俺、レベル1。人差し指、レベル999 【中篇】
前篇を読んでない方はどうぞ。
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「なぁタツミ。こないだの娘は何だったんだ?」
「ん、ぁあなんかパーティーに参加してくれって話だ。断ったけど」
「はぁあ!? お前が冒険者に! ダッハハハハハハハぁ~あ腹痛ぇ」
「いや笑いすぎじゃね?」
「だってそこいらの悪ガキよりも弱いお前が冒険者なんて。断って正解だよ。お前でも死んだら人手が足りねぇんだ」
「仕事の心配かよ……」
俺は今日も働いている。
◆◆◆◆◆
――ギルド。
冒険者達が依頼を求め、情報を求め、時にはただ酒を求めてやってくる。
酒場には冒険者が昼間から酒を飲んで騒いでいる。
英姿溢れる酒場。
その中に、女性三人で飲んでいるテーブルがあった。
その場所だけ艶麗した雰囲気を出す彼女らは、酒場ではなくカフェにでもいるかのように紅茶を味わう。
「そうですか。やっぱり無理だったんですね」
「まあ無理ないわ。そもそも村人に冒険者になれ言うのが無理な話やってんて」
「でも彼は素晴らしい力を持ってるわ。クリードを一撃で倒した攻撃力。彼がパーティーに加われば私達の望みも叶う」
赤い髪の少女は首にかけているペンダントを握りしめて言う。
「でももう時間があらへんで。そろそろ決めんと……」
黒髪の少女が言う。
ポニーテールの髪を揺らす少女の背中には弓矢が装備されていて、矢筒に入っているのは5本だけの矢。
彼女が言うと、赤髪の少女は焦燥感に駆られた表情をして、
「分かっているわ。けれど、どうしても彼が気になるの」
「その言い方だと勘違いされますよ?」
赤髪の少女の言葉に、金髪の少女が注意する。
残念ながら周りの男共はバカ騒ぎするばかりで少女の言動などいちいち気にしていない。
「ほなどないするんや? 少年には断られたんやろ」
「そうねー。そうだ! アイリス、あなたが彼に頼んでよ」
「わわ、わたしですかっ!?」
赤髪の少女に言われて、金髪の少女――アイリスは慌てふためく。
そんな彼女に赤髪の少女は作戦を伝えた。
「大丈夫よ。その幼顔で上目遣いされて頼まれたら男は断れないって母様が言ってたわ」
「なんべんも言うたけど、アンタのおかんのやり方通用すんのは一部だけやで」
「じゃあリアが何か案出しなさいよ」
そう言われて黒髪の少女――リアが腕を組んで思考を巡らす。
「ごめんやけど、ウチはそのタツミって男をあんまり巻き込みたくない、いやパーティーに入れたくないのが本音や」
「どうして?」
「パーティーメンバーは背中を預けられるような奴しか認められへん。いくら条件に合うからって無理に引き込んでいざって時に逃げられたら元も子もないんや。それはあんたが一番わかっとるやろシーラ……」
「それは……そうだけど。でも、他に協力してくれる人はいないのも事実よ。少なくとも私達の事を知ってる連中は協力なんてしようとしないわ。彼は私達の事を知らない。これ以上ない人材よ」
赤髪の少女――シーラが見せるタツミに対する執着心に、リアも諦観の溜息を吐いた。
「分かった分かったわ。けどここはウチに任せてくれへんか?」
そう言うリアに、アイリスが尋ねた。
「どうするんですか?」
「どっちにしてもウチ等には時間があらへん。だからタツミって子に決めるのはええわ。けど来るか来うへんのはタツミ自身に決めさせる」
リアは残りの紅茶を飲み干して立ち上がる。
そして、シーラとアイリスに背を向けると、
「ほな、ウチは先失礼するわ」
そう言ってギルドを出ていった。
◆◆◆◆◆
「ったく、おっさんも人使いが荒ぇよな。ま、居候の身で文句言える訳ねぇけど」
メモを片手に街を歩く。
露店を構える店主の呼びかけや、街道を歩く人々の声で今日も騒がしい。
「あんたがタツミか」
喧騒とした街道でも、俺の名前は聞き取れることが出来て。
これがカクテルパーティー効果かと思いながら振り返ると、そこには黒髪ポニテの少女がいた。
身長は同じくらい、女性らしい部分が誇張されている肉体と背中に装備されている弓は折りたたまれているが、おそらく彼女の身長と同じくらいの長弓。
冒険者であることは服装を見れば明らかで、矢筒に入っている5本の矢。そして、俺の視界に浮かび上がる彼女のステータス。
#############
NAME 【リア・クレソン】
JOB 【弓勇】
LEVEL 【64】
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「あなたがリア、さん」
綺麗な黒髪に大人びた振舞。
