05* 嫌な人
「ねぇ、トゥイーディアは好きな人はいないの」
そう尋ねられたのは、真っ白な絹の布地にせっせと刺繍を施しているときだった。
私は顔を上げて、そう尋ねてきた相手に目を向ける。
彼女は出窓に腰掛けて、膝の上にクッションを抱え込み、興味津々というような目で私を見詰めている。
長い艶やかな髪の半ばを上品に結い上げていて、その髪に、真新しい銀の髪飾りが光っている。
私は、長時間同じ姿勢で座り続けていたことに起因する腰と肩の強張りを今さらながら自覚して、手許を動かさないようにしながら、恐る恐る背中だけで伸びをする。
それから苦笑して、曖昧に首を傾げた。
「突然どうしたの」
是とも非とも答えない私に、むぅ、と大きな焦げ茶色の目を細めて不満を表明してから、出窓に腰掛ける彼女は、歌うように高い声で言った。
「私について来てもらうから、私だって申し訳ないと思っているのよ。ここに好きな人がいるって言われたら、気まずくなっちゃうわ」
「…………」
私は苦笑した。
そんな風に言われては、仮にこの町に好きな人がいたとしても、とてもではないがそんなことは言えなくなってしまう。
だがまあ、この子としては打算ではなく、単純に思ったことだけを口に出したらしい。
まだ十六歳だし、仕方ない仕方ない。
――と、思う私も十四歳。
今回の私は秋に生まれたということだから、もう少しで十五になる。
けれども、繰り返し繰り返し生まれ続けて、正確な年齢はもう私自身も覚えていない。
軽く溜息を吐いて、手にした刺繍に目を落とす。
丸い枠の中で、着々と花の模様の刺繍が出来つつあった。
私は取り急ぎ、この刺繍をあと三日で終わらせなくてはならなくて、いや頼めば応援に来てくれる人はいるだろうけれど、みんながみんな忙しい中、自分の方にだけ人手を貰うのは申し訳ない。
この刺繍――即ち、婚礼衣装の刺繍。
真っ白に広がるドレスは、この辺りでは血涙が出るくらい高価なものだ。
土地も肥沃とはいえず、然したる産業も発展しないこの辺りの地域は貧しい。
この婚礼衣装は、本当に町中が総出で、必死になって作り上げたものなのだ。
ここで私が刺繍で全部を台無しにしようものなら、まず私は絞め殺されるし、私の今の一族郎党が町中から袋叩きに遭うことは必至。
――そんな大事な婚礼衣装に、弱冠十四(外見は)の私が手を触れることを許されている理由は二つある。
一つめは単純に、私の刺繍の腕がいいから。
これは謙遜するまい。
だってこれまで、死んで生まれてまた殺され、また生まれては殺されて、繰り返し続けてきた人生の中で、私は小国の王宮の針子も務めたことがある。
これに関しては下手すれば、町いちばんの熟練者と、経験年数でいえば並ぶくらいだから。
というわけで私に白羽の矢が立った、というのが一つ。
そしてもう一つの理由が、今目の前にいる彼女の希望だ。
この地域では昔から、花嫁は仲のいい友人に刺繍を刺してもらった婚礼衣装を身に着けると幸せになれるという言い伝えがあるらしい。
そんなわけで彼女が、「ぜひトゥイーディアに!」と熱烈な希望を出してくれたというわけ。
彼女は貧しいこの町の中では、いちばん裕福な家に生まれた子だ。
彼女の運命を決めたのは容姿に恵まれたことで、たまたま出会った他所の大金持ちに見初められて、ぜひ側室に、という打診をもらったとのこと。
ちなみに私はその話を聞いたとき、やたらめったら大金持ちの周辺にいた人の年恰好を尋ねまくり、周りから変な目で見られた。
いやだって、これまでの経験則から、その中にカルやディセントラ、あるいはコリウスがいないかなって思ってしまったわけだから……。
が、残念。
私の知るみんなは、どうやらこの子が嫁ぐ先にはいないらしい。
この子は、あくまでも側室として迎えられるわけだけれど、一応は第二夫人としての(第三夫人だったかも知れない。覚えていない)待遇を得られるらしい。
きちんと婚礼も挙げてくれるとのことで、町は俄かに騒然となった。
というのも、この子を側室として貰い受けてくれるその大金持ちさんが、対価といってはなんだけど、それなりの財でこの町を潤してくれることが決まったからだ。
そうなるともう、感謝を込めて婚礼の準備に走るのが、人の情というものである。
この子はこの子で、結婚相手が二十も年上の小父さまに決まったということで、当初こそ茫然としていた(し、夜な夜なこの子が泣いていたことを私は知っている)が、結婚相手の息子(つまり、第一夫人との間の息子さん)が、さぞかし見目麗しく、かつこの子に親切に接してくれたお陰で、ころっと自分の結婚に対する抵抗感を無くしてしまった。
私は小さいときからこの子の家で小間使いとして働いていて、この子とは仲のいい友人という立ち位置にいたもので、この子が、「ぜひトゥイーディアも一緒に連れて行きたい」と主張したその瞬間に、この子の嫁入り道具の中に加えられてしまった。
