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02◆ 贈り物



活動報告に掲載済み






「――ルドベキアさまっ!」


 声を掛けられたのを、俺は危うく聞き逃し掛けた。

 何しろ寝不足と空腹でふらふらしており、なんとか外面を保つので精一杯、という状況だったので。


 だが、俺を囲んで歩く護衛の人たちがぴたりと足を止めたので、俺もはたと気付いて足を止める。



 ってか、護衛。

 そういう役職に就いているならちゃんと俺を護衛してくれ。

 朝からもう三回くらい、俺は暗殺を潜り抜けているんだけど、おまえら何の役にも立っていないぞ。

 むしろ今この瞬間も、この中の誰かが俺を背中から刺すんじゃないかとびくびくしているような有様だぞ。


 護衛する気があるなら俺を一人にしてくれ……。



 そんなことを思いつつ、俺は振り返る。



 場所はちょうど、前回のコリウスが思いっ切り陥没させた場所のすぐ傍だった。


 魔王の城の壁に深々と穿たれたその損傷を前に、俺の涙腺は若干緩む。



 ――コリウス、会いたい。

 あいつのことだから俺がべたべたと絡んだりしたら、鬱陶しさを隠そうともせずに俺を邪険にするだろうが、それにしても会いたい。

 もし今この瞬間、あいつが俺の前に現れたら、俺はあいつに抱き着いてしばらく離れない自信がある。

 それにあいつ、冷ややかに見えても案外と優しいところもあるから、俺が落ち着くまではなんだかんだで温かく接してくれそうだ。

 そして何より、あいつには二十三で俺たちに再会したときに大号泣した実績があるから、俺の気持ちも分かってくれそう……。



 銀髪紫眼の昔馴染みを思う俺の視界には、ふわふわした金髪を揺らして駆け寄って来る、ふわふわした容貌のどこかの令嬢の姿が映る。


 薄紅のドレスの裾を絡げて、彼女は今にも転びそうだ。

 むしろ彼女の後ろに控える護衛の人は、いつ転ぶかいつ転ぶかとはらはらしている風情さえある。


 ――えっと、誰だっけ。

 見たことはある気がするけど、どこで見たんだっけ。


 この身体に生まれて十五年経った今でも、俺の暗殺に巻き込んでしまった人の遺族と、一応の血縁のある相手と、あとは乳兄弟しか顔と名前を一致させられていない(だって正直それどころではない)俺は、曖昧な表情で彼女を出迎えることになった。


「ルドベキアさまっ」


 俺の目の前に来た彼女は、きらきらした笑顔を振りまいて俺の顔を見る。

 胸に何かの包みを抱えていて、俺としては、次の瞬間にもその包みが爆発でもしたらどうしようと身構えてしまう。


 いや、ただの爆発なら俺は平気だけど。

 俺は熱には害を受けないからいいけれど、周りの人が無事では済まないからね。


 護衛の一人が、ごふん、と咳払いする。

 それを受けて、俺は曖昧な表情のまま会釈。


 あなた誰でしたっけ、とも訊けないので、当たり障りのないことをぼそっと言う。


「――危ないですよ、転ばれたりしたら」


 別にこの令嬢が顔面から床に激突しようが、俺は興味も関心もないのだが、そんなことになってしまったら、まず間違いなくこの令嬢の後ろの護衛の彼が罰を喰らうことになってしまう。



 それに、()()()は、十六かそこらの女の子が顔から転ぼうがどうしようが別にどうでもいい――と俺が思っていることを知ったら、間違いなく俺を軽蔑の目で見ることだろう。

 それは嫌だ。


 ――脳裏に浮かぶ、飴色の双眸の幻想。



 令嬢が俺の目の前でぱっと笑顔を深めたが、俺はそれを碌に意識してもいなかった。



 ――飴色の瞳。

 ふとしたときの笑顔。そういうときの目の細め方。

 また逆に、むっとしたときに顰められる顔。そういうときの目の細め方。


 声。


 顔が見たい、声が聞きたい、と思う。


 それはもはや、俺が暗殺を掻い潜る原動力の、いちばん大きな部分を占めている未練だ。


 ()()()の顔が見たい。

 声が聞きたい。

 それも出来ずに死にたくない――という。



 俺が若干ぼんやりとしていると、令嬢がいそいそと、俺の目の前に抱えた包みを差し出してきた。


 俺は思わず、仰け反るようにして身を引く。


 待て待て待て、それは何のためのもの?

