ラブレターの送り主は? 3
「提案があります」
「はい」
昼休み。部室に来てもらった加藤さんに、心音さんは目を合わせ、感情を、嘘ではないと、真剣だと、そういう感情を多分流している。
「告白、してみませんか?」
単刀直入にそう言って。その方法を。バレないで直接告白する方法を、彼女に伝える。
話が終わり、加藤さんは、静かに頷いた。
放課後。吉田さんに来てもらう。
場所は、部室ではない。視聴覚室。
隣接されている放送室で、俺は機材を操作する。
緊張している、なんてことは無い。俺が緊張するのは間違っているから。
加藤さんに、一言でも励ましの言葉をかけていない。かける言葉が思いつかない。
それだけで責められるべきことなのに、緊張までしたら、もう俺は、ここにいるべき人間ではなくなってしまう。
「よし。これで視聴覚室にしか、放送は流れない」
「勝手に使って、大丈夫なのですか?」
「バレなきゃ良い。悪用するわけでは無いしな。無断使用ではあるが」
マイクにボイスチェンジャーを付ける。部費で買った。文芸部という名目だが、部誌とか作る予定は無い。一応、コンクールに作品を出すつもりはある。心音さんが。俺には無理だ。
今、壁越しに吉田さんがいる。心音さんが連れて来た。
スマホを確認すると、心音さんからOKと来ていた。
「どうぞ」
「……うん」
加藤さんはゆっくりとマイクに顔を近づける。
「えっと……加奈?」
警察に密着する番組に出てくる、声が加工された容疑者、みたいな声が聞こえる。
こちらから、吉田さんの様子は見ることはできない。
でも、加藤さんは、少し話して吹っ切れたか、言葉を続ける。
息を、吸って、そして、吐く。
「ラブレターを書いたのは、私です。好きです……大好きです!」
そんな、短くて、直球な、一言。
それだけ言って、マイクの電源を切る。
「もう良いの?」
「はい」
きらりと、加藤さんの目元が光った。
依頼は達成、ということになった。
俺は聞いた。
「なんで、告白するという提案、受け入れてくれたんだ?」
「満足できていなかった。のは確かで、ちゃんと言葉で、声で伝えたかったのは、確かだから」
「そうか」
「だから、あの方法は、いい方法、って素直に思った。だから、感謝しています」
ぺこりと頭を下げて、放送室を出ていく。
入れ替わりに、心音さんが入ってくる。
「どうだった? 心は」
「吉田さんも、加藤さんも、どこかすっきりして、前向きになっていた。心繋ぎの巫女として、相談部として踏み込めるのはここまで。ここから先、どうするかは、本人次第だから」
「あぁ」
フードを被り直した。椅子に座り込む。
「……ごめん。私が、もっとちゃんとしていたら。君の心を助けるって言ったのに、また、負担をかけて」
「別に。俺が勝手に自分に負担をかけただけだし」
「それでも、そうせざるおえない状況になったのは、私の責任」
真面目過ぎるのも、困りものだ。
俺が良いと言っているのだから、それで納得してくれれば、良いのに。
「目、見て」
その言葉に従う。心音さんの目が、蒼く染まる。心繋ぎの力が発動する。
休み時間、移動教室で廊下を歩いていたら、加藤さんと吉田さんが、仲睦まじく歩いていた。
その間に流れる感情とか、気持ちとか、俺には見えない。心音さんに聞いてみたい、何て思ったけど、それは無粋だろうか。
放課後、部室にて、メールボックスを覗いて、心音さんはため息を吐く。
「暇ね」
「良いんじゃない? 相談するほどの悩みを抱えている人がいない、ってことでしょ」
「相談するほどの悩みじゃない、って思いこんでいる可能性もある……心覗いて無理矢理聞き出そうかしら」
「やめい。ただの余計なお世話だ」
「余計なお世話も、今のご時世、必要だと思うんだよね」
サラサラの黒髪が、開けた窓から吹き込んだ風にたなびく。
鬱陶しくなったのか、心音さんは窓を閉じた。
「全世界の心を救う、なんてことはできない。巫女としての力ではなく、個人の力の限界」
「そりゃそうだな」
「だから、手の届く範囲の人は助けたい。今の私はそう思っている」
「うん」
「正直、この力を、疎ましくも思っていたけど」
「それは、意外だな」
確かに、この力のせいで彼女は苦手な存在ができた、でも、使命感を感じさせることを、ちょくちょく言っていたのに。
「男の子の下心とか、女子の笑顔の裏の汚い感情とか、見てると、暗い気持ちになる。という話は、前にしたか。でも、今私が、こうして相談教室何てやってるのは」
彼女の目が、真っ直ぐに俺を捕らえる。
「あなたに、出会ったから」
それが、心からの言葉だと、素直に理解できた。
「俺は、助けられただけだよ。そして、君は二人の心を前向きにする手助けをした」
「あの告白会は……君が思いついたこと」
「それでも、君の目が無ければ、俺は動けなかった」
「私自身が何もしてないじゃない」
苦笑する心音さん。そのままゆっくりと近づき、俺のフードを取る。
「温もり、あげる」
「うん」
「削ってしまった分の心を、直さなきゃ」
「うん」
「もっと、自分を、大事にして」
「わかってる」
「わかってないから、言ってるの」
思い出す。
アフターケアのため、助手として入ったこの部。
恩返しのつもりだったけど。気がつけば、本気でどうにかしたい、何て思っていた。
彼女の考えに、賛同している、俺がいた。
「今日も、行くんでしょ、病院」
「まぁ」
「その前に、ちゃんと寄って行ってね。神社」
「あぁ。いつも通りのことだろ」
「うん。でも、今は特に。心を削るようなことして、まだ日が経ってないから」
その言葉通り、俺はちゃんと神社でお参りし、心音さんから改めて、温かい感情を受け取り、病院へと急いだ。
「あっ、毎日悪いね、お兄ちゃん。またフード被ってる。そろそろ暑くなるからやめたら良いのに。季節感無いよ」
「うるさいな」
妹の沙耶は、ベッドで半身起こしてニッと笑った。
「はい、お土産」
「わおっ、ケーキじゃん。やった!」
手を合わせて喜ぶ妹。微笑ましい。
「そういえば、徹也君は、最近、どう?」
徹也君……秋月、徹也。
顔が強張りそうになる。心を削り、無理矢理、感情を抑えて笑みを作る。
「元気にしているよ、うん」
「そっか。明日には、退院できると思うから。再入院しちゃって……また迷惑かけて、ごめんね」
「良い。今日は、もう、帰るよ」
「えっ、早くない?」
「様子、見に来ただけだから」
病室を出る。
退院する、ということは、沙耶は日常に戻る。
それは、俺が、心音さんに助けてもらったきっかけの、一つの解決であり、俺の、来ないで欲しいと思っている出来事の、始まりかもしれないことであった。
チャットアプリを開いて、秋月に、しばらく振りの、履歴を見れば、一月振りメッセージを送る。
沙耶が、退院する旨の、メッセージを。
部活中だから、すぐの返信は期待していない。
明日、話さなきゃな。心音さんには、話すべきだろうか。
話さなかったら怒られそうだけど。
でも俺は、彼女にも、自分を大切にして欲しかった。