私の今の両親はさすがに狼狽えていたが、私自身がそれを宥めた。
なんだろうな、私が正当な救世主に当たった直後の父母は、まさしく私にとっては肉親に当たると分かるけれど、今生のように、前世でも準救世主だった場合、どうしても両親を特別な人とは見做せなくて、私はこっそり罪悪感に苦しむ。
距離を置くことが出来るならば万々歳、それに、どのみち私は近いうちにこの町を出るつもりだったわけだし。
他のみんなを捜しに行かなければならないから。
――そんなことをぼうっと考えていると、目の前でひらひらと手を振られた。
はっ、と顔を上げると、出窓から身を乗り出してこちらに手を振ってきた彼女が、むくれた顔で私を見ている。
「トゥイーディア、聞いてる?」
「ええっと」
私は苦笑して、首を傾げた。
「なんだっけ。ごめんなさい、刺繍が間に合うか考えてたの」
私の婉曲な言葉から、「刺繍に集中させてくれ」という要望は伝わらなかったとみえる。
彼女はいっそうむくれると、「だから、」と指を振った。
「トゥイーディア、どんな人が好きなの?」
私は瞬きする。
先刻から、少し質問の内容が変わっている。
そして――困った、そういうことを訊かれると、浮かぶのはいつだって一人だけなのだ。
「――そうね……」
呟いて、私は刺繍に目を落とした。
針を慎重に通しながら、懸命になって、瞼の裏に浮かぶあの人の顔を振り払って、他の――想定されるような――理想の人を想像してみようとする。
けれども結局できなくて、私は呟くように答えていた。
「……無愛想でもいいから、誠実で――」
あの人の、私を見る度に顰められる顔を思い出した。
整った精悍な顔、無関心そうに頬杖を突くときの仕草。
「――いつも一生懸命で、その一生懸命さを当然だと思ってるような、そういう……」
真面目で、その真面目さを当然と思っていて、カルディオスの適当な態度を咎めることもある、彼の姿を思い出した。
「――責任感が強くて、優しくて、でも自分ではそういう自分のいいところに無関心で」
些細な因果関係を拾って、悪い結果になったときばかり、「悪かった、俺のせいだ」という彼の声を思い出した。
あるいは同じく些細な因果関係を拾って、良い結果になったときばかり、「助かった、おまえのお蔭」という彼の声を思い出した。
大抵、そういう言葉は私じゃなくて他の誰かに向けられているものだけれど。
「……そういう、かっこいい人かな……」
ぼんやりしたままそう言葉を締め括ると、「まあ」と、出窓の彼女が呟いた。
顔を上げると、彼女はきらきらした表情で私を見て、興味津々に首を傾げている。
「そんなに具体的に話されたら、実はもう好きな人がいるんじゃないかって思えちゃうわ」
私は苦笑した。
「そうね、好きな人はいるけれど――」
小声で呟く。
「――この町の人じゃないわ」
出窓の彼女は、きょとんとした様子だった。
「どういうこと?」と尋ねられたが、刺繍に集中している様子を見せて躱す。
そのうちに諦めたのか、彼女は口を噤んだけれど、その沈黙も長くは保たなかった。
出窓から降りて、私の座る椅子の背凭れにしなだれかかるように甘えてきながら、彼女が私の手許を覗き込んで、「わぁ」と声を上げる。
「トゥイーディア、相変わらず器用ね。才能があるわ」
才能じゃなくて、これは努力の結果なんだけど――と思いつつ、私は曖昧に微笑む。
「ありがとう」
「私も、トゥイーディアに刺繍を教わろうかしら」
彼女はそう言って、にこにこと笑った。
「さすがに人妻になって刺繍のひとつも出来ないなんて、笑われちゃう」
「――――」
私は振り返って、彼女の整った顔を見詰めた。
そして微笑んだ。
「あなたは機織りは上手だから、大丈夫だと思うわ。
でも――」
この子がこれからどんな人生を送るのかは分からないが、側室として娶られる以上は日陰の人生だ。
正妻との間に男の子を儲けている人ならば、相続で揉めるのを嫌って、この子には子供が出来ないよう、避妊を要求する可能性もあるだろう。
そして避妊というのは、あんまり身体によくない薬を使うものだと私は知っている。
そういう憐憫が顔に出ないように注意しながら、私は言った。
「教わるなら、早めにね。私、いつまであなたの傍にいられるか、分からないの」
***
嫁入りについて行ったものの、私は半年と経たずにそこを出て行った。
このとき、彼女がべったり私に依存して、私といえども良心が痛んだらどうしよう、ということを、私はこっそり心配していたが、その心配は無用だった。
貧しい田舎を出て、歌劇に夜会にたくさんのお酒、ちやほやしてくれる男の人たちが沢山いる環境、そういうものに彼女はすっかり夢中になってしまったようだった。
夜会の延長のようにして、実際に金銭を使う賭博に走ろうとしたときは、私が全力で止めたけれど。
