます。彼らがもし悪魔ではなく人間だったとしたら人殺しということになってしまいますが、ロックは「ままよ!」と叫び、彼らに向かって弓を引きました。すると、指が震えていたこともあり、かなり見当違いの方角へ矢を放ったにも関わらず――その弓は不自然にギュン!!と曲がったかと思うと、近くにいた者の喉笛を完全に射抜いたのです。


 途端、その若く美しい娘は黒い毛むくじゃらのひとつ目の怪物に変化し、ついでドロドロな液体に変わったかと思うと、それは赤く醜い塊となり、悪臭を放ちながら溶けていったのでした。


 一度このような形で正体が見破られたとわかるなり、あたりはすっかり見たこともないような容貌の悪魔や怪物で満ちるようになりました。銀色にヌメヌメしており、どこに顔があるかもわからぬ塊や――それでも唯一口のようなものがあって、そこから触手がいくつも出入りしています――二足歩行しているが、体中魚の鱗のようなものにびっしり覆われ、顔と喉と胸のあたりにそれぞれひとつずつ目玉のついたもの、ヒレだらけの体に百ばかりも眼球のぶら下がった生き物などなど……どの怪物も、そばに寄られただけでゾッとするような醜悪な姿をした者たちばかりでした。


 ロックの魔法の弓は、引けば必ず化け物に当たり、体のどこに当たったにせよ、聖なる矢に打たれた彼らは体が爆発するように飛び散るか、あるいは溶け去るかして、すぐにその存在の形自体をぐじぐじと失っていってしまうのです。


 ところで、ロックのえびらに満たされた五十本の矢ですが、いくら射ても失くなるということはありませんでした。それを譲ってくれた村の村長は――ロックは孤児で、村長に引き取られて育てられた子供だったのです――「この矢の数を数えてはならん。さすれば、矢は尽きることなく、おまえさんも困ることはないじゃろう」と言っていたものです。実際のところ、この時ロックは数を数えている余裕もありませんでしたし、五十体もの怪物たちを倒しつつ、ようやくのことで闇の塔へ辿り着いたわけでもありませんでした(こちらも数を数えていたわけではありませんが、ロックが倒した化け物の数は三十数体ほどだったでしょう)。


「バリンさま、駄目だぁ~っ!!そいつと戦っても絶対勝てねえだよっ!!ここは一度引いて、もう一度やって来る必要があるだっ!!わかったら、オイラと一緒に……」


 ですが、時すでに遅しでした。闇の塔のほうから出てきた骸骨騎士をすでに何体か倒していたバリンでしたが、そこから次に出てきたのは、彼が心から愛しもすれば、尊敬してもいる兄のバランだったのですから……。


「バラン兄さんっ!!目を覚ましてくれ。そして一緒に帰ろう。マリアン妃も子供たちもみんな城のほうで待っているっ!!わかったら……」


 ところが、兄バランの様子はどこかおかしかったのです。骸骨騎士たちと同じように黒く輝く鎧や冑を身に着け、さらに黒い鞘から抜いた剣のほうも、刀身が闇のように真っ黒でした。そして、バランは弟のバリンのことがまったくわかっていない様子で、彼に向かって襲いかかって来たのです!!


 無論、バリンは<五十人の敵に囲まれても無傷でいられる大楯>がありましたから、いくら剣を打ち込まれても怪我をするということはありません。けれども、このままでは防戦一方で埒があきませんでした。ですが、バリンには兄バランに剣を向けるということがどうしても出来ません。


 やがて、夜明けが近づいてきました。すると、闇の塔からは他の骸骨騎士たちが何体も出て来ました。ロックは骸骨騎士に向けて矢を射ましたが、剣の一振りで薙ぎ払われてしまいます。


「逃げるんだ、ロクスリー!!せめておまえだけでも、逃げて……末の弟のバロンにこのことを伝えてくれっ!!<五十人の敵を前にしても必ず逃げられるブーツ>を持つあいつなら、きっとなんとかしてくれるっ!!」


 このあと――ロックは恐ろしさのあまり、後ろを振り返ることが出来ませんでした。それゆえ、バリン・ボウルズがどうなったのかはわかりません。しかし、兄のバランが生きていたことを思えば……いいえ、結局のところ(何もオイラにはわからない)とも、ロックは思いました。バラン・ボウルズにしても、悪魔か何かが化けていた可能性だってあります。だからこそ、バランに向けて弓を引くことがロックには出来ませんでした。もしバランが本物で、操られるか何かしているだけの人間であったなら、弓を引けば必ず急所に当たってしまったことでしょう。その心配さえなければ、バリンを助けることも出来たはずでした。


 けれどこの時――ロックに出来たのはただ、混乱した頭の中で次のように考えることだけだったのです。ボウルズ家の末の弟のバロンがやって来たら、時の井戸のことを教え、互いに力を合わせれば最終的にバランとバリンの二兄弟を助けだせるのではないかということを……。


 これで、ロックが三歩あるくごとに踵を打ち合わせつつ、語った話のほうは終わりました。そろそろバロンの生まれ故郷である、兄バランの治める城壁町が見えてくるはずでしたが、そこにはあるべきはずのものは何もありませんでした。城や通り、通り沿いに建っていたはずの家々はすでに崩れ去り、誰も昔からそこには住んでさえいなかったかのようです。




 >>続く。






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