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河はあまりに広く、あなたはあまりに遠い  作者: 無憂
第二章 燕燕は于き飛ぶ
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隠し子

 地皇元年(西暦二十年)も冬月を迎え、朝晩の冷え込みが厳しくなってきた。今年のモチゴメの収穫も終わり、えき酒をかもして甕を蔵に所蔵し、家婢たちは野菜を大量の漬物にし、飼っている牛、羊、豚、家禽を潰して干し肉や塩漬け肉、塩と麹で漬け込んだしおからにしたりと冬支度に追いまくられる。


 結婚の許しが出たとはいえ、劉文叔も忙しいのか、新野に立ち寄る暇もないらしい。だいたい、秋の終わりから冬の始めは、どの家もてんてこまいになる。


 ――とくに今年は、穀物のできがよくなかった。一部では、飢饉になると噂されている。

 陰家では酒造りを控えめにし、野生動物を例年よりも多めに狩り、また秋蒔きのオオムギを普段よりも多く蒔いた。麥は粒食するには皮が硬くて美味しくないので、貧しい食事の代表格だが、一種の救荒植物として、飢饉に備えて栽培が奨励されていた。常安では麥を粉にして餅(穀物の粉を水で練って加工した食品全般を指す)にするのが少しずつ広まっていたが、南陽あたりではまだ普及していない。

 

 例の決闘騒ぎ以来、鄧少君とは話す機会もなく、陰麗華は何とも言えない居心地の悪さを誤魔化すように、ひたすら針仕事に没頭した。そのおかげで、陰麗華はようやく、絮衣ぬのこを一枚、縫うことができた。まだ針目も揃わず、刺し子はどこかギクシャクしている。それでもゆっくりと時間をかけ、丁寧に仕上げた自分用の絮衣を見て、陰麗華は一仕事終えた満足感を感じていた。


 文叔のもとに嫁いだら、彼のために何枚でも絮衣を縫おう。厳しい冬の寒さから彼が少しでも守られるように。そんな、妻になりたいと心から思っていた。

 

 陰麗華はその日、出来上がった絮衣を師匠である劉元君に見せ、劉文叔に贈るための飾り帯の図案と色合わせを相談して、次に取り掛かるべき刺繍に思いを馳せながら鄧家の門をくぐろうとした。と、大門の土壁に凭れるようにして、鄧少君が立っていた。


 「帰んのか?……ちょっと、話があるんだ」


 陰麗華は思わず背後にいる曄を振りむく。曄が頷いたのを確認してから、陰麗華は鄧少君に言った。

 

 「いいけど……あまり長いことは」

 「すぐに終わる」


 大股でずんずん行ってしまう鄧少君を、陰麗華は必死に追いかけ、夏に陰麗華と劉文叔と二人で語り合った、例の土手の裏側に至る。あの時と違い、随分、寒々しいような――実際、風が冷たくて寒い――場所に見えた。鄧少君は振り向いて、陰麗華の後ろに張り付いている曄に言った。


 「もうちょっと下がってろよ。……別に、何もしやしねーよ」

 

 曄が心配そうに柳の根元まで下がる。柳の葉もすっかり枯れて、冷え冷えとしている。立っていると凍えそうだ。


 「どうしたの?……ものすごく寒いから、手短にお願い」

 「わあってる!」


 ヤケクソのように少君は喚くと、陰麗華から顔を背けるように立って、しかししばし無言であった。風が、鄧少君の後頭部の髻に巻かれた巾の端を巻き上げる。やがて、観念したように、だが陰麗華の顔を視ずに言った。


 「その……やっぱり、あいつと結婚すんのか?」

 「う、うん。……」


 おずおずと答える陰麗華に、鄧少君がイライラと髪の毛を掻き毟る。


 「……あいつは、やめろよ」


 相変わらず陰麗華の方を見ることなく、少君がポツリと言う。


 「どうして?」

 「どうって……あいつは、陰麗華が思っているようなヤツじゃねーよ」

 