そういうわけで彼女の心は、かつての田舎の面影を残す私から、首尾よく急速に離れていってくれた。
助かった。
ちょっと迷ったが手紙は置いていくことにして、私はある夜、そのお屋敷を脱走した。
まあ、訳ない。
今生の私も準救世主、正当な救世主の地位にあるときに比べて魔力は劣るけれど、さすがにその辺の片田舎の大金持ちに雇われているようなレベルの人間に、尻尾を掴まれるような間抜けはしない。
――そうして私は、宛てもなくみんなを捜すためにあちこちを放浪することになった。
十五の女が一人旅となれば、危険は枚挙に暇がないが、これでも私は準救世主、襲われようものならば、逆に相手を半泣きにさせて追い返す自信がある。
一人旅も手慣れたもので、行く先々でささやかな用をこなしては、何某かの対価を受け取ることで旅路を成立させていた。
誰かがさっさと名を上げるようなことをしてくれれば、その噂を頼りに目指していけるのに……ということを、私は一両日間の納屋の整理を引き受けることで得た報酬であるところの、荷馬車に揺られる旅路の途中に干し肉を齧りながら思ったり。
――だが、とうとう、そんな私も噂話の尻尾を掴んだ。
大きめの町に滞在していたときに、どうやらこの町には剣奴を闘わせる闘技場があって、そこに恐ろしく腕の立つ剣奴が一人いる、という噂を聞いたのだ。
これは、とぴんとくるような気持ちと、なんともいえない危機感に、私はもやもやする気持ちを抱えることになった。
こんな噂になるくらいだから、私たちのうちの誰かであることは十分に考えられる。
そして、剣奴といえば男の人が多い。
そして私は、カルディオスとコリウスが、そんな生まれを経験しているところは見たことがない。
自分でも最低なことだとは思うが、どうかあの人ではありませんよう、ということだけを祈りつつ、私は件の噂の剣奴が出るという試合が行われる日に、闘技場に入った。
十五の若い女が闘技場に行くのはかなり珍しいので、私は場違いな極楽鳥が紛れ込んだかのように、周りからじろじろと見られた。
独特な熱気が渦巻くような中にあって気が大きくなった人も多いのか、不埒な手が伸ばされることもあったが、そういう連中はきっちり蹴っておいた。
擂鉢状に広がる闘技場に入る際に、当然ながら賭ける相手を選ばされる。
こういうところに来る人たちの中には文字を読めない人も当然いるので、賭けるべき剣奴の似顔絵のようなものが掲げられて、それを指差して賭け金を手渡す、という流れだ。
私が暗澹たる気分になったことに、夥しい金額を賭けられて、当然倍率としては大したことになっていない例の剣奴の似顔絵は、腹立たしいほどあの人の特徴を捉えていた(が、本物はもっと凛々しいし格好いい)。
めちゃくちゃ迷ったものの、私は彼に有り金を賭けた。
理由としては、路銀が底を突きつつあって、ここで僅かとはいえ増やしておきたかったことだ。
彼をこういう風な手段で使うことに、私の中の良識とか、あるいはもっと繊細な造りをしている何かが、無数の棘で刺されるように痛んだが、開き直った。
――さすがに彼も、ここで私が現れれば、私と合流してくれることを選ぶはずだ――たぶん。
あんまりにも嫌われているので自信はないが。
彼が、「俺はここで待ってるから、おまえ、他の連中を見付けて来て」と言いそうで、私はじゃっかん怖い。
けれども、彼が私と来てくれるなら、これは言い換えれば、彼自身が彼の路銀を稼いだに等しい。
そうに違いない――私は悪くない――。
いや、彼に冷たい目で見られて、「おまえ俺を使ってなにしてんの?」とでも言われようものなら、私はそのままどこか高いところから身を投げることになるかも知れないけれど。
そして、真夏の日差しがじりじりと照りつける闘技場で待つこと一時間ほど。
銅鑼が鳴らされ、弾けるような大歓声が上がった。
私は思わず、周囲の人を押し退けるようにして身を乗り出して、擂鉢状に広がる闘技場の底に目を凝らす。
擂鉢の底に当たる場所に通じる通路の鉄格子が上げられ、剣奴が二人、それぞれが反対側に当たる通路から、日の当たる場所に歩み出てきていた。
片方は、草臥れた鎖帷子を身に着けて、明らかに消沈しているところを、なんとか意気を保っていると分かる顔をしていた。
彼に向かう声援の少なさには同情すら覚えるが、そもそもこうして人を使うこと自体に嫌悪を覚える。
そして、もう一人――
――私は息を止めていた。
周囲の、下品な野次と声援すら、そのときは耳の中から失せていた。
周囲に蔓延る熱気すら忘れた。
――彼だ。
一瞬も忘れたことはない、あの漆黒の髪。
剣奴とは思えない軽装で、つまらなさそうな、疲れたような顔をしている。
何度となく横顔を眺めて、こっちを向いて少し笑ってくれないかな、と切望してきた、あの顔――
その顔が、ふ、と、周囲を見上げて見渡すように動いた。
――たぶん、癖になっていたのだと思う。
