◇双葉と迎える朝
◇双葉と迎える朝
「お待たせお待たせ、ゆーづき」
名前を呼ばれてハッとして顔を上げる。
「ちょ、なにそんな驚いてんの?」
タオルを肩にかけて、温まって紅潮した素肌をさらしながら双葉が脱衣所から出てきた。さっきまで、色々なことを思い出していたせいで頭が回らない。
「おーい、どうしたの? きーてんのかゆづき」
「……え、あ、ごめん。うとうとしちゃって、ぼーっとしてた」
「なんだよー」
ニヤニヤしながら肩にかけていたタオルを振り回して、こちらに当ててくる。
「いたっ」
唐突な愛の鞭ですか。
「特になんでもないんだけど。そういえばさ、前も言ったけど、ゆづきって名前かわいーよね」
「そうかな。双葉も可愛いじゃん」
「えー、自分の名前って嫌じゃない? なんか名前負けしてるような気してさ。双葉とか、可憐な女の子って感じじゃん」
「確かに、実際の双葉さんって強くて男っぽいもんね」
「そうそう、ちょっと面貸しな」
双葉さん大迫力。黙っていれば名前負けなんてしない綺麗さなのにっ!
「ま、アタシはあんまり好きじゃないな。でも、ちょっとでも名前負けしないでいたいから、ゆづきに初めて会ったとき好きに呼んでよって言って名前で呼んでもらえたの嬉しかったんだよなー。自分の名前、自信もって気に入ってるなんて言えるやつっているのかなー」
「いるよ」
太陽みたいに笑う彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
「即答だな。ゆづきは気に入ってんだ」
「ううん、わたしじゃないの」
双葉にはわるいけど、双葉越しにもねのことを思い出してしまって、少し寂しくなった。そんなわたしの変化を感じたのか、双葉は不思議そうに見つけてきたけど、特に気にとめる様子もなかった。
今前の友達に、わたしは真っすぐでいたい。
「じゃあ、わたしもお風呂入ってくるね。双葉、キャミだけじゃ湯冷めしちゃうから早くパジャマ着なよ」
「風呂上りって暑いじゃん。これでしばらくいると涼しくていいんだよ」
「もー、双葉おっさんだよ」
意外とおっさんみたいな一面もある双葉が可愛い。
わたしもちゃっちゃとお風呂入っちゃいますかね。さっきまで双葉が入っていた浴室は、わたしのシャンプーの香りでいっぱいだった。身体をシャワーで流してから、いつもよりぬるい湯船に浸かって、ゆっくりと目を閉じる。そうすると、今までの日々がぐるぐるとまぶたの裏に流れてきて思わず口元がほころぶ。
毎日が、楽しいよ。理不尽なことも、たくさんあるけど、一緒にいてくれる人がいるから。誰かと一緒にいることがこんなにもあたたかいってことを教えてくれた人がいるから。
ねぇ、もね。
どこにいるのか、いつかまた会える日が来るのかさえわからない、わたしの太陽。
「ふー、最近シャワー浴びるだけだったから、久しぶりのお風呂気持ちよかったぁ。って、双葉さん寝てますやん」
わたしのベッドで、丁寧に布団までかぶって安らかな寝息を立てている。ついうっかり寝てしまったという様子ではない。ガッツリわたしのベッド占領する気でいたな……。
よく見ると、ごみ箱には使用済みの美容マスク、口が開いているカバンからは髪のお手入れグッズが半分飛び出している。ドライヤーで乾かし、つやっつやに手入れされた双葉の長い金髪。わたしだったら、ついうっかりお手入れをサボって寝てしまうかもしれないのに、双葉は本当に女子力が高いなぁ。思わずベッドの脇に座りこんで、綺麗な金髪にさらりと触れてみた。わたしと、同じにおいがする。
「仲良くしてくれて、ありがとう」なんて柄にもなく呟いてみたり。
「寝てないし」
途端に目をパッチリ開けて、キョロリとこちらを的確にとらえる。え、え、え、起きてたの? 完全に寝てると思っていたから、急なことに驚きすぎて恥ずかしすぎて絶句してしまう。
「あー、腹式呼吸っていいよな。めっちゃリラックス」
腹式呼吸してたんかいっ!