 陰麗華が眉を顰め、首を傾げる。


 「どういう意味?」

 「あいつは、綺麗な顔して、人当りもよくて、頭も悪くなさそうで、働き者に見えるかもしれねえが、あいつの中身はあんなんじゃねーよ。ニッコリ笑った笑顔の裏側で、腹ん中は真っ黒けっけな男だ。お前にはいい顔しか見せてねーけどな」

 「……だから、決闘なんて持ち掛けたの?」 


 陰麗華の声が無意識に低くなる。鄧少君の肩がびくっと震えた。


 「それは……」

 「勝った方がわたしと結婚するとか、勝手なことを言って!」


 わたしは賞品じゃないわ、と陰麗華が呟く。少君のことは嫌いではなかったが、結婚相手として意識したことはなく、決闘に勝ったから俺と結婚しろと言われても、断固拒否したに違いない。


 「違うんだ、俺は……挑発されたんだよ、あいつに! やっと陰家の許しが出た、すぐにでも結婚して、彼女は自分のものになるって」  

 「それがどうして挑発になるの。本当のことじゃない」


 陰麗華が首を傾げると、少君が悔しそうに唇を歪めた。


 「あいつ……『君は近くにいたのに勇気が足りなくて、僕に彼女を掻っ攫われるんだね。図体はデカイけど、とんだ間抜けだ』って……」

 

 陰麗華が目を見開く。


 「そんなことを文叔さまが?……まさか、言うはずないでしょ」

 「言ったんだよ! 『君が麗華を好きだったのは前から知ってる』……とも!」


 少君はギリギリと奥歯を噛みしめ、乱暴に地団駄を踏む。……悔しくてたまらないというように。


 「……少君が、わたしのことを好き?」


 茫然と呟く陰麗華に、少君が両手で頭を掻き毟りながら言った。結い上げた髪が乱れ、ぐしゃぐしゃになっていく。


 「ああ、そうだよ! ずっと好きだったよ! お前がまだまだガキで油断している隙に、あのチャラ男が近づいて、あっさり掻っ攫った! あの見かけだけの腹黒男!」


 やけくそになって叫ぶ鄧少君を、陰麗華は何も言えずに見上げるだけだ。

 少君は物心ついた時から身近にいた遊び友達で、兄の親友だった。愛だの恋だのとは全く無縁の、気のおけない幼馴染。突然好きだったと言われても、陰麗華はどうしていいかわからない。だって陰麗華が好きなのは――。

 

 「……そんなこと、今さら言われても……。それに、文叔さまが腹黒だとか、何の証拠があって……」

 「……仲華が……長安の槐市の売春宿に出入りしてたって……俺だったら、好きな女がいるのに、そんな場所に出入りしたり、他の女を抱いたりしない」

 

 不快な話を聞かされて、陰麗華が眉を寄せる。市には盛り場があって、春を売る女たちがいるらしいというのは、陰麗華も聞いたことがあった。男ばかりの長安の太学生たちは、そういう女たちの世話になるのだと。――もっとも、具体的にどう世話になるのかは、陰麗華にはさっぱりわかっていなかったけれど。


 「それは……でも、男の人にはそういうの、必要なんでしょう?」 

 

 何をするのかは知らないが、男の人に必要なら、文叔だってしょうがないんじゃないのかと。だが、鄧少君は唇を引き結んで首を振る。


 「俺は嫌だ。俺が好きなのは麗華だけだから、他の女なんて必要ない!」


 断言されたが、陰麗華は少君に対してそういう気持ちがないので、ただ困惑するだけだ。


 「そんなこと言われても、困るわ……」

 「……やっぱり、あいつが好きなんか? やっぱ、顔かよ?」


 少君が大きな体をかがめるようにして、ギラギラした視線で睨みつけてきて、陰麗華はいたたまれなくて、視線を彷徨わせる。どこが好きって言われても――。


 「顔も……素敵だけど、でも顔だけが好きなわけじゃなくて……その……わたしのこと、好きだって言ってくれるし……少君は、今までそんなこと、一言も言わなかったじゃない。わたしのことなんて、興味ないのだとばっかり――」