こうしてこの場所に出てくる度に、仲間の誰かが来ていないかと期待していたのだろう、そう分かる、無意識のものだろう仕草――
――思わず私は、その場で飛び跳ねて、ぶんぶんと大きく手を振っていた。
名前を叫びたいところを、すんでのところで堪える。
叫んだところで、この野次の中では彼に声が届かなかっただろうけれど――
自分が笑み崩れていることを自覚する。
どうか彼がこんな恵まれない生まれを引き当てたのではありませんよう、と願っていたくせに、いざ彼を目の前にすると嬉しくて嬉しくて仕方がない。
会えた――やっと会えた――前世で最後に見たときとは違う、ちゃんと生きていて、息をしてくれている、――私の好きな人。
私の、周囲もびっくりの熱烈な仕草に、彼も気付いたらしい。
彼がこちらを見て、軽く目を見開いた――
あの深青の瞳。
暗いところでは夜の海の色、明るいところでは空の色に映える瞳が、陽光を捉えて私を見て、私を映して、彼が驚きを顔に昇らせた。
――ああもう死んでもいい。
私は思わず涙ぐんでしまったが、彼は素早く私から視線を逸らしていた。
拍子抜けするくらいに無関心な態度で、私は唖然としてしまう。
いやいやいや、これが他の人だったら、今ごろ満面の笑みで手を振り返してるでしょうに!
彼は、私のことなど忘れ果てたような顔で、今日の対戦相手を見遣って、何か言っている。
対戦相手は足を引き摺るようにして彼に近付きながら、彼の言葉に苦笑して、頷くような仕草を見せた。
それで分かったが、どうやら彼は、先に対戦相手に謝ったらしい。
恐らくは、「痛い思いをさせることになるけど、ごめん」とでも言ったのだろう。
――本当に律儀な人だ。
ああもう、本当に、どれだけ嫌いになろうとしてもなれない。
これだけ長い間、もう百年以上、無礼な扱いを受けてきて、それに数え切れないほど腹を立ててきて、それなのに一向に嫌いになれない。
彼が強制的な引力を持っているかのように、私はいつも彼を見詰めてしまって、そうして私の心は、どうしようもなく彼の方に転がっていってしまう。
――本当に嫌な人だ。
私のことが嫌いなくせに、どうしてそんなに好きにさせるの。
隅から隅まで愛してしまって、私ではもう抗えない。
きみは私との間に鉄扉を下ろして閂を掛けて私を拒否しているけれど、そんなものでは到底足りない。
私の目にはきみ以外はもう映らない。
きみが責任を持って、私の額に第三の瞳をこじ開けてくれて、その目で他の人を見るように促してくれたとしても、きっと私の第三の瞳であってもきみに撃ち抜かれるだろうと思うくらいに、どうしようもなくきみが好きで、――好きで好きで堪らない。
――私は息を吸い込んで、誰も腰掛けていない、無用の長物となっている石造りの座席に腰掛けた。
ちょっと額髪を整えて、手櫛で髪を整えて、ちょっとでも自分がマシに見えるようにしてみる。
きみが私をちらりとも見てくれないから、この試合に私が乗り込んで、格好よくきみを誘拐するのはやめておこう。
***
私が彼のところに潜り込んでいったのは、その日の夜だった。
本当は夜更けまで待って行動するつもりだったのだけれど、待ち切れずにさっさと行動してしまった。
路銀は彼のお蔭で少し増えたけれど、さてこれを言うべきか言わざるべきか。
剣奴は、どうやら闘技場の地下に監禁されているらしかった。
完全に牢獄の扱いで、私は大いに閉口した。
侵入自体は私にとっては大したことではなくて、道中でくすねたカンテラを手に、鉄格子の向こうに彼の姿を捜して通路を練り歩く。
地下のじめじめした空気に鼻がむずむずする。
カンテラが移動するのに合わせて影が踊り、灯りに目を覚ました他の剣奴が、大声で私を見咎める声を上げていた。
どうして若い女がこんなところにいるのか分からず、闘技場の持ち主の娘が自分たちを見物に来たとでも思ったのかも知れない。
不躾なまでの視線が纏わりついてきて、下品な言葉が幾つも幾つも投げられる。
まあ、こんなところに押し込められて、そりゃあ性根も腐るというもの。
待っててほしい、彼と合流さえ出来れば、牢獄全部の鉄格子をへし折ることなど私には造作もないことだから。
かしゃんかしゃんとカンテラを鳴らし、駆け回ること十数分で、私はようやく彼の姿を見付けた。
彼はかなり奥の方の房に入れられていて、組んだ膝に頬杖を突いて、めちゃくちゃ冷淡な顔で私を待っていた。
私は嬉しくなって彼の傍に駆け寄って、鉄格子越しに向かい合った。
端から見ても、私が彼を目指してここまで来たことは明らかだっただろう。
彼と同じ房に入れられている、体格の良い半裸の巨漢の男性が二人いて、その二人ともが私をまじまじ見た上で、彼の方をちらっと見て、雷鳴のような声で尋ねた。
「――てめぇ、女なんていたのか」
「――――!」
私は無表情を貫いたが、内心でめちゃくちゃ照れた。
そう? そう見える?