「……」
「なになに、ゆづき。なんで顔赤くしてんのー? 言ってみ」
案の定、からかわれるのでした。
「う、てっきり寝てると思ったから、その、あーもう、髪乾かしてくる」
ドライヤーでこの恥ずかしさも一気に吹き飛ばしてしまいたいくらい。でも、やっぱりちょっと口元がほころんでしまう。……まったく、友達と一緒だと、どんな日常も非日常みたい。笑ったり、笑わせたり、悩みを相談したり、驚かされたり。
少しでも双葉に近づけるよう、今日はいつもより丁寧に髪を乾かそうと思う。
「おーい。これ、髪の美容液、アタシのオススメな」
これまた突然双葉さんが洗面所にやって来た。ドライヤーの音に負けじと大きな声で言ってきたもんだから、ちょっと肩を震わせて驚いてしまう。
「わ! もう、びっくりするじゃん」
「ごめんごめん。塗っていーい?」
わたしが返事をするより先に、もう自分の手に出してるし! 一旦ドライヤーを止めて、鏡越しに双葉の様子を観察する。
「結構良いヤツなんだ、コレ。少し髪が濡れてるときに使うと、潤いを閉じ込めてくれるんだ」
そう言って、ゆっくりと丁寧に髪に馴染ませてくれる。濡れて広がっていたセミロングの髪が、するするとまとまっていくのが見てわかる。
「無香料だから、ゆづきのシャンプーのにおいが消えなくてすむ」
「もー、それどういう意味」
「同じシャンプーのにおいがする二人、ってなんかいやらしい感じじゃん?」
「確かに……事後って感じ?」
「それな。アタシとゆづきで」
何それー、と談笑しながらまだまだ夜は長いなと思った。いや、健全な意味でだよ。
「できたっと。仕上げに最後まで乾かして終わり。隣で歯みがきしていい?」
「うん、コップはこれ使って」
手早く髪を乾かし終えて、わたしも歯みがきに移る。
「ふぁみがひっへさぁ」
「ちょっと待って、みがき終えてからしゃべってくれるかな双葉さん」
小学生みたいな一面を見せてくれたり。
「歯みがきってさぁ時間短いと、こいつ雑にみがいてんなーって思われたらやだし、時間長いと一緒にいる人の方がはやく終わっちゃったりして、その人が自分雑にみがいてるんじゃねって思われてたらどうしようって思ってたらどうしようってならない?」
「ならな……くもなくもないかな。ちょっとわかるかも」
なんだそれと思ったけど、確かにって感じでもある。今実際、先にみがきはじめた双葉よりもわたしの方がそろそろみがき終わろうかなって感じだもん。そしたら、双葉にこいつ雑だなって思われちゃうかな。ちらりと鏡越しに双葉の様子を確認しながら、いつもより多めにみがいていく。あぁ、双葉って歯みがきもちゃんとこだわってて丁寧なんだなぁ。普段のわたしなら長くて二分くらいがいいとこだよ。もやもやしている間に、双葉がやっと口をゆすぎ始めたので、わたしもすぐにコップに水をためた。
「アタシのタイミング見計らってたでしょ」
ニヤニヤとわたしの「そんなことない」って言う慌てっぷりを欲しがっているのが目に見えたので、何も言ってあげないことにする。ちょっと悔しそうな双葉を見ることができて満足。
「スマホ、充電する? ここのコンセントに繋げていいから」
「うん。ありがと」
寝る準備を万端にして、まずは双葉がベッドに上がる。
「って、やっぱりわたしのベッドで寝るつもりだったんかーい」
狭いシングルベッドなので、二人も眠ることが出来る大きさではない。
「アタシベッドじゃないと眠れないんだもん」
布団を両手でがっしりホールドして、幼い子どもみたいな表情でくちびるをとがらせている。
「だもん、じゃないよ! あっちのソファでいいじゃん、掛けるお布団も用意したし」
「ゆづきお願い」
まぁ、双葉さんだし、一応お客さんだし、好きな友達だし……仕方がないからわたしがソファで寝ますよ。
「ありがとゆづきー、恩に着る、布団かぶって寝る。スヤァ」
