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第10章

 予選から勝ち上がってきた者が百名になると、これらの者たちは十名ずつ十の組に分けられて、この翌日、さらにその弓術の腕を競うということになっていた。見物に来た人々はみな満足し、配られた菓子類について喜んで口にし、空腹になることもなかったわけだが――誰もがみな、一時たりとも目を離せぬ試合ばかりが続くので、何も食べなかったとしても、空腹を覚えることさえ忘れていたに違いない。


 翌日も好天に恵まれ、強い風が吹くということもなく、実に弓試合日和だとでもいうような天候であった。十のグループに分かれた人々は、十の的の前で三本ずつ矢を射ていったから、勝負がつくのは早かった。というのも、中心の白い的に当てれば十点、以下、順に七点、五点、三点、二点、一点……といったように下がっていくのだが、その合計点を他の弓術試合に慣れた者三名でそれぞれ素早く計算し、勝利した者の背後で試合のレフェリーが赤い旗をサッと上げるからであった。すると、すぐさま的は別のものに替えられ、次の選手らが十名並ぶ――といったように試合のほうは展開していき、最終的に十組の射手から残った十名の者の間で今度は戦いが繰り広げられた。そしてここでようやく、シード選手であるキリオンとウルフィン、それに州都のほうで弓試合が行われた時の入賞者八名が加わるということになったわけである。


 驚いたことには、最後に残った射手十名のうち、六名がニムロッド・ニーウッド以下、ハムレットとロドリゴのいた幕営に顔を見せた者たちだったことである。彼らは百五十メートル離れた場所から軽々と矢を射たかと思うと、必ず中心的か次の黒い輪に当てていたものである。


 こうして予選を勝ち上がってきた者たちに優れた弓の腕を見せつけられ、焦りを覚えたのは何も、キリオン、ウルフィンに次いで三位だったギルバート・ティプリー、四位だったダニエル・ディーン、五位だったルー・ウッド、以下残りの五名たちのみならず、キリオンやウルフィンですらそうであった。


(やれやれ。まったくもって頼もしい限りだが、最初におまえらのような野伏せのような連中などより、ぼくたちのほうがよほど弓の腕は洗練されているぞ……とばかり、少々上から目線の態度を取ってしまったからな。こいつはかなり気合を入れてかからないと、大衆の面前で恥をかくことになるかもわからないぞ)


 そう思ったキリオンであったが、彼のその嫌な予感は的中した。ニムロッド・ニーウッドも、彼に次ぐ腕前のダリル・ホーンズも、他の仲間のゼッド・ローンもジョー・ピケットナムも……ニムロッドの仲間たちはその全員が州都で行われた弓試合の入賞者、すなわちロットバルト弓兵団の剛の者たちをぐうの音も言わせぬ形で次々打ち負かしていったからである。


「あれは……みんな気負いすぎというか、悪い意味で緊張しすぎてますね」


 一番端の外の黒い的にルー・ウッドが弓を射たのを見て、(あちゃ~)とばかり、額に手をやるキリオンに、ウルフィンがそう小声で囁く。


「そうだな。ルーなんか、最後の弓なんていつになく肩に力が入っていたもんな。やれやれ。この場合ニムロッドたちにはおそらく、これで自分たちはロットバルト伯爵自慢の弓兵たちの顔に泥を塗った……なんて意識もないはずだからな。仕方ない。ウルフィン、せめてもぼくたちだけでもハムレットの顔に泥を塗らずに済むよう、最大限がんばろう」


「そうですね。それに、俺たちはこれから彼らに『ああしろ、こうしろ』と指示する立場になるわけですし、そうした意味でここで負けたとすれば……少々やりにくいなんてことになりかねませんからね」


「そのとおりだ、ウルフィン」



①ルーカス・ルクソール対ヨーディル・ホードリー=(挑戦者であるホードリーの勝ち)


②カイル・フラナガン対ダリル・ホーンズ=(挑戦者であるホーンズの勝ち)


➂ルー・ウッド対ゼッド・ローン=(挑戦者であるローンの勝ち)


④ギルバート・ティプリー対ドン・コネリー(ロットバルト弓兵団の勝利)


⑤ゼディキン・ワトキン対ギャビン・スミス=(ロットバルト弓兵団の勝利)