仲良さそうに見える?
彼も私を待ってたように見える?
彼は二人の方を見て、眉間に深い皺を刻んだ。
そして、普段より数倍低い声で言った。
―――よくよく見ればひどい格好だった。
襤褸切れに近い、あちこちが破れた生成りの服を着ていて、手の甲には蚯蚓腫れのような大きな傷痕がある。
「あ? どこに目ぇつけてんだ」
「――――」
……ですよね。
がくっと項垂れつつも意地でその様子は見せず、私は溜息を吐いて鉄格子に触れた。
ひんやりとした鉄格子に指先が触れて一秒、音も立てずに鉄格子が消し飛ぶ。
白い光の鱗片が舞って、周囲に淡い影が踊った。
――さすがに、近くにいる人たちが一斉に口を噤んだ。
私は、精一杯格好つけて房の中に踏み込んで、首を傾げた。
指先についた鉄錆を衣服を拭ってから膝を突いて、彼と視線を合わせる。
目が合うことすら稀なので、ちゃんと彼も私を見てくれて、私はひどく感動した。
「――久し振りね、ルドベキア」
ルドベキアの返答は、淡白な会釈ひとつだった。
――嘘でしょ。
他のみんなと再会したときは、底抜けの喜びを爆発させているのに、それなのになぜ。
――あ、嫌われてるからか。
ちょっとつらくなってきた。
せめて名前くらい呼んでくれてもいいのに。
ルドベキアがすぐに私から目を逸らしてしまったので、私も自棄になってきた。
こうなったら、鬱陶しがられてもいいから、思う存分言いたいことを言わせてもらおう。
「――ルドベキア、大丈夫?
怪我は? これ、どうしたの?」
手を伸ばして、彼の手の甲の大きな傷痕に触れると、彼は鬱陶しそうに私の手を振り払った。
見たことがないくらいの顰め面になっている。
「うるせぇ」
「他に怪我は? こんなところに入れられるなんて最低ね。ここの場主はその辺の階段から滑り落ちて死ねばいいのに。
ねえ立てる? 大丈夫?」
彼の手を取って引っ張り上げようとすると、これも拒否。
ルドベキアはもはや、有害な贔屓に見付かって辟易しているが如き表情になっていた。
「うるせぇってば」
私はその言葉を都合よく解釈することにした。
「大丈夫よ。誰に見付かってもそんなに問題じゃないわ。そもそもここの見張りがいる部屋を通ったけど、そのときに粗方失神させてきたし」
ルドベキアが片手で顔を覆った。
暴力女、と呟いたように聞こえたが気のせいに違いない。
その拍子に袖が捲れて、前腕の真新しい傷が露わになった。
私は思わず息を呑んで、そっちに手を伸ばす。
「――痛いでしょう。ごめんなさい、薬でも買ってから来れば良かった」
脳裏に、白髪金眼の魔王の姿が過った。
――治癒を可能にする世界で唯一の魔術師だろう、いつも満面の笑みで私たちを惨殺していくあいつ。
「おまえにそこまで期待しねぇよ」
面倒そうにそう言いながら、ルドベキアが億劫そうにその場で立ち上がった。
私も慌ててそれに続いて立ち上がる。
そうすると、どうやら今の彼は私より少し年下に見えた。
「あれ? きみ、いくつなの?」
思わず尋ねるも、ルドベキアはそれを完璧に無視した。
私が悄然としたことを雰囲気から察したのか、床に寝そべる巨漢が、そうっと教えてくれる。
「――そいつ? 十一」
「違う、十三だ」
もう一人の巨漢もそう言って、私がぽかんとしていると、私にというよりは巨漢二人に応じるようにして、ルドベキアがくるっと振り返ってぴしゃりと言った。
「十二だ。数の数え方は教えてやっただろ」
十二! 可愛い。
ちょっぴり感動してから、私は意味もなく顎を上げて、申告するようにお知らせした。
「私は十五よ」
ルドベキアが私を見た。
徹底的な無関心の眼差しだった。
「へえ。――で?」
「……なんでもないわ」
平静を装ってそう言ってから、私は息を吸い込んで、気持ちを切り替えた。
「ルドベキア、ご都合がよろしかったら――」
と言ったのは、私のささやかな意地がもたらした皮肉だった、
「――ここから出ません?
