◇わたしのヒミツ
◇わたしのヒミツ
二人で、放心しながら夜道を歩いた。今日も双葉はわたしの所に泊まっていくらしい。でも、双葉は今までにないくらいよそよそしくて、帰りの電車の中では一言も話さなかった。一緒に並んで歩いていても、人ひとり分の距離がある。いつもだったら、お互いの肩がぶつかるくらいの距離で、わざと肩をぶつけてきては、先にいちゃもんをつけてふざけてくるのは双葉の方。なのに、今は遠い。
あと数十分もすれば日付が変わり、そこの角を曲がればマンションに到着してしまう。今日はいろんなことがいっぺんにやってきて、正直わたしも混乱することが多かった。だけれどそれ以上に混乱しているのは、隣の、美しすぎる横顔をめいっぱい不安な表情に陰らせているわたしの……親友。
もう、親友でいられないのかな。
双葉の相棒にはなれないのかな。
だって、わたしが。
本当は、わたしは。
本当の、自分は。
「『男だから』って、不安な顔してんな。相棒撤回してたら泊りになんか行かねぇっつの。バカか」
思いっきりデコピンをくらってしまう。まだ、全てを信じられていないような複雑な表情の彼女だけれど、いつになく優しい顔をしていた。
おでこの痛さよりも、双葉に嫌われていないことが嬉しくて、嬉しくて、じんわりと視界がぼやけていく。ついには、抑えきれなくなって、とめどなく溢れてくる。涙が、気持ちが、色々とぐちゃぐちゃになって。
「なんだよ、泣くなよ。男なんだろ」
本当は男だって隠してきた自分よりも、男らしい双葉に励まされ、道端で涙が止まらなくなって歩けないでいる自分の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。
あの日、百八十度自分を変えた日。
一人称が「自分」から、「わたし」になった日。
真逆へと導いてくれた、もね。
そう、あのときのもねの提案は『男から真逆の女になること』だった。
新入生レクリエーションでもねが企てていたのは、近衛ゆづきを見事なまでに女にして、注目を浴びること。
こんな突拍子もないこと、最初こそ受け入れられる訳がなかったけれど、もねに魅せられていたわたしは、彼女を信じることにした。
わたしを女のようにするのは、もねに言わせてみれば「めっちゃかんたーん」だそう。
初めてもねに言われた「ねぇ、肌めっちゃ綺麗」あの瞬間から、もねはわたしに秘められていた何かを見つけていたらしい。何事にもポジティブで革命家のもねは、出会った瞬間からわたしの本質を見抜き、未知なる想像が大爆発したとのこと。近衛ゆづきの、不幸を背負っている感じをどうにかして払拭させるべく、頭をフル回転させ辿り着いたのが、女として立場を確立させること。もねはとても頭の回転がはやい子だった。
まず、女子制服を着せることを考えたらしい。そのときに思い出したのが、過去に、とある女子生徒が通学の電車内で痴漢にあった。それを機に、女子生徒はスカートを着用することが怖くなったそう。そのようなトラウマがある生徒に、男子制服と同じズボンを着用することを許したことがあるのだとか。確かに、校則に女子はズボンを着用してはいけないなんて記載はない。その逆もアリなんじゃないかとにらんだもねは、わたしにスカートをはかせることを決めたみたい。そして、ボサボサに伸ばしっぱなしだった髪を整えて、もともと女っぽい顔つきだったのを利用してバレない程度のメイクを施し、爪などの細かいトコロまで目を配り、姿勢や歩き方にまでいたるところを矯正して、わたしは生まれ変わったんだ。
新入生レクリエーション当日の昼休み。利用する生徒が極端に少ない女子トイレで、初めて生まれ変わった自分と対面したときのあのドキドキは今でも忘れない。自分が自分じゃなくて、切り離された存在になった気がした。だから、今まで一人ぼっちだったことは全部違うトコロにいた自分。
だって、もねが差し出した鏡の中には、もねの次に可愛い女の子がいたから。
そして、緊張とともにステージに上がった瞬間、クラスメイトからは驚きに満ちた声が上がり、他のクラスの生徒たちからは、「可愛い」と言う声が上がった。今までの自分からは考えれられないようなことだったから、なんだかちょっぴり気持ちいとさえ感じたんだっけ。