⑥ダニエル・ディーン対ビリー・ドゥワイト(ロットバルト弓兵団の勝利)


⑦マイケル・ローアンス対ジョー・ピケットナム(挑戦者であるピケットナムの勝利)


⑧ルーファス・スチュアート対ニムロッド・ニーウッド(挑戦者であるニーウッドの勝利)


⑨ウルフィン・ウールリッヒ対ワット・ワディリー(ロットバルト弓兵団の勝利)


➉キリオン・ギルデンスターン対ウィル・スラット(ロットバルト弓兵団の勝利)



 最初に三戦続けて自分たちのロットバルト弓兵団が敗退したため、キリオンとウルフィンとしては焦ったわけだが、最終的に五対五で並び、何やらほっとしていたものである。本当は最低、7対3くらいで勝利したいところであったが、その逆でなかっただけでも御の字とすべきだったかもしれない。


 さて、こうして短い休憩ののち、ロットバルト弓兵団と挑戦者たちの間で、残りの試合が行われることとなった。それぞれ軽く食事をしたり水を飲んだり、弓の手入れをしたり、次の試合で使う矢を選定したりと……選手たちのテントでは、それぞれ思い思いに時を過ごしていたようである。


「お頭、もしかして俺たち、アレですかね。高貴なるロットバルト弓兵団のみなさま方に、わざと負けて花を譲ったほうが良かったりするんですかね」


「いやあ、それはよくねえぞ、ダリルどん。なんといってもうまく負けれりゃあいいが、こんだけ白熱した試合ばかり続いてるのに、変な負け方したら興覚めするあまり、見物者どもからブーイングが起きるべ」


「確かに、そりゃそうですわな」


 このあと、ニムロッドの一団が集う、オークの枝に黄金の矢を交差させた紋章旗が翻るテントでは、「ワッハッハッハッ!!」と愉快そうな爆笑が続いていたものである。彼らはまったくもってリラックスした様子であり、中にはこの休憩中にビールを飲んでいる者までいたほどであった。


 一方、船に乗った騎士に、波がしらとリヴァイアサンの描かれた青い紋章旗の翻る、ロットバルト弓兵団の幕屋のほうは……お通夜のよう、とまでは言わないまでも、みな一様に落ち込んでおり、勝ち残った者は勝ち残った者たちで、次の試合に向け、緊張に神経をピリつかせているという有様であった。


「みんな、落ち着けよ。何分、勝負は時の運とも言うからな……まあ、最終的に我々で上位2位か3位までを独占出来ればいいんだ。それか、あのニムロッドや、彼に次ぐナンバー2の地位にあるらしいダリル・ホーンズという奴をやっつけて自慢の鼻をへし折ってやれればいいわけだ」


 キリオンはらしくもなく、そんなふうに言って弓兵団の士気を上げようとしたわけだが、これはむしろ逆効果だったようである。むしろウルフィンが選手たちが出ていく時、「まあ、がんばろう」といったように軽くぽんと肩を叩いてくれた時のほうが――彼らにとってはよほど心が慰められたようである。


 弓技場のほうでは、今度は五つの的が並ぶ、ということはなく、ふたつの的が並び、技を競うことによる勝ち抜き戦ということになっていた。第一試合は、ギルバート・ティプリー対ゼッド・ローンであり、いつになく強張った表情をギルがしていたため、キリオンもウルフィンも心配になったが、ギルバートは二本の矢を中心の白い的に、残りの一本を僅差で一の黒の的に当てていた。この逆にゼッド・ローンは、最初の二本を一の黒に当て、最後に一本のみ、中心的に当てるということになり――試合が終わると、ギルバートが緊張を解いたほっとした顔をしているのが、なんとも印象的であった。


「流石はロットバルト弓兵団でも、音に聞こえし弓の名手でござる。拙者など、その腕の足元にも及びませぬ」


 ゼッドはそう言って、ギルバートに敬礼してみせたため、「いや、君の腕だって相当なものさ。今回はたまたま僕のほうにいい風が吹いたらしいというそれだけでね」と言って、どうにか面目を保ってみせたものである。