私、別にきみを揶揄うためにここに来たわけじゃないのよ」
ルドベキアは肩を竦めた。
そして振り返って巨漢二人を見て、軽く首を傾けて、親指で二人を促した。
「――ここから出るぞ。
クソみたいな人生とおさらばだ」
「――は?」
巨漢二人が、茫然とした顔をした。
――生まれてこのかた、ここから出ることが出来るかも知れない、そう考えたことなど一度もなかったと、そう分かる顔だった。
私の胸が鈍く痛んだ。
ルドベキアが苦笑して、二人に向かって軽く手を伸ばした。
そして、言い聞かせるように繰り返した。
「ここから、出るんだ」
――そこからは圧巻だった。
鉄格子をへし折ることにかけて私の右に出る魔術師はいないので、私が目に付く全ての牢獄の鉄格子をへし折っていく。
この後にはこの町と永久におさらばすることが決まり切っているがために出来ることだ。
鉄格子がへし折れ、あるいは消し飛んだところから、ルドベキアがどんどん脱走を勧めていく。
はじめはぽかんとしていた人たちも、一人また一人と牢の外に出て、そのうち歓声と共に出口を目指して走り始めた。
私が呆れ、また心配になったことに、ルドベキアがその先頭に立っていた。
理由は考えるまでもなくて、万が一、ここの場主の制止が入ったときのために、それを排除できるのがルドベキアだからだ。
自分だってつらい思いをしていただろうに、どうしてこう、後ろで大人しくしていてくれないのか。
やきもきする私がどんどん牢を壊していって、やがて全ての牢が空いた。
三々五々、無鉄砲な大歓声と一緒に剣奴だった人たちが夜の町に消えていき、町が俄かに騒然とする。
こう、自分がこの町にとんでもない犯罪の温床の種を蒔いてしまったのではないかということに、私が頭を痛めていると、私の隣でしゃがみ込んでいたルドベキアが、ぼそっと呟いた。
「――まともな服が欲しい」
――はい、きみが望むなら。
***
ルドベキアは、不幸にも町では知られた顔になってしまっていたので、長時間に亘って同じ町に留まり続けるのは論外だった。
そんなわけで私たちは、夜陰に乗じて町を出て、隣町への街道を無言のまま(私としては話したいことはたくさんあったのだけれど、断固たる雑談拒否の雰囲気を感じ取ってしまっては、もう何も話せない)歩き、夜明けの光が差す頃にようやく、行く手に隣町の影を見付けた。
隣町はこんもりした森に半ば包まれるように発展した町で、市門が開くまでにはまだ間があるようだった。
ルドベキアは躊躇いなく森の中に踏み込んで、私もそれに続いた。
森はしばらく進むと岩山の様相を呈してきて、その辺りでルドベキアは足を止めて、座り込んだ。
辺りは、夏だということを差し引いて考えても、まだ籠もったように暑い。
無理もないが、ルドベキアは眠そうに欠伸を連発していて、私としては、ルドベキアが嫌でないなら、自分の膝を枕として献上したいくらいだった。
けれども、それを打診した日には、冗談抜きに殴られかねないということは分かる。
溜息を押し殺し、自分も欠伸を噛み殺しながら、私は口を開いた。
ずっと黙っていたのと、ルドベキアがちらりともこちらを見てくれないせいで、必要以上に素気ない口調になった。
「――きみ、この辺りで待ってて。そんな格好で町には入れないでしょう。
私がきみの服と、薬と、食べ物を買ってくるから」
ルドベキアは頷いた。
「頼む」の一言もない。
この無愛想さには本当に腹が立つが、腹が立ったところで嫌いになれないのだから世話はない。
大きく息を吐いて、私は「行ってくるね」の一言もなく、無言で踵を返した。
私が市門に行き着いたとき、ちょうど門が開かれた。
門が開かれたとはいえ、まだ人通りはないも同然で、私は目立たないように顔を伏せて、こそこそと町の中に入った。
さながら、親戚を訪ねてきましたと言わんばかりに、その辺りに自分を待っている人がいることを期待するように、きょろきょろと周囲を見渡してみたりして、若い女が一人きりで町に入ってきたことに対する、市門の衛兵さんの懐疑の眼差しを躱しておく。
市場も、徐々に活気を帯びつつあった。
私はまず大きな籠を調達してから、人混みに押し潰されないよう、その籠を頭上に持ち上げて市場を練り歩き、ルドベキアに食べてもらうものと(彼の好みについては、実はけっこう私は把握している。ずっと眺めていれば、それはもう自然と分かってくるというものだ。ただ、私がずっと彼を見詰めていると知られてしまえば、今以上に嫌われることは明白なので、彼の好みなんて知りませんという体で食べ物を買っておく)、自分が食べるもの、それからルドベキアのための、切傷に良いという軟膏やら何やらを買い込み、最後に古着を探してうろうろした。
幸いにも市場の端っこで、古着をまとめて売っている露店があったので、そこでルドベキアに合いそうな一揃いを買い求める。
店主さんとの値引き交渉で辛勝した私は、商売上手のカルならもっと簡単に事を運んだだろうに、と思って溜息を吐きながら、せかせかした足取りで町を出て、ルドベキアが待っているはずの場所へ向かった。
私が、ルドベキアと別れた場所に戻ったときには、もう時刻は昼近くになっていた。
「遅くなってごめんね」と言う気満々でその場所に戻った私は、しかし、ぽかんとしてその場に立ち尽くすことになる。
――ルドベキアが居なかった。
待って待って待って、と、思わず恐慌状態でその場でぐるぐる回ってしまう。
なんで、ほんとに、そんなに私といるのが嫌なの?