「ん、おやすみね」
マイペースだなぁ。でも、マイペースで強引な人のそばにいるのって楽しい。
一人で東京へ来て、今日は初めて一人じゃない夜。朝、二人で家を出るとき、また来てねって言おう。
明日のことを思い浮かべながら、わたしもゆっくりと眠りに落ちていった。
「おはよーおはよー! 朝だぞ早く起きろ」
双葉の大きな声にびっくりしながら、ゆっくりと重いまぶたを開ける。いつものことながらドライアイなのでたくさんまばたきをしながらそばに置いたはずの目薬を探す。室内が暗いのでなかなか見つからず苦戦した。
「ゆづき、半目で寝てたよ? ウケる」
「……知ってるよ」
頭が働かないまま、なんとか見つけた目薬をさす。急に視界が潤う感じが心地よい。
潤った視界で時計を見やるとなんと朝の五時。どうりで暗いわけですよ。
とりあえず双葉に全力抗議。一体何事かと。
「五時じゃん、めっちゃ早いじゃん。まだ寝ていられるじゃん」
二人揃って今日は遅番だから十三時からの出勤。五時なんかに起きたら余裕すぎて逆に何をしたらいいんだか。
「や、ランニング」
ランニング……?
「走るぞ、超気持ち良いから」
正気か……?
「寝てた方が気持ち良いに決まってるよー」
「起きろ」
ぐずぐずと布団から出ないわたしを見かねて、布団を思い切り引っぺがすという古典的な起こし方で強行突破されてしまう。マジか。
布団を取られたから、もう気持ち良い眠りになんかつけない。気付いたら双葉さんに無理やり着替えさせられて、外に引っ張り出されたよね。顔も洗うことも許されず、髪を一つに結ばれて上下バラバラのジャージで。双葉さんセンス良いんだから、ちゃんと組み合わせも考えて選んでほしかったよ。
「いや、服が散乱しすぎて同じの見つけられなかったんですけど」
「あ、はい。すみませんっした」
ついうっかり口に出していたようで、じろりと双葉さんの大きな目がわたしを睨む。とてもこわい。
のぼりかけの朝日が眩しすぎて、寝ぼけ眼にはつらいっす。お布団が恋しい。恋しいどころじゃない。結婚したい。もう布団と結婚したい。お布団に、一生養ってもらうんだぁ。……眠くて思考回路がおかしい。
目の前では、双葉が生き生きと綺麗な姿勢で走っている。まだ五月の中旬、朝方は冷えるのに彼女はTシャツ姿で全然平気そう。
とりあえず双葉について行くしかないわたしは、置いて行かれないように必死。少し息が上がってきて苦しい。走り出して十分も経たないくらいのはずなのに。そういえば、社会人になってからまともに運動することなんてなかったかも。友達に誘われてボルダリングをして、次の日には筋肉痛で苦しんだり。そういうときに一瞬だけ、学校の体育の授業の偉大さを痛感したっけ。
双葉はスタイルも抜群に良いし、美意識が人一倍高いから、こうやって朝走るのが日課なのかなぁ。なんて考えていたら、わたしの思考を読まれていたかのようなタイミングで双葉が隣に並ぶようにペースを落としてきた。
「この時間に走るとさぁ、めっちゃ気持ち良いんだよね。何でもない一日の始まりなのに、キラキラした一日になる気がする」
何この漫画の主人公みたいなポジティブさ。朝日より眩しいんじゃん。あと、息上がってなさすぎてすごい。わたしはもう、けっこう苦しくてしゃべるの必死なんだけどな……。
「……いーや、ぐっすり、はぁ、寝てた方が、はぁ、気持ち良いに、決まってるもん、はぁ」
間にたくさん「はぁ」が入っててごめんなさい。朝も運動もそんなに得意じゃないゆづきさんの言い分きいてくださいよ。陰キャの成り上がりですから、こういうノリ苦手なんですよ。ついついマイナス思考になっちゃう。
「おい、昨日、頑張るって言ったのはどこの誰だっけ? 何事にも頑張ってるヤツには協力する気持ちになるんだけどなぁ、チラリ」
