表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
河はあまりに広く、あなたはあまりに遠い  作者: 無憂
第六章 我が心は石に匪ず
35/130

故宅

 翌早朝、陰麗華と陰次伯の兄妹は、迎えに来た傅子衛将軍麾下きかの三百の兵に守られ、育陽の鄧少君のいえを出た。門まで見送りに出た少君は不機嫌そうではあったが、黙って陰麗華を送りだした。


 陰麗華の馬車には侍女の小夏と、新野を離れて以来、ずっと陰麗華の側に仕えていた張寧が乗った。彼女の二人の子供たちは、父親である左武と一緒に荷車に乗るが、三人目を妊娠中の張寧は、陰麗華が主張して揺れの少ない馬車に乗せることにしたのだ。

 

 「おら……じゃなくてわたしみたいなんが、こげな上等の馬車に乗って、申し訳ないっちゃ」


 張寧が居心地悪そうに身を縮こませるが、妊娠中に荷馬車などに乗せて、何かあったら陰麗華の方が辛くてたまらない。


 「いいえ、わたしのわがままだから……。子供たちと引き離してしまって、心配かもしれないけれど」

 「あの子たちは父親がおるけん、平気へえきずら」

 「今さらだけど、本当に、洛陽まで付いてきてもらって、いいの?」


 陰麗華が不安そうに尋ねる。洛陽に何が待っているのか、陰麗華ですら想像もつかない。――文叔から離縁を取り付ければ、すぐにも洛陽を出るつもりではあったが、その後の行先も何も決めていなかった。


 (――さすがに、また少君の家に戻るのはまずいわよね……)


 馬車の窓から育陽の街を眺めながら、陰麗華は思う。少君は自分の元に留まり、妻となってほしいと言うが、陰麗華にはそのつもりはなかった。少君が嫌いなのではないが、恋人でもない男を、これ以上利用するようで嫌だった。

 新野の母はまだ陰麗華を許してはおらず、頼れるのは兄の次伯だけだが、兄は文叔との離縁が正式に成立すれば、間違いなく、少君の元に嫁げと言うだろう。

 

 (……結局、自分ひとりでは何もできず、何も決められないのね……)


 それが女の定めと言われれば陰麗華には抗うことも出来ない。視線を膝の上に落とせば、左手の薬指に嵌めた、銀の指環が目に入った。


 もう、これ一つになってしまった――。


 陰麗華が文叔のものだった、ただ一つの証。いまだにこれを棄てられないのは、陰麗華の未練の表れだ。

 文叔は、いったいなんと言い訳するつもりなのだろうか。そして自分もまた――。


 どうしようもなかった。戦争だから。死ぬよりはマシだったから。

 どれほどの言い訳を連ねても、裏切りの事実は覆らない。一度汚れた白い布が、まっさらには戻らないように、一度踏みにじられた誓いは、もはや聖なる効力を失ってしまうのだ。

 






 

 一行はやがて宛の城門をくぐり、懐かしい一角に馬車が進んでいく。


 (ここは――)


 陰麗華がはっとして表情を変えた。閭門にも、周囲の家にも見覚えがあった。宛の当成里。――陰麗華と劉文叔が、ほんのわずかの日々、蜜月を過ごした場所だった。

 胸が痛くなるほど懐かしい家の門前で馬車が停まり、垂れ幕が開くと傅子衛将軍が馬車の前に跪いていた。


 「今宵はこちらにてお休みいただき、明日、改めて洛陽へと向かいます」

 「まだ……この家があるとは思いませんでした……」

 「はい、こちらにはまだ、劉氏ゆかりの方々がお住まいでしたので……」

 

 傅子衛将軍に手を取られ、陰麗華が馬車を降りる。門に一歩踏み込むだけで、文叔に嫁いだ日のことがまざまざと思い出されて、陰麗華の胸が苦しくなる。

 

