図書室の思い人 2
今回、よく考えれば、俺は秋月に接触する必要はない。
ただ、うまい具合に浜井さんに、秋月には彼女がいることを伝えれば良い。
図書室の棚一つ向こうに、秋月がいる。そのことを俺は知っている。
足音が聞こえて、少しして、教室の扉が開き、閉まる音がした。図書室から出て行ったのだろう。
声、かけられなかったな。
今、あいつは上手くいっているのだろうか。
それを確かめられれば良いのだが。
「ここにいたんだ」
心音さん。図書室という空間、よく似合うな。
黒髪美人と本棚、と少し暗い空間。マリアージュ。
「……見世物じゃないよ」
「ん?」
「君が私の巫女服を見ている時と、同じ感情が見えた」
「さいで」
じっと心音さんは俺の心を見つめている。
フードを少し深く被り直そうとする手は掴まれて、そのまま心の観察を続けられる。
「まだ、話してはいないのね」
「何故わかる」
「心に大きな負担がかかる出来事が、起きた形跡が無いから」
「便利な眼だな」
「そんな使い勝手の良いものでも無いけど。いちいち目を見なきゃいけないし」
「……それで、どうするつもりなんだ?」
冷静に考えれば、ここは、部長の判断を仰ぐべきだった。
危うく、独断専行するところだった。
「そうね……事実を告げるべきなのは、間違いないわね」
事実を告げて、なお、諦めるか諦めないか、それを決めるのは、浜井さんだ。
「あの……」
噂をすれば何とやら。浜井さんは図書委員。本を片付けに来たのだろう、籠に入れた本を台車に乗せて運んでいた。
「こんにちは、浜井さん」
「こんにちは」
「今日は、どのようなご用件で? 本を探しているのであれば、お手伝いしますよ」
「いや、そういう用事ではないけど」
顔を見合わせる。
心音さんは、感情を流せるが、テレパシーというわけではない。だから、具体的なメッセージを伝えることができない。
だから、心音さんが困っていることだけがわかった。
「もしかして……やっぱり、そうなのですか?」
切り出したのは、浜井さんだった。
「やっぱり、いるのですか?」
悲し気に、必死に、笑う。
「いる、と思う」
「あれ、お兄ちゃんに、心音さん」
「あ、沙耶……」
もしかして、会ったのか? でも、沙耶の様子は。けれど。沙耶の目の前で……。
頭が回らなくなってくる。
心がざわつく。
感情が、色んな感情が、次々と湧いてくる。
「牧野君?」
駄目だ。今は、駄目だ。
呼吸が、おかしい。ヒューヒューと音がする。自分で制御できない。
「ま、牧野君!」
「お兄ちゃん!」
心地良い温もりを感じて、目が覚めると、横になっていた。
心音さんと沙耶が、俺の顔を覗き込んでいた。
「起きた?」
「ここは……保健室?」
「そう」
嫌な記憶が次々と頭に浮かんでくる。
無理矢理、抑え込む。
「浜井さんには、伝えたよ。私から」
「そう、か」
「それでも、気持ちだけは伝えたいって。だから、今度はその方法を考えよう」
「あぁ」
俺は、沙耶の方を見る。
視線を感じたのか、小さく笑って、一言。
「徹也君、新しい彼女できたんだ」
そう言った。
嫌な思い出が、溢れてくる。