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河はあまりに広く、あなたはあまりに遠い  作者: 無憂
第一章 河の洲に在り
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白水の畔

 劉家は元の舂陵しょうりょう侯家の分家で、伯升・文叔兄弟の父劉欽は、南頓の県令まで務めたが、すでに故人であった。未亡人の樊嫺都はんかんとは舂陵の北、湖陽の大族・樊氏の出で、長姉の劉黄も湖陽の胡氏に嫁いでいる。


 伯升は常安(都。長安を王莽が改名)の太学から戻り、ねて婚約していた宛の朱氏を娶る。この婚礼が済めば、今度は入れ替わりに、二十歳になる三男の文叔が常安に赴く予定だと言う。


 その夜、麗華は伯姫の臥牀ベッドで一つのふとんにくるまって、お喋りをしていた。火事が怖いので灯火は落としているが、透かし彫りのまどから煌々と月の光が射している。


 「文叔にいさんは諧謔じょうだんがうざいけど、他はいいのよ。優しいし、偉ぶらないし。でも、二月に伯升にいさんが戻ってきて、早速いろいろと揉めてね……。あのひと、ぶらぶら遊んでるくせに、偉ぶって人を呼んでは、ウチでご飯を食べさせて、お金を使うのよ。ほとんど文叔にいさんが働いて、仲にいさんが管理しているお金なのに。しかも、その二人のことをあくせく働くしか能のないつまんない人間だって、馬鹿にして。母さんは伯升にいさんの言いなりだし、柄の悪い人がウチに出入りして、ほんと、うんざりしちゃう!」


 漢の御代みよには宗室の一員として列侯爵を賜り、封地からの租税をんでいた各地の劉氏は、新の御代になって、いずれも封爵を取り上げられてしまった。舂陵しょうりょう国と呼ばれたこの郷は、今では蔡陽県の一つの郷として、県官おかみに租税を差し出している。舂陵侯家からすれば収入の大半が消えてしまったわけだ。


 まだ、今の天子が「仮皇帝」と名乗っていた居攝二年(後七年)、東郡太守翟義(てきぎ)が叛乱を起こした。たまたま、舂陵侯の嫡子の劉巨伯は、長安から翟義の兄、翟宣の娘を妻に迎えたばかりであった。婚礼のわずか二十日後、舂陵に南陽郡の捕吏が押しかけ、新妻は殺され、巨伯は宛の獄に収監されてしまう。巨伯は釈放されたものの、終生にわたって出仕禁止の処置がとられている。文叔の叔父の劉次伯も県令の職を免じられ、官途は閉ざされた。舂陵の諸劉氏が様々な打撃から立ち直るには、もう少し時間がかかるだろう。

 

 ――だが、伯姫の見るところ、長兄の伯升は一族が置かれた立場に不満を抱き、いつかひっくり返してやろうという、野心を燃やしているらしい。地道な稼穡かせぎを馬鹿にし、漢の高祖を目標に、任侠を気取って遊び歩いている。どこの馬の骨とも知らぬゴロツキを集めては手下のように連れ歩き、大判振る舞いしてどんちゃん騒ぎをしている。その財は、下の兄たちが下戸こさくにん傭作人やといにんを使い、時には自ら鋤を手にして得たものなのに――。

 

 長兄が戻ってきてすぐ、三男の文叔と壮絶な言い争いになったことがある。兄が連れ込んだゴロツキ――賓客、なんて言われているが、あんなのはただのゴロツキだ――が法を犯し、蔡陽県の吏が押しかけてきたことがあったのだ。ただでも舂陵の劉氏は郡県から目の仇にされているのに、ゴロツキの管理はちゃんとしてくれ――文叔の言い分はもっともだと思うのに、伯升は謝罪もせず、信じられないことに母まで伯升の肩を持った。それ以来、文叔が相当に我慢をしているのが伯姫にはわかるので、遊学して家を離れられるのは、文叔にとっていいことなんだろうとは思う。しかし、真ん中の兄の仲は病気がちで、長兄の暴走を止めるのは到底無理そうで、つまりあの長兄が野放しになるのかと思えば、伯姫は文叔が常安に行ってしまうこれからの数年が本当に不安だった。――頼みの綱は、新たに嫁に来る伯升の新妻ただ一人。だけど――。