 ――あの時は、こんなことになるなんて、想像もしていなかったのに。


 あの日、文叔はわざわざ一度門を出て馬車で一回りして、そうして陰麗華を抱きかかえ、もう一度門を入った。――婚礼らしいことは何もできないけれど、せめて〈親迎〉の作法だけは、きちんとやりたいと言って。

 

 『ひとたびこれと斉しくなれば、終身改めず。故に夫死すとも嫁がず、男子は親迎す』


 文叔はそう言って、親迎の礼には特別な意味があるのだと教えてくれた。永遠に、陰麗華一人だけの誓いとして、敢えて親迎するのだと。


 もし、無理を言って文叔について河北に渡っていたら。あるいは文叔が河北の攻略を命じられなかったら。いや、そもそも、こんな戦乱の世に生まれなければ、ずっと夫婦として生きていけたのだろうか。


 陰麗華が懐かしい中庭をしばらく眺めていると、堂の方から聞き覚えのある声がかかった。


 「麗華! 来てくれたの!」


 驚いて振り仰げば、堂のきざはしのところに劉文叔の妹の伯姫が立っていた。伯姫もまた、黒い襟のついた白地に草花模様の散った曲裾深衣に赤い帯を締め、髪は人妻らしくうなじで髷を結って、地味な笄を挿している。


 「……伯姫……あなたが、ここに住んでいたの」

 

 相変わらずおてんばの伯姫は、気軽に階を降りると、陰麗華の方に駆け寄ってきた。


 「久しぶり! 元気そうでホッとしたわ!」

 「伯姫も……。結婚したって噂で聞いたけれど、お祝いもできなくてごめんなさい」

 「いいわよ、こんな戦争だらけの時代に、お祝いも何もないわ。結婚はしたけど、あの人は戦争でウロウロして……わたしはずっと、宛の李家でおさんどんさせられたのよ! ほんと、失礼しちゃうわ」

 

 文句を言いながらも、伯姫は満更でもなさそうな顔で肩を竦める。伯姫の夫は文叔らとともに挙兵した、宛の李家の御曹司、李次元である。


 「旦那様は今、どちらに?」 

 

 陰麗華が問うと、少しだけ眉を顰めた。


 「文叔兄さんを追いかけて河北に渡ったわ。今は洛陽にいるはずよ? だから、わたしと君黄姉さんも、今回、一緒に洛陽に行くの。麗華は来てくれないかと心配したけど、よかったわ。……いえ、その、兄さんがひどいのはわかっているから、わたしも無理強いはできなくて……」


 伯姫が気まずそうに微笑むのを見て、陰麗華も眉尻を下げた。


 「その……離縁を求めるなら、直接会ってお願いするしかないってその……こちらの、傅将軍が仰るので……」

 

 離縁、と聞いて伯姫が息を飲む。


 「……やっぱり、兄さんを許せない?」

 「許すとか許せないじゃなくて……妻は一人だけでしょう。妾にされるのは嫌だし、だったら解放してもらいたいってだけの話で……恨んでいるわけではないの」

 「兄さんからは、相変わらず何も?」


 陰麗華は長い睫毛の伏せ、頷いた。


 「わたしからの書簡てがみが届いていないのかもしれないわ。でも、特に何の弁明もないし……」


 伯姫が首を傾げる。


 「でも、傅将軍は『妻』のあなたを迎えに行くと聞いたわ。兄さんは離縁するつもりなんて、ないんじゃないの?」

 「でも、あちらの方も洛陽にはいらっしゃるのでしょう?仮にも諸侯王に繋がるお姫様を妾にはできないでしょうから……」


 たとえ、正妻は陰麗華で、郭氏は妾にすると言われても、それはそれで微妙だ。皇帝を名乗る以上、妻が一人では格好がつかないので、陰麗華とも離縁しないでおくとか、そういうことだろうか? どういう理由であれ、自分は皇帝の妻など務まらないから、どうか解放して、別の相応しい方を娶ってくださいと言うしかない。