 爆発? 毒殺?

 あるいはもしかしてシンプルに、それで今から俺を殴殺するおつもりで?


 顔を強張らせる俺に、なぜか令嬢は若干しゅんとした様子で顔を伏せる。


「あの……焼き菓子を拵えましたの。召し上がっていただきたく……」


 ――なるほど理解した。

 毒殺パターンね。


 納得した俺は生温い笑顔で包みを受け取る。


 俺が今まで生まれていた大陸の方の文化だと、こういうのは有り得ない。

 身分のある人間に、料理人以外の誰かが作った菓子なんかを、ぽん、と渡して食べさせる、というのは。


 そのへんにこの島の、つまりは魔界の、牧歌的な風潮が表れているといったところか。


 だがまあ、わざわざ誰かに毒見をさせる方が論外だ。

 俺はこれまでに他人を巻き込み過ぎている。


 俺の(名ばかりの)護衛が一人、「お預かりしましょうか?」みたいなことを言ってくるが、俺は手を振ってそれを退けた。

「後で頂きますね」と令嬢に伝えると、令嬢はあからさまな安堵の表情。


 ――これが毒入りって知ってて俺に渡したのだとすれば、これは暗殺成功の兆しに対する安堵の表情だろうな。


 そう思いつつ、俺は、「普段召し上がっているものには及ばないかも知れませんが、それでも一生懸命お作りしましたので!」みたいなことを、顔を真っ赤にして言ってくる令嬢に、穏やかに微笑んで頷いてやる。


 うん、()()()()()()()()()()()にも、ふんだんに毒は使われているからね。

 ていうかそんなに顔を赤くしてたら、普通にこの贈り物に裏があるってバレるよ、きみ暗殺者には向いてないね、と、そういう気持ちだ。



 ――後で頂く? んなわけない。

 俺は生まれてからこちら、十分以上に胃袋と食道を虐め過ぎている。


 これ以上好きこのんで毒を飲むつもりはない。




 そんなわけで、それから間もなくして、その包みは見事に灰になった。





◆◆◆





 ――と、そういうこともあった。


 俺がそう思い出したのは、舞い上がった様子のルインが、「兄さんは昔からたくさんのご令嬢に慕われていて」みたいなことを言い出したからだ。



 ルインはめちゃくちゃ元気だ。

 正式に俺たちへの同行が許されたのがそんなに嬉しいか。


 同行を許された直後のみならず、数日経った今でもめちゃくちゃ元気で舞い上がりそうってどういうわけ。



 見ていて微笑ましく感じないこともないが、微笑ましさよりもこいつを持て余す気持ち、というかどう接すればいいのか戸惑う気持ちの方が数倍大きい。


 兄弟なんかいたことねぇんだよ。


 いや、記憶を引っ繰り返せば、血縁上そう定義される誰かはいたのかも知れないが、こっちが兄や姉と思う相手もいたことがなければ、逆にこっちを兄と慕ってくる相手がいたこともない。



 今も俺は、突拍子もないことを言い出したルインを、なんだかもう疲れたような気持ちで眺め遣りつつ、「そうだっけ」と呟いている。


「はい!」


 と、きらきらした笑顔で肯うルイン。


 そっかそっか、心当たりないな。


 ――と思っていると、予期しない方向から反応があった。


 即ちトゥイーディアである。


「――え? ルドベキア、そんなに人気があったの?」


 目を丸くする彼女を一瞥して、俺は冷ややか極まりない表情になったが、その実内心では結構な衝撃を受けていた。



 ――トゥイーディア……そんな、マジでびっくりしたみたいな顔しないで……こう、おまえが俺のことを、一度たりとも魅力がある人間だと思ったことはないっていうのを、俺に突き付けてこないで……。