 第二試合のほうは、ダニエル・ディーン対ダリル・ホーンズであり、こちらはキリオンとウルフィンがそう思っていたとおり、ダリルの圧勝であった。彼は三本とも中心的に当ててみせ、まるで「七歳の小僧っ子でもこの程度のことは出来るだろう」といった顔をしていたものである。どちらが先に的を射るかは、コインを空中に飛ばして決めるのだが、ダリルが先攻だったことで、ダニエルはすっかり彼の雰囲気に気圧されてしまったのだろう。何分、ダリル・ホーンズときたら、的がもう少し手前にあったとしたら、一度の矢で的自体を真っ二つに割りそうなほどの勢いだったのだから、無理もない。


 ダニエル・ディーンもまた、一本の矢を中心的に、二本目を中心的に限りなく近い一の黒に、それから三本目の矢を、そこに近い一の黒に当てるという、決して悪くない成績だったのだが、とにかく負けは負けである。


 第三試合は、ニムロッド・ニーウッド対ゼディキン・ワトキンだったが、ニムロッドもまた副官のダリル・ホーンズと同じく、三本とも白い的に当てていた。ワトキンは最後の矢を射る前に、すでに負けを認めたように肩を竦めていたものだった。というのも、一本目がすでに二の白に当たっていたからであり――だが、彼はそのことでむしろ肩から力が抜けると、二本目は中心的に、それから三本目は一の黒に当てて弓を下ろしていた。


 第四試合のウルフィン・ウールリッヒ対ヨーディル・ホードリーと、第五試合のキリオン・ギルデンスターン対ジョー・ピケットナムの試合は、取り立てて何か書き記すほどのこともなかったと言えよう。というのも、キリオンもウルフィンもふたりとも、中心の白い的以外は視界に入っていないかのような腕前であり、ヨーディルもジョーもまるで、「参ったなあ」というように道化のような仕種さえして見せてから、弓を顔の位置まで上げ、片目を瞑り、的に狙いを定めていたからである。彼らふたりの試合はある意味、見事ではあるが、勝つのが当たり前すぎるといった意味で、まったく面白味がなかったと言えよう。


 だが、ここから先の試合模様については、観客席の見物人たちがみな、文字通り固唾を飲んで見守る、まさしく接戦であった。最初にギルバート・ティプリーがダリル・ホーンズと当たり、ギルバートは一本のみ、一の黒に近いところへ矢を当ててしまい、敗退することになった。次にウルフィンがニムロッドと当たり、一度目はふたりとも三本とも中心的へ当て、二度目にもこれと同じことが起きたものの――まったくこの日、観客席の見物人らは、貴族も農夫も誰も彼も、何度「おお~!!」と驚き、「ああっ!!」という感嘆の声を上げたことであろうか――三度目、ウルフィンに三度目の矢に若干のミスが出ていた。一本のみ、一の黒よりの場所に矢が当たってしまい、レフェリーの判定にて、彼の負けが決まってしまったのである。


 こののち、キリオンはダリルと続けざまに五回ばかりも――つまりは合計十五本もの――矢を射ることになった。試合は一回一回、交互に射るといった形ではあるのだが、流石のダリルも最後には、矢を一本のみ一の黒に当ててしまったのである。


「どちらが勝ってもおかしくない、素晴らしい試合だった」と、その場にいた誰もが思い、手のひらに汗を滲ませなかった者はひとりもいないくらいであったろう。そして最終的に試合のほうは、ニムロッド対キリオンということになったのだが、ここでニムロッドが驚くべきことを口にした。というのも、「ロットバルト弓兵団長さまにハンデをお与えしたい」などと、そんな殊勝なことを彼はレフェリーに申し出ていたのだから。そしてニムロッドは驚くべきことには、「俺は目隠ししても、あの的に矢を当てることが出来る」などという大言を吐いたのだ。


 この時、キリオンもまたムッとしてこう言い返した。「そういうことなら、ぼくも同じように目隠ししてもらいたいね」と。


「いやいや、キリオン隊長さまは、ダリルと五戦もして、すっかり消耗しておられることでしょう。そうした意味でのこれはハンデなのでございますから、気になさることはありませぬ」


「い~やっ!!そんな状態でニムロッド、おたくに勝っても、ぼくは嬉しくもなんともないね。とにかく、どうしてもおたくが目隠しして名人芸を伯爵やハムレット王子のお目にかけたいというのであれば、ぼくもまったく同じ状態で戦うことにしよう」