 「どっちみち、文叔様が認めないことには、離縁もできないのよ。なんだかずいぶんと偉い方になってしまわれたようだけど、一度は夫婦になった縁に縋って、お願いしてみるつもり」

 「そんな――」


 陰麗華もそうだが、伯姫もまた、兄が「皇帝」になったことがさっぱり腑に落ちていないらしい。


 「兄さんは、あの劉聖公みたいに、後宮に女を集めたりしないと、信じたいけど。そんなことになっていたら、わたしがひっぱたいてやめさせてやるわ!」


 拳を握りしめる伯姫を見て、それまで黙って二人のやり取りを聞いていた傅子衛が、見かねて声をかけた。


 「お二人とも、懐かしいお気持ちはわかりますが、立ち話もなんですから、中にお入りになられては」

 「あ……ごめんなさい。将軍閣下まで立たせたままで」


 陰麗華がしまったというふうに、口元に手をあてる。背後を振り向けば、小夏も張寧も、所在なく立ち尽くしたままだった。


 「ああ、妊婦さんを立たせたままにしてしまったわ。……わたしったら……」


 陰麗華ははあ、っと溜息をつくと、伯姫にひとまずの差配を任せ、導かれるままにいまに上がった。



 

 



 「そう言えば、劉聖公が今、どうしているか、聞いてる?」

 

 堂内でしょうに座り、侍女が運んできた白湯を一口飲んでから、伯姫が言った。陰麗華は劉聖公の名に思わずギクリと身を固くする。――陰麗華にとっては、二度と会いたくない男だ。


 「……いいえ、何も。長安に行ったきりってことだけ……」


 陰麗華が首を振ると、伯姫が身を乗り出すようにして、言った。


 「九月に赤眉の軍に敗れて、長安から単身逃げ出した話は知ってる?」

 

 陰麗華はそれにも無言で首を振った。……きっと、兄も鄧少君も、故意に陰麗華の耳には入れていないのだろう。


 「逃げて……どうなったの?」

 

 もしかして逃げて南陽のどこかに潜んでいたりするのだろうか。そう考えただけで、陰麗華の身体が恐怖で強張る。


 「長安の劉盆子……だったかしら?……ほら、長安で即位した赤眉の親玉がね、『聖公が降れば、長沙王に封ず。ただ、二十日を過ぎたら、降伏は受け付けない』ってやったの。十月にとうとう出てきて、長安で劉盆子に伝国の璽を差し出したそうよ?」

 「伝国の璽を……」

 

 秦の始皇帝以来伝わる、皇帝の神器。存在を話には聞いていたが、どんなものか想像もつかない。それよりも、劉聖公がどこにいるのかの方が、陰麗華には問題だった。


 「それで、今は、どこに?」

 「赤眉の監視下にあるはずよ。ただ、聖公の家族の行方がわからなくて……」

 「家族……」


 あの思い出したくもない洛陽の日々、陰麗華を庇ってくれた趙夫人とその子供たち!


 「趙夫人! 生きてはいらっしゃるの!」


 勢いこんで尋ねる陰麗華に、だが伯姫は首を振った。


 「そうそう、そんな名前だったわね。死んだという話は聞かないわ。まだ子供たちが小さいから、一族として捨ててはおけないって、子琴おじさまが迎えに行ったのだけど、果たして遭遇できるのかしらって……」


 劉子琴は劉聖公の従兄弟で、聖公から前大司馬にして宛王に封じられ、宛の守護を命じられていた。だが、軍隊を率いる器量には欠けるのか、聖公の敗色が濃厚であるのが伝わると、配下の兵が背いて宛を維持できなくなり、一時は育陽に逃れて鄧少君に保護を求めてきた。――少君は劉聖公を蛇蝎のごとく嫌っていたから、劉子琴への対応も非常に冷淡だったけれど。


 陰麗華は一度か二度、少君の家で見かけたことのある劉子琴を思い出す。――かつて、劉聖公の弟が殺された時、彼は復讐のために家財をなげうったそうだ。情と義侠心に厚いがいささか無神経なところがあって、大きな声で文叔の噂話を持ち込み、おかげでせっかく兄たちが必死に隠していた文叔の河北での結婚が、陰麗華の耳に入ってしまったのだ。