 「お嫁にくるねえさんも、伯升にいさんみたいな人と、上手くやっていけるのかな。あたしはあんな夫は嫌だなー。横暴だし、傲慢だし。仲にいさんは身体が弱すぎるし、文叔にいさんはとにかく諧謔じょうだんが寒いのよね。あれだけは何とかしてほしいんだけど」


 伯姫が窓から月を眺めながら言う。


 「ねえ!麗華は結婚するならどんな人がいい?」

 「ええ?……そんなの、考えたことも……」


 麗華は不意に、さきほどの劉文叔から「このままお嫁に来る?」と聞かれたことを思いだし、さっと顔が熱くなった。きっと普通に明るい場所だったら、頬が染まったのがバレてしまっただろう。月明りの下で助かった。


 「麗華が文叔兄さんのところにお嫁に来てくれれば、一緒に遊べるのにね」


 伯姫の言葉に、麗華がぶっと吹き出す。


 「何言っているのよ。文叔さまはもう、大人よ? わたしみたいな子供と結婚なんかしないわよ」

 「でも十歳くらいの歳の差なら、けっこうあるんじゃない?」

 「そうだとしても、伯姫の方が年上なんだから、わたしがここにお嫁に来るより先に、伯姫がお嫁に行って、ここにはいないわよ」

 「あー、たしかに。この集落はほとんどウチの親戚ばっかりで、劉さんしかいないのよね……」


 結婚とは異なる姓が親しくなるためのもので、「同姓」は結婚しないのが原則である。本貫(本籍地)が異なり、完全に別の家だとわかっている場合は、稀に結婚も可能(*1)だが、南陽の諸劉氏はいずれも皇家のすえで同族なのがはっきりしているから、結婚相手の候補にはならない。伯姫もいずれは姉たち同様、別の郷の異姓に嫁ぐことになるだろう。


 「どうせお嫁に行くなら、宛のような都会がいいわ。大きな市もあるし……」


 郡治の宛は洛陽や邯鄲、成都と並ぶ大都市だ。鉄官も置かれ、商工業者が多い。その代わり、あまり人気じんきの良くない街である。


 「時々、うちに遊びにくる朱仲先は母方が復陽の劉家だけど、宛の朱家よね。あとは母さんの実家の湖陽の樊家、新野の鄧家、陰家、来家……」

 

 伯姫が南陽の豪族を挙げていく。


 「宛の李家は?」


 陰麗華が漏れていた豪家の姓を挙げたところ、伯姫が首を振る。


 「あの家とは仲が悪いのよ。昔っから因縁があるみたいで……あそこの家にお嫁に行くことは、たぶんないわ」


 陰麗華が月を見上げて呟く。


 「わたしは宛みたいな都会は人が多すぎて辛いから、田舎がいいな。何となくだけど川の側がいい。鳥が番になって飛んで、中洲に巣を作るの。時々、旦那様が釣った魚を食べたり、河原でぼんやりしたり、そういうのがいいわ」

 「じゃあ、やっぱりウチじゃない。川まで二里だもの」

 

 伯姫が言うけれど、麗華はそろそろ眠気が我慢できなくなってきた。


 「……うーん、そうね……それもいいかも……」


 陰麗華が長い睫毛を伏せる。その脳裏には、昼間彼女を抱き上げてくれた、劉文叔の面影がちらりと浮かんだ。





 長男の婚礼を三日後に控え、劉家では朝から本格的に準備に入る。――このために、劉君元は早めに実家に戻ってきたのである。


 まずは料理。一番のご馳走は豚と牛、羊の肉で、これを三つとも揃えるのを太牢たいろうと呼ぶ。捌いて部位ごとに切り分け、専用のスタンドに吊るし、下には器を置いて血も受けておく。塩漬けにしたり、干し肉にしたり、あぶったり、燻製にする。魚だけでなく、獣肉も生食した。カイとは、つまり刺身である。生の切り身を刻んだ葱やラッキョウともに酢に漬け込んでマリネにすることもある。しかしメインはやはりシチューであろう。ものによっては数日かけて煮込むことになるから、野外に簡易の竈を作り、大きななべをいくつも並べ、厨房係の家僮たちが腕まくりし、ガンガンに火を熾して早くも汗をかいている。

