八
白く濃い霧の中で目が覚めた。どうやら私は河原を歩いているらしい。
キョロキョロと周りを見渡すけれど、この霧のせいで五〇センチ先も、自分の足元さえ見えない。
空を見上げてみると、そこには立ち込める濃い霧の上に薄っすらと青空が見えている。
「今日の天気は晴れ。所により濃い霧が発生するでしょう」
なんとなく、お天気お姉さん風に独り言を言ってみる。言ってから、今何時だろう?と考えて左腕に付けた腕時計に目を落とす。
けれどそこにあったのは白く華奢な手首だけ。
”あれ?腕時計忘れて来ちゃった。屹度これも昨日のボジョレーヌーボーのせいね”
退屈なので鞄から携帯電話を取ろうとすると、持って出たはずの鞄もなく、当然それに入っているはずの携帯もなかった。
霧の中、川のせせらぎが聞こえる。
「やっぱりここは河原なのだ」
名探偵の推理が当たった時に言う台詞のように得意気に言ってみた。それが馬鹿らしくて一人でわらっう。
笑うと胃が捻じれそうに痛くなり、その場にしゃがみ込んだ。それでも笑いは収まらなくて、いったいこの小さな肺にはどれだけ空気が入っているのだろう?なんて考えると、また可笑しくなって更に続けて笑う。そして痛くて気絶しそうになる。
いつの間にか、肺の空気が全部抜けてしまったのか笑うための空気を送り出すことが出来なくなり苦しくて胸を押さえると、そこに円い膨らみがあることに気付く。
胸を押さえてうずくまる。
俯いて目の前に見えるのは河原に敷き詰められた灰色の石たちばかり。
その石たちに黒い模様が
ひとつ。
ふたつ。
と増えてゆく。
みっつ。
よっつ……「雨!?」
慌てて折り畳み傘を入れているはずの鞄を探そうと地面の上で手をバタバタと振り回すけれど、鞄をみつける前にバランスを崩して尻もちをついた。
「痛い!」 いや、痛くない。
感覚がおかしい。手が勝手にその感覚のおかしいお尻をさすっていた。
柔らかい。
赤ちゃんを守るために男性より豊かに作られたお尻。亡くなったお婆ちゃんが安産型だと褒めてくれたお尻が屹度痛みを和らげてくれているのだろうと感謝する。
再び、雨のことを思い出して空を見上げると、最初に見たのと同じ霧の上に青空が見えた。