 あの、聖公のことだ。きっと妻子のことなど顧みず、一人で遁走したに違いない。家族が果たして無事でいるのだろうか。劉子琴が聖公の家族を見つければ、安全に南陽まで戻って来られるだろうが、だが、その後は――。


 文叔は聖公配下の一将軍だったにも関わらず、離反して自立し、自ら皇帝を称した。いずれは聖公とも鋒を交えるつもりだった。文叔は赤眉に下った聖公を、そしてその妻子を、どのように処遇するだろうか。


 陰麗華は目を閉じる。


 聖公の妻子には何の選択権もなかった。ただ、突然夫が挙兵し、皇帝に祭り上げられ、住み慣れた故郷を離れて長安に行き、戦争に負けた。渦の中心に近ければ近いほど、ただただ翻弄され、なすすべもなく振り回される。夫が栄華の極みにある時は、権力者の妻として周囲からもてはやされるけれど、それはほんの一瞬のこと。

 

 洛陽の劉聖公の後宮で、趙夫人は正妻としての義務感からかもしれないが、陰麗華を庇ってくれた。趙夫人からすれば、陰麗華もまた、夫の劉聖公とよこしまな関係を持った女に過ぎないのに、陰麗華が無事出産を迎えられるよう、あれこれと手を尽くし、長安に出発する間際まで、陰麗華を励ましてくれていた。

 あの後、混乱に乗じて洛陽宮を脱出したために、ロクなお礼すらできていない。


 「……趙夫人にはお世話になったのよ。何とか、お救いすることはできないかしら……」


 陰麗華が呟けば、伯姫が言う。


 「何のかんのと言っても同じ舂陵しょうりょう劉氏の一族だから、悪い扱いはしないと思いたいけど……」


 文叔と伯姫の兄、劉伯升は劉聖公に殺されているから、複雑な感情はあるらしい。


 「それでも、奥さんや子供に罪はないものね。……無事でいるといいけれど」


 せめて趙夫人とその子どもたちの保護くらいは、文叔にお願いできるだろうか? 離縁を願い出に行く分際で、図々しいだろうか?

 文叔が劉聖公に対して抱く感情が分からないので、どの程度のとりなしならば、彼の気持ちを損なわないでいられるだろうか。

 

 ――それとも、自分のような女が、余計なことを言わない方がいいのか。


 結婚して二年とはいえ、一緒に過ごした時間はたった二か月と少し。それも、文叔は多忙で、軍隊を率いてあちこちを動き回って、家に戻ることも稀だった。臥牀を共にした回数だって、実は数える程しかない。


 ――結局、夫婦といっても、彼のことは何もわからないままだった。


 趙夫人はさすが、長年連れ添った「妻」の貫禄で、あの洛陽宮の後宮をまとめ上げていた。それでも、初日に陰麗華を詰った韓夫人とかいう女は、時々、和歓殿まで押しかけてきては、趙夫人に追い返されていたようだけど。女同士のトラブルも常に起こっていて、いつも、趙夫人がその対処に奔走していた。


 夫が「皇帝」なんてものになったばかりに、趙夫人もお気の毒に。

 何の気なしにそう、心の中でつぶやいて、陰麗華ははっとした。


 ――そうか、わたしだって、同じ立場だわ。


 自分には、とてもじゃないがあんな才覚はない。そういう意味でも、皇帝の「妻」なんて物々しい「座」は、とっとと別の人に譲ってしまうべきだ。わたしは、そんな柄じゃない――。