あ、それ言われちゃうと何も言い返せない。横でニヤリと不敵に笑う彼女に、なんて返そうか迷っているうちに、そんなのお構いなしと言わんばかりに語り出した。
「なんかさ、普段、荷物しょってるじゃん。通勤のときも、出かけるときも常にカバンとかバッグ持ったりしてさ。財布とかキーケースとかスマホとか、化粧ポーチとか持ち歩いて、なんだかんだ重くなるじゃん荷物。でも、こうして何も持たずに走ると、分かるんだよね。普段から重いもの持ってたんだなって、改めて。今、ここにあるのは自分の身だけ。重いものなんてない。すっごく、軽いと思わない?」
……朝日が、眩しすぎる。それは最初から分かってた。でも、今は景色が、音が鮮明に感じる。仕事からマンションへ往復の毎日だったから、家の近所のことなんて知らない。だから初めて通る道。都会でも朝は当たり前に静かなんだってことも、ひんやりした空気が気持ち良いんだってことも、初めて。そして綺麗な朝日。光が、道を照らしてくれてる。だから走って、前へ進めるんだなぁって。
双葉が言う重いものは、荷物の物理的な重さのことだけじゃない。自分の立場とか、過去とか、重さには例えられないけど背負っているもののことでもあるんだね。そんなものとは関係ない世界で、自分の身だけ支えて走ってる。今こそ、完全な自由ってことなのかな。
そう考えたら、単純かもしれないけど、なんだかメキメキ元気が出てきて、本当に本当に身体が軽いなぁって実感が湧いてくる。脚に力も入ってくる。のぼる朝日と一緒に、気分まで上がってくる。
この気持ち、忘れたくないな……なんて思ったら、わたしの心の内を見透かしたように双葉がニヤニヤしながら言ってくる。
「ゆづきの表情変わった。ウケるー。毎朝走ると、だいたいこのくらい新鮮な気持ちになれるから超オススメ。体型も引き締まる」
少し悔しいくらいのドヤ顔だけど、今は正直な気持ちを。
「うん。極力、走ることにするよ。……なんか、やっぱり、本当に気持ち良いね」
「お、ゆづき、いー笑顔。いただきましたぁ」
「え、べ、別に普段と変わらないでしょ」
少しゆっくりめのペースで、双葉とふざけながら走る朝は、キラキラな太陽と一緒みたいにあたたかい時間だった。
「ぷっはー! 走ったあとの洗顔マジ最高」
「……結構豪快に洗うんだね」
双葉の洗顔が意外にもワイルドだったので少し引いた。てっきり、洗顔フォームをふわっふわに泡立ててから丁寧に包み込むように、みたいなのを想像していたんだけど、水でバシャバシャって感じで。ワイルド。
「いーんだよ、汗かいたあとは水で勢いよくやるのが気持ち良いんじゃん。泡なんか立てて、そーっと洗顔したって気持ち良くならないっしょ。ただしまつエクしたばっかのときは厳禁! 今は本数が少なくなってきたから特別なんだ」
「そ、そうなんだ」
彼女曰く、朝は水だけで洗顔なんだそうです。これも双葉なりの美容法なのかと、ある意味学びました。じゃあわたしも、今日は水で。勢いよく洗うの、悔しいけど気持ち良い。確かに洗顔フォームを泡立てていたらこんな気持ちにはならないだろうなぁ。
「はい、ゆづき。これ汗ふきシート。汗かいたけど、シャワー浴びるほどでもないし、このくらいの季節はこれで十分だよな」
いつの間にかカバンから取り出していたらしい。なんて準備が良いんだろう。わたしもたまに使う無香料の汗ふきシートをありがたく頂戴する。これを使うと、肌がサラサラになるんだよね。二人で黙々と身体の隅々までふいていく。
「お腹すいたなー。ゆづきご飯」
「え、どうしよう、特に何にも無いんだけど」
正直なところ、あんまり自炊してなくてコンビニ弁当とかスーパーのお総菜ばっかりの生活だったから。わたしの慌てっぷりをじっくり見てから思いついたかのように双葉が冷蔵庫の方へ向かう。
「んじゃ、冷蔵庫チェック入りまーす」
あぁ、見られちゃう! わたしの恥ずかしいトコロ見られちゃうっ!
