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人気キーワード3部作

王都隣村古民家<ざまあ>調査室 ~ この試練 <ざまあ>のためと承知しております! ~

作者: 有理守

「ざまあ」が流行っているうちに、一つくらい書いておこうと思いました。

5000文字をちょっぴり越えました。でも、さらっと読めます。

※「路地裏」の二人組の「ざまあルート」とお思いください。


 ここは、王都の隣村――の外れの外れの端の方。

 どこまでものどかな田園風景が続く丘陵地。牛や羊の鳴き声が山にこだまし、澄んだ青空をゆっくりと雲が流れていく。今日の収穫物を積み込んだ荷馬車が、山の麓の集落を目指し静かに丘を横切って行く。

 ついふた月ほど前のこと、丘陵地の端にぽつんと立つ古い石造りの家屋に、一組の若い男女が住みついた。地味な格好をしているが、どことなく品があり言葉にもなまりがない。駆け落ちした貴族様ではないかと噂する者もいるが、本当のところはわからない。いったいどういう二人なのか――

 

◇ ◇ ◇


「ルトガー様。さっき、ヒルダさんが卵を届けてくださいました。今朝、産んだばかりのものだそうですよ」

「ほう、卵か! 久しぶりだな。わたしは、森で枝打ちを手伝った折に、フリッツ殿からキノコを分けていただいたぞ」

「では、夕食はきのこのオムレツにいたしましょう」

「それは楽しみだな。そうだ! 明るいうちにもう少し薪割りをしておこう!」

「よろしくお願いいたします。水は、先ほどわたしが川から汲んで参りました」

「おう。イルゼはすっかり逞しくなったな!」 


 ここは、昔からわたしの父が「秘密の小箱」と呼んで、人目に触れさせたくない文書などを保管してきた古い民家だ。もちろん、ここには父やわたしの財産の一部も隠してある。

 わたしの名前はイルゼ。父は、王都一の豪商だったが、訳あって今はこの国を離れ隣国のどこかにいる。

 そして、ルトガー様は、この国の第五王子であるが、今は宮殿を追われ、わたしと一緒にこの家に身を潜め、ひっそりと暮らしている。

 彼の母は、父の従兄妹である。若くして商売に成功した父が、巨額の持参金と貧乏貴族から金で手に入れた「男爵令嬢」という身分と共に、宮廷に送り込んだ現王の第三夫人であったが、突然出奔してしまった。父と同じく隣国にいるらしいが、詳しいことはわからない。

 この家の近くに住んでいるのは、かつて父の商会や屋敷で働いていた人たちやその親族で、父が家や土地を用意し、「秘密の小箱」を守らせながらこの地に根づかせてきた人々だ。だから、わたしもルトガー様も、とりあえず追っ手や刺客など気にせず、静かに安心して暮らすことができている。


「おまえの親父殿の商会が閉鎖されたと、フリッツ殿から聞いたが、屋敷や使用人たちは大丈夫なのか?」

「ご心配いただきありがとうございます。ルトガー様の母上が出奔されたことを知るや否や、父は使用人たちに暇を出しました。そして、店にあった品物や屋敷の私財は、予め決めてあった場所に使用人たちが運び出し隠しました。父はもともと用心深い人間ですから、日頃から何かあったときのことを考え準備をしておりました。

 たぶん、屋敷には、耳が遠いふりをするのが上手な老庭師がただ一人残り、訪ねてこられた方を煙に巻いていると思います」

「さすがだな、親父殿は。まだ宮廷では誰も母上の出奔に気づかぬうちに、わたしに手紙をよこし、宮殿の裏におまえと馬車を差し向けてくれた。もたもたしていたら、わたしは今頃、城の地下牢にでも幽閉されていたことだろう」

「ルトガー様は、父とわたしにとって最後の砦でございます。敵の手に渡すわけにはいきません」


 第三夫人の出奔から一月半。ようやく、何が起きたのかがわたしにもわかってきた。

 現王には、5人の王子がおられる。

 次王は、ほぼ王太子様に決まっているが、やや凡庸なお方なので長く王座に留まることは難しいかもしれない。お妃様がおいでだが、まだお子様はいない。第二王子は、最近病がちで、王都から遠く離れたところにある離宮にお住まいだ。第三王子は、諸事情あり、ある上級貴族に近々婿入りすることが決まっている。