 この言葉を聞いて焦ったのは、誰よりもウルフィンである。おそらく、ニムロッドは二ムレア県での森の生活で、仲間同士、戯れにそんなゲームをすることもあって慣れているのだろう。確かにウルフィンにしても、キリオンとそんな形で弓技を楽しんだことはあるが、ここのところはとんとそんな遊び方はしていないからだ。


「本当によろしいのですか、キリオンさま」と、自分の主君に白い布で目隠ししながらウルフィンは聞いた。同じくらいの距離のところから、樹木の幹の真ん中に張った小さな緑の葉でさえも彼が射抜くと知ってはいる。だが、それにしてもである。


「いいさ、べつに」と、キリオンは彼にしては珍しく緊張したように言った。「あいつも、同じ距離からずっと同じ的を射てばかりいて、つまらなくなったんだろ。それに、負けたってなんの恥とするところがある。こんなものはただの余興と思えばいいのさ」


「…………………」


 とはいえ、やはりウルフィンは心配だった。このまま順当にいって、手に汗握る接戦で、どちらが勝ってもどっこいどっこい……といった形で試合が終わればと、彼としてはそう願っていたからである。


 だが、ウルフィンと似た心配をしていたのは、ダリルや他のニムロッドの配下の者たちも実はまったく一緒だったのである。彼らは「あちゃ~。またお頭の悪い癖がでた」と思い、頭を抱えていたものだった。「まったく、負けず嫌いなんだから」、「そりゃお頭は弓の腕前は超一級で、同じくらいの距離から樹の幹に張った細い枝でも真っ二つにするお方ではあるがな。しかし……」、「そうだ。確かにオラたちで、お頭が強すぎるってんで、目隠ししてもらったことはあるが、あれは流石にただのお遊びだったからなあ」、「まあ、確かにお頭らしいっちゃ、この上なくお頭らしいがな」……などと言って、ニムロッド義賊団の面々は、最後には互いに顔を見合わせ、大笑いしていたものである。


「お頭、本当にいいんですかい?」


 ダリルもまた、ウルフィン同様、心配そうに呟きつつ、彼が尊敬する首領の目の部分を白い布で隠しながら言った。


「あのままでも十分、素晴らしい試合だったと思いますがなあ……」


「ふん!!これから俺たちはあの小僧に顎でこき使われることになるんだぞ。そう考えたら、今後大きな顔をされないためにも、ここで先に釘を刺しておく必要がある……なあ、そうだろ?俺たちゃ確かに、これからなんでもあいつらの言うことを『へい。さいですか。そうさしてもらいます』なんて態度で、なんでも言うことを聞かなきゃならねえ。が、ここで先にマウントを取っておけば、こっから先が違う。そんな恭しい態度の俺たちだけれども、実力のほうは君たちよりずっと上なんだもんね~という顔を裏に隠しておけるじゃねえか。そこんとこが違うわけよ。わかったか、ダリルよ」


「はあ……」


 ダリルとしては気のない返事をするのみだった。彼はいかつい顔をしており、熊ですらもその二の腕で絞め殺せるほどの腕力を持ってもいたが、意外にもその心のほうは紳士そのものだった。そこで、ダリルもまたウルフィン同様、(そこまでしなくてもいいと思うがなあ)などと思いつつ、自分の首領を数歩離れた位置から腕を組み、見守っていたのであった。


 こうして、レフェリーが何かのずるがないかどうか、目隠しの布の確認をしてのち、コイントスをした。ニムロッドが「表」、そしてキリオンが「裏」に賭け、表が出たため――ニムロッドが先攻を選んだ結果、彼が先に的に向かって射た。


 次の瞬間、あたりではなんとも言えないような声音の、「おお~!!」というどよめきが起こった。ニムロッドは内心(チッ!もしかして的を大きく外したか?)と思ったが、そんなことはなかった。彼は今回初めて、一の黒に矢を射していたのである。


 この時、ウルフィンからその結果について聞き、キリオンは心から喜んだ。だが、残念なことにこの時キリオンもまた――ニムロッドと同じく、一の黒に矢を当てていたのである。キリオンは「ああっ!!」という民衆の叫び声を聞き、(中心的に当たったか!?)と期待したが、残念ながらほんの少しばかり外していたのである。