でも、スカートの丈が校則違反だからって生徒指導の先生に捕まってしまって。そうそう、あのとき男子生徒が制服のスカートをはいているトコロを咎められなかったのは、最初からもねが担任の関谷先生に許可を取っていたからだと、後から彼女にきいた。どう考えても常識ではありえないことなのだけれど、もねはなんとなく見抜いてたんだろうな。このままじゃ近衛ゆずきは人と関わることができないダメ人間になってしまうのだと。それは、関谷先生も同じように思っていたんじゃないかな。空気の読めなさそうな教師に見えて、実は誰よりも生徒の味方でいてくれる教師だった。だからあのとき、生徒指導室で「他の先生には俺からフォロー入れといてやるから」「良い方向に精進してくれよ」と言ってくれたんだろう。とは言え、男子生徒が女子の制服を着るなんてありえないこと。もねと関谷先生とともに校長室に呼ばれたりもしたけど、ありがたいことに我が高校の校訓は「我が道を進む行動力」だった。それを盾に三人で粘ったところ、自分で掲げた校訓のため、校長の方が折れたのだ。学校の評判を下げず、常に良い手本でいられる存在になるようにと条件付きで。だから、勉強も運動も頑張れた。首席になるほどではないけれど、悪くはならないように常に励んだ。もねの方は勉強に関してはちょっと問題有りだったけど、そこは持ち前のカリスマ性で乗り切っていたし。そうして、いつしか二人で生徒会長と生徒会副会長になり、学校の中心的存在になる頃にはすっかり女子生徒としての扱いになっていったんだ。どのくらいなのかと言うと、ちょっぴりハスキーボイスなのは大目に見て、わたしの見た目がまず男に見えないため、一緒に着替えるのが恥ずかしいと男子生徒たちからの要望もあり、体操着への着替えは男子更衣室でも女子更衣室でもなく、体育倉庫を貸してもらえた。身体測定は一人だけ別室にて。水泳の授業は見学となり、放課後に一人で補習に何回か行って体育の成績は良しとしてもらえたり。お手洗いは職員用を使うようにしてもらえたりと、それぞれ配慮のある待遇を受けた。極めつけは、地域の広報誌の取材で、生徒会役員のインタビューがあったとき、記事でわたしのことが「生徒会副会長の近衛ゆづきさん」という表記になっていたことだ。男だったら君になっているトコロをさん付けということは、女だと証明しているようなもの。先生かもねがそう表記するようにしたのか、はたまた記者が本当にわたしを女だと思ったのかは定かではないけれど、密かにとても嬉しかった思い出。
このまま女みたいに生きていくことに一番頭を抱えたのは就職のときだったけど、ありのままの自分をしっかりとアピールしたところ、受け入れてくれる会社が一つだけあった。それが今わたしが居られる場所。株式会社イチノセのアパレルブランド「splen doll」浜松店。
店長が、わたしの学校生活での素行をしっかりと担任から確認をして「やる気があって頑張ってくれるのなら、性別なんて関係ない。あ、でもちゃんとお店のお洋服は着てね」と快く採用してくれた。わたしが最初から男だと知っているのは、浜松店の店長直属の上司である篠ヶ瀬部長とその上の一ノ瀬社長だけ。あとは、一緒に働くことになる浜松店の他のスタッフにはちゃんと自分のことを説明した。最初こそ驚かれ引かれたりなんかもしたけれど、優しい店長のおかげで早々に打ち解け、一年間楽しく仕事ができたのだった。
そして、突然の移動の話が舞い込んできた。定期的に視察に来ている篠ヶ瀬部長と初めて会ったとき、「え、君が噂のゆづきちゃん君? かっわいいねぇ。本当に女の子みたい。いや、どっからどう見ても女の子じゃん。ウチの服も似合うし」とお墨付きをもらった。このときに篠ヶ瀬部長は、男としても女としても生きてきたわたしなら、渋谷店の問題を解決できるかもしれないとにらんでいたんだろうなと、今となってはそう思う。
さらっと説明してしまうとこんな感じ。近衛ゆづきは、男でした。
双葉に、見かけによらずハスキーボイスだねと言われたのも、少しだけファッションに疎いもの、字が中学生男子みたいだと言われたのも、ビューラーでまぶたを挟んでしまう不器用さも、ベランダにトランクスが干してあったのも、双葉と一緒にお風呂に入れないのも、全部わたしが男だから。
いつか吉田さんに「近衛さんって案外男前よね」って言われたっけ。それは探偵の仕事として働いていた吉田さんは最初から知っていたから、きっとついついからかってみたかったんだと今となっては思う。吉田さんは意外にもいたずら好きなのかもしれない。