 陰麗華は、深い溜息をつく。


 ただ、あたりまえの夫婦として、寄り添い、ともに年老いて、いずれ同じ墓に入る。そんな、平凡な未来は、あの叛乱とともに露と消えた。 


 ――わたしたち二人は、どこかで道を間違えた。


 幼い日、文叔と二人、白水の畔で眺めた、夕焼け空を舞う番いの鳥。

 翼ある鳥は河の中州に巣をつくり、雛を育てるが、翼のない人は、河に隔てられて会うこともできない。


 陰麗華と文叔の間の河は、無限の広がりを持って二人の間を引き裂いている――。






 翌朝、宛の街を出て洛陽へと向かう。

 洛陽は宛のほぼ真北に位置するが、宛と洛陽の間には峻嶮な山地が横たわっており、東側に迂回して昆陽を経、汝南に抜けるルートを取ることがほとんだ。ゆるゆると旅を続けた一行が洛陽に着いた時には、十二月に入っていた。


 ほぼ二年ぶりに見上げる洛陽城の威容に、陰麗華は身体が強張こわばるのを感じた。

 実を言えば、洛陽城を後にした時の状況を、陰麗華ははっきりと覚えていない。兄の次伯と鄧少君に救い出され、半ば死んだような状態で洛陽を出、陰麗華が自分を取り戻した時には全てが終わっていた。


 ――また、ここに戻ってくることになるなんて。


 文叔の迎えの使者を一度は拒んだのは、陰麗華自身の中にまだ、洛陽で起きたことへの恐怖があるからだ。あの頃の陰麗華は本当に、心身共にぼろぼろだったから――。

 

 ふいに、背後から袖を引かれ、陰麗華がはっとする。振り返ると小夏が心配そうに見ている。


 「大丈夫ですか? お嬢さま」

 「……ええ、大丈夫よ、ちょっと馬車に乗り詰めで疲れたかしら」

 

 陰麗華は無理をして微笑んだ。今日はこのまま洛陽の南宮に入ることになっているので、張寧と子供たちはいったん、洛陽にある伯姫の夫、李次元の邸に引き取られることになった。兄も文叔との用が済めば、ひとまず李家に宿を借り、その後のことを考える手筈になっている。


 馬車は南の開陽門から城内に入り、洛陽の街路をゆっくりと進む。


 あれから、いろいろなことがあった――。


 二年前、洛陽の主だった更始帝・劉聖公は長安へ行った後、後に関中に入った赤眉との争いに敗れ、今は囚われの身であるという。

 現在、有象無象の自称皇帝が天下には満ちているそうだが、有力な軍閥となるといくつかに絞られる。


 洛陽を確保し、河北から南陽をその手に収めようとする劉文叔と、長安に拠る赤眉の劉盆子。同じく漢の復興を唱える劉氏の二大勢力が、長安と洛陽とで睨み合っている。南陽も掠奪が横行してひどい状況だが、関中の餓えはさらに悲惨であると聞いた。


 ――そう言えば、曄と匡はどうなったのかしら。


 王莽の隠し子として長安に引き取られた二人の、その後の消息は尋ねることもできないままだ。王莽が敗れた時、王莽の子孫はことごとく殺されたと言われるが、だとしたら二人も――?


 陰麗華は思わず目をつぶる。


 鄧少君の話では、今、鄧仲華は文叔の命で関中を転戦していると言う。

 

 (鄧仲華さんに頼めば、二人の行方もわかるだろうか)


 王莽の子、という理由で非業に斃れたのであれば、あまりにもむごい。せめて何等かの祭祀を、と思う。

 王莽、劉聖公、そして、劉文叔。なんと権力は儚く、天命は移ろいやすいのか。


 人は皆、一時の栄華を夢見て皇帝の位を求め、天下を手に入れて君臨しようとする。だが、天命が虚しくそのこうべの上を通り過ぎた時、どれほどの栄華も儚く消えゆくのみ。


 いずれ劉文叔も――。


 たった二か月とはいえ、その妻であった陰麗華もまた、歴史の変転からは逃れられないだろう。


 陰麗華はどこか冷めた目で洛陽の街を眺めながら、来るべき再会の時に向け、気持ちを落ち着けようと何度も息を吸った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
web拍手 by FC2
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