死
見事に前回のあとがきのフラグをへし折りました、あいきゃんふらい(揚)です。
「一緒に、遊びに行こう」
唐突に、そう言われた。友人にそう言われたのなら、すべてを投げ出してでも行かない手はない。合点承知の助とばかりに返事をし、週末に遊ぶ流れになった。
遊ぶと言っても、若者が遊ぶ場所がない小さな町での遊びと言ったら、図書館を回ることと、一緒にぶらぶらと町を散歩するだけだ。
「どこに行く?」
と聞かれたので。
「別に、どこにでも」
と答える。
「あー。じゃあさ、図書館に行こう。本が借りっぱなしで、返せてないから」
「おけおけ。けーおー」
「殺すな」
そんな他愛もないことを言い合いながら、道を歩いていた。日が強く照って、このまま照り焼きにされてしまうくらい、暑かった。
道を二人で歩いている。それだけで、十分楽しい。相手と話が合うし、気が合う。こういうのを、馬が合う、って言うんだなーとか、いつもそう思っている。
図書館は、小さい町の物にしてはやけに立派で、魔法物のドラマに使えるんじゃないかというくらいに風情のある古さを誇っている。
室内は落ち着いた照明の明るさ。その光が飴色の本棚に反射して、いつ見ても見飽きない。
「んじゃ、こっちだから。あとで集合な」
「うーいっす」
そう答えながら、本を借りよっかなー、とか思う。立派な本棚の中に、結構最近の本が入っているから面白い。ライトノベルとかが収められると、ちょっとこれじゃない感が半端じゃない。ちなみに、一番似合うのは児童向けの「ドラゴン一覧」とか「架空の生き物辞典」。表紙が結構凝っていると、それだけで絵になる。
「うー。本本本本、ほーんー」
「返し終わた」
ひょこりと本棚の間からでてきた友人が、言う。
「オタワ?」
「カナダの首都」
「正解!」
そう言ったところで、職員の人から睨まれた。急いで図書館を出る。
「いやっはー。軽い軽い」
本を返したことで身軽になったのか、軽くスキップしながら友人が前を行く。
「次はさー、どこに行く?」
後ろから早歩きで追いかけながら言う。
「んー、そーだよなー。図書館は行きづらくなっちゃったしなー」
「まじそれな」
「わかる」
「知らんけど」
そう言いながら、当てもなく住宅街を歩く。
道の端には、ソーダ味の棒アイス。誰が落としたのか知らないが、蟻が群がって巣に運んでいく。
ぴたり。
と。
「あのさー」
唐突に、友人が足を止めた。
「おー? なんじゃらほい」
「死ぬの」
ゲームの話かと思った。ゲームで、バグが起きたんだろうなーと考える。
「誰が? チームメンバー? プレイヤー?」
「いっつ、みー」
プレイヤーが消えちゃうバグかー。
「へー。へいへい、ほうほう。んで?」
「だからさー」
いつの間にか友人を追い抜かしていた。
「いつ死ぬのか分かんないの」
「へー。てか、早よ来いよ」
追い抜かした友人を待つために、止まった。
「死ぬからさー。死ぬまでに、遊びたいなーって」
「誰と?」
「お前と」
そう言いながら、友人が笑った。
「死んじゃうらしいんだよ。そういう病気」
病気。
軽々しく言われたせいで、実感が湧かない。
「正直さ、いつ死ぬか分かんないの。時限爆弾が埋め込まれてるようなもんだよなー。死んだらどうなるんだろうな。
母さんからさ、止められたの。いつ死にかけるか分かんないから、ずっと病院にいなって。
冗談じゃねーよなー。
なんで死ぬ直前までボッチでいなきゃなんねーんだっつーの。
無理やりな、抜け出してきたんだ。病院。
死ぬの、めっちゃコエーんだよ。でもさー、お前が代わりに慌ててくれたら、大丈夫かなーって」
そう言いながら、友人は跪いた。
「ぐらぐらすんのも。
気持ちわりぃのも。
吐きそうなのも。
嫌でたまらないのも。
コエーのも。
ぜーんぶ全部。
みーんな皆。
お前と一緒にいたら、お前と一緒にいるから、大丈夫な気がしてさあ。
あー、でも。
無理っぽいわ」
倒れる。
ゆっくりと。
じりじりと暑い太陽。
じりじりと熱い道路。
ひょっとしたら、こいつ、このまま溶けるんじゃねえの?
溶けて、解けて、融けて。
いなくなっちゃうんじゃねえの?
あのアイスみたいに、蟻の巣に運ばれて、もう見えなくなっちゃうんじゃね?