 少君が俯く。


 「……それは……俺の母親、御婢だったんだ」


 陰麗華は目を見開く。少君は鄧偉卿の兄の子だとは知っていたが、彼の母親のことは聞いたことがなかった。


 「俺の親父は病気で家も継げそうもなくて……でも、はしためと関係して俺ができた。叔父さんは母さんを奴婢から庶人にして、親父と結婚させた。だから俺は……」


 本来ならば南陽の名族の、鄧氏に連なるような血筋じゃない。そんな風に言う鄧少君に陰麗華はさらに困惑する。


 「そう、……なの。でも、もとが奴婢でも結婚はしたのでしょう? だったら……」

 

 何も問題はないのでは、と陰麗華は思うが、鄧少君は首を振った。

 

 「母さんには思い合った相手がいて、親父の死後は、その男と再婚して、弟もいる。――俺に、そっくりな」


 陰麗華が目を瞠った。鄧少君は、まっすぐに陰麗華を見つめ、言う。


 「俺、鄧家の血なんて一滴も流れていないかもしれない。そんな俺が、麗華みたいな陰家のご令嬢を嫁にくれだなんて、言えなかった。……ごめん、今さらだよな。今日の事は、忘れてくれ」


 少君はそう言い捨てると、長い足で土手を飛び越えるように駆け上がり、走り去った。冷たい風が、陰麗華の黒髪を揺らした。




 

 

 臘月(十二月)に入り、本格的な寒さが訪れた。陰麗華は堂の奥のしんしつに閉じこもり、そっとまどの外を見る。


 「冷えると思ったら――」


 チラチラと初雪が舞っていた。陰麗華は方爐ひばちの火を掻き立て、かじかんだ手をかざす。さすがに手が冷たくて、刺繍も続けられない。――陰麗華は金釵のお礼に、文叔に刺繍入りの飾り帯を贈ることにしたのだが、考えることがたくさんあって、なかなかはかどらなかった。 

 そこへ、陰麗華の侍女の曄が、あまざけの壺を持ってやってきた。


 「お嬢様、冷えるでしょう。奥様からこれをと――」

 「わ、ありがとう。ちょうど寒くて凍えそうだったの! 曄も一緒に飲みましょう」


 醪には様々な種類があるが、これは特に甘味の強いどろっとしたタイプのもの。酒を温める三本脚の付いた容器(爵)に入れ、それを爐の火の上に置いて温め、冷めにくい陶器の湯呑に注いで、匙ですくって飲む。――そのくらい、粘度が高いのだ。


 二人で雪を眺めながあまざけを飲んで、少し温まってホッとしてたところに、突如、すごい勢いで匡が走り込んできた。蒼白でひきつった顔をして、陰麗華の部屋だと言うのに、曄に向かって叫んだ。


 「曄!……ここにいた! 隠れろ!」

 「兄さん?」

 「匡、どうしたの、いったい」


 およそ、いつもの無口で冷静な匡とは思えない取り乱しぶりである。匡は素早く背後を見てから戸を閉め、陰麗華の近くまできて、冷え切った土間に膝をついた。


 「申し訳ありません、お嬢さん、曄を……曄を助けてください!」

 「た、助けるって……何から?」

 「もうすぐ、曄と母さんが連れてかれちまう!」

 

 曄と陰麗華は意味がわからず、顔を見合わせる。


 「どこへ、連れて行かれるって?」

 「長安の……あの、クソ野郎が迎えに来たんです!」

 「え……と……」


 匡は吐き捨てるように言って、とにかく曄を隠して欲しいと陰麗華に頼む。


 「隠すと言われても……」


 陰麗華は唇に手をあててしばらく考え、言った。


 「臥牀に入って、うわがけを被って。幕を閉めて。この部屋に踏み込まれそうになったら、わたしも寝台に入るわ。何から逃げているのか知らないけど、わたしの寝台の幕の中までは覗けないのじゃないかしら」


