17話
私とルイスは急ぎ足で学園の廊下を歩く。
目指すのは医師が在中している医務室だ。
「早く手当を……!」
「メアリー、落ち着いて。ただ手の甲を切っただけだ。大した怪我じゃない」
「でも……」
私のせいでルイスは怪我をしたのだ。
しかも血が出ている。
こんなハンカチじゃなくて今すぐにしっかりと手当をしないと……。
「メアリー」
気づけば、すぐ近くにルイスの顔があった。
「大丈夫だから」
ルイスは安心させるように、優しく声をかける。
その時、初めて自分が取り乱していたことに気づいた。
「申し訳ありません……」
「しょうがないさ。命を狙われていたんだ。誰だって焦るさ」
それから私たちは歩くスピードを落とした。
そして医務室へ到着すると医師にルイスの切り傷を手当してもらう。
幸い傷は浅く、すぐに治るだろうと言われた。
私は安心してほっと息を吐く。
「よかった……」
「心配してくれてありがとう。少し歩こうか」
ルイスが微笑む。
「え、でも……」
ルイスは怪我をしている。
「怪我はもう大丈夫。血も止まったから歩くぐらいなら問題ないよ」
「わかりました……」
私は了承する。
そして私たちは学園の庭園にやってきた。
「それにしても、ロビンはどこに隠れていたんでしょうか」
「恐らく下水道やスラム街に隠れていたんだろう。ロビンからは下水の匂いがしていた。下水道やスラムはさすがに兵士たちも探すことは出来ないからね」
確かにあの時は緊急事態で気にしていなかったが、思い返せばロビンからは異臭が漂っていた。
ロビンはそこで一週間隠れながらゴミなどを食べて飢えを凌いでいたのだろう。
元貴族だったはずなのにそこまでするなんて、相当な執念だ。
「でも本当に良かったです。もし私を守ってルイス王子に何かあったら、私どうしようかと……」
「はは……気にしなくても」
ルイスは言いかけた途中で言葉を遮り、少し考えた後、ニヤリと笑った。
「いや。やっぱり許さないことにしよう」
「えっ!?」
ルイスから発せられた予想外の言葉に私は驚きの声をあげる。
「この傷は痕が残るかもしれないから、責任を取ってもらうことにするよ」
「え?え?」
さっきまでとはまるで正反対のことを言うルイスに、私は困惑した。
「だから、責任を取って僕と婚約してくれ。メアリー」
「え……?」
私はあまりにも信じられない言葉を聞いて、最初は冗談かと思った。
「じょ、冗談はやめて下さい……」
私は笑いながら、ルイスの方へと向き直った。
しかし、ルイスは私の手を取り、真剣な表情でもう一度言った。
「冗談じゃない。君と婚約したいんだ」
ルイスは真剣だった。
冗談じゃない。そのことを理解したとたん、ドキリ、と私の心臓が跳ねた。
「ルイス王子が、私と婚約?」
「そうだよ。僕と婚約してくれ、メアリー」
私はあまりにも信じられない事態に混乱した。
「な、なんで私なんかがルイス王子と婚約するんですか……」
正直、ルイス王子と婚約するには私は分不相応だと思う。
家柄は伯爵家で、私より家格の高い公爵家の令嬢はたくさんいる。
かといって、その差を埋めるような器量は私にはない。
だからなぜ私が選ばれたのか分からなかった。
「確かに、公爵家の令嬢はいっぱいいるし、縁談も少なからずある」
「ならどうして……」
「でも、その中で僕と一緒に生徒会の仕事をしてくれたのは君しかいなかった」
「仕事、ですか」
「そうだよ。どんなにお願いしても公爵家の令嬢は生徒会の仕事を手伝ってはくれなかった。でも、君だけは手伝ってくれた」
「でも、私はただ手伝っただけです」
「それが僕にとって大切だったんだ。公爵令嬢でも嫌がる仕事をしてくれる君なら、きっといつまでも支えてくれるだろう、ってね」
ルイスはそして照れたように頬をかく。
「それに、これが一番大きな理由なんだけど、君の人となりが好きなんだよ。だから、君とこの国を支えていけたらいいなと思ってる」
「ルイス王子……」
私は感動した。
ずっと一緒に仕事をしてきて、この人は本当の私を見ていてくれたのだと。
そして私は初めて、ルイスの手を握り返した。
「その婚約、受けさせて下さい。よろしくお願いします。ルイス王子」
ルイスは私が婚約を受け入れたことを嬉しそうに笑った。
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