表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

これは彼女と相談教室を始めるまでの話。

  その日は、一月一日が終わり、正月空気が抜け始める二日。とはいえど、三が日の間は世間の休暇ムード自体は抜けない。

 夜の道を自転車で走る。今年は不思議と、雪がほとんど降らない。降っても空を舞って、溶けて消えていく。

 地球温暖化とか、懐疑的だったけど、流石におかしいかなと実感として感じる材料の、一つくらいには数えて良さそうだ。

 長めの坂が目に入る。

 止まることなく駆け上がる。段々と息が上がっていく。身体に熱がこもっていく。

 冷たい風を浴びても、冷ますのには足りない。


「はぁ、はぁ」


 ギアを切り替える、カチカチッという音。

 もう少しで、着くはずだ。

 頭の中の地図では、そうなっている。

 今頃、例えばクラスメイトは集まって、高校生の癖に飲酒とか、しているかもしれない。

 例えば、恋人同士は家で寄り添っているかもしれない。

 クリスマスにそこまで間を明けずに、世間に盛り上がる理由を与えて。

 自転車を停めて、息を整える。


 暗闇の中に、鳥居が浮かび上がる。神聖なものも、闇の中では、別の印象を与える。

 心臓が、キュッと縮み上がる。けれど、足は自然と、鳥居の方に向かった。

 山の中を削って、そのままそこに神社を建てた、そんな印象を与える道。土の香りとか、生き物の香りとか、全然しない、冬の夜。

 昼なら見えるはずの連なる鳥居も、木々に光を遮られ、闇に沈んでいる。

 聞こえるのは、自分の足音だけ。

 石畳の階段を、登っていく。

 本能的恐怖が、身体を固くする。

 差し込む光に、安堵する。


 参道の真ん中を歩いてはいけないと思い出したのは、本殿の目の前に来た時。

 慌ててわきに避けたけど、もう遅いのだろうか。

 財布を出してお賽銭としてよく用いられる五円玉を出す。けれど、神社で財布、出してはいけないんだっけ? まともに思考が働かない。


 本殿の扉が閉まり、お賽銭箱も、中に仕舞われているのか、無かった。

 どうなのかなと思いながら、床において、神前だからフードも外して、二礼二拍一礼。

 お寺なら、パンパン手を叩いて、そのまま祈りを捧げるのだろう。

 お祈りするなら、お寺の方が良かったのかな。初詣は神社だと思ったけど。でも、祈るという意味では、俺は場所を間違えたのだろうか。


 そもそも、初詣って、去年の感謝と、今年の挨拶をするためのイベントだったかな。

 だとすれば、ますます、俺の目的とは違うのか。

 否。ここで祈って解決するようなことなら、俺はここまで苦労しない。

 やっぱ、気の迷いから生まれた衝動で動くべきではないな。そう一人で笑いながら、踵を返す。

 今度は下り。降りていく。暗闇に目を凝らしながら、階段を一段一段、降りていく。


「あれっ」


 グラっとした感覚。背筋が凍る。滑った、と気づいた時には、鈍い痛みを感じた。

 



 「……眩しっ」


 目を開けて、景色が白く染まって慌てて腕で庇う。


「ん? あっ、起きた。大丈夫?」


「えっ……?」


 ゆっくり体を起こして、声のした方を向いた。


「救急車、必要?」


「いや。大丈夫です。えっと、ありがとう、ございます?」


「? どうして疑問形?」


 その人を認識した瞬間、俺は周りを見回す。

 畳敷きで、和風の家の、普通の居間という印象。テレビも置かれ、固定電話もあって。

 すぐに、あまりじろじろ見るのは失礼だよなと思い直したけど、時すでに遅し、な気もした。


「えっ、ここって」


「私の家よ」


 端的な答えに納得する。

 気を失っていた所を、運ばれた、という感じか。


「あの、ありがとう、ございます。心音さん」


「……? 私の名前を、知っている……? どこかで、会ったけ?」


「……クラスメイトです。牧野一樹です」


「……あー」


 絶対覚えてない。この人。そこそこへこむ。

 心音(こころね)涼音(すずね)。……やっぱり美人だ……。

長い黒髪は腰まで伸びている。家だからか、特に髪留めもせず、そのまま流している。

クールな印象を与える、鼻筋の通った顔立ち、切れ長い目。

 わかりやすい美人だ。


「心音さんが運んでくれたのか?」


「お父さんが。一応、見回りしてから寝るようにしてるから。そこで見つけた感じ。具合悪いとか、痛い所、無い?」


「大丈夫。ありがとう」


「そう。なら良いけど」


「うん、ありがとう」


「……そう」


 会話が途切れる。さっさと帰るべきだろうけど、いや、帰るべきだろう。でも、聞いておきたいこともある。


「家、神社なんだ」


「そう」


 こくりと、頷いた。


「だとしたら、手伝いとか、忙しいんだろうなぁ」


「この時期は、忙しい」


 薄く、自嘲気に微笑んで、心音さんは頷いた。


「やっぱ巫女服?」


「うわぁ……何故それをわざわざ聞く?」


「いや、似合うんだろうなぁって」


 なんか、冷たい視線を感じる。


「はぁ。まぁ良いや。そうだよ。神主の娘だから、そういうのを着て手伝うのも、当然のこと」


 視線を何となく下に向ける。

 ちゃんと向き合って、目を見て話すべきなんだろうけど、どう見ても部屋着で、隙だらけな印象で、目のやり場に困る。

 ピンク色の、冬らしく長袖だけど、ゆったりした印象の、可愛らしいパジャマだ。


「すぐに帰るよ。お礼を言いたいんだけど、今、どこにいるかな?」


「ん、呼んでくる」


 引き戸を開けて、部屋を出ていく後ろ姿を見送った。

 「お父さーん」という声が聞こえ、すぐに足音が戻ってくる。

 引き戸を開けたのは何とも優し気な顔立ちをした、随分と若く見える男性だった。


「あぁ、起きたのかな。体調は? 驚いたよ、見回りしてたら、人が倒れているんだもん。救急車を呼ぶか迷ったけど、息もあったし、心音も安定してたから。必要かな?」


「いえ、大丈夫です」


「そうか。なら良かった」


 しっかりと頭を下げて、心音家を出る。

 もう、時刻は日付が変わりそうなところまで来ていた。

 あぁ、本当。

 もしかしたら、本当に、神様はいるのかもしれない。

 ざわめく心を落ち着かせようと、胸に手を当てた。

 もう一度、お参りに行っても良いかな、と思う程度には、気分が良かった。

 乾いた地面で滑った自分も、今なら笑って許せる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