 家鴨あひるや、事前に捕まえておいた鶴は、明日か明後日までは、庭で放し飼いにしておく。鶴は非常に美味なご馳走で、家鴨あひるは丸のまま泥を塗って弱火で焼いて、つつみやきにする。鯉魚も鮒魚も、調理は直前だが数日は清水の中で泳がせ、泥を吐かせなければならないから、今日これから、文叔らが邸裏手の白水まで、釣りに行くことになっている。


 野菜はこの時期ならばまず筍、わらびぜんまいなずななどの山菜、レンコンかぶら、それから調味料として生姜、にらたでなどが使われる。あとは貯蔵しておいたサトイモ干瓢かんぴょう、果物、ナッツ類も続々と調理場に並べられていく。


 酒も、基本的には自家製である。数か月かけて醸造するえき酒は、十月にモチゴメを収穫して仕込み、春に出来上がる。この婚礼を見越し、昨年の十月に、劉家ではしこたま酒を仕込んだ。それがそろそろ飲み頃になっているはずだ。それとは別に、一日から三、四日で出来上がる醪(甘酒、もしくはドブロク)の仕込みにかからねばならない。これは甘く、トロミがあって濁っていて、直前にして供する。これも専門の奴婢が壺を並べ、穀物を蒸したりと忙しく立ち働いている。

 

 料理を盛る器や、客が座る筵席しきものも大量に必要だ。倉の戸を開け、来客用の器や机やテーブル、案(お膳)、牀、榻、ざぶとんを出してきて、日に干す。ほころびがないか、壊れていないか、入念に点検して、問題があれば修理する。


 新婚夫婦の寝室に飾る赤い幕や飾りの花、簾に帳。真新しいしきぶとんうわがけ、そして花婿の晴れの衣裳。湖陽の嫁ぎ先から戻ってきた長女の劉君黄が侍女たちに指図し、次女の君元は女中頭と木の櫃から来客用の漆器を並べて、数を数える。今日ばかりは動きやすい、膝までの筒袖の襜褕ひとえずぼんを穿き、腰には蔽膝まえかけをして侍女や奴婢に交じって立ち働いている。まだ幼い伯姫と陰麗華も気楽な膝丈の襜褕ひとえずぼんを穿き、髪は二つに分けておさげに編み、姉たちの指示のとおり、器を並べて数を数えたり、綺麗にからぶきしたりと、頑張って働いた。午近くになって、陰麗華のはしためようと、その兄の匡が天秤棒に桶や壺を取り付けていた。


 劉君元が妹と陰麗華を呼んだ。


 「川に行った男衆に、お弁当を届けてもらうのよ。あなたたちの分も入れたから、一緒に行ったらいいわ」


 匡と曄の兄妹がそれぞれ天秤棒を担いで、麗華たちは付いて行くだけだ。


 「曄、重くない?」

 

 白水の北岸には、川から水を引くように土手を築いて水をせき止め、白水陂と呼ばれるため池が作られていた。劉家はそのすぐ南側にある。だから白水に行くには、家の裏手から出てため池を横目に見ながら土手を上ることになり、陰麗華は曄の細い肩に天秤棒が重いのではないかと、心配する。


 「大丈夫です。これくらい、何てことありません」


 曄が微笑む。縁飾りすらない裋褕じゅゆと呼ばれる粗末な筒袖の衣服に、髪は縄の切れ端でうなじで一つにまとめただけ、ずぼんも膝丈の短いもので、脛が剥き出しになっている。それでも、曄は切れ長の目元が涼やかで、綺麗な娘だと思う。兄の匡は襤褸らんろと呼ばれる、破れた襜褕ひとえに刺し子をして繕った貧しい衣裳で――別に陰家の待遇が悪いわけではなく、僮僕が労働時に着る物なんて、どの家でもこの程度である――足元は端切れで作った布屐ぬのぞうりを履き、日除けの蓑笠を被る。匡も無口な男だが、手伝おうとする麗華を制し、言った。


