第61話 帰りは怖い(4)
カスミは只管逃げます。
次の日から街中を通る道を避け、回り道を探しながら村があれば物資を購入して街道を西へと移動し続けて大アントナ山脈のふもとまで来てしまった。
月も11月となり、本格的な冬の到来に私達は馬車の寒さ対策に大わらわ、これまでの車輪に鎖を巻き、ゴーレムも氷で滑らないように接地面にスパイクを生やして対策しました。
ここから帝都まで1月あまり、冷い冬の行軍の始まりになります。
ヴァン国軍の制服は制定されていませんが、国で大量発注して作っている鎧兜をほとんどの軍人が使っています。
寒い国なので着ている鎧下などは防寒対策のされた物になりますし、靴や手袋も防寒仕様なので夏は手袋をしないで手甲だけみたいな人もいます。
しかし、本格的に冬ともなれば更なる冬着が必要になります。
毛皮で裏起毛のされたコート(フード、マスク付き)を鎧兜の上から着ます。
そのため誰が誰だか分からないぐらい着ぶくれてしまいます。
(ドワーフは別だよ、見ればわかるぐらい丸いからね by大姉)
偵察バードも私の飛空服も出番が無くなりました。
(飛空は完全に停止だね、飛んでも凍っちゃうよ by妹)
強風でも乾燥しているので大丈夫かと思っていましたが、地上の水気を含んで上空に上がると寒さで翼が氷ってしまいます。
敵(魅了男のパーティー)の2人を倒してから、この5日敵を見ていません。
帰路の道を街道から裏道に変更したのが功を奏したのかも知れません。
街道を外れ、鎖を巻いて冬対策した馬車で草原を移動した方が早く移動できます。
移動に空間把握で前方に危険が無いか常に警戒しながら道無き道を急ぎます。
すでに氷点下の温度になってきて辺りは冬景色になっています。
この曇天の中枯れた草の原をゴーレムに引かれて馬車は1日30ワーク(45km)は進みます。
先頭は私達、2番目はアル隊長、3番目はドン隊長の順に変更して帝都へと急ぎます。
何か私の胸騒ぎめいた予感が、帝都で何か起きそうだとしきりに訴えるのです。
一つは敵が私達の引き留め策を行って、先に帝都入りを狙っている可能性が在りそうなこと。
もう一つは、帝国の火球砲の調査が旨く行かない事を確信している私には、今回の襲撃から分かった、帝国が敵(魅了男のパーティー)や騎馬隊を用意した目的。
さらには敵(魅了男のパーティー)の作れる物のチートな性能などから。
ヴァン国へ帝国が取りそうな幾つかの行動が思い着くからです。
このまま20日も走れば帝都に敵より10日は早く着けます。
まぁそうゆう時ほど魔が挿すんですよね、この魔物みたいにね。
大アントナ山脈に生息している魔物の中で一番大きいのが、この灰色ガイルベアと呼ばれる熊の魔物です、恐らく迷いの森から山を越えてやってきた魔物の一頭でしょう。
私達の馬車の前に出てきて襲い掛かってきました、アル隊長の火球砲で1発、2発撃つと、顔が傷付いたのか血が出ますが致命傷とは行かず、ゴーレムに襲い掛かります。
ゴーレムは魔術付加された魔核さえ傷付かなければ再生は容易ですが、魔核に傷が付けば魔核から作り直しです。
急いでゴーレムを下げますが、魔ぐまがのしかかっていて離れません、私が少し強めの火球を魔物ぐまへ打ち込みます。
魔物ぐまと一緒にゴーレムも倒れてしまいました。
急いて魔核を取り出して見てみると大きな傷が魔核に入っています、どうやら魔物ぐまの爪が当たっていたようです。
急ぐ必要があるので、魔物(ダンジョンでは無いので体が残ります)の灰色ガイルベアを解体し魔核を取り出して、ゴーレム付与をその魔核に行いました。
6級クラスの魔核なので、ゴーレムも6級クラスになります。
これは行けるかもしれません、急いで馬車を3連結して私達のゴーレム馬車で引っ張ります。
早くなりましたが、揺れが激しく乗りごごちは悪くなりました。
馬車の耐久性能が限界かもしれません、少し速度を緩めそれでも時速7か8kmぐらい出ています。
帝都まで15日で着く計算です。
一日に40ワーク(60km)ぐらいは進んでいるようです。
毎日泊まるたびに、馬車を点検しています、結構頑丈に作られていますがさすがに今の速さでの動きには摩耗が激しく、錬金術を駆使して対応しています。
乗りごごちですか? 意外と枯草がクッションになっているようで凍り付いた平原を走っても揺れが少なかったです。
昼の休憩や夜の野営時に皆に聞いて見ましたが、時々馬車が空を飛んで行くらしいです、実際、地面の凸凹になった所では馬車が地面を離れていた時がありましたし、空を飛ぶのは大げさですが、バウンドしながら走る事は多々ありましたね。
でも皆平気な顔をしていましたし、実際衝撃はほとんどなかったそうです。
私ですか? 私は先頭の馬車でゴーレムを走らせるのに集中してたのでほとんど覚えていないのです。
(カスミは覚えていないようだけど神力を使ってたよ by大姉)
(うん、神力が馬車隊とゴーレムを覆って衝撃や横揺れから守っていたの by妹)
(… by小姉)