 つまり、次期王太子の候補は、第四王子のマテウス様と第五王子のルトガー様に絞られたといっても過言ではない。

 血筋でいえば、出戻りとはいえ、元公爵令嬢の第四夫人を母に持つマテウス様が圧倒的に有利である。しかし、本人の気質を考えれば、幼い頃より利発で人当たりが良く、身分や家柄に拘らず、誰とでも分け隔て無く接することができたルトガー様の方が、学問に秀でてはいるが、やや人嫌いなところがあり、独善的な物言いが目立つマテウス様よりも、遙かに寛容で公平な治世を期待できる。いずれは、優れた君主になるであろうと思われた。

 お若いがまめで、骨身を惜しまないルトガー様は、幅広い貴族の方々から相談事を持ち込まれるようになった。宮廷での人気は、絶大なものになりつつある。

 この様子を見たマテウス様を支持する一派が、早いうちにルトガー様と第三夫人を消してしまおうと動き出したらしい。


「第三夫人が、従兄妹の商会を通じて、隣国から、使った痕跡が残らない強力な毒薬を手に入れている」

「第二王子が、病がちなのは、その毒薬の効果を試すため少量の毒を盛られたからだ」


といった、根も葉もない噂が、宮廷の侍従や女官たちの間に密かに広がっていった。

 第二王子のお毒味役たちが、暴れ馬に蹴られて大怪我を負ったり、屋根から落ちてきた瓦が頭に当たり亡くなったりしたことで、彼らが実は共犯者で、首謀者から命を狙われたのだという話まで流布し始めた。

 首謀者とは、もちろん第三夫人とルトガー様、そして、お二人の後ろ盾であるわたしの父である。

 よく考えれば、王太子争いでも優位に立ちつつあり、宮廷での支持も厚いルトガー様側が、そんな胡散臭いことをするわけがないのである。しかし、なにしろ暇で、新たな刺激を求めがちな宮廷スズメたちは、馬鹿馬鹿しくても、より面白可笑しい話に飛びつく。斯くして、根も葉もない噂が公然の秘密として囁かれるようになっていく。


 第三夫人は、いち早く動かれた。勘が働く方なので、噂がまだ噂の域を出ないうちに行動を起こした。このままでは、近いうちにルトガー様共々、王の前で断罪されるかもしれないと、父に連絡をしてきたのだ。

 宮廷に送り込んである協力者から、すでに情報を得ていた父は、あっという間に手はずを整え、第三夫人にお伝えした。母上様の病気見舞いを理由に、僅かな供で外出の許可を願い出、そのまま密かに国境を越えてしまうようにと。マテウス様の側近や支持者たちが、こちらの動きに気づいたときにはすでに後の祭りである。

 そして、その後のわたしたちの動きは、前述の通りである。


 わたしとルトガー様は、温かなきのこオムレツと少し酸味のきいた黒パンの夕食をいただきながら、今日一日を振り返っていた。秋が深まり、夜の冷え込みは厳しくなってきたが、ルトガー様が十分に薪を用意してくださったおかげで、この家の大きな暖炉の炎は赤々と燃えている。

「イルゼ。おまえが、毎日この家の書庫で探しているものは、いったい何なのだ?」

「わたしにもよくわかりません。父から預かった走り書きには、『ざまあを手にせよ』と書かれておりました」

「『ざまあ』か。どういうものであろう? 聞いたことがないな」

「それを見つけ出すことで、ルトガー様や母上様の宮廷への復帰が叶うものではないでしょうか?」

「何か、重要な秘密文書のようなものであろうか?」

「そうかもしれません。ここにあるのは確かなので、丹念に調べていくしかありません」

「そうだな。明日は雨のようだから、農場や森での仕事は休みだ。わたしも手伝おう!」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 暖炉の熾火を確かめて、わたしはベッドに潜り込んだ。父は、いつも「よく眠れば良い知恵が出る」と言っていた。だから、このような古い家でも、布団だけは高価な物を用意しておいてくれた。部屋の反対側にあるルトガー様のベッドにも、宮殿で使っている物に引けを取らない、素晴らしい寝具が誂えてある。来たるべきときに備え、とにかくよく眠っておこう。


 次の日、ルトガー様とわたしは、家の裏の岩山をうがって作った書庫の中で、「ざまあ」探しに明け暮れた。

 その結果、一綴りの重要な文書を見つけることができた。第四夫人のご実家である公爵家の「財務調査書(秘)」である。この十年ほどの、公爵家の収入や支出の状況がこと細かに書き出されている。ご領地からの税収は、公爵家として決して十分とはいえない。不作の年も多く、収入は安定していないようだ。一方、支出の方は、なかなかに派手である。第四夫人に豪華な装身具を届けたり、マテウス様が望まれたのであろう高価な外国の書物を買い集めたり、さらには、お二人が主催するお茶会や夜会にもかなりの資金援助をされたりしている。内情に通じた者にしか書けない内容だ。どうやら父は、公爵家にも協力者を送り込んでいたらしい。