いやでもせめて、薬を受け取ってちゃんとごはんを食べてからどこかに行くのでもいいでしょうに……。
泣きたいような気持ちになったそのとき、上の方――岩山の様相を呈する、その頂上の方――で、微かにルドベキアの魔力の気配がした。
ほっとしたのと、振り回されて腹立たしいのとが一緒になったような気持ちで、私は籠を抱えたまま、じゃっかん苦労しながら岩山を昇った。
どこかで楽しそうに鳥が鳴いている。
そうしているうちに辺りに湯気が流れてきて気付いたが、どうやらこの岩山、温泉が湧いているようだった。
――なるほど、と合点する。
ルドベキアはお風呂が好きだし、今は埃塗れで汚れていたから、温泉に気付いて入りたくなってしまったんだろう。
けれど、それならそうと分かるように、どこかに目印をつけておいてくれるとか……。
そう思って、内心で言いたいことをうじうじと並べているうちに、視界が開けた。
案の定、温泉が流れ込むそこが小さな池のようになっていて、もうもうと湯気が上がっていた。
そこに、めちゃくちゃ嬉しそうに身体を洗うルドベキアの姿がある。
もぐったりもしたのか、髪からも雫が滴っている。
もちろん彼は服を全部脱ぎ捨ててお湯の中に入っていて、私は一瞬の思考停止のあと、礼儀正しく目を逸らした。
「――えーっと」
大きめの声を出すと、ばしゃっ、と水音がして、ルドベキアがこちらを向いたようだった。
「ああ」
彼が言った。
その声からじゃっかん棘が取れているように感じて、私はそろっと彼の方に目を向ける。
ルドベキアは、気まずさは一切ない顔をしていた。
ついでにこっちに寄って来てくれたので、見えるのは上半身だけだった。
「服」
端的に彼が言った。
湯に当たって頬に血の気が昇っている。
私は一瞬もたついたあと、ようやく落ち着いて、彼のための衣服一式を、近くの岩の上にぽん、と乗っけた。
「ここに置いておくから」
よし、落ち着いた声が出た。
「それで、ごはんとかは、」
軽く籠を持ち上げて見せる。
「さっきのところで」
ルドベキアは頷いた。
濡れた髪を鬱陶しそうに掻き上げて、ちらっと籠の方を見てから私に視線を戻し、眉を寄せて首を傾げる。
「――おまえ、路銀……」
私は明後日の方を見ようとして、失敗した。
「俺に賭けたの?」
そう言われて、私は白を切ることを諦めた。
にこっと笑ってみせる。
「きみのお蔭でちょっとだけ路銀が増えたから、これ、きみが買ったようなものよ。遠慮しないでね」
そう言ってから、やっぱり不安になって、彼を窺うようにする。
「――嫌だった?」
「いや、別に」
ルドベキアが、他意はない様子で呟いた。
特に嫌悪のない顔をしていた。
「合理的な話だろ」
それから、彼は少し嬉しそうに、自分の背後に広がるお湯を振り返った。
「――ここよりちょっと上で温泉が湧いてるらしい。助かった」
そう言ったルドベキアの顔が、私と話しているときとしては信じられないくらいに嬉しそうで、その感情が私ではなく、ここで上手く温泉にありついたことに対するものだということは重々分かっていたけれど、それでも、私はその彼の顔を覚えて、それを自分の記憶の中の、宝物というべき部類の箱の中に入れておいた。
だがすぐにその表情を打ち消して、ルドベキアが私を振り返って剣呑に呟く。
「――で、おまえ、いつまでそこに突っ立ってんの?」
私は溜息を吐いた。
「ちょっとは労ってくれてもいいのに」
そう言いながらも、私は籠を抱えて踵を返して、登ってきた道を戻った。
自分のぶんの食事を摂り、しばらく手持ち無沙汰に待っていると、服を替えたルドベキアが降りて来て、無言で籠を引っ張り寄せて中を物色し始めたので、「全部きみのよ」とだけ言い置いて、私は立ち上がった。
私がいない方がルドベキアも美味しくごはんを食べられるだろうと考えたのが一つと、せっかく温泉が湧いているのなら、私もここで汗を流しておきたいと考えたのが一つだった。