 全く無自覚に俺の気持ちを切り捨てているトゥイーディアに向かって、「それはもう!」と請け合うルイン。


 トゥイーディアがいっそう目を丸くする一方、カルディオスが興味津々という顔で俺を見てきた。

 こいつは飽きもせず、毎回毎回、俺に向かって「可愛い子に興味ないの」と訊いてくるから、まあ、こういう話題になったら喰い付くに決まっている。


 コリウスとアナベルは興味もなさそう。


 ディセントラは、若干嫌そうにするムンドゥスを捕まえて、宥め賺しつつ彼女の長い髪を編み直している。

 手先が器用な彼女のこと、いや手先が器用とはいえ、彼女が料理をしているのは見たことがないが(大抵、頼めば他の人に任せられる環境に生まれるから、と、ディセントラ自身はあっけらかんと言っていたことがある)、殊身だしなみに関することでは、ディセントラはめちゃくちゃ器用なので、髪を編むスピードは速いものだったが、ムンドゥスはそれでも嫌そうにしていた。


「――そーなの? ルド、じゃあ、仲良くしてた女の子とかいるの?」


 カルディオスがめちゃくちゃ身を乗り出してくるのを、俺は押し遣った。


 視界の隅っこでトゥイーディアが、なぜか尋常でなく焦った顔をしている。


 ――彼女は常軌を逸して優しいので、もしかしたらこう、そういう相手がいたならば俺を気遣って、そいつもルインみたいに連れて来れば良かった――と思っているのかも知れない。

 あるいは単純に、「魔界でそんな相手を見付けるなんて」みたいな顰蹙を覚えているのかも知れない。


 どっちにしろ、まあ、そういう相手は存在しないので心配無用なわけだけど。


「いねーよ」


 俺がぼそっと答えると、あからさまにがっかりするカルディオス。


 同時にめちゃくちゃ顔を緩ませるトゥイーディア。

 ほっとした様子のトゥイーディアが表情を緩ませていくのが可愛くて、俺はそっちに視線を向けたかったのに、生憎と代償がそれすら阻んだ。


 ゆえに俺はトゥイーディアの顔を、視界のぎりぎり端っこで捉えられただけだった。



 ――このクソ代償……こいつを俺に押し付けたのが誰であれ、今も生きてたら只じゃ済まさん。



「なんだ、いねーの。じゃあ、」


 カルディオスが平然とそう言って、そのままの口調でこいつの言葉が続けば、恐らく下品な単語が飛び出すだろうと予想して、俺は思わずカルディオスの頭を叩いて黙らせた。


「いってぇ!」と大袈裟に騒ぐカルディオスに、「うるさいな」と言わんばかりの眼差しを向けるコリウスとアナベル。


 こういう話題のときに、最も話に加わらせてはいけない二人が当のコリウスとアナベルであるだけに、カルディオスも絶対にそちらの方は見ない。


 一方トゥイーディアは慈悲の権化であるほどに優しいので――いや偶に苛烈な面もあるけれど、それは彼女にそういう面を出させる環境の方が悪いので――、カルディオスに駆け寄って来て頭を撫でてやっている。