ぐるぐると色々なことを思い出して、でもやっぱり双葉に嫌われることが怖くてうつむいたまま、彼女の顔を見ることが出来ない。きっと彼女は、下を向いたままのわたしを、まっすぐ見つめているんだろうなと思う。でも動かなければ帰ることが出来ないし……覚悟を決めて顔を上げようとしたとき。
ぐいっと両手で顔を持ち上げられた。首の骨が小さくパキリと軋む。思わず「いってぇ」とかなり低い声が出てしまった。
「あっはは! すげー男みたいな声、ウケるんですけど。あ、男だからか」
まるでボールを正面に持ってきたみたいな感じに掴まれているから、必然的に双葉の顔と対面するしかない。正直なトコロ、涙でぐちゃくちゃの顔を見られるのは恥ずかしくて思わず目をそらしたくなる。でもそれを双葉さんは許してくれるはずがない。だから向き合うしかない。街頭の明かりで半分だけ照らされた彼女の顔は、いつも通り美しくて、気の強そうな感じで自信たっぷりにニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「どっからどーみても、可愛いわ。綺麗だわ。ゆづきは。アタシにないものいっぱい持ってる」
わたしの顔を両手で掴んだまま、初めて会ったときに言ったセリフを、彼女は言った。
「好きだよ、ゆづきのこと。だから、全部きかせてよ。今までのこと。イロイロ、頑張ってきたんだろ?」
優しい言葉。心の底から嬉しくて、初めて誰かに認められた気がした。初めて好きって言われた。大好きだったもねは、わたしを置いてどこかへ行ってしまった。わたしだけ好きなまま、もねは本当はわたしのことをどう思っていたのか聞けないまま、いなくなってしまった。わたしが居てもいいって証明してくれる存在がいなくなってからずっと不安だった。一人は、怖かった。心の拠り所がないと、ダメになってしまうんだ、わたし。でも、もねが築きあげてくれた居場所を自分の力で守らなきゃと頑張ってきた。それが、双葉によって、報われた気がしたの。
また目頭が熱くなって、目の前の双葉の綺麗な顔がぼんやりしてしまう。
「おーいー。これ以上泣くなよ。勘違いさせる前に言っとくけど、二番目だからな、ゆづきは。一番はアヅくん」
それは分かってるよ。わたしは、近衛ゆづきは女として生きることを決めたから。アヅサくんから双葉を奪うようなことはできないし、双葉の本当の一番になれるとも思っていない。ただ、一緒にいたいだけ。友達……親友として。それだけじゃだめかな?
「さっさと帰るぞ。アタシ早く風呂入りたいんだよね」
それは、良いってこと?
いつものテンションで、わたしの手を引き一緒に歩きだす。
さっきまで双葉との距離が遠いなんて思っていたけど、そんなことなかった。ずっと、近くにいてくれる、優しくて綺麗で誰よりも強い双葉。
「ありがとう」
「風呂上り。根掘り葉掘りきいてやるから覚悟しとけよ。あと、まだ完全に信じたわけじゃないから、裸見せろよな」
「え、いやそれは……無理なやつ」
「いーや、絶対見る。無理やりにでもひっぺがしてやっからな」
「むーりむりむり! ほんと、やばいって。恥ずかしすぎて。だって、学校で今まで誰にも裸見せたことないんだよ? 体育の着替えはわたし一人別室だったし、水泳だってみんなと一緒にやってないし、裸みられる耐性ついてないんだよ」
「はぁ? 学校は集団行動を学ぶ場所だぞ。一人特別扱いにあぐらかいてんじゃねーぞ! とりゃ」
「ひゃあぁぁあっ」
ニヤリと唇を美しい三日月にして、わたしのスカートをめくってきた。こ、これは小学生男子がよくやる技! 深夜だから道端に人はいないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「なんだよ、女子みたいな反応しやがって! 女子かよ」
「一応女子なの! 女子でいさせてっ」
「あと、ちゃんと女ものの下着はいてるのな」
「そ、そうだよっ。家でくつろぐときとかはトランクスだけど。一応可愛いのはいとかなきゃじゃん?」
「誰に見せるつもりだよ、このふしだら娘」