 二番目の矢については、ニムロッドが中心的を正確に射たため、観客席からは拍手喝采と口笛を鳴らす音が大量に聞こえた。キリオンはその瞬間、(ちくしょうめ!!)と心の中で舌打ちした。強いプレッシャーが彼の心を弓を限界まで引き絞った時のようにキリキリと刺していた。だが、キリオンもまた、海のさざ波のような無に通じる心境によって一矢射ると――それは心的の限りなく真ん中に近い部分を射抜いていたのである。


「おお~っ!!」という掛け声とともに、やんやの拍手喝采が上がった。それに、女性の黄色い声援や、口笛も高く上がる。


「お頭、女性の黄色い声援については、あの砂漠の侯爵の息子さんのほうが多いようですな」


「うるさいっ!!ダリル、おまえ一体どっちの味方だっ!?」


 味方からの、集中力を乱される発言にも関わらず、ニムロッドは次の一矢もまた、白の中心的にしっかり当てていた。そして、キリオンもまた、同じ結果を残したわけだが――この場合、ドローであるとして、試合続行とはならなかった。


 ニムロッドとしてはそのつもりであったし、それはキリオンにしても同様であった。だが、レフェリーが総合して、キリオンのほうがどの矢も的の中心側に近かったとして、彼の後ろで勝利の赤旗を上げたのである。


 この結果に、ニムロッドは相当がっかりと肩を落としていたようだった。キリオンにしても、自分が勝ったとまでは思っていなかった。なんにしても、弓の腕前のことではずっと自惚れてきた彼であったから、(この広い世には、他にもこんな凄い奴がいるのか……)と思い、うかうかしていられないぞと、そのような戒めを得ていたほどである。


「ぼくは、ニムロッド、おまえに勝ったとはまるで思わないよ」


 試合が終わったあと、キリオンはルビーやサファイア、エメラルドといった宝石の嵌まった宝冠を、ニムロッドの頭に被せてそう言った。


「だが再試合のほうは、戦争が終わって、この世界が再び平和になってからにしよう」


「いやあ、キリオンさま。オイラとしちゃあ、この宝冠はエレイン姫のようなべっぴんさんからもらうからこそ価値があるのであって……その一番美味しいところが終わってからもらっても、なんだか花の盛りの過ぎたあとの萎れた花冠でも貰ったようなもんでさあ」


「う~ん。そっかあ。じゃあ、エレイン姫にもっぺん宝冠をおまえの頭に授け直してくれるよう、頼んであげよっか?」


 それもそうだな、などと一人つぶやき、キリオンが本当にエレイン姫に頼みにいきそうな勢いだったので――ニムロッドは慌てて、これから自分たちの指揮官となる童顔の少年のことを止めたのだった。


「いやいや、今のは冗談ですよ、キリオンさま。それよか今宵は、いわゆるお近づきのしるしってやつで、一献ともにしましょうや。そいで、オイラたちのことが信用できるとなったら……バロン城塞攻略の重要な作戦について教えてくだせえ。オイラたちの仲間うちには、裏切って内苑州側に情報を売るような奴はひとりもいませんや。ええ、そのことだけはしっかりはっきりきっぱり、お約束できますからな」


 何がどう、ということもなかったが、アストラット城やその夜外に設営された宴会の場で、酒を飲みながら兵士らは馬鹿騒ぎをして過ごしたことで――誰もがみな、心をひとつにしたようなところがあったようである。


 この翌日には再びグレイストーン城塞へ向け進軍を開始したわけだが、彼らの中には二日酔いに悩まされた者もいたとはいえ、決して気を緩めてはいなかった。あくまでも昨夜あったことは、戦争がはじまる前の最後の無礼講、息抜きであると考え、気持ちを切り替えていた者のほうが大半であった。


 だが、ハムレット王子やロドリゴ伯爵と共に進軍していたのは、あくまでも全軍の一部の兵らであって、彼らより先んじて行軍していた者もあれば、間をおいてのちほど進軍する兵士らというのもまだ多数残されていたのである。そして、ここでハムレット王子やロドリゴ伯爵が正式に進軍を開始するという数週間前、先発隊として出発したエレアガンス・メレアガンス子爵を含む三千名ほどの兵たちのことについて触れておかねばなるまい。




 >>続く。






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