 つまりは俺との距離も詰まったわけで、俺としてはそれは嬉しい。

 だが一方で、よしよしと気遣われているカルディオスが死ぬほど羨ましい。


 いつからか、もう覚えてないくらいに昔から、カルディオスはトゥイーディアから特別待遇を受けている。


 カルディオスは、自分の頭を撫でるトゥイーディアの手を取ってぎゅっと握り、なぜか――なんというのか、苦笑じみた、困ったような視線で彼女を見た。


 それからさっとその表情を切り替えて、いつも通りの軽薄な顔で、今度はルインを見遣る。


「けどさ、弟くんからすれば、ルドはモテてたわけだ?」


「はい、それはもう」


 真顔で応じるルインを、俺は思わず小突きそうになった。


「おまえ、適当なこと言うなよ」


 柘榴色の目を見開いて、ルインは俺を見て首を傾げる。

 本気できょとんとしたその表情に、心当たりがないにも関わらず、俺は記憶を探らねばならないような気がして、ぐっと押し黙った。


「――え、ですが、兄さん」


 と、ルインはぱちぱちと瞬きしつつ。


「事ある毎に贈り物を受け取っていらしたと思うのですが」


「事ある毎に!?」


 トゥイーディアが、思わず溢れた、と言わんばかりに叫び、カルディオスが爆笑した。


 見ればディセントラが、びっくりしたように目を見開いてトゥイーディアを見ている。



 まあ、彼女がこんな風に叫ぶのは珍しいことだからね……。



「ルドが女誑しになって、イーディがびっくりしちゃった」


 カルディオスがにやにやしながらそう言うので、俺はがっと自分の頭に血が昇るのを感じた。



 ――そんな不名誉な誤解をトゥイーディアから受けるくらいなら、俺は崖の上からでも身を投げて死ぬ。


 ていうかルイン、紛らわしいことを言うな。



 トゥイーディアはカルディオスを見て、それから小さく咳払いをして、俺を非難の眼差しで見た。


 ――俺は死にたくなった。


「……きみ、そんな人だっけ」


 結構冷ややかにそう言われて、代償さえなければ、俺はぶんぶんと首を振った上でトゥイーディアの手をカルディオスから奪い、そのまま自分が如何にトゥイーディアのことが好きかを、半時間くらい掛けて説明していたところだ。