ぷぷっ、と双葉が吹き出したところでマンションのエントランスに到着した。ガラス張りの扉に反射して移る自分の姿を見たら、顔は涙でメイクが崩れてぐちゃぐちゃで、頬や耳が真っ赤で、でも双葉と一緒に楽しそうに笑うわたしがそこに居た。
「ってかさー、親は? 女の格好して何も言われなかったわけ?」
お風呂上り、扇風機の前に座って、ほてった身体を冷やしながら約束通り双葉とぶっちゃけトークをしていた。もう隠すことなんて一つもない。誰にも心を開けず、学校生活が辛かったこと、もねと出会ったこと、百八十度変わった高校生活のこと、浜松店でのこと、わたしの全部。
そうそう、家族とのことはまだ話していないんだった。
「最初は内緒にしてたんだよね。男子制服着て早めに登校して、学校でもねのスカートに着替えて、軽くメイクして。帰りも男子制服に着替えてから帰ってたんだよ。でも、担任やもねから、ちゃんと親に言っとけって言われちゃって、正直に話した。お母さん泣いちゃってさぁ」
「そりゃー息子が女の子になりたい言うたらビビるよな」
「お父さんには家追い出されそうになるくらい怒られたし。でも、真剣に話した。小学生や中学生の頃、毎日が辛くて、自分には存在価値がないってずっと思ってた。でも、自分を百八十度変えたら、世界が変わって見えた。やり方はおかしいかもしれないけど、初めて自分に価値があるんだって思えたことをちゃんとね。そしたら、わたしのしたいようにすればいいよって、人様に迷惑をかけない程度にって言ってもらえたんだ。でね、お母さん、実は女の子が欲しかったみたいで、あとはもうノリノリで色んな服とか買ってきちゃって、ヘアアレンジとかもしてくれたり。もねのこと紹介したら、なんか勝手にめっちゃ仲良くなっちゃってて、いつのまにかわたしをもっと変えよう同盟が結ばれてて。一緒にショッピングしたり、三人でプリクラ撮ったりして。二人に色んな事を仕込まれたよ。女の子の作法的な……。もねのおかげで、自分自身だけじゃなく、家族との仲まで変わったの。本当に、激動の三年間だったよ」
「そっか。ゆづき、良かったな。それにしても、もね氏すげぇな! アタシも尊敬するよ。一回会ってみたい。浜松にいるの?」
そうだった、もねが突然いなくなったことは、まだ言ってなかったっけ。
「えーっと、もねは、高三の秋に突然転校しちゃったんだ……連絡も、つかない……」
「ええぇ! 何だよそれ、なんでなんで」
「それは、わたしもわかんない……。担任の先生にきいても、わからなくて。学校のアイドルみたいな存在だったから、みんな驚いてた。ほんと、なんでなんだろ。また、会いたいんだけどな……」
あんまり考えないようにしてきたこと。
もねにまた会いたい。
なんで、誰にも内緒で行ってしまったのか。本当は、もねはわたしのこと親友だと思っていなかったのか。もしかしたら、誰にも言えない理由があったのか。
そうだとしても、もねは本当はわたしに心を開いていなかったんじゃないかっていう恐怖。そして、わたしがもねの本当を見抜いてあげられなかったんじゃないかっていう恐怖。
「ぃよっしゃー! ゆづき、探すぞ」
「へ?」
急に双葉が扇風機の前で立ち上がりガッツポーズ&ドヤ顔をかましてきた。
「もね氏だよ! アタシたちで探してみるぞ。スマホがあれば何とかなるんじゃね」
軽く言うね! いやいや、むりっしょ。何の手がかりも無いんだよ。
「住んでた家とか知らない?」
「ううん、知らなかったの。一緒にいるときは何とも思わなかったけど、いなくなってから、そういえば知らなかったなって気づいて」
「ふぅん。なんか、ワケありそーな匂いがしてきたな。見つけたい、アタシはどーしても見つけたい」
「む、無理だよ。見つかりっこないよ。転勤族って話はきいてたから、きっといろんなとこを転々としてるんだよ」
いーや、この情報社会、どこかで必ず繋がってるはずだと、双葉は意気込んでいる。さっそくスマホを勢いよくスワイプさせながら。
「まずはフェイスブックで名前検索してみよ。名字は?」
「倉橋、一発で変換されるやつ。もねはひらがな」
そういえば、こうやって探そうとしたことはなかった。担任の先生でさえ、転校先を教えてもらえなかったときいてからは。
もし探して会えたとして。なんで内緒で転校したのって、きいたら、もねが何て言うのか想像もつかない。怖すぎて。
「ちっ、登録してないみたいだな。次はインスタとツイッターだ」
