九
空を見上げながら鼻をすすると、鼻水が落ちそうなのに気が付きスカートのポケットからハンカチを取り出して鼻をかむ。蕎麦はすすれないけれど鼻はすすれることが少し可笑しい。
この鼻は、私のお気に入りの鼻。
鼻筋の通った華奢だけど日本人にしては少しだけ高いのが自慢。
横幅もないので、たまにハーフですかと聞かれる。
だから優しく鼻をかむ。
鼻をかんだ後で気が付いた。ハンカチが有る事に。
そして、もうひとつ。
石が濡れていたわけも。
雨ではなかった。
それは自らが出した涙であることを。
でも、なぜ?
霧はまだやまない。
ここが何処なのか?方角さえも分らない。
ひょっとしたら左右さえも。
「私の右は右」
「でも私の向かいの人から見た私の右は、左」
「でも私の右手は誰が何処から見ても、それは私の左手にはならないわ」
「なんだか、いいかげんね」
独り言を言って、軽く可笑しくなる。
両ひざを抱えて体育館座りをした。
細い足が細い腕にあたる。
久し振りに、校長先生の話が聞きたいな。
だって、眠たくなるんだもの。今は眠たくもなくただ退屈なだけ。
「話し相手が欲しいな」
呟いてみても、誰も返事をしてくれない。
だから、もう少し大きな声で言ってみる。
「話し相手が欲しいな!」
また誰も返事をしてくれない。
今度はもう少し楽しそうに言ってみる。
「話し相手が欲しいな♪」
まだ誰も返事をしてくれない。
今度は寂しそうに言ってみる。
「話し相手が欲しいな……」
まだまだ誰も返事をしてくれない。
ひょっとして、この河原には誰もいないのだろうか?
もしかしたら私は河原で遭難したのかしら。
急に不安になって、今度は正直に言う。
「誰でもいいから私に話しかけてください!」
「お願いだから!」