「は」
えー。まじかよ。
倒れたまま、友人は動かない。
「はあ?」
ぐったりと、そのまま。
「――ざ」
駆け寄る。
何も考えない。
「け」
何も考えられない。
「ん」
何も考えたくない。
「な」
手に取った友人は、熱いのか冷たいのか分かんなくて、でもただ、このままいなくなっちゃいそうで。それくらい、儚くて。
「ざけんなテメエ、勝手にうじうじ抱え込んで勝手にのろのろ死にに行くつもりかよ、死にに逝くつもりかよ。なんで病院にいねえんだ、病気だったら見舞いに行ってやるよ。そしたらもっと一緒に過ごせたはずだろ。抱えこんで死ぬのがカッコイイと思ってんのか、違うだろあほ、そういうのはもっと早く教えろよ何で死ぬんだよ今すぐ代わってやる寿命を半分やるから一緒に生きようぜおい目ぇ開けろって目ぇ覚ませってこんなのある訳ねえだろなんでだよなんでなんで」
「我思ふ」
「――しゃべんなバカ今すぐ病院に叩き込んでやるからな覚悟しとけよ死んだらぶっ殺すぞ」
「人ってさあ、死ぬじゃん。
死ぬから、大切だって、思うじゃん。
死ぬから、大切だったって、思うじゃん。
なんで人が死ぬのかって言ったら、多分そういう事なんだよ。
生ける者は、生ける物はぜーんぶさ。
まあ、そんなこと言ってもみーんな皆、
――知らんけど」
ゆっくりと、目が閉じられる。
ゆっくりと、呼吸が浅くなる。
ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくりゆっくり。
いなくなる。
「――あ」
ああ、そっか。
好きだったんだ。こいつの事。それが、『らぶ』か、『らいくか』は、知らないけど。
ずっとずっと、一緒にいたかったんだ。一緒にいるだけで楽しくて、一緒にいるだけで嬉しくて。
そう、一緒にいるだけで、楽しい。嬉しい。
だから、一緒にいなかったら、悲しい。寂しい。
「――え。なんで。なんで、え、え……どう、し」
くわんくわん、と頭の中で音が変に反射する。相手よりも自分が冷たくなっていく気がする。熱い。コンクリートの地面が熱い。
救急車を呼びたくても、携帯電話を所持していない。
腕の中で、どんどん消えていく友人。
なんで。
なんで?
多分、明日がやってきて。
また、こいつがやってきて。
一緒に遊んだり、勉強したりするもんだと思っていた。
そう、思っていた。
そう、思いたかった。
「死ぬな。死ぬな、お願いだから。一緒に明日も遊ぼう。明後日も、明々後日も、ずっとずっと、一緒に遊ぼう。遊ぼうってお前が言ったから、遊んでるんだよ。こっちが遊ぼうって言ったら、お前も遊べよ」
こんなに、人が死ぬのを怖いと思ったのは初めてだった。
こんなに、人が死ぬのを悲しいと思ったのは初めてだった。
「――何しているの」
突然、幼い声。見ると、そこには小さな女の子がいた。
「とも、だちが……」
「死にそうなの?」
死にそうなの?
重い言葉。そうだ、確かに死にそうな状態だ。でも、でもだからってそんなに軽々しく言ってほしくない。八つ当たりかもしれないけど、でも、死ぬっていうのはもっとこう――。
重たくて。
悲しくて。
寂しくて。
歯痒くて。
辛くて。
そういう、ものだろう。
「死ぬの? その人」
つい。
と。
少女が友人を指す。まるで物を見るような目で、見る。
死ぬの? だって?
一緒にいたい人が死ぬ辛さを知らない奴に、そんなことを言われたくない。
「死ぬかもしれない。死ぬかもしれないから早く救急車を」
途切れる。
「――で、オチは?」
麦茶を飲みながら、向かい側に座る知人が尋ねる。
「ない」
「は」
軽く鼻で笑われた。
「夢オチで、しかも肝心のオチがないとはねえ。物語にすらなってないよ。それに、代名詞が多くて性別すらわからなかったしね。
何でそんな夢を見たのかねえ。
好きな人。一緒にいたい人。
は。
笑わせてくれる。なあによ、それ。
ガキの初恋じゃあるまいし。そんなもの、ないないない」
「まあ、そりゃあそうなんだけどさ」
ただ、性別も顔も名前もなにもかもが分からない誰かを、とても好きだったという事をやけに覚えていて。
「あれじゃない? 前世の記憶とか」
「そんな訳なかろう」
「あーあ。実は自分の目の前にいる奴が前世、あの時死別した友人だったのだー。とか、そういう落ちかと思ったけどね」
「知らんがな。まあだけど、何もわからないその友人の事が、大好きだったんだよ、私は」
トースターを齧る。
「今は?」
にやにやと、正面に座った彼女が答える。
「知るか、ボケ」
そして、二人で笑いあう。
――死ぬから、大切だって、思うじゃん。
死ぬから、大切だったって、思うじゃん。
死ぬって、多分そういう事。