「ねぇ、やめようよ。きっと何か理由があって内緒にしてるんだよ。だから、もし見つかったとしても、もねにとっては迷惑かもしれないじゃん」
画面をスワイプする指がピタリと止まる。静かな空間に、扇風機の羽音だけが妙に響く。
「は、何ビビッてんの?」
「ビビッてなんかない。もねが、迷惑かもって」
「違う。それ結局自分のためじゃん。もね氏が迷惑かもしれないって勝手に理由つけて怯えてんの自分じゃん。傷つきたくないからっしょ」
あ、あれ? もしかして、双葉、オコ? めっちゃ睨んでる……。
「そ、そんな怒んなくてもいいじゃん」
「いや、怒るわ。だってゆづきが辛そうなんだもん。さっさととっ捕まえて、ゆづきとアタシに謝ってもらうんだ」
「な、なんで双葉さんも謝ってもらうんでしょーか……?」
「アタシの! 親友を……か、悲しませたから」
わ、今まで見たことない表情の双葉さんだ! 顔が赤い! しおらしい! まるで乙女みたい。
「乙女だわ。張り倒すぞ」
しっかり声に出てたみたいで、さっきはしおらしかった双葉さんの表情が一瞬で般若になりました、まる。
「そういう訳で、オコだから。アタシの親友を苦しめるヤツは許さない。それがゆづきの恩人だったとしても。今苦しんでることは事実だから」
双葉の優しさに胸が熱くなる。
このままでは、ダメだ。双葉の優しさに甘えないで、わたし自身も変わらなきゃいけないんだ。今度は自分の力で。過去に決着をつける。怖いからなんて思っていたら、前に進める訳がない。ちゃんとした理由を、真実をきいて、進まなきゃ。
「ありがとう、双葉。わたしのために。……やっぱりわたし、もねに会いたい。だから、一緒に探してください」
「任せろ。アタシの相棒」
「……でも、わたし、良い案思いつきません!」
これは最初からの真実なので、ドヤ顔で言います。
「甘いな、ゆづき。こうやってSNSを使って見つからなかったとしても、最終手段がある」
双葉もドヤ顔で答えてくる。
「最、終、手段……だと」
そのとてつもない頼りがいのありそうな響きに、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
「ゆづき、最終手段は……」
「最終手段は……?」
長い沈黙に耐えられず、ゴクリと唾を飲み込んだところで、双葉の眼光がキラリと輝く。
「身体もオトナ、頭脳もオトナな名探偵の吉田さんに依頼するっ!」
「…………あ、うん」
「ドヤ顔ダブルピース!」
「…………あ、うん……」
すごく名案で、適格な判断だと思ったよ。吉田さんの本職だもんね。……でも、正直、ぶっちゃけ、いや……言わないでおこう。そんなにドヤ顔かますほどでもなくね、と。
なんだか、今まで悩んだり怖がってた自分が急におかしく思えてきて、じわじわ笑いがこみ上げてきた。
「ふ、あは……面白いよ双葉、えへへ」
「は、何笑ってんの。アタシの神すぎる名案を」
「ちがっ……なんかね、また、百八十度、変わったみたいな、ふふっ、感じで」
双葉の肩をバシバシ叩きながら、笑いをこらえようとしたけど無理みたい。
「あはは、もー、こんなにも悩んでバカみたい」
怖いことなんて、何一つない。
「双葉と、一緒なら」
親友と、一緒なら。
「ずっと最初から、前だけ向いて歩いてくれば良かったんだ。壁にぶつかっても、少し周りを見渡して、歩ける道を探せば良かったんだ。それをせずに、ずっと立ち止まって、後ろだけ見てて、バカみたい。もねが取り除いてくれた壁のおかげで、また前に進めてると思っていたけど、違ったんだね。根本は最初から変わってなかった」
でも、これからのわたしは大丈夫。
「大切なことに気づけたよ。双葉のおかげ。わたし、もっと強くなりたい。傷つかない人生なんてないよね。傷ついてこそ人は成長する。もう逃げるの辞めた」
「いや、場合によっちゃ逃げるのも手段の一つだ。だから、そんときは、絶対アタシのとこに来いよ。全力で受け止めてやっから」
受け止めるという形じゃなくて、少し強引に抱き寄せられた。豊満なお胸が、か、顔に、当たって、当たってますがな。
「それが相棒……親友ってもんだろ」
ごめん、アヅサくん。君の彼女大胆すぎ!
このまま顔をうずめていてはいけないと思い、双葉の顔を見上げるように頭を動かしたら満面の笑みでデコピンされた。
どうやら彼女はいつだって、一枚上手のようです。