止めたくても双葉さんを止められるはずがなく、問答無用で一人暮らし用の小さな冷蔵庫に腰をかがめながら手を掛け、そして開けられてしまう。
「……何も入ってねーな。コンビニ弁当ばっかりだったっしょ」
「そうです、その通りです。大正解。賞品はそちらのマヨネーズになります」
冷蔵庫には、使いかけのマヨネーズと味噌しかナッシング。冷凍室には、自分へのご褒美に買っておいたカップアイス一つ。そう、まるで女子の一人暮らしをは思えない品揃え。食材が全く無い上に、作り置きして冷凍保存しているものさえないという始末。自分のズボラさを呪った。でも正直料理は苦手なんだもん。
「こ、ん、な、こともあろうかとー、これ、持って来たんだよね」
カバンから、なんとパスタとミート缶を取り出してきた。
「すごいよ双葉! 何でも持ってる!」
「そうそう、ダテに重いものしょってるんじゃないわけよ」
「え、さっきの話って物理的な?」
わたしの渾身のツッコミは軽くスルーされて、ミート缶を開け始めた。
「ほら、はやくパスタゆでる準備して」
「う、うん。準備する」
棚から鍋を取り出して、二人で一緒に作った。いや、温めてゆでるだけなんだけどね。こうして二人でしゃべりながら作ると、とっても楽しい。「本当は朝からパスタなんて普段は絶対食べないんだけど。今日は特別なんだからな」と言いながら、いただきますをする前に双葉はカバンから水筒を取り出した。
「これ、ルイボスティーな。ミネラル豊富で美肌効果バツグン」
「うわ、水筒まで入ってたんだ……」
「ゆづきも飲みなよ」
いつもは、自分で作ってみなとしか言わないのに、今日はわたしにもくれるんだ。さっそくグラスを取り出して、分けてもらう。一口飲むと、ルイボスティーの薬みたいな独特な味が喉をすべり落ちていく。普段から飲みなれていないせいもあり、すぐにパスタで口直ししたいという気分になってしまう。申し訳ないけど。
「あはは、ゆづき変な顔。苦手だった?」
「や、あんま飲んだことないから、慣れなくて」
「じゃあ、ちょっと待ってて。やかん借りて良い? 先食べてていーから」
「うん。さっきお鍋入ってたところにあるよ。じゃあ、お先にいただきます」
双葉が何やらお湯を沸かし始めたのを横目に、お先にパスタをほおばっていく。手作りってほどでもないけど、コンビニ弁当が主食だったわたしからすれば、こういう家庭的な味は久しぶりで、どんどんお箸が進んでしまう。あ、フォークは無いんです。まだ食器とかも必要最低限しかなくて。今度双葉におしゃれな日用雑貨が売ってるところを教えてもらおう。
「はい、おまちどーさま。勝手にマグカップ使っちゃった」
湯気が立ち上るマグカップに注がれているのは、なにやら綺麗な赤色をしていた。
「すごい色だね」
「ローズヒップティーだよ。前、話したことあったっしょ」
あぁ、あのとき、双葉がイライラしてたときに思わず聞いたんだっけ。わりと最近のことのはずなのに、なんだか懐かしく感じてしまう。
「良い香りだね。飲みたい飲みたい」
コトリと、小さな音を立てながらわたしの前に置いてくれた。
「熱いから気ぃつけなよ」
「はーい。あっつぅ!」
「いきなりかよ。ウケるー。その顔もっかいやって。インスタにのっけていー?」
「ヤメテ。それ、アヅサくんも見てるんでしょ?……あ、めっちゃ美味しい」