 「天秤はコツがあるんです。俺たちはこれが仕事ですから。お嬢様たちは先に行って、旦那様たちの居場所を探してください」


 そう言われて、伯姫と麗華は先に立って、土手を駆け上った。小高い土手の上に立てば、うねって流れる白水の水が見下ろせた。河原を覆う緑の草が風になびき、白水のさざ波がキラキラと陽光に煌めく。川沿いに並ぶ柳が長い枝をゆらゆらとそよがせ、青い空を優雅に白い鷺が舞う。


 もともと、舂陵しょうりょう侯の封地ははるか南の零陵の地にあった。南方で暑く、低湿で悪疫が流行り、土地が良くなかった。それで、数代前の舂陵侯が皇帝に願い出て、封戸の数は減ってもいいからと、封地替えを求めたのだ。ちょうど南陽は土地の開発が進みつつあって、元帝は南陽郡は蔡陽県の白水郷を新たな封地として与えた。移住してきた劉氏の人々は、その場所を新たな舂陵国とし、土地を耕し、畑を広げてきたのである。


 土手の南側には舂陵しょうりょうの、劉氏の邸宅が軒を連ねる。一番、土手に近いのが文叔たちの家で、北側に広がる、とりわけ広壮なのが本家である元の舂陵侯家の邸第おやしき。瓦葺の屋根に、二階建ての倉庫が並び、回廊が連なり、楼閣が青空に聳える。――富貴さでは陰家が勝るが、先の天子の家系で列侯爵を有し、郡太守、県令といった高官を輩出してきた劉家は、世々田業を主としてきた陰家とは、邸の格式も雰囲気もどこか異なる。邸の周囲を取り囲むように、一面の緑の田地が広がり、ところどころに緑濃い森や、ため池が点在し、あぜ道が網の目のように続いている。


 南陽の開発はこの五十年程で一気に進んだ。南陽に移ってきた舂陵侯の一家は、その開発の機運に乗り、着々と私有地を広げてきたのである。


 麗華は目を南側、白水へと転じる。川の対岸はまだ、開発途上の草原が広がる。丈の高い草や灌木がぽつぽつと生えた湿地帯。劉家が作ったらしい桟橋に小舟がもやってあり、川沿いの柳の木陰では、見慣れた男たちが三々五々、釣り糸を垂れている。すでに釣りにも飽きて昼寝をしているのは、たぶん、鄧少君だ。


 「おーい! お昼ご飯ですよお!」


 伯姫が大声で叫べば、耳ざとく聞き込んだらしく、笠を被った一人が立ち上がり、釣竿を置くと土手へと向かってきた。もう一人、小さい影が走って来るのは、鄧汎に違いない。


 「やあ、ご苦労様! 重かっただろうに」


 やってきた男が笠を上げると、劉文叔だった。筒袖で丈短の襜褕ひとえに膝までのずぼん。足元はゲキと呼ばれる木の下駄履きだ。普段は士大夫らしく小冠を付けているが、今日は巾幘の上に日除けの蓑笠を被っているから、僮僕たちとほとんど変わらない。


 「あたしたちは手ぶらよ。……あの、曄という女の子が重いのを持っているの。あたしたちが迂闊に手を出してひっくり返しちゃったらいけないから、そのままなんだけど、兄さん、手伝ってあげてよ」


 伯姫が兄に気楽に言えば、丘の上から曄の小柄な姿を見下ろして、文叔が躊躇いなく、土手を駆け下りていく。


 恐縮し、遠慮しているらしい曄の手から、文叔が無理やりに天秤棒をもぎ取り、匡とともに飄々と土手を上ってきた。

 

 「父さんがね、こーんなヤツメウナギを釣り上げたんだよ!」


 後から走ってきた鄧汎が、陰麗華に向けて両腕を広げて見せる。


 「ええ、すごーい! うちのお兄様も釣れたかしら?」

 「次伯にいちゃんは、ちっこい鮒を幾つか釣ってたよ? フナズシにするって。……ボク、あれ嫌いなのに。あ、文叔おじさんがスッポンを釣ったよ? コンレイのごちそうにピッタリだって、すごい喜んでたよ?」


