人の役に立てる人間になれとか無理ゲー
他人から見て、遊んでいるだけの不真面目な人間に見えることは知っている。だけれど、無理なものは無理なのだ。現実に向き合って、真人間のように生きようだなんて、考えるだけで息が詰まって泣けてくる。親より先に死にたい。先の展望も意欲もどうやったって持てない。生きることに向いていない。現実逃避することでやっと泣かずに生きていられる。
朝起きて人のいるところに出かけるだけで耐えられない。予定されたこと以外の事象に対応することができない。自分の身体的欲求がうまく認識できていない。日々をルーチンに落とし込まないと生活も送れない。建設的な意味があることができない。
実は真人間でいられないことは自分でもストレスだ。かといって、真人間になれる気はしない。真人間になりたいとも思えない。人に迷惑をかけていることは申し訳ないと思う。でもできないことができないのだ。
言い訳だ。知っている。そこで努力しようとできないから私はダメ人間なのである。
こうして思考しているだけでも腹が痛いし涙がとまらない。何年経とうが、立ち止まっている以上、私はその時から変わっていないのだ。
べつに楽しいからゲームをしているわけではない。何もしないことに耐えられないから、何かしているだけだ。それを楽しいと思えるタイミングもあるけど、基本は全て作業だ。与えられた課題をこなすだけのルーチン。特に何とも思っていない。
とりあえず人間らしい情動があるふりをしている。あるのかもしれないがよくわからない。
自分の躯の動かし方がわからなくなることがある。痛みを感じているのかどうか、確信がない。ほんの数秒前のことが思い出せないことがある。他者との意思疎通が難しいと感じる。自分の感情や考えていることをうまく表現できない。
何もしないことに耐えられないけれど、意味のあること、役に立つことをしたくない。何もしたくない。消えてしまいたい。死にたい。でも苦しいのも痛いのも嫌なので、自殺しようとは思わない。眠っている間に勝手に死んでしまって二度と目覚めなければいい。
他者と交流したいと思えない。他者と理解し合いたいと思わない。相互理解のための話し合いとかしたくない。
失敗することが怖い。より正確には、失敗して非難されるのが嫌だ。不出来な人間だと思われたくない。いやまあ、実際私はダメ人間なんだろうけど。
発した言葉が誤解されることが嫌で仕方ない。他人の言った言葉を理解できている自信がない。投げかけられた質問に、何を答えればいいのかがわからない。答えの決まっていない問いは嫌いだ。答えた後で、よく答え方を間違ったことに気付く。
別に訴えたいことはないし、変わりたいとも思っていない。現実逃避している間は今の自分のままでいいと思える。私は何者にもなりたくない。大人になれていない。子供のままでいる。もう子供じゃないはずなのにね。
他人の役に立つことに意味を見出せない。やれと言われたらやるかもしれないけど。自主的にはやりたくない。利がないとかそういうんじゃなくて、しんどい。生きていることが。何もしたくない。
できないことは、できないのだ。別に私がやらなくてもいいなら、私じゃなくてもいいじゃないか。
自分のできることはしているつもりだ。何もしていないように見えるのだろう。苦しいことを訴えていないから。訴えても何も解決しないし嫌な気分にさせるだけなのに。力仕事は大体物理的に出来ない。問いかけに論理的に答えられるように考えをまとめようとすると、大体一時間とか二時間とかずっと考えないとならない。その場で答えられない。
それらの全てが鬱陶しいし、しんどい。だから私は真人間ではないし、真人間にはなれない。理解されないし、理解されるための努力は徒労としか思えない。人は自分を基準にしてしか世界を見られない。
現実が嫌いだ。非論理的で、非合理的だと思う。人のなんとなくで論理が崩れる。美しくない。まあ、美しいものなんてほとんど知らないけど。
自分が何故泣きたいのかがわからない。泣いたって解決するものなんてないし、視界が悪くなるだけなのに。人に理解されないことなんて、当然のことなのに。泣いたって何も起こらないのに。どうせ自分のことしか考えてないくせに。自己愛なんてないくせに。空想の中でしか自分を愛せないくせに。好きなものなんて何もないくせに。ぜんぶきらいなくせに。好きなふりをしているだけのくせに。
なにをかっこつけているんだ。