予定より早く、敵より半月は早く着いたので、帝都の門は問題なく通る事が出来ました。
帝都内も寒さで凍り付き、南側の運河では橇での通行が盛んでした。
私たちの馬車は鎖を外して帝都内を問題なくゆっくり進んできます。
ヴァン国大使館へ3月ぶりに戻ってきました。
冬の帝都へヴァン国火球砲部隊任務完了しました。
大使館に居た、ヴィラ大使にこれまでの経緯を話し、書類を渡します。
私とアイザックス将軍がサインした「火球砲の問題は全て引き取った帝国にあるとの一文のある引き取り書」と「火球砲の受け取り承諾書」を渡して大使に今回の契約完了をもらった。
次の日大使に帝都を離れると話すため訪れると大使から帝国との契約が完了したと教えてもらった、私の渡した書類を見せて契約完了書にサインを要求したら、しぶしぶサインしたそうです。
その後大使から重要な話があると切り出され、ヴァン国に大使と一緒に帰った方が良いと、このまま帝国に居るとこの身に危険が迫るからと言われてしまいました。
そのことは十分身に染みて分かって来た所です。
大使に一度帰って良く考えて出直してきますと答えて大使館を出て大使館裏の路地に家を開いて入った。
影はもう引き上げたようです、ナミも闇魔術は感じられないそうなので、私が東へ行ったからだと思います。
家族会議です、カスミ姉妹集合です。
「カスミ、大使からの提案受け入れて一度ヴァン国へ行ってみた方が良いと思うよ」と大姉。
「敵(魅了男のパーティー)はまだ3人残っているし、帝国がカスミを狙ってるのは前からだし、今回の件で火球砲まで追加されたんだよ、帝国から逃げた方が絶対良いよ」とは妹。
「セルボネ市の件が無ければ迷わなかったんだけどね、もう四の五の言ってる場合では無いよね、分かった帝国を出てヴァン国へ行くよ」
方針が決まったので、オーナ姉妹に話す時ですね。
オーナ姉妹に集合を掛けます。
今日大使から申し出があった件を説明、カスミ姉妹の結論を伝えると、レタもアイもナミも賛成してくれました。
オーナ姉妹も帝国の陰謀は知っていますし、今回の遠征では遠距離の攻撃手段を持たないオーナ姉妹は守る事に専念するしかなかったのがつらかったそうです。
これで、方針は決まりました。
翌日大使館へ出向くと大使と面会し昨日の件を話します。
「ヴィラ大使、昨日提案された帝国を出て、ヴァン国へ帰国する件了解した」と大使に言うと。
大使も喜んでくれて、帰国が実は迫っていて10日後にも出る予定だったそうです。
私達の帰りが遅ければバラン代理大使に後の事を託して帰る事になっている所だったそうです。
帝都に残るのは、例年と同じバラン代理大使とドン隊長率いるドワーフの部隊兼工作隊の30人だそうです。
特にドワーフの30人はヴァン国が輸出する魔道具の修理や修復などを手掛けてきた魔道具師のベテラン揃いの工兵だそうです。
ですから、今回火球砲の修理依頼が来ても対応できるそうです、作成はわたしの魔術陣の付加と錬金術が無ければ作れません。
バラン代理大使は実は工兵の部隊長が本来の任務で代理大使はあくまで臨時でしかないそうです。
帰国予定日までまだ10日あるので、その間馬車を修理と改造することで工兵のみんなと意見が一致して取り掛かる事になりました。
エルフのアル隊長からも改善要望が出ていて、その件も入れて改造する予定です。
馬車の改造はこのようになりました。
・馬車をゴーレムを中継にして連結できるようにした。
・馬車間の連絡用に画像音声を通信と連結器経由での通信線で行えるようにした。
・各馬車に簡易炊事施設と非常時用魔道具のトイレ用オマルを設置。
・馬車の足回りの強化と車台の改造。
これは、もともと馬車の車輪は枠に独立してばね付きで固定されていて、板ばねで車体と繋がっていたが、前輪をハンドルで舵が取れる様に変更したため、それに合わせて後輪も変更した。
さらに、車輪も大きな車輪から中型の幅広でクッション性が在るゴムタイヤへ変更する。
・火球砲の馬車の上部にある砲架台部分を砲を挟んで左右に座って操作できるように変更し、更に砲室を全天候型の防護壁の覆いで囲い馬車を外気から完全に遮断する。
・大使館にある全ての馬車の車輪も改造する、これは全部で5台あった。
・冬用に車輪のタイヤをスパイクタイヤにする。
上記の変更と改造を行った。
8台の馬車の改造が終わったのは大使の出発の2日前だった。
その夜皇帝宮殿から帰って来た大使から緊急の呼び出しがあり、馬車に居た私が大使の部屋に行くと、大使からカスミ姫では無く、傭兵のカスミへの騒乱罪で身柄の確保命令が出たと知らせてくれた。
詳しく内容を知っているか尋ねると、東のどこかの領で暴れて乱暴狼藉があったと領主から訴えがあったそうで、身柄の拘束命令はそれを受けて出されたとの事だった。
敵(魅了男のパーティー)がいよいよ帝都入りしたのだと思った。
冬の荒野を帝都目指しての逃亡ですが、街道は山のはぐれ魔物を避けて山から大きく離れています。
カスミは山すそを通る事で意図せず近道を通っている事になります。
魔物には遭遇しますが。