 だが実際には俺は、冷ややか極まりない目で彼女を見て、はっきりと言っていた。


「おまえにそんなこと言われる義理ねぇけど」


 トゥイーディアが顔を顰めた。


 俺はますます死にたくなったが、そういう感情を顔に出すことは出来ない。


 カルディオスが、若干気遣うような目でトゥイーディアを見たあと、すぐに俺に視線を戻して首を傾げた。


「――贈り物って、どーいう?」


 俺は眉を寄せ、記憶を引っ繰り返したあと、「あれかな」と呟いた。


「ルインが言ってるのは、あれか。俺が――誰からかは忘れたけど、菓子受け取ったりしてた、あれかな」


「菓子」


 カルディオスが真顔で復唱する一方、「それですそれです」と頷くルイン。


 トゥイーディアはもうすっかり機嫌を損ねてしまったのか、無反応で顔を背けて、ふいっとアナベルたちの方へ行ってしまった。


 トゥイーディアが甘えるようにアナベルに凭れて座ろうとするのを、アナベルが結構あけすけに鬱陶しそうにしている。

 とはいうものの、結局のところは受け容れて、二人仲良くちょこんと座っている辺りが微笑ましい。


 コリウスが何か言っていて――多分というか間違いなく、「仲が悪いんだからわざわざ絡みに行くな」みたいなことをトゥイーディアに注意している。



 ――コリウス黙れ。そんなことを言って、マジでトゥイーディアが俺に話し掛けてくれなくなったらどうするんだ。

 それからアナベル、そこを代わってくれ。



 とはいえ、俺はトゥイーディアのことを目で追うことすら出来ないので、仏頂面でルインに向かって言っていた。


「あれ、結局のところ毒を仕込んでたんだろ」


 ぶっ、とカルディオスが空気に咽た。

 それから凄い勢いで顔を上げ、俺に詰め寄ってきて、「毒!?」と叫ぶ。

 目が据わっている。


 いやおまえ、俺が散々暗殺されそうになってたって、もう知ってるだろうがよ。


 呆れてそう考えつつも、俺は、今からでもその令嬢を殺しに行きそうな勢いのカルディオスに、「食ってないけど」と注釈を加える。


「でも多分、毒入りだったと思うよ。俺に渡すときのあっちの態度が、あからさまに」


「後ろめたそうな?」


「いや、なんつーか、きょどきょどしてたというか」


「――――」


 カルディオスが勢いを収め、ルインを見た。

 ルインもまじまじと俺を見てから、カルディオスを見た。


 二人の間に妙な視線が交わされたので、俺は戸惑って瞬きする。


「……なんだよ?」


「いや――」


 カルディオスはそう呟いて、額髪をいじった。


 なよなよして見えがちなその仕草も、こいつがやれば様になるのだから恐れ入る。

 そのまま、尋常でなく整った顔を顰めて、カルディオスはぼそっと。


「――それ、マジで毒入りだったのかな。その、まあ令嬢甲さんとするけれども、その甲さんが、本気でおまえに贈り物として作ったんじゃねーの?」


「えっ、なんで?」


「いや普通、毒入りお菓子を相手に渡すときにきょどきょどしたりはしねーって。

 平静な振りするか、おまえが食べるまで監視するか、どっちかだって」


「…………」



 ああ、確かに。



 確かにあのとき、「せっかくだからここで食べてください」とも言われなければ、「ルドベキアさまが間違いなく食べるまでよろしく」と俺の護衛に念を押されることもなく、そしてついでにあの次に会ったときもあの子、びっくりした様子はなかったな。

 なんでこいつ生きてんの、みたいな反応はなかった。


 ぶっちゃけ、あのときは常に寝不足だったし空腹だったし、頭は最低限しか回っていなかった。


 だから特段の違和感を覚えることもなかったわけだが、言われてみれば、確かに。


 ――と思うと、勿体ないことをした。


 当時の俺は慢性的な栄養不足の状態にあったので、あの菓子が安全なものであったのなら、是非食べて栄養にしておきたかった。


 いやむしろ、だったらあの場で包装を解いて、「一緒に食べましょう」とやれば良かったのだ。

 そしたらあれが毒入りかどうかも分かったはずで――いや、駄目か。令嬢はあくまであれは無害なものと思っていて、別の誰かが毒を混入させていた可能性もあった。



 ――そんなことをつらつら考えつつ、俺はぼろっと。


「あー、じゃあ、素直に食べときゃ良かったな」


「おっ」


 と、カルディオスが目をきらんっとさせた。


 嫌な予感に、俺はうっと詰まった。


 果たせるかなカルディオスは、「弟くん、ちょっとちょっと」とルインを手招く。


「はい、なんでしょう」


 と、純朴な顔で応じるルインに、カルディオスは、


「そのくだんの令嬢甲さんについて教えて。どんな人だったの? 髪の色とか顔立ちとか」


 ルインはぱちぱちと瞬き。

 カルディオスを見てから俺を見て、またカルディオスに視線を戻して、首を傾げる。


「はあ……」


「おい、カル」


 俺が制止するのも何のその、カルディオスは楽しそうにルインの肩を引っ張った。


「これでもね、俺は頑張って、ルドがどーいう女の子なら気に入ってくれるのか毎日考えてんの。令嬢甲さんが、案外ルドの好みかも知れない」


「そんな無駄なことを考えるなよ……」


 俺は思わず頭を抱えたが、ルインはルインで乗り気になってしまって、「ええっと、あの方は」なんて言い出す。


「おい、あのな、ルイン、真に受けるな。カル、馬鹿、ルインを乗せるな!」



 カルディオスとルインを引き離そうとしつつ、俺は内心で深々と溜息を吐く。



 ――顔も覚えていない令嬢甲さんなんかが、俺の好みであるわけがないだろう。



 俺の好みは、蜂蜜色の髪で飴色の目のあいつ、ただ一人だ。


 笑顔も顰め面も好きなのは、仕草の端々までも好ましいのはあいつだけだ。


 物事の捉え方、何かの事象に対する感想、その言い振り、そういうの全部が愛おしくて堪らないのはあいつだけだ。


 なんとかしてこの想いを目減りさせて、代償の対象となる俺の感情を他のものにしようとしても、どうやったって減っていかない、むしろ大きくなっていくばかりの恋情、その対象は未来永劫あいつだけだ。



 絶対に、俺がそれを伝えられることはないけれど。



 ――多分俺は、相当昔にとんでもなく悪いことをしたのだ。


 そうじゃなきゃ、この代償に納得がいくわけがない。



 最初の人生なんてもう覚えてもいないが、俺はきっと、言語を絶する悪人だったに違いない。




















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