「全く釣り合いがとれておらん。この程度の収入で、ここまで派手な使い方ができるものか!」

「何か別の収入があると考えるべきですね。少なくとも、どこからも借金をしている様子はありませんから」

「公爵は、長らく外務大臣を務めておった。何か、貿易に絡むことではないだろうか?」

「なるほど。例えば、密貿易とかでしょうか」


 ルトガー様とわたしは、これまで開けてみることもなかった、紙包みのような物にも目を向けた。そして、油紙に包まれ麻紐でくくられた紙束を一つ見つけた。油紙の中から表れたのは、辺境にある公爵家のご領地の地図、それから、薄紙に挟まれたひからびた植物――。その臭いを嗅いだルトガー様が叫んだ。

「麻薬草だ!」

「えっ!?」

「おそらく、この地図にある辺境の領地で、ひっそりと栽培しているのであろう。この草から作る薬は、重い病の治療に使われることがあると、お前の親父殿から聞いたことがある。しかし、使い方や量を間違えれば、人は快楽に溺れ心を狂わせ、死に至ることもあるという。もちろん、国内での栽培も流通も禁じられている。おそらくは、隣国にでも流しているのであろう。これが密貿易の品物で、秘密の収入源に間違いあるまい。」


 五日後、ルトガー様は、フリッツさんから馬を借り旅支度を調えた。辺境にある公爵家のご領地に向かい、麻薬草栽培の証人を探し出してくると言う。

「ルトガー様、大丈夫ですか? 自ら敵の懐に飛び込むようなことをして」

「心配ない。フリッツ殿やお前の親父殿の商会で支配人をしていたクリストフ殿も一緒に行く」

「クリストフもですか? 父と一緒に隣国を目指したと思っていましたが――。わかりました。ここに、砂金と金貨の袋をご用意いたしました。いざという時にお使いください」

「助かるぞ。わたしが戻り次第、宮廷に乗り込むことになる。イルゼも準備をしておけ。実は、お前には話していなかったが、お前の親父殿は、母上と一緒に隣国の国王の元におる。隣国では、国内で広がる麻薬草に頭を悩ませておってな、お前の親父殿からの訴えに、国王は酷くお怒りになられたそうだ。証拠が整い次第、軍を率いて国境に迫り、公爵の引き渡しを求めてくることになっている。クリストフ殿が命がけで隣国から持ち帰った、公爵の断罪を求める、国璽が押された書状もあるのだ!」

「ルトガー様!」


 わたしは、ルトガー様とフリッツさん、クリストフの旅立ちを見送った。うまく証人を連れてこられますように!


「ざ」は、「公爵家の財務調査書(秘)」

「ま」は、「麻薬草密貿易の証拠」

 そして、「あ」は――。

 ルトガー様が、考えている「あ」は、たぶん「愛国心」だ。

 隣国との戦争になれば、民は苦しみ深く傷つく。王都ではお忍びで様々な場所に顔を出し、村では村人と農作業を楽しみ、民の暮らしをよく知るルトガー様の愛国心は、「民を愛する国でありたい」と思うお心だ。

 ルトガー様は、「ざ・ま・あ」を手に宮廷に戻り、王家や国を危うくした者たちを糾弾し、隣国との戦争を回避するだろう。ルトガー様と母上様は、救国の王子そして救国の妃として、長く語り継がれることになるだろう。

 もちろん、隣国の国王との親交を深めその信頼を得た上、次期王太子の座を盤石のものとする。

 そしていずれは――


 でもね、ルトガー様、わたしは、全く別の「あ」を考えているのですよ。

 わたしの手にしたい「あ」は、「安穏」です。

 この村で過ごした穏やかな時間。ルトガー様との安穏な暮らしは、もう終わりなのですか?


 とりあえず――

 今夜も、温かなベッドでゆっくり眠ろう。「よく眠れば良い知恵が出る」はずだから。

 どんな「あ」を選んでも、これまで同様ルトガー様をお支えしよう。

 だって、わたしを動かす本当の「あ」は……。


 - おわり -


最後までお読みくださった方、ありがとうございました。

流行キーワード三部作、これにて終了です。


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