シーラが活発な少女なら、彼女は包容力のあるお姉さんのようだった。
「リアでええよ。ウチの事はシーラから聞いとるみたいやな」
「ええまぁ」
「ちょっと話ええか?」
今更俺に何の用があるんだろうか。
そう思いながら、俺は彼女について行った。
人通りの少ない路地裏。さっきまでの場所と違い、ここは相手の声が良く聞こえる。
「で、俺に何の用っすか? パーティーの加入に関しては断ったはずですけど」
「けどシーラがどうしてもあんたがええって言うて聞かんのや。まぁアンタの意思を尊重したいとは思っとるから、今からする話を聞いてからもう一回考えてぇな」
「……分かりました」
「あぁ、あとウチに敬語はいらんで。歳もそう変わらんやろうし、距離感じて落ち着かんから」
リアは壁にもたれかかり、俺も合わせて座れる場所に腰を下ろした。
「ウチ等がアンタを誘っとる理由は聞いたやろ。ウチ等にはモンスターを相手にするほどの破壊力がないんや」
「みたいっすね。それにアイリスでしたっけ? その子が人見知りなお陰で年齢が近い人しか無理だとか……」
「そやねん。あの子がまだまともに話せるのは精々20歳くらいやわ。そんな若さで強い奴は少ないんよ。でもそれは問題ないわ」
「問題ない?」
「よう考えてみぃな。別に同じパーティーやったとしても四六時中一緒なわけじゃないんやで。仕事だけの付き合いなんて珍しい話じゃないわ」
確かに。アイリスの職業上立ち位置は後方支援。
破壊力を求めるなら前衛になるだろうから戦闘中でも関わりは少なくて済む。
やり辛いとは思うが、俺をあれほどまでにしつこく勧誘してまで叶えたい目標があるなら、それくらいは妥協出来るはず。
つまり、俺を誘う理由はもっと別の……
「シーラはアンタに離れて欲しくないと思ってわざとそれっぽい理由つけてたみたいやけど、ウチは正直に言うわ」
彼女は瞳を閉じた。
浮かべた表情はとても哀しそうで。
「ウチ等は同じ孤児院で育った仲で、いつか絶対冒険者になるって、そんだけで仲良くなった関係やわ」
「でもなんでまた冒険者に?」
冒険者と言えば響きはいいが、実際の所絶対になりたいほどいいものでもない。
有名になれば話は別だが、ほとんどの冒険者は日銭を稼いで生活しており、命の危機にさらされるリスクもあり、尚且つ野宿や辺境の地で野営しなくてはいけないのも珍しくない。
冒険者になりたい理由は格好いいからという短絡的な理由でなる男が多く、女性冒険者などごく僅かだ。
それでも彼女らは憧れた。おそらく、俺があの時見た彼女の真意は、これに関係すると思っている。
俺の質問に彼女は折りたたまれた弓を取り出した。
小回りの利きづらそうに見える長弓。彼女はそれを懐かしむような眼で見た。
「ウチ等にはそれぞれ憧れた人がおるんよ。その人達もパーティー組んでてな、ウチが憧れたのはカノンっていう女性冒険者や。使う矢は5本だけ。一矢多倒の腕前にウチは惚れ惚れしたわ」
「つまり今のスタイルはその人の真似ってことかな?」
「そうや。他の二人も同じ。シーラが憧れたのは華麗な剣捌きと風を切るような速さから“閃光”の異名を持つアルトラ。アイリスが憧れたのは仲間を守るために恐怖に抗った“聖女”ティファニー」
その名前はこの世界に来たばかりの俺でも耳に入ったことのある名だ。
女性冒険者の中でもトップクラスの実力と知名度を誇るSSランクパーティー。
「彼女等もウチ等と同じ孤児院出身でな。まぁ言うたら姉貴みたいなもんや。カノンの来るときは弓の扱い方を教えてもらって、いつか絶対カノンよりも強い弓使いになる言うてたわ。まぁ夢は夢で終わったけどな」
彼女にとってカノンの存在は憧れであり目標だ。
その存在に早く近づけるよう努力し、越えれるように励んだ。
だが、その目標は叶わない。正確には叶ったかどうかは分からない。
なぜなら――
「もう会うことが出来ひんからな」
そう、そのパーティーは三年前に全滅している。
詳しいことは知らないが、たった一体のモンスターにやられたという風に聞いている。
「アイツは突然ウチ等の前に現れたんや」
「アイツ? 相手が人みたいな言い方だな」
「噂ではモンスターってことになっとるやろ。けど実際はちゃうねん。相手は人、正確には人の形をしたモンスター……魔族や」
「魔族……」
「モンスターの力を持ちながら、人と同じ言語を話して知能もある。そんな存在が現れたんや。カノン等は戦った。けど、SSランクパーティーがてんで相手にならんかったんや。相性が悪いっていうのもあるけど、明らかにスペックが違ったのは、まだ未熟だったウチでも理解出来たわ」
モンスターは己の本能の身で戦う。
だがそこに知能を備え、戦い方を身に着ければ、例えSSランクでも勝つのは難しい。