 スッポンは、「食指が動く」の由来になったように、古来からご馳走であった。

 陰麗華と劉伯姫は土手を下りながら、鄧汎とそんな話をする。 

 柳の木陰に近づくと、陰次伯と鄧偉卿が立ち上がり、こちらに向かってきた。昼寝をしていた鄧少君がむっつりと起き上がる。柳の幹には鄧少君がいつも佩いている剣が立てかけられ、さっきまで鍛錬をしていたらしい。


 「お兄様、釣れた?」

 「ちっこいフナがいっぱい。……鄧汎に馬鹿にされちゃったよ」

 「俺は鮒ずしが好物なんだがなあ。……あとは鯉魚だな」

 

 陰麗華が尋ねると、次伯が肩をすくめ、偉卿が笑う。偉卿は踝まである直裾のあわせに帯を締め、やはり日除けの笠を被っている。次伯と鄧少君は文叔同様、短い襜褕ひとえに膝までのずぼんで、こちらは笠が鬱陶しいのか外し、もとどりに巾幘を巻いただけである。陰家も鄧家も劉家も、いずれも士大夫の家ではあるが、農繁期には下戸こさくにんや僮僕に交じって農作業に精を出す。男は家族や財産を守るためにいざとなれば武器を取るし、女も夫や家族のために自ら紡ぎ、衣服を縫い、料理をし、時には田畑に出ることさえある。――多くの下戸こさくにんや奴隷を抱えた田舎豪族の暮らしぶりは、そんなものである。


 皆が集まったところに、まず匡が天秤から握り飯の入った桶を二つ下ろす。アワモチキビを混ぜた飯を軽く握り、青菜の漬物で巻いたもの。

 こういった穀物は粒のまま蒸して、箸を使わずに手で食べた(箸を使って食べてはいけないと、経書にも書いてある*2)。普通は莒(竹籠)に入れた飯を、各自、手で取って丸めて食べるのだが、野外ということで劉君元らが工夫し、握り飯にしたのである。

 

 文叔が曄の代わりに担いで持ってきたのは、おかずの桶――弱火で炙った干した小魚を串で刺したものと、カブの漬物――と、壺に入ったどぶろくだった。


 「本当に、申し訳ありません」


 深く深く頭を下げる曄に、文叔が笑う。


 「別にいいって。……君たちも食べるんだろ?」

 「いえわたしは……」


 遠慮する曄に無理矢理に握り飯を渡すと、曄がますます恐縮する。


 「文叔にいさんは、女の子には甘いのよ」


 伯姫が揶揄からかうと、文叔がさらりと言った。


 「女なら誰にでも優しくするわけじゃないぞ? 可愛い子だけだ」

 「最低ー!」


 困ったように眉尻を下げる曄と、ヘラヘラ笑う文叔を見比べ、陰麗華は何となく、胸がモヤモヤする。


 (――誰にでも甘い言葉をかける人なんだ。……まあ、曄は美人だけど)


 と、文叔の目と陰麗華の目が合って、文叔が蕩けるような笑顔になった。


 「あ、昨日の可愛い子ちゃん発見! さあ、君もおいでよ、白水で取れたヤツだ」


 そう言って魚の串を手渡されて、陰麗華はおずおずと受け取る。皆が弁当の周囲に集まって、腹ごしらえを始めた。


*1 『礼記』郊特牲「夫昏礼、万世之始也。取於異姓、所以附遠厚別也」

王莽(魏郡元城県の人)の妻は宜春侯王咸の娘で昭帝時の丞相王訢の曾孫である。こちらは済南の人で、全く別系統の家であれば同姓での婚姻も可能であったらしい。

*2 『礼記』曲礼上「飯黍毋以箸」。『礼記正義』によれば、黍飯は箸ではなくさじを使えということらしい。このほか、骨を齧ってはならない、とか、犬に骨を投げ与えてはならない、とか干し肉は歯で噛みちぎってはならない(堅い場合は手を使え)などなど、意外とくだらないことが書いてある。




翟義:成帝時代の丞相翟方進の息子。王莽居摂二年、東郡太守であったが王莽に反旗を翻した。

劉巨伯:劉祉。舂陵侯家の嫡子。

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