簡単な湯浴みを終えて私が戻ってくると、ルドベキアはその場で丸くなって、すうすうと寝息を立てていた。
その寝顔は、まさに十二歳というに相応しく、あどけなくて可愛い。
音を立てないようにしながら、そうっと籠の中を点検すると、ルドベキアは年齢相応の旺盛な食欲で、買ってきた分は全部食べてくれたらしい。
それを確認して、私はほっとした。
あの劣悪な環境がルドベキアを病気にさせていて、彼に食欲がなかったらどうしようと思っていた。
だが一方で、薬の方は手つかずだった。
さすがの彼も疲れていて、手当にまでは気力が回らなかったものと見える。
私は少し迷って、ルドベキアの寝息に耳を澄ませた。
そして、彼が熟睡していることを確信してから、ゆっくりと彼の傍に寄っていって、起こさないように気を配りながら、彼の袖を捲り上げる。
――真新しい傷が露わになった。
それを見て、私の胸の奥の方が、ぎゅうっと引き絞られるように痛くなった。
怪我はしてほしくなかった。
痛いこともつらいことも、彼の人生は起こらないでいてほしかった。
ルドベキアはきっと、彼自身のことだけを考えていれば、十分以上に彼の人生を守ることが出来るのに、彼はそうしてくれない。
だからせめて一緒にいるときは、私が彼の周りの人も全部守って、ルドベキアが彼自身のことだけを考えられるようにしたかった。
ルドベキアが起きてしまって、手が振り払われるんじゃないかとひやひやしながら、私はこっそりと彼の腕の傷に軟膏を塗り、手早く包帯を巻いて、すぐに彼の傍から離れた。
出来ることなら他の部分に傷がないかどうかも確かめたいけれど、さすがにそれは不躾というものだろう。
ルドベキアはすやすやと眠っている。
風が吹いて、ざわざわと森の梢が揺れる音がする。
どこかで、小動物が駆け抜ける足音がした。
私は膝を抱えて、その膝に顎を乗せるようにしながら、ぼんやりと色んなことを考える。
――ルドベキアは何年あそこにいたのだろう。
彼は確かに酷い生まれを引き当てることが多いが、今回は余りに酷すぎる。
カルディオスやディセントラがこのことを知ったら、あの町が焼き討ちに遭いかねないだろう。
――他のみんなはどこにいるかな。
今生の私は救世主ではないし、ルドベキアも違うだろう。
もし正当な救世主なのであれば、ルドベキアといえども、例の魔法を使ってさっさとあそこから脱出して、一人で魔界に送られる悲劇を回避するべく、血眼になって他のみんなを捜していたはずだから。
――ルドベキアは、他のみんなに再会するまでの二人旅の間で、私に少しでも笑い掛けてくれることがあるかな。
本当に、一瞬でも微笑んでくれれば、それを最後に私は自分のこの気持ちに区切りをつけて、どこかに葬ってしまえるかも知れないのに。
――二人旅。
二人旅だ。
これは初めてだった。
私とルドベキアが、本当に二人だけで何日も一緒に行動するのは。
――ルドベキアは本当に、こうなったことが不服で嫌だろうけれど、
と、私は考えて、思わずにっこりと微笑む。
――それでも私は嬉しい。
これから、他のみんなと合流するまでの間に私が見たきみの顔は、他の誰も知らない、私だけが知っている顔になる。
それが嬉しい。
きみは嫌がるだろうけれど、それでも嬉しい。
まあ、たまには、彼が嫌がることを私が喜んでもいいだろう、と思って、私は笑みを殺すために唇を噛んだが、どうにも難しかった。
――私の気持ちを捉えて離さない引力の持ち主、本当に嫌な人――何をどう足掻いても私が好きになってしまう、嫌な人。
もういっそ、きみが私を忘れてくれれば、私はきみに好かれるために、今度こそあらゆる努力が出来るのに。
――私は、彼に初めて会ったときがいつなのか、それをもう覚えていない。
どうして初対面のときに、彼に好かれるように振る舞えなかったの――と、過去の自分を罵りながら、私は目を閉じた。
私もやっぱり、少し疲れていて、眠かった。
ここで少し眠っても、きっと何のお咎めもないだろう。