「アイツはただ見てるだけしか出来んかったウチ等に言いよった。こいつらの戦闘スタイルではどんな手を使っても勝つのは不可能だってな。カノン等は血の滲むような鍛錬をもってその技術を身に着けたんや。それをアイツは真っ向から否定した。ウチは……ウチ等はそれが許せんかった」
彼女達が戦闘スタイルを崩さない理由。
それは憧れの人が培った経験と技術が間違ってないことを証明する為。
勝てない相手に対峙した時、そこでスタイルを変え勝利したとしても、それは自分が目標としていた人を完全に否定したことになる。
「なるほど。で、それを聞いてなんで俺がシーラ達を嫌うと?」
シーラは俺に嫌われたくないと適当な理由をつけたとリアは言った。
だが、今の話では特に嫌いになるような点は一つもない。
「今の話聞いてウチ等の目的は大体分かるやろ」
「……復讐か」
「そう。ウチ等が憧れた人の努力は間違ってなかったことを証明すると言っても、やってることは復讐や。それに自分たちの都合で魔族という危険因子との戦いに巻き込まれるんやで。関わりたくないって言われるのがオチや」
「それならどうして俺にこだわる? 冒険者ですらない俺は、誰よりも臆病で逃げ出すのは目に見えてるだろ。ゆっくりそれなりの人材をスカウトすればいい」
ただのモンスターでさえ、目前で対峙すれば腰が引けてしまうくらいの肝の小ささだ。
それが人を殺すことに特化した魔族となれば、俺は恐怖を覚えることすら拒絶するだろう。
例え時間がかかっても、いつかは彼女達に協力してくれる人が現れるだろう。
だが、彼女は首を横に振った。
「残念やけど、ウチ等にはもう時間が無いんや」
そう言って彼女は袖をめくった。
腕には何やら痣のようなものがある。
「アイツはあの時、ウチ等に言った。三年後、今度はウチ等を殺しに行くって。この痣が消えない限り、アイツはウチ等を狙ってくる。明後日で丁度あの日から三年、日が近づくごとにこの痣が疼くんや。多分明後日、ウチ等はアイツと戦う」
彼女達は悩んだだろう。
勝てる確率が少なく死んでしまうとしても己が憧れた人の戦い方で挑むか、憧れだった人の努力を否定して、確実な勝利のために励むか。
そして前者を選んだ。たとえそれが厳しい戦いになると分かっていても、彼女達は憧れた人の努力を否定することが出来なかった。
その魔人はどんな手を使おうとも負けはしないと言った。
俺が加入し、そいつの防御力に穴をあければ勝てる確率はぐんと上がる。
だが、俺にそんな度胸は無い。
「明後日、ウチ等はアイツと決着をつける。もし、ウチ等に協力してくれんやったら、この場所に来てほしい」
そう言って、彼女はメモを渡す。
「これはお願いや。絶対に来いとは言わへん。戦いに参加する言うことは命を懸ける言う事や。それなりの覚悟を持って来てほしい」
彼女の覚悟を決めた目が俺を射抜く。
「ほな、縁があったらまた会おな」
それは近日死ぬかもしれない人が浮かべる笑顔ではなかった。
そんな彼女に俺は、情けないことにただ無言で見送るしか出来なかった。
◆◆◆◆◆
明日か…………
俺は何故か明日の事ばかり考えている。
俺には関係ない話だ。もし俺に何の力もなければ可哀想にの一言で終わっていた。
だが、俺には可能性がある。この意味の分からない人差し指は、彼女達を救う可能性がある。 だからこそ、俺は今心にしこりを抱えている。
「なぁおっさん……」
「あぁ?」
俺がオルクに声をかけると、おっさんは気の抜けた声で答えた。
「おっさんはさ~恐いもんとかある?」
「ん、どうした急に。恐いもんねぇ……流石の俺も上さんには敵わねぇな」
衝撃の事実! おっさんまさかの既婚者ッ!!
「んじゃなくて、何ていうかこう……命の危機的な恐さ……的な?」
「命の危機ねぇ……まぁ俺も元は冒険者だったからなぁ。肝が据わってたとはいえ、若い頃は死ぬと思ったことはある。例えば初めて冒険した時とかな」
「おっさんはどうやって恐さを乗り越えたんだ」
「んなもん気合いだよ気合!」
「ダメだ……全然参考にならん」
「ま、そんな精神論は置いといて、実際の所乗り越える必要なんざねぇってのが結論よ。立ち向かわなくちゃと思っても恐いもんは恐い。それが人間って奴よ。でもな、一歩踏み出したらもうやるっきゃねぇんだ。だから乗り越える乗り越えないんじゃねぇ。一歩踏み出すかどうか、それが重要よ」
「一歩踏み出す、か…………」
俺がその一歩を踏み止まっていても、残念ながら時間は進む。
そして――次の日の夜がやってきた。
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