 仮にも陰家の未婚の令嬢だ。郡県の捕吏でも躊躇うに違いない。

 とにかく曄を寝台の内にいれ、陰麗華はその牀に腰かける形で寄り添う。匡は寝台の脇の、長櫃の裏に身を顰めた。


 と、どたどたと乱暴な足音が聞こえ、いまで誰かと言い争う声が聞こえる。中に踏み込もうとする男たちを、古くから仕えるばあやが押しとどめているらしい。


 「一体なんです! こちらはお嬢さまのお部屋です。男性が勝手に入るなんて!」

 「我々は前隊ぜんすい大夫閣下のご命令で来た。増秩という女がこの家にいると聞いた」

 「たしかに増秩はこの家におりますが、今は奥様とともに出かけ、留守です。この奥は未婚のお嬢さまのお部屋だけですから、これ以上はお入りにならないで!」


 曄ではなく、その母の増秩を探しているという話に、陰麗華が目を見開く。陰麗華が小声で曄と、匡に言った。


 「わたしが出て行って、追い払ってくるわ。いいと言うまで、幕を開けちゃだめよ?」


 陰麗華は牀を下りて履を履き、髪を整えるとそっと部屋の戸を開けた。


 「何事?……わたし、ちょっと傷寒かぜ気味で休んでいたのだけど……」 

 「お嬢様!」


 見ると、捕吏ではなくて県から派遣されてきた属吏のようであった。堂に無理矢理上がり込んだのが二人、ちらりと目をやると、中庭に数人、指示を待っているらしい。


 陰麗華は部屋から滑り出て、戸をきっちり締めると、揃いのお仕着せを来た属吏に無邪気そうな笑顔で尋ねる。


 「お母様が留守にしていて、わたしでは何もわかりません。日を改めていただけませんか?」

 「増秩、という女は確かにこの家にいるのか?」

 「増秩、という人ならおります。でも、お探しの増秩かどうかはわかりません」


 かなり珍しい名前だが、絶対にいないとも言い切れない。陰麗華は手で示して、属吏二人に堂の牀を勧めた。堂は吹き抜けだからかなり寒いけれど、これ以上奥に入ってもらいたくなかった。二人は顔を見合わせ、頷きあうと、「では遠慮なく」と言って牀の席に並んで腰を下ろす。陰麗華は、その向かい側の、一人用の牀に座った。


 「お客様にお湯を」


 陰麗華が、もう一人、堂の隅で成り行きを見守っていたまだ若い女婢に声をかける。


 「それで、増秩さんは何をなさったのですか?」

 「いやその、罪人を探しているわけではないのだ。誤解を招く言い方で申し訳なかった」

 

 まだ若い、文叔と同じくらいに見える吏で、はっきりした顔だちが、少しだけ文叔に似ていた。その属吏が、突然、陰麗華に言った。


 「あんたが、陰麗華か?」

 「え?……そうですけど」

 「なるほど、やっぱり!……ていうか、あいつ、幼女趣味だったんだな……」


 何か一人で納得している男に、陰麗華が少しばかりムッとして、厳しい声で尋ねた。


 「それが、何か?」

 「いや、その、失礼。俺は舂陵しょうりょうの劉文叔とは親戚で、昔からのダチなんだ」


 陰麗華が目を瞠る。男はちょっと野性的な顔を歪め、自己紹介した。


 「俺はこの県の来君叔。家はまちの南側になるから、あまり縁がなかったな」


 陰麗華もまた丁寧に頭を下げ、もう一人の属吏も樊仲華と名乗った。女婢が白湯を運んできたところで、陰麗華が尋ねる。


 「それで、お探しの増秩さんと言う方は――」

 「以前、東郷の……つまり新都国の王家に仕えていた増秩という女だ」

 「新都国の……つまり、今の皇帝陛下の家に、ということですか」

 「そうだ。……これは、ここだけの話だが……」


 そう言って断ってから、来君叔が語った話は以下のようであった。

 皇帝にはもともと、四人の息子があった。まず、新都国に就国している間に、次男の王獲が奴婢を殺したことで父親から責められ、自殺させられる。次いで長男の王宇は平帝の外戚である衛氏と結んだことで獄に下され、やはり毒薬を飲んで自殺している。三男の新遷王の王安は長く病気で、四男の王臨が皇太子となっていたが、何やら問題があったのか、統義陽王に格下げされた。つまり、まともな跡継ぎがいない状態である。


 「この冬になって、新遷王の病はさらに悪くなり、年を越せるかも危うい。その上、皇后陛下もお加減が悪く、こちらも長くはないらしい」

 「はあ――」


 陰麗華が頷く。


 「それでだ、皇帝陛下はかつて、新都国に就国している時、側仕えの者に産ませた子があったそうだ」

 「え?ええ?」


 陰麗華がぎょっとして、穴が開くほど来君叔の顔を見つめた。


 「……つまり、隠し子?」

 「身も蓋もない言い方をすれば、そうだ。当時、手をつけた側仕えの女が三名。増秩と、懐能と、開明。それぞれ子があったが、元寿元年(西暦前二年)に都に戻るとき、存在を明らかにするのは憚られて、新都に置き去りにするしかなかったと――」

 「えええっ三人も? しかも、置き去り? 今までほったらかしで?」

 

 哀帝の元寿元年と言えば、もう二十年以上も昔のことだ。その時生まれた子も、二十歳は確実に超えている。


 「懐能とその息子の興、開明と娘の捷の居場所は確認が取れた。残るは増秩とその子供たちだけなのだが――」

 「子供()()?」

 「懐能らの証言によれば、増秩には息子がいた。そして陛下が新都を離れた時、妊娠中だったと」


 凍り付いた陰麗華を見て、来君叔が尋ねる。


 「この家にいる増秩で、思い当たることが?」


 陰麗華はいつかの、母から聞かされた話を思い出し、間違いないとは思ったが、何も言わなかった。


 「増秩が我が家に来たのは、何分、わたしの生まれる前のことですので。そういう事情であれば、万一にも間違いがあってはいけないと思います。陛下が新都を離れた後、その方々はどうなったのです?」

 「それがだな――」


 来君叔が言いにくそうに顔を歪める。


 「これらの三名の侍女は、皆、子を連れたまま解雇されている。懐能は東郷のある下戸こさくにんの男の妻となって、興と夫の子を三人、育てていた。開明は宛の市に流れて、色を売って暮らしていたらしい。……当然、その娘も。残るは増秩とその子だけで、増秩という名の女が、この陰家に仕えていると聞いて、やってきたというわけだ」

 

 陰麗華は眩暈がしてつい、こめかみを押さえる。

 手を付けて子供を孕ませておきながら、外聞がよくないと認知もせず、都に帰った後は我関せず。女たちは邸から追い出され、二十年以上ほったらかし。――あんまりじゃないの。これがこの国の天子様のなさりようなの?


 「――てい」

 「えっ?」

 

 思わず漏れた陰麗華の言葉を、来君叔と樊仲華が聞き返す。


 さいってい。


 大声で叫びたいのを、陰麗華は辛うじて飲み込んだ。


 「いえその――増秩の年齢とか、わたしではよくわかりませんので……母が帰りましたら、こちらからご連絡を差し上げます。どうか今日のところはお引き取りを――」


 陰麗華が丁寧に頭を下げると、来君叔も頷き、その場は立ち上がった。


 「その、もし陛下のお子であるとわかれば、常安からお迎えがあるはずだ。皇帝の御子として遇せられることになっている。けして悪い話じゃないから――」


 来君叔も十分、気まずいのであろう。もごもごと言い訳して、陰家を辞した。


 

来君叔:来歙らいきゅう。南陽新野の人。母親は舂陵しょうりょうの劉氏で、文叔の伯母の一人。(『後漢書』は「祖姑」=大おば、とするが、「外兄」とも述べているので、異姓の従兄であろう)

樊仲華:樊曄。南陽新野の人。

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