七
課長からのお説教も終わり、そして朝礼も済んだ。
私の隣のデスクにいる詐欺師の彼が、机にノートを広げる。
ひらがなだらけで字も整っていない、まるで小学生低学年のわんぱく小僧のような汚い文字。
”もしかして、提案書?”
私が気が付いたことを察したのか、詐欺師がニヤッと笑う。人の好さそうな人懐こい笑顔。
だけど私は騙されない。屹度次に彼の口から出てくるのは、今自分が抱えている案件の概要説明に違いない。そして私にその提案書を起こすように求めてくるはず。
私が断れば彼は課長に鳴きつき、結局ブーメランのように嫌な仕事が戻って来る。
しかし、私もそうそう毎回詐欺師の手には落ちない。直ぐに机に散りばめた資料をかき集めて鞄に押し込み「行ってきまぁーす」と部屋を飛び出る。
リサーチは未だ途中だけど、そんなのどこでもできる。
兎に角、この牢獄のような部屋から逃げ出したかった。
辞めてしまえば良いと友人に相談した時に簡単に言われたけれど、理系でない私が出来ることは限られるし、それに適齢期の女性を雇う会社も二の足を踏む。それはコッソリ会社を休んで他の企業の面接に行ったとき言われた。
「採用しても構わないけれど、直ぐに結婚して子供が出来て辞められると困るんだよね」と。
とりあえず結婚なんて今は考えていないけれど、未来の事は分からない。
結局、その会社からは”不採用”の通知が来てホッとした。
そんなことを言われるために女性として生きてきたわけではないのだ。
勢いよく会社のビルを飛び出した。
空が青い。
だけど、なぜ私は空を見ているのだろう?
その空が、やがて暗くなり